下弦の月が浮かぶ夜(完)

下弦の月が浮かぶ夜 48

* 本当に好きなものは諦められない。 それは恋愛には当てはまらないと思っていた。 想いを強いてしまえばそれは独りよがり。 一方通行。 押し付けるだけの気持ちなんて相手無視の低俗だ。 恋を楽しむことなんて出来なくなる。 楽しむだけが恋じゃない。 司と…

下弦の月が浮かぶ夜 47

* 昼過ぎ出先の用事を済ませて社内に戻った。 葵が出勤しているのを最初に確認してホッとしている。 仕事以外の感情が先になって秘書を見るなんてはじめてのことだ。 部下には手を出さない。 その信条だけは持っていた。 最初から部下と思っていなかった分ど…

下弦の月が浮かぶ夜 46

* 「俺、本気だから。ゆっくりでいいから俺の事を考えてくれ」 抱きしめられたまま耳元に響く声。 確かにそう言われた。 頭がぼーっとして言葉が出てこない。 思考が止まる状態って本当にあるんだと実感した。 「今日は休んでろ。一之瀬にはうまく言っといて…

下弦の月が浮かぶ夜 45

* 「さすがに、あれだけの美男美女だと圧巻だね」 「嫉妬心すら起きないよね」 知らない人が聞いたら有名スターのビッグカップルの話題かと勘違いされそうな会話が続く。 「葵はもちろん見たよね」 いきなり話題をふられてしょうがなく頷いた。 確かに見た。…

下弦の月が浮かぶ夜 44

* 勢いよく開いたドアは壁に当たって「ドン」と音を立てる。 血相を変えて飛び出してきたのは俺が着せてやったパジャマ姿のままの葵。 俺を見つけてまた変わる顔色。 気まずさを隠す様に視線は床の上に移動してる。 床の上には塵ひとつ落ちてない。 探し物か…

下弦の月が浮かぶ夜43

* 「・・・アッ、帰ってたんだ」 リビングのドアを開けて一歩足を踏み入れたところで葵の動きが止まった。 ホンノリと赤く色づいてる頬。 俺を見たせいじゃなくアルコールの所為だと分かるうつろがかった瞳。 「友達と飲んでたんだ」 「あの後すごい騒ぎでね…

下弦の月が浮かぶ夜42

* 食事に出たまま会社に戻ることが出来ずにいる。 強引なのは昔から変わらない。 俺としては珍しいマダムじゃない人種。 歳の差は一回りとはいかないまでも結構離れている。 「年の事は言わないでね」 なんてベッドの中で言われていた2年前。 あの時の俺は二…

下弦の月が浮かぶ夜41

* ヤバイとこみられたか? 大げさすぎる驚いた表情が目の前で怒ったように変わって背中を向けてドアを閉めた。 あっ・・・。 上げそうになる声を喉の奥で押し留めた。 今からなにを言い訳しても聞いてくれそうもなさそうだ。 それにいい訳しなきゃいけないこ…

下弦の月が浮かぶ夜40

* 「葵、久しぶり、元気だった?」 廊下で数日ぶりに会った元部署の同僚。 以前と変わらず・・・。 いや・・・。 以前より親しいと言うか気さくな反応・・・。 どうした? 社長との関係をどう誤魔化すか考えがつかなくて逃げていた状況。 「元気だった・・・…

下弦の月が浮かぶ夜39

* 「今日の会議は11時から・・・」 柔かい声が耳元を通り過ぎる。 聞き慣れた声。 小さく漏れて聞こえた短い単語だけでも最近はこいつの声だとすぐわかる。 目の前で聞いてます?とでも言う様に眉をひそめた。 「ずいぶん慣れたみたいだな」 「ここでは興味…

☆下弦の月が浮かぶ夜38 おまけの話

* 「・・・で、どうなったの?」 あいつらと別れた夕刻過ぎ、久しぶりに会った牧野は俺よりも別なことに夢中。 それがあきらのことだどいうことにムカつく。 「まだ、どうもなってないみたいだけどな」 「でも一緒に住んでるんだよね?」 「美作さんと葵さん…

下弦の月が浮かぶ夜38

* 「・・・で、どうなっているの?」 「どうって?」 珍しく夜の時間に集まった4人。 誰から言いだしたのか分からないまま高校時代みたいにつるむのは久しぶりだ。 今日は牧野もいないっていうのも珍しい。 顔を合わせた途端こいつらの聞きたいことは俺と葵…

下弦の月が浮かぶ夜37

* 「綺麗な人・・・」 俺の横で見惚れて感心する様に葵がつぶやいた。 「新しい秘書だから頼む」 「人事からは何の連絡もございませんでしたが?」 「俺が連れてきた」 「珍しいことをなさいますね。雪でも降るのかしら?」 モデルと言っても過言でない長身…

下弦の月が浮かぶ夜36

* 「おい聞いたか?」 「聞いた」 「社長が女子社員を押し倒していたってやつだろう?」 「違うだろう、俺が聞いたのは女子社員が社長を押し倒していたって話だったぞ」 朝から駆け巡った噂はあっという間に社内全部を支配した。 仕事どころじゃないと浮足立…

下弦の月が浮かぶ夜35

* 「そんな態度取られるとな」 両腕で葵の華奢な肩を壁に押し付ける様に押した。 司みたいに120%の力を発揮する様な野暮はしない。 目をつぶった葵が「キャッ」と驚きの声を小さく上げる。 珍しく強引な感情。 何となく司の気持ちがわかる。 自分の予測した…

下弦の月が浮かぶ夜34

* 「見たわよッ!どうして逃たのよ」 「アッ・・・」 「それはね、紹介できそうもなかったからでね」 「キモイ!そう、ブサイク芸人みたいなやつだから」 「本当!そうなの」 こけそうになった。 すれ違い様に聞こえてきた葵と数名の女子社員との会話。 俺が…

下弦の月が浮かぶ夜33

* 「お前ら何が言いたい」 俺ににじり寄る総二郎。 スマートに見える表情の下で何を考えているのかはっきりとわかる長い付き合い。 こいつらの興味は俺と葵の関係に絞られているはずだ。 だから面白くない。 「一緒に住んでるといると言うことはそれなりの関…

下弦の月が浮かぶ夜32

* 「あの二人・・・気・・・合ってるよな」 二人掛けの小さなガラスのテーブル。 その上には料理を盛った皿がいくつも並ぶ。 フォーク片手に料理を口に運びながら相槌をうって時に上がる笑い声。 どうみても仲良しの二人組の出来上がり。 俺達が入り込む隙間…

下弦の月が浮かぶ夜31

* 司の呼び出しに応じたのは単なる気まぐれ、気の迷いと是正するのは無理がある。 牧野が絡んでいるのは疑いがない。 あの日・・・。 司と牧野を前に交わした会話。 二人を見守る気持ちに偽りはないと俺は自分で知っている。 司を幸せにできるのは牧野しかな…

下弦の月が浮かぶ夜30

* 「今日、天気良くてよかったな」 わざとらしくはしゃぐ道明寺。 メープルの3階にしつらえられた一室。 重厚な革張りのソファー。 真中のテーブルに和洋中の料理が並ぶ。 数十名の小さなパーティーでも開くつもりだろうかと思えた。 「わざわざ俺達を呼び…

下弦の月が浮かぶ夜29

* 「メープルで結婚式ってさすがよね」 「この式場二年先までいっぱいなのを無理やり都合を付けさせたって彼女自慢してたわ」 聞こえてくる内容は相変わらずだと葵は苦笑した。 大学の頃から目立ちたがりの性格は変わってないらしい。 大学卒業して2年間音信…

下弦の月が浮かぶ夜28

* 「いったい何なのよ!」 まだ納得していない表情。 今は気にもならない。 「あきらはもういいって言ってるんだから、お前が考え込む必要がどこにある」 その不満そうな顔が必要あるのか? 「わざと言わせたって感じなんだもん」 拗ねる様に唇を尖らせる。 …

下弦の月が浮かぶ夜27

* 「・・・なんだったの?」 きょとんとしてたのはどうやら牧野だけじゃなかったらしい。 「台風みたいだよな?」 「えっ?」 「慌ただしくやってきて全部さらって行ってしまった」 「なに?」 ますます分からないって困惑気味の表情が浮かぶ。 その表情に今…

下弦の月が浮かぶ夜26

* 私の恋愛歴なんて数えるほどない。 つーか道明寺一人。 けど・・・ ただ一つの恋愛が極上でハイクラスだってことはわかる。 障害も悲しみもドラマみたいにハードだったけど、今は幸せ。 思えるはずがない! 腕組みしたまま眉間にしわを寄せたままの道明寺…

下弦の月が浮かぶ夜25

* 「ねぇ?」 「なんだ」 気のない素振りの声。 未だにあいつの機嫌はまがったままだ。 初めは30度くらいだった傾きは120度ぐらいにそっぽを向いてしまってた。 「楽しくないの?」 立ち止まって道明寺の顔を見つめる。 道明寺の動きを止める様に腕を掴んだ…

下弦の月が浮かぶ夜24

* 「俺だ、しばらく仕事を休むから調整してくれ」 電話の相手は理由を聞くこともなく「分かりました」とだけ告げる。 「お前も休みとれ」 「なんで私が休まなきゃならないの?」 「短期間でどれだけ変身できると思ってるんだ?」 「仕事終わってから数時間で…

下弦の月が浮かぶ夜23

* 3日ぶりに仕事を終えて帰宅のマンション。 この三日間仕事に没頭することで無意味なことを考えずに済んだ。 今は心の落ち着きを取り戻している。 ふと思い浮かぶ寂しさも一瞬だけの淡い思い。 昇華出来ないはずはない。 きっと・・・。 たぶん・・・。 今…

下弦の月が浮かぶ夜22

* 「何がどうなってるの?」 納得できてない感じに牧野が首をかしげてる。 なんとなくあきらの気持ちを思ったら自分の嫉妬が子供じみたものに感じてきた。 あいつは今まで自分の気持ちを胸の奥にしまいこんでいたんだと分かってる。 俺達の中でもいちばんや…

下弦の月が浮かぶ夜21

* 相変わらずだ。 牧野が絡むことになるとどうしてこうも皆行動が早いのか。 「噂って俺?それとも牧野?」 目の前に立つ類は完全に俺に敵対心を見せて隠そうともしない。 類の敵対心が俺に対する嫉妬心だと牧野は気が付いているのだろうか? きっと・・・ …

下弦の月が浮かぶ夜20

* 花沢類に連れられてやってきた美作さんの会社。 漆黒調のデスクの真中に美作さんの性格そのままに几帳面に整理された書類は角がピタッと合わさったまま置かれてる。 そこで今仕事をしていたのだと主張しているみたいにポンと1本のペンが平行に書類の上に置…