watcher 8

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某日某所連れていかれた日本庭園のある静かな佇まい。

都内でこれだけの土地を所有してれば相続争いも起るはずだ。

死んでしまった長男に実は娘が一人。

突然現れた二十そこそこの娘は一番の相続者。

あとは依頼人の弟に姉。

本来ならこの二人の家族に行くはずの財産すべてを孫娘が受け継いでもなんにも言われない立場だ。

「今回はお手数おかけします」

目の前に現れたのは白髪の男性。

氷室物産の現会長72歳。

上唇にたくわえた口ひげにも気品がある。

右手に持っている杖は必要ないくらいのしゃきっと伸びた背筋。

その横に涼やかな切れ長の瞳の若い女性。

似てる顔だちは血のつながりを表している。

って!?

これがこの前のコギャルか!

全然別人だぞ。

思わずポケッと口を開けたままの驚きの表情のまま隣のつくしに顔を向けた。

やけにうれしそうに顔をほころばす。

「これじゃ、詐欺だ」

「あのくらいしないと隠せないでしょ」

修習時代につくしが『道明寺つくし』とばれないために変装した安物のリクルートスーツに黒ぶちの伊達メガネ。

彼女ぐらいインパクトあれば絶対ばれなかったぞ。

同一人物とはいまだに信じられない。

「今日も来てくれたんだ。うれしい」

外見からは想像できない軽いノリの明るい声。

もっとしとやかな言葉遣いに心地よい穏やかな声を想像してたけど無駄だった。

性格は初めて会った時と変わらない今時の女子高生並みだと悟った。

俺の妹ハルの方と気が合いそうなタイプ。

苦手なんだよ、こんなタイプは。

「皆が集まるまではまだ時間があります」

氷室物産の会長だけがさすがに道明寺つくしに対しての礼儀を示す腰の低さの対応を見せる。

「会長、書類は作成してきましたから目を通して署名していただければすべて終わりです」

こんなところはしっかりと弁護士の落ち着いた物腰をつくしも見せる。

俺が初めて見る弁護士の顔。

知的に何事にも、物おじしない強い力を感じる瞳。

そしてやさしくおおらかににっこりと浮かぶ笑み。

握手を交わして数分で遺言の作成は終わった。

「私、お金なんていらないんだけどな。おじいちゃんと暮せるだけでいいのに」

「ずーと、一人だったから家族と暮らせるだけで幸せなんだ」

それが本心とでもいう様に出来あがったばかりの遺言書をゴミ箱にポンと落とした。

「金があるのも困ったもんでな。そう単純にいかんのだ」

「あのバカどもにやったら会社がつぶれる」

うれしそうにほころんだ顔でその書類を会長がごみ箱から拾い上げる。

莫大な財産をいらないと言われたのも、ゴミ箱に手を突っ込むのもきっと会長は初めてだと思う。

「私なんてもっと会社つぶしそうだけど」

この二人がいい関係でいることが解かる様なやりとり。

そこには殺伐としたものはなにもない。

本当に殺されかけてるのかよ。

確認したくなった。

「松岡公平君だったね」

いきなり会長が俺に声をかけてきた。

「君の親父さんとは長い付き合いでね。君にも小さいころ会ったことがあるんだが、覚えてはいないよな」

「すいませんが、記憶にはないです」

親父もそれなりの会社を経営してる。

氷室物産とつながりがあってもおかしくはない。

「会社を継がなくて検事になったと親父さんが嘆いてたぞ」

「好きにやらせてもらってますから」

なんとなく・・・

変な雲行きを察知した。

検事の俺は、ここで本当に必要か?

「お前何にも知らないよな?」

してねえよなと追及したいのが本音。

ブルブルとつくしが首を振った。

「念のため、検事の友達を連れてくるとしかいってない。公平の名前も伝えてないし」

擦れる様な低い声を小さくつくしが絞り出す。

それじゃなんで俺の名前が筒抜けなんだ?

思わぬ方向に進んでないか?

「皆さん集まりました」

扉が開いて使用人らしき男性が親族が集まったと伝えてきた。

俺・・・行きたくねぇかも。

このお話はもうちょっとで終わりです♪