下弦の月が浮かぶ夜30

 *

「今日、天気良くてよかったな」

わざとらしくはしゃぐ道明寺。

メープルの3階にしつらえられた一室。

重厚な革張りのソファー。

真中のテーブルに和洋中の料理が並ぶ。

数十名の小さなパーティーでも開くつもりだろうかと思えた。

「わざわざ俺達を呼びつけて何企んでるんだ」

「ひどい言いがかりだぞ総二郎」

「久しぶりに交友を温めようと思っただけだ」

「それが嘘っぽい」

口元がわずかにクスッと動いて花沢類がつぶやいた。

余計なこと言うなとでも言う様に口をとがらせる道明寺。

私からも「クス」と声が漏れる。

「いつも急だよな」

「俺達も暇じゃない」

なんてぼやきながら集まる仲の良さ。

この空間を共有できることを私は素直に喜んでいる。

窓から見下ろすホテルの中庭。

白く輝くチャペル。

飛び立つ鳩が結婚式の終わりを告げている。

「結婚式やってたんだ」

窓際に佇む私に歩み寄る花沢類。

花沢類の物静かな声と優しいまなざしは未だにどうも照れくさい思いを引き出してしまう。

「そうみたいだね」

照れくささを隠す様にもう一度明るい日差しの中に視線を向けた。

白いタキシードと白いウエディングドレス。

紙吹雪のなかを腕を組んで進む2人。

表情は見えないけど一番幸せな瞬間を迎えていることだろう。

見てるだけで幸せになれそうだ。

「自分の結婚式の想像してるとか?」

いつの間にか私の横にやってきた美作さんが耳元で小さくつぶやいた。

「わっ、びっくりした」

「そんな驚くことじゃないでしょう、牧野が大学卒業したらすぐだろうしね」

「何がすぐだ?」

「つーか、お前ら牧野に近づき過ぎだろうが」

「わっ」

後ろから抱きついて来た道明寺に思わず身体のバランスが崩れそうになって窓ガラスに顔面を思い切り押しつける

形になった。

「鼻、つぶれなかったか?」

「あんたのせいでしょうがぁぁぁ」

「つぶれたらどうしてくれるのよ」

「心配すんな、つぶれてもあんまり変わんないだろう。壊れても嫌いになんかなんぇねから」

「変わんないって・・・そういう問題じゃないでしょう」

募る私の不平に動じない道明寺。

つーかきっと道明寺の場合は私の不平の意味は全く理解出来てないと確信してる。

そして何事もなかったように道明寺の中で処理されてしまうのだろう。

分かっていても言いたくなるのはどうしようもない。

「牧野は自分の結婚式のこと考えてんだから司も一緒に想像してみれば」

「えっ?そうか?」

花沢類の言葉にまんざらでもなさそうな表情を道明寺が浮かべる。

「別に考えてないからね。結婚式のことなんて」

慌てて大げさに両手を振る。

まったく考えてなかったとは言えない心の内。

皆の前で見せるのはここで服を脱ぐような恥ずかしさだ。

「考えてないってどう言う意味だ」

「お前は俺と結婚したくねえのか」

道明寺の思考・・・。

脱線気味に動いてしまってる。

「そんなことは誰も言ってないでしょう!」

このまま言い合いになりそうな睨みあい。

「あれ、あの子・・・あきらの彼女じゃねぇ?」

絶妙なタイミングで一気に引きよせられる声。

西門さんの声につられるように私たちの言い合いも収まった。

そのまま食い入る様に窓から下を見下ろす。

「彼女じゃないけど」

それは嫌そうな意識を感じさせない肯定的な響きに聞こえる。

「西門さん良く分かったね」

言われなきゃ気が付かなかった遠目に映る縮小された姿。

「総二郎は女性には敏感だからな」

苦笑する美作さん。

「俺は牧野でもすぐに見つけられると思うけどな」

さらりと爽やかに動く口元。

言われて悪い気がするはずがない。

「総二郎!お前は牧野を見つけなくていい」

「牧野!お前も何気にニヤつくな!」

「ニヤついてなんかない」

言いながら必死に頬に力を入れた。

「この前、あんまり話できなかったから会ってみたいな」

この雰囲気を変えたい気分で思わず出た言葉。

道明寺のなにを考えてる的な視線に思わず手のひらで口を押さえる。

「連れてくるよ」

「えっ?」

そう言って部屋を出ていく美作さんを黙って皆で見送っていた。