下弦の月が浮かぶ夜31

 *

司の呼び出しに応じたのは単なる気まぐれ、気の迷いと是正するのは無理がある。

牧野が絡んでいるのは疑いがない。

あの日・・・。

司と牧野を前に交わした会話。

二人を見守る気持ちに偽りはないと俺は自分で知っている。

司を幸せにできるのは牧野しかないと分かってるから。

「もう、牧野は必要ねぇよな?」

心の整理はついたかとあいつらしい言い回し。

「貸せって言っても無理だろう?」

「当たり前だろうがぁ」

俺達だから伝わりあう会話。

「牧野、変なこと頼んで悪かった。もういいから」

牧野に告げながら司にも迷惑かけたの思い。

司と俺の間では決着が付いたことが牧野にはまだくすぶっているらしい。

一人で突っ走られると非常に厄介だと思った司の一手なんだろうけど、それが今日って偶然か?

葵をメープルに下ろして一人で残った車の後部席。

「今から来い」

「どこに」

「メープル」

思わず地上20階のホテルを眺めた。

タイミング良すぎだろうと苦笑する。

メープルでの結婚式。

有名人の結婚式に、雑誌でとり上げられた企画。

広々とした庭園はヨーロッパスタイルをとりれてる。

優雅に気品のある雰囲気が上流階級には受けてるらしい。

新郎と話す葵を見つけた。

いかにも軽薄な感じにしか見えない男。

あんな奴に二股をかけられたって男見る目ないんじゃないか?

葵が作り笑いで答えるのが見えて、今も引きずってるわけではなさそうだと笑みが浮かぶ。

俺に気がついてざわつき出す会場。

完全に今日の主役を食っている。

水面に投げられた石の波紋が少しづつ広がりを見せる様に会場にざわつきが広がり出す。

外に向かうほど大きくなるざわめき。

その中心は俺と葵。

何しに来たのかと非難めいた葵の視線が無性に俺の気分を増長させる。

あいつにまだお前が未練を持ってると思われたら嫌だろう。

俺の気持ちを押しつけてるわけじゃない。

新郎新婦の媚を売る様な視線。

いつものことだと失笑する。

「大学時代は彼女がお世話になったようですね」

タダの関係じゃないと見せつける様に葵の肩に回す腕。

テレビじみた芝居。

ホテル三階の部屋であいつらにも見ているだろうか。

葵の肩を抱いたまま会場を後にした。

*

「・・・もう、離して」

フロントを過ぎたあたりで人目を気にするように葵が俺から離れた。

さっきはやけに素直にありがとうなんて礼を述べていたと思ったらこれだ。

今までの経験上そのまま甘えるように身体を預けてホテルの部屋までってパターン。

通用するタイプじゃないのは分かってる。

「帰りたいんだけど」

「このまま、ホテルを出たら大変だと思うよ」

「えっ?」

視線で俺達が歩いてきた方向を見るようにと合図を送った。

透明感のある窓ガラスに張り付く様な見学人。

目の合った女性が葵に大きく手を振った。

「もう、何やってるのよッ」

「皆君の知り合いだろう」

「・・・うっ」

誰のせいだとでも言う様に唇を噛んで鋭い目つきで睨まれた。

「時間つぶした方がいいと思うけどね」

「俺と二人っきりがいいって言うならそうしてやるけど」

無言のまま俺の前をとりすぎてエレベーターに葵が乗り込む。

それを追って俺もエレベーターに乗り込んだ。

葵が3階のボタンを壊しそうな勢いでブチッと押した。

「やっぱリ帰る」

部屋の前まで数歩のところで床に両足を張り付けて動かない葵。

「往生際が悪い」

「動かないんなら抱き抱えようか?」

耳元で小さくつぶやく。

真っ赤になった顔のまま数歩足を進めて部屋のドアの前に立ちすくんだ。

葵の操縦の仕方がだんだんわかってきた。

葵の背中越しに脇から手を伸ばしてチャイムを押す。

ガチャッと音を立てて開く扉。

「やあ、はじめまして、初めてじゃないか」

にこやかに涼しい表情を見せる総二郎。

女性の緊張を解きほぐすことには慣れている。

ホストも顔負けのはずなのだが・・・。

卒倒しそうな葵。

「この前はすいませんでした」

緊張した空間にふわ~とすなり入り込んできた牧野。

空気が温和に変わる。

牧野を見つけてホッと安心した表情を葵が見せる。

「騒ぎになってたみたいだけど」

ソファーに座って相変わらず眠そうな表情を見せる類。

「お前らが上から顔を見せるからだろう」

ロイヤルファミリ並みの優雅さと人気を誇ってたと言っても過言じゃない。

「いや、あきら一人でも十分な効果だろう」

「道明寺達は騒がれるのに慣れ過ぎてるのよ」

「牧野そうぼやくな。お前は慣れなきゃしょうがなくなるんだら」

「慣れなくていい」

「いいって、どう言うことだ!」

「俺と一緒になれば騒がれて当然だろうがぁ」

また、しょうもないことで始まった。

相変わらずの二人。

お前らのことで悩んでた自分が馬鹿らしくなる。

「葵が驚いてるぞ」

「いいえ、驚いてません」

目玉ひんむいて口をあんぐり開けた表情はどう説明する気だ。

驚愕の表情そのままにしか見えなかった。

牧野はしまったって後悔した様な表情を浮かべてる。

未だに不満そうにぶつぶつ言ってるのは司だけだ。

「・・・ところで」

牧野が大きく息を吐いて真面目な表情を作る。

「美作さん、婚約したの?」

「してません!」

俺より先に葵が大声を上げて否定した。