下弦の月が浮かぶ夜29

 *

「メープルで結婚式ってさすがよね」

「この式場二年先までいっぱいなのを無理やり都合を付けさせたって彼女自慢してたわ」

聞こえてくる内容は相変わらずだと葵は苦笑した。

大学の頃から目立ちたがりの性格は変わってないらしい。

大学卒業して2年間音信不通だった私にまで結婚式の招待状を送ったのは今の自分の幸せをアピールしたかっただけに違いないと葵は思っている。

断るつもりだった招待状に参加と丸をつけたのは仲のいい友達の「あなたが行かなきゃ彼女ますます気を良くするわよ」と誘われたからだ。

「あなた、別れたくないって彼に泣きついたんだって」

大学三年のある日の出来事。

今でも思い出すと腹の中が煮えくり返る思いが湧き上がる。

「君のことも好きなんだけどな」

彼女との二股を知って別れると切りだしたのは葵の方だった。

誰が泣いて引き止めたりするものか。

目の前の祭壇に立つ男は軽薄そのものに映る。

人を見下すことで優越感に浸る彼女とはお似合いかもしれない。

式が終わってそのまま始まるガーデンパーティー。

色とりどりの花が会場を彩る。

今日の主役の二人には葵はほとんど興味がなくなっていた。

「来てくれるとは思わなかったな。うれしいよ」

にっこりとほほ笑む顔も嫌味にしか思えない。

大学の頃少しでもかっこいいと思った自分が馬鹿らしい。

「おめでとうございます。お幸せに」

ありふれた挨拶。

無理しなくていいよって、つぶやく事自体がなにか勘違いされてないかと葵は顔がこわばった。

別れたあの日から一度も思い出したことのない相手。

今で引きずっていたのはいい恋愛をしてなかったせいだ。

けして目の前の相手が好きだったわけじゃない。

「葵、久しぶりね」

「久しぶり」

新郎を無視するように数人の友達との再会に明るい声に葵は応じたふりでその場を離れた。

途中で抜け出そうそう思いながらも、手を取り合いながら飛び跳ねる感じは未だに学生のノリだと友との再会に素直に喜んでいる。

「葵、綺麗になったね」

「そ・・・そうかな、いつもと変わらないけど・・・」

「先輩も失敗したと思ってるかも~」

「冗談はやめてよね」

友達に褒められるのはまんざら悪い気はしない。

ここ数日エステに通って今日は朝からスタイリスト付きで仕上がられた。

きっと今日の主役の花嫁より手が加えられてるかもしれないと内心では葵も思っている。

「へぇ、あいつか」

日差しを遮る様に背中から延びてきた影。

「帰ったんじゃなかったの!」

急いで振り向いた先の長身の相手は逆光で表情をさえぎっている。

笑らわれているのだろうかと葵の心の奥にためらいが浮かんで消えた。

この会場の中で一番目立ってる人。

比べること自体無意味だと思わせる存在感。

「ここの3階に用事があったんだ」

「司も牧野も、この前会社で会ったやつら勢ぞろいだぞ」

日差しを遮る様に見上げた葵の前であきらはゆったりと腕を組み優しくほほ笑んだ。

「・・・もしかして、F4の美作さんですか?」

「知ってるの?」

「知ってるのって、葵・・・ボケてない?」

「あのF4だよ」

「私たち英徳の校門前に会いに行ったことあるんです」

葵を押しのけるように動いて友達3人は熱い視線であきらに向かい合っている。

私たちより年下だよと言いたい気持ちを言葉にできず葵は呑み込んだ。

「ありがとう」

「今日はあんまり騒がれてたくないから」

慣れた様にごく当たり前の口調のあきら。

「葵とお知り合いですか?」

小声になってもその声は興味を失うことはない。

「会社の社長なの」

説明になってないと言う顔が目の前に並んでしまっている。

「上から下を見ていたら丁度東條君が見えたもので」

「美しいものには目がなくてね」

魅了してやまない整った顔が優しくほほ笑む。

完全に取り込まれた様に夢見心地の表情を浮かべてる友。

この先あきらが何を話してもきっと友達の記憶には残ってないだろうと葵は確信した。

葵と美作あきらが知りあいとだということだけが強烈にインプットされるに違いない事実。

今は夢見心地のままにして置いた方が追求されなくて済みそうだと葵は頭の中で計算をはじき出して、これ以上なにも言うなと視線であきらに訴えた。

「もしかして美作さんですか?」

「あなた知り会いだったの!」

感嘆した表情で新郎を見つめる新婦。

「えっ・・・やぁッ・・・」

言葉に詰まる驚愕気味の新朗。

「すません、あまり小さい会社とは取引がないので」

嫌味が嫌味に聞こえないと半ば感心してあきらの顔を葵は見つめた。

その口元がわずかに口角を上げて小さく笑みを浮かべた。

「大学時代は彼女がお世話になったようですね」

軽く肩を抱くようにあきらの腕が動く。

「えっ?」

一瞬で動揺が葵の体中を走った。

きっと今一番ドギマギとしてしまってるのは自分に違いない。

鼓動があきらに聞こえてるのではないかと思ってまた葵は動揺する。

「彼女を紹介したい人がいるので失礼します」

驚きのまま固まって反応を見せない新郎新婦に背中を見せてあきらは葵の肩を抱いたまま歩き始めた。

「ちょ・ちょっと紹介って?」

「ウソじゃないよ。あいつらが上で待ってるんだ」

見上げたホテルの窓に映る三つの長身。

「あれ、F4?」

周りから上がるざわつき。

合図するようにあきらが軽く右手を上げた。

「キャー」

周りのボルテージは半端なく急上昇。

今日の主役の二人は完全に置いてきぼりになってしまってる。

「なんでF4と葵が知り合いなのよ」

ヒステリックに響く声。

「ここまでしてくれなくてもいいのに」

「何もしてないけど」

この前のお返しだとかすかに聞こえるつぶやき。

「ありがと」

あきらの横で葵はほほ笑むように目を細めた。

いろいろ書きたいことはあったんですが葵のマイフェアレディーの計画はスッ飛ばしてしまいました。

あんまり描き過ぎると葵に肩入れしてきそうでして・・・(^_^;)。

そろそろ終わりにお話は向かっています。

拍手コメント返礼

hokuto☆raou様

この辺りは見ん様の予測された感じになってるのではと思います。

スマートにカッコよく効果的にあきら君に登場してもらわないと面白くないですものね。

お仕事頑張ってください~。

mi様

まだまだ二股男には足りませんかね(^_^;)

ぎゃふんとやりすぎたら立ち直れなくなりそうですよね。

しずか様

2人がどうなるかは最後までヤキモキとしていただきたく思っています。

いや~どうなるんでしょうね♪