下弦の月が浮かぶ夜36
*「おい聞いたか?」
「聞いた」
「社長が女子社員を押し倒していたってやつだろう?」
「違うだろう、俺が聞いたのは女子社員が社長を押し倒していたって話だったぞ」
朝から駆け巡った噂はあっという間に社内全部を支配した。
仕事どころじゃないと浮足立っていると執務室に報告に来たのは古株の常務。
「今まで女性のうわさは大目に見ていましたが」と顔をしかめる。
俺はたんにあいつの声がもれない様に口をふさいだだけ。
結果的には最悪の状態を目撃された。
どうみてもあれは男が女を押さえこむ図。
どこで俺が襲われたことになったのか。
噂って怖いよな。
「今までのお相手は仕事がらみの一環だと思っていましたが、女子社員までとはさすがに・・・」
今まで会社にまで押し掛けていたのはマダム以外の独身の令嬢。
銀行の頭取の娘に、取引先の会社の娘。
来るもの拒まずというか、仕事を有利に進める上で相手をしていただけの関係。
全部が全部に手を出してはいない。
どこかに結婚の罠が仕掛けられていると困るので警戒だけは怠らなかった。
「単なるうわさだろう?」
「噂では済みません」
常務が俺の所に御注進ということは葵の所も相当やばくなっていると言うことだ。
あいつ仕事できねぇだろうな。
椅子から立ち上がって部屋を出る。
「どこに行かれるのですか?」
慌てた様な声はこの際無視だ。
総務課のあるフロアーにエレベーターから降りた。
いつもよりざわついているのは噂の所為だと気がつく視線。
俺に気がついてすぐに逃げる様に姿を隠す。
わずかに開いた扉から聞こえてくる声。
「だからどんな関係なの」
「あっ!もしかしてこの前の男!社長?」
「身長は同じくらいよね。着ている服装もお洒落だったしね」
ブサイク芸人で我慢してやったのにもうばれているじゃないか。
クスッと喉元から声が漏れる。
「だから・・・あれはね」
言いかけた葵とバタッと視線がぶつかった。
今にも瞳からこぼれそうな涙。
それを耐えながら、なんでいるのと動いた唇をギュッと咬む。
「社長ッ」
いち早く動いた部長がこけそうな勢いで俺の前に来た。
「騒がせて悪いな」
「いえ、大丈夫です」
仕事にならない状況はすぐにわかる。
「東條は貰っていく」
「へっ?」
葵を含めた周りがすべて驚く顔を並べる。
「ここに、東條を置いていたら仕事にならないだろう。秘書課にもらう」
「冗談でしょう!」
息を吹き返した様に葵が声を上げた。
「それじゃ、噂が収まるどころかますます被害が大きくなる」
詰め寄って周りに聞こえないように葵が声をしぼる。
この状況も周りから見れば俺と葵の関係を想像させるネタになる。
そこまで考える余裕は葵にはなさそうだ。
「今さら何を言っても噂は収まらないだろう」
「俺の側に置いておけば君を守ってやれそうだから」
「キャー」
さっき葵に俺との関係を質していた女子社員から響く黄色い声。
「守ってやるだって~」
羨望の混ざる表情を浮かべて眺める瞳が熱を持って見つめる。
その反応に俺の方が驚いた。
「無理だって」
「これが一番いい方法だと思うけどな」
周りに視線を走らせて落ち着かない瞳のまま葵が俺を見上げる。
「針の筵の気がするんだけど」
「なんで?」
「自分がどれだけ女子のあこがれの的かって自覚ある?」
秘書課希望の女子社員が多いのは知っている。
理由が社長のそばで仕事ができると言うことだとも。
「それじゃ、一緒に住んでいるのがばれたらもっと大変だろう」
耳元で声が漏れないように囁いた。
「ば・・ば・・ば・・・」
ばばばって・・・
言葉になってない。
今のとこ自分から一緒に住んでることを喋る利点はない。
何も言えなくなっている葵の腕を取って総務室を後にした。
つくしと司では書けなかった上司と部下の関係をここで書いてみたらどんな話になるかと書いてしまいました。
話がどんどんずれこみそうな予感が(^_^;)
終わんないよ~~~~~~