下弦の月が浮かぶ夜41
*ヤバイとこみられたか?
大げさすぎる驚いた表情が目の前で怒ったように変わって背中を向けてドアを閉めた。
あっ・・・。
上げそうになる声を喉の奥で押し留めた。
今からなにを言い訳しても聞いてくれそうもなさそうだ。
それにいい訳しなきゃいけないことはない。
いや、一応見合いをする相手だった。
一緒に住んでいるし、誤解を解く必要はあるだろう。
思ったより焦ってる。
それよりまずは目の前のことを片づけるのが先決だと優先度をつけた。
「こんなことしてくれなんて頼んでませんよ」
ゆっくりと彼女の腕を俺の首から外す。
素直にされるがままに落とされる白い腕。
「あきら君なら頼まれないことでもやってあげたくなる」
今までなら魅力的だと感じてた色気も心が白々しく感じてしまう。
「今日はこんな事の為に来た訳じゃないでしょう。ビジネスの話だったはずだ」
「久しぶりに会ったのに冷たいのね」
彼女の指先がスーツの襟元をスーッと触れて胸元で止まる。
「もしかしてあの噂はホントなの?」
呟く唇はつややかで艶かしい。
誘われてるのが分かっているの冷めていく感情。
ここ2カ月女っ気ゼロだぞ俺。
反応しない?出来ない?どっちだ?
欲求より理性の方が勝っているだけだ。
「噂?」
「婚約したとか、結婚するとか・・・」
「もうあなたの耳まで聞こえてるんですか?」
「最近遊んでみたいだしね。みんなと別れたんだって?」
「そんなに付き合ってませんよ」
「私が知ってるだけで4・・・5人?だっけ?」
「かないませんね」
「ここでは落ち着かないから外へ出ましょう」
部屋のドアを開けて彼女に外へ出るように誘う。
俺と目が合った葵はすぐに背中を向けた。
その背中から結構な怒りを漂わせてる。
「一之瀬、2時間程度出てくる」
「2時間で足りるんですか?」
返事を返したのは葵の方だった。
それが無性にうれしい。
「充分だ。後は頼む」
にこやかなままの顔を一之瀬に向けた。
「社長、ついでにこの書類事業部へお願いします」
俺に負けじと満面の笑みを一之瀬から返された。
「俺を使うのか?」
「その方が都合がいいですよね」
周りに聞こえない程度の小声。
彼女を連れて社内に姿を現わせば、葵との噂は彼女との事にすり替わるはずだ。
だから彼女からビジネスの話しがあると連絡をもらった時すぐに会社で会うことにした。
大学時代に数カ月付き合った彼女。
もちろんこの時も付き合っていた彼女は一人じゃなかった。
俺と別れてイギリスに最近まで暮してた。
別にあとくされのない相手だ。
司のところの秘書にはかなわないまでも俺んとこの秘書も俺を見抜いてる。
「よくわかってるな」
「こんな小さいころから知ってますからね」
腰の高さで左右にふられる手のひらを見ながら苦笑した。
「うちの秘書は人使いが荒い。 赤西さん付き合ってもらえますか?」
「水臭いのね。昔みたいに遥って呼んで」
さすがに俺もこれにはギクッとなって葵の反応が気になった。
が・・・。
素知らぬ顔でそのまま彼女の手をとる様に部屋を出た。
怒のオーラ増大してなかったか?
一之瀬が落ち着かせてくれてないかと期待。
女の扱いで他人に頼るなんて俺らしくない。
「それも楽しいだろう」
総二郎が聞いたらうれしそうに反応されそうだ。
楽しめるかッ。