下弦の月が浮かぶ夜 44

*

勢いよく開いたドアは壁に当たって「ドン」と音を立てる。

血相を変えて飛び出してきたのは俺が着せてやったパジャマ姿のままの葵。

俺を見つけてまた変わる顔色。

気まずさを隠す様に視線は床の上に移動してる。

床の上には塵ひとつ落ちてない。

探し物か?

今、自分がこの場所にいることに動揺してるって丸わかりだ。

ベットに入った記憶はないはずだ。

風呂に行ったところで酔っ払って寝てしまったのだから。

対面式のキッチンでスープの入った鍋を混ぜながらこみ上げる笑いを俺は押し殺す。

手探りでも間違えずに上着のボタンはしっかり止まってる。

やっぱり俺は器用だ。

「突っ立ってないで、座れ」

「あっ・・・うん・・・」

テーブルの端の椅子にのったりした仕草で葵が腰をかけた。

「二日酔いで食欲ないだろう」

深皿に注いだ俺特製のスープを葵の前に置いてスプーンを手に握らせた。

二日酔いにはちょうどいい少し塩分濃いめの味に仕上げている。

意外そうな顔がわずかにほころんで「ありがとう」と唇がつぶやいた。

「・・・私、一人で帰ってきたのかな?」

スープを飲み込みながら自問自答気味の葵。

「覚えてないのか?」

「帰って来たような気もするし・・・」

「お風呂に入った様な気もするんだけど・・・」

二日酔いの気分の悪さの為か眉間にしわを寄せて葵は頭を抱え込む。

俺との会話も覚えてないらしい。

また昨日の話題を説明する必要がありそうだ。

「勘違いしてるだろう」

「なにを?」

抱え込んだ頭はテーブルと20センチほどの距離まで下降している。

「昨日の相手は仕事の付き合いだけで何にもないからな」

俺の声に急激に上がる顔。

「別に気にしてません」

俺と視線が合ったとたん「イタッ」って、また頭を片ひじ付いて手のひらで支えた。

完璧に二日酔いだ。

「お前、溺れてたぞ」

「溺れたって・・・」

「俺がいなかったらお前は風呂場で溺死する寸前だ」

「風呂場?」

「えっ!」

驚いた仕草で葵はパジャマの上から上半身を触り出す。

下着も着せてやった。

葵が確認してるのはそんなことじゃないのは分かってる。

風呂に入った記憶はあっても出た記憶。

服を脱いだ記憶はあっても着た記憶。

それは・・・ないだろうから。

自分で着換えたと言う核心の記憶がないか必死で探って顔をしている。

必死だよな。

「あーーーーーーッ」

「確かに風呂に入った記憶が・・・ある」

二日酔いの気分の悪さはすっかり忘れたように椅子から葵が立ち上がった。

「このまんま風呂場にいたってことはないですよね?」

泣きそうな表情で葵が俺を見る。

浴槽につかっていたのだから産まれたまんまの姿なのは間違いない事実。

このマンションには俺と葵しかいないのだから誰がパジャマを着せたかは分かる展開。

「しょうがないから俺がベットまで運んで着換えさせた。何にもしてないから心配するな」

「見た?」

「見ないと運べないだろう」

電気も消して手探りで大変だったとは言う訳ない。

ここ2カ月の暮しで少しは俺達の関係も変化している。

別々の部屋に戻るのは眠るときだけ。

リビングで二人で過ごす時間も確実に増えている。

パジャマ姿で俺の前を行き来するこいつにも慣れた。

俺を無害だとしっかり信用している節がある。

警戒心がないのも男としては素直に喜べない。

下着つーか裸を見たのは昨日が初めて。

白い肌に濡れて光るうぶ毛。

均等のとれた身体。

思ったより綺麗だっと思った。

見たの最初だけだからなッ。

「恨むなよ。風呂場で寝込んだお前の所為だからな」

悶々とした夜を過ごした記憶がない俺が朝まで寝れなかった仕返し。

「うっ・・・嘘だッ」

ぐずりそうな声で葵がつぶやいた。

「嘘だよ」

「へっ?」

「なるべく見ないように電気も消して着換えさせたから、必要以上には触れてない」

葵の鼻先届くほど顔を接近させてみる。

背中に腕をまわしたい衝動は抑え込んでスラックスの両脇のポケットに誤魔化す様に手のひらを突っ込んだ。

「でも・・・見られた。恥ずかしすぎるッ」

泣きそうな表情がそのまま唇をかみしめた。

指先が勝手に動いて葵の片方の瞳からそっと涙をぬぐい取る。

自分が悪い様な感情。

泣き顔にキュッとなるなんて経験は初めてだ。

「俺、お前の事が好きみたいだ」

自然に漏れた心の声。

自分でも戸惑いながらそれが無性にうれしい。

葵の返事が気になってドキッと高鳴る心音。

それにさえも戸惑う。

今までならムードある演出で女が喜びそうなセリフを考えて囁いた言葉。

すべてが頭の中の計画。

幾つもの「愛してる」のささやきよりも今の「好き」の想いがたまらなく俺を高揚させていた。

本気の告白ってどうしようもなく照れくさいもんなんだと初めて知った。

そのままゆっくりと葵を胸の中へ押し込めるように腕を背中にまわして抱き寄せた。

葵の身体がこわばって固くなるのが解かる。

「返事しろ」

間が持たない。

ドクンとまた心音が一つ高鳴った。

「意味が・・・解かんない」

俺を見上げた瞳に引き寄せられる様に唇を合わせてた。

葵の反応は見ずにここで終わろうかな・・・なんてことも考えてますが・・・

それはやっぱり無理でしょうか?(^_^;)

拍手コメント返礼

きんた様

いえいえ、とんでもございません!悶えたままだなんて~(笑)

タダこのまま言ってもいいものかどうかが、心配でして(^_^;)

直球じゃなくてカーブ、シュートまで考えるとお話が今の倍はいきそうなんです。

目指せ100話なんて体力が~