第1話 100万回のキスをしよう!17

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-From 1-

「ここの社員食堂は結構いけるよ」

甲斐さんと玲子さんに誘われて会社での初めてのお昼ごはん。

セルフサービスの低価格に感動して「ワアー」声を上げた。

「感嘆符付いてない?」

玲子さんに不思議そうに疑問符を付けられた。

「普通こうですよね」

「高校と大学は一般の学食とは別格でしたから」

「昼食に数千円も出せませんよ」

弁当持参で過ごしたのはつい昨日の事の様。

今でも弁当で持参でいいのだけれど調理場に立ち入ろうとすると「仕事をとらないで下さい」と、料理長に泣きつかれて諦めた。

「数百円て・・・魅力ですよね」

ブランドの品物を見るよりうっとりしてないかと甲斐さんはあきれ顔だ。

「日本でも1、2を争う財閥の奥様とは思えないね」

「私の金銭感覚は庶民ですから」

ご飯に、からあげにお味噌汁。

カレーもおいしそうだと最近お目にっかかっていない懐かしい味に浮かれ気味。

3人でついたテーブルで何気ない会話もはずんで箸も進む。

お昼が毎日これだったら幸せだ。

突然食堂のザワツキが収まり静まり返る。

玲子さんも甲斐さんも箸をもったまま固まっているんだけど・・・

「なに食ってるんだ」

頭の上から聞こえる低音にポロッと箸で挟んだ唐揚げ落としてた。

首が痛くなるほど見上げてみれば見慣れた顔がプクリと浮かぶ。

「なんでいるの?」

「一緒に食べようと思ってな」

周りの視線を集中砲火で浴びたまま道明寺は私の隣の椅子に腰を下ろした。

「ここで食べるの?」

「悪いか?」

悪いと言うより落ち着いて食べれるはずがない。

「注文とりに来ないのか?メニューもねぇ」

「あそこに並んで自分で好きなものをとってくるの」

私が示した方向に道明寺が視線を向ける。

料理を選ぶより道明寺に注がれていた視線が慌ててパッと散っていく。

「面白そうだな」

「分かんねぇから教えろ」

無理やり腕を引っ張られ料理に並ぶ人波の方向に連れて行かれそうになるのを両足を踏ん張り踏みとどまった。

「私がとってきあてげる」

これ以上注目浴びるなんて嫌なのが本音。

「いや、何事も経験だ」

こんなところでなにも積極性を見せなくてもいいんじゃないの?

渋々の私の横で喜々の表情で男性社員の後ろに道明寺が並ぶ。

男性社員の背中が緊張からか硬直して固まった。

次の瞬間モーゼの十戒を思わせるように並んでいた社員が左に飛びのいて道がひらいた。

「ど・・どうぞ」

「おっ!」

「すみません」

恐縮する社員と私。

その前を悠々と道明寺が歩き出す。

「なあ、これなんだ?」

「きんぴら」

「おっ、じゃが肉がある」

「肉じゃがでしょう」

私たち二人の会話以外の音はピタッと止まって静まり返る食堂内。

かつてこれ以上に活気のなくなった昼休み時間があったのだろうか。

あるはずないよな・・・

私たちの会話を聞き逃さぬような雰囲気と興味満々過ぎる視線が痛い。

道明寺に見とれて身動きしないレジのおばさん。

何度か声をかけてやっと正気をとりもどした。

会計を済ませて元のテーブルに戻る。

「こんなのセフレサービスって言うんだろう?」

セフレ・・・

セ・・・

甲斐さんと玲子さんが同時に箸を落としていた。

どこをどう間違えてそうなる?

意味が全く違うじゃないか。

セルフだーーーーーッ。

耳まで真っ赤になっていた。

 

-From 2-

俺・・・

まずい事を言ったのだろうか。

目の前のつくしの同僚二人はポケッとしたような顔で俺を見つめている。

つくしに至ってはどうしてそこまで真っ赤になってるんだと思う様なゆでダコ状態に出来あがっていた。

「代表・・・つかぬことをお伺いしますが・・・セフレの意味はご存じで?」

「甲斐さん、変なこと教えなくていいですから!」

つくしが慌ててふためいて俺の返事を遮った。

「ほかのところで言われたら大変じゃない?」

「希望者が殺到しそうだしね」

横のテーブルに座る知らない社員まで頷いている。

なんだ?

自分で食べたいもの取ってくるサービスではないことだけは確かなようだ。

「俺・・・ヘンな事を言った?」

助けを求めるようにつくしを見る。

「道明寺が言いたかったのはセルフでしょう!」

思い切り責める体勢につくしが入っている。

「たいした違いはねえじゃねぇか」

「「あります」」

甲斐と松山に強調されて否決された。

「代表・・・セフレの意味は・・・・」

甲斐に気まずそうに耳打ちされる。

セック・・・ス・・・フ・レン・・・ド・・・・

そんなサービスー必要ねぇーーーーッ。

つくしが照れまくる訳がようやくわかった。

「もう、忘れよう。ごはん食べないと、ねっ」

つくしが耐えられないように口を開いた。

気を取り戻したように黙々と箸を動かす。

どうも気まずい雰囲気は打開できていない。

「味どう?食べれそう?」

「まずくはない」

きんぴらだかチンピラだか木の根っこの様な代物を口に運ぶ。

「お前が作った料理の方がうまい」

数えるほどしか食べちゃいないけどな。

「キャーアー きんぴら食べたてる」って、遠くで声が上がる。

ざわつきながら人の食事の中継をするなッ。

そんな珍しいもん食べてる訳じゃねえぞ。

みんな人間の食いものだろうがぁ。

ドックフードでも食べたように驚かれるってどうなんだ?

「みんな驚いているようですね」

「私達も代表とお食事できるなんて光栄ですけど」

「これもつくしちゃんの御蔭かな」

「そんなことないですよ」

「迷惑かけてすみません」

何事もなかったような澄ました表情の松山に困惑気味の表情で対応するつくし。

「俺がいると迷惑なのか」

不機嫌になっていた。

「迷惑に決まってる」

「大騒ぎじゃん」

「すげー代表と言い合ってるぞ」

「誰だあれ?」

ちらほらとに聞こえだす外野の声につくしが口をつぐんだ。

「お前と食べたかったんだからしかたがねぇ」

「キャー 言われたい!」

卒倒寸前の悲鳴が上がってぎくりとなった。

俺達の会話より周りの声の方がだんだんと大きくなってくる。

「だれ?あの子?」

「あの子見たことある」

「週刊誌・・・」

「結婚式・・・」

「奥さん?」

「ウソーッ」

「キャーッ」

いったいどこからそんな声が出せるんだ?

「ばれたな」

「うっ・・・ばれた」

「わざとでしょう?」

「わざとじゃないが仕方ねぇ」

「二日も持たなかった・・・」

「あっ?」

慣れるまでは騒がれたくなかったとつくしがすねる。

どんな顔をされても愛しいと思ってしまう恋心。

結婚しても変らない。

俺の嫁さんよろしくな」

これでつくしにちょっかい出そうなんて命知らずはいないよな。

嫌がるつくしの腰を抱き寄せて、宣言するように叫んでいた。

 

-From 3-

怒涛の展開。

急降下。

俺の嫁さんと宣言されて、喜ばしい様な寂しい様な・・・

その途端「カシャ、カシャ」と携帯の激写音が響いていた。

試写体は間違いなく道明寺だ。

会社では見せた事のない様な満面な笑み。

「すてき~」とか「セクシー」とか「キャー」とか携帯を画面を見ながら歓声が上がっている。

裸体のモデルでもいる様な異様な雰囲気。

食事以外の目的で社員が集まってきていて入り口は混雑中。

食事どころではなくなっていた。

私たちの真ん前の玲子さんまで携帯をとり出している。

「一番いい場所だしね。岬所長にも見せなきゃぁ」

「こういうの好きなの」って・・・どんなのだ?

「男の人って好きな人を見つめる時ってこんな幸せそうな表情するのね」

「つくしちゃん惚れ直したんじゃない」

目の前に表示された写真。

確かにカッコイイ。

「うまく撮れてるじゃん」とまんざらでもない様な道明寺。

恥ずかしくはないのかぁーーッ。

道明寺の場合人の視線に慣らされているのだろうが、私の場合は免疫不足だ。

「いい加減に、離れてくれない?」

腰に置かれたままの道明寺の腕の感触もむずがゆい。

「なんで?」

「このまま一緒に出て行こうぜ。お前一人だともみくちゃにされるぞ」

やけに道明寺がうれしそうに見えるのは気のせいか。

「俺と入れば安全だ」

どちらもタダじゃ済まない様に思えるんだけど。

「俺が歩けば道が自然とできる」

たしかに・・・

さっきのセルフサービスは順番飛び越していた。

一人でいても二人でいても注目浴びるなら道明寺の言うとおり二人の方が安全の様な気がしてきた。

「先に事務所に帰ります」

甲斐さんと玲子さんに後を託して道明寺と二人歩き出す。

パッと人垣が別れて障害物がなくなったのは道明寺の思惑通りだ。

どこからか拍手が起って「おめでとうございます」の声

「ヒュー」と口笛まで聞こえだす。

歩きが自然とゆっくりとなってみんなの祝福を受けていた。

「つ・・・疲れた・・・」

一日分のエネルギーを使い果たした気分だった。

道明寺は充電し過ぎの元気よさだったけど・・・

途中で道明寺と別れて10階の事務所まで帰りつく。

ドアを開けて事務所に行った途端に「フーーーッ」と長めに息を吐いた。

「いい結婚式だったね」って冗談めかしに甲斐さんがほほ笑んだ。

「いいもの見れた」と玲子さんは夢見ごこちの表情だ。

岬所長まで「私も見たかった」って、人を肴に盛り上がっている。

明日から社員食堂に行くのが楽しみって・・・

しばらく行けるわけがない。

事務所に籠ってやる!

無理だと分かっているバカげた決心。

「これで心配なくなったわね」って明るく岬所長がほほ笑む。

心配事は・・・

歯止めがなくなった道明寺の行動!

それが心配なんですなんて言える訳もなく・・・

ひきつらせた表情で笑うしかなくなってしまっていた。

続きは 100万回のキスをしよう!18

社員食堂の騒ぎの続きrann様、ち**様のコメントをヒントに進めさせてもらいました。

ありがとうございます。

宣言されたらなおさら騒ぎは大きくなりそうですが・・・

羨ましいなぁ。