第2話 抱きしめあえる夜だから 4
*-From 1-
日本とNY、時差は13時間(夏時間)。
今頃日本でつくしは目を覚ました頃だろうか。
NYに到着後すぐに訳のわからないレセプションに駆り出されてしまってる。
こっちじゃ、パートナー同伴は当たり前。
俺の相手がおふくろって最悪の展開。
挨拶するたびに奥さまは?と聞かれちまってる。
聞かれるたびに思い出すのは愛しい笑顔。
ここにつくしがいればどれだけ舞い上がってみんなに紹介してることだろう。
想像できるから苦笑して誤魔化す。
おふくろの刺す様な視線を外して逃れること3回目。
シャンパンをクッと空腹の胃の中へと流し込んだ。
人のざわめきを抜けだしてベランダから庭先へと一人佇む。
ここまではパーティー会場に流れる音楽も話声も聞こえない。
スーツの内ポケットから携帯を取り出しボタンを押した。
呼び出し音5回でうれしさを呼び起こす声が聞こえる。
「道明寺!」
待ち焦がれたような声に俺の頬も緩む。
「変わりないか?」
離れてまだ2日も経ってはいない。
なにかあったら大変だ。
言いたい事は他にもあるはずなのに言葉が浮かばない。
浮かんでくるのはあいつの笑顔だけって・・・。
・・・・・相当重症だ。
「道明寺ーーーーッ」
あいつの声色が変わった。
「なんでSPつけるのよッ!落ち着いて仕事が出来なかったんだから!」
怒った声もかわいいと思う今の俺。
「お前になにかあっても今は俺は守れない」
「俺の代わりはSP4人でもたらねーぞ」
普段なら対抗してイラついて喧嘩になってしまう展開。
つくしの怒りをさらっと受け流す余裕が生まれてた。
「なにもある訳ないでしょう!?」
少しつくしのトーンが下がった。
「お前は他人をすぐ信用するし、緊張感ねぇーし、警戒心も持ってない」
「知り合いが来たらさっさと喜んでついて行くだろうがぁ」
類に総二郎にあきらでも顔を見せたら喜んでついて行きそうだ。
俺の知らないところで会ってみろ!
あいつらにだって俺は嫉妬するぞ!
「な・・・なに考えてるのよッ」
「お前が他の男に言い寄られて気がつかないでいる心配」
「そんなにもてないわよ。だいたい会社と家との往復だけだし、男の人と話す機会もないんだから」
「道明寺の方こそ金髪美女を侍らすんじゃないわよッ」
「バカ!俺の隣はおふくろが目を光らしてるぞ」
つくしの欠点は自分がモテルことを自覚してない事。
恋愛に疎いのは良くも悪くも俺を慌てさせる結果を招いてる。
俺が知ってるだけで何人お前に言い寄ったと思ってるんだ。
それも結構いい男。
俺が断トツずば抜けて一番いい男だけどな。
だから気が気じゃなくなる。
「・・・なあ・・・」
「俺がいなくて淋しいって言えよ」
「えっ?」
「会いたいでも愛してるでもいいけど・・・」
淋しいのも会いたいのも俺の方。
それをつくしの方から言わせたいのは俺のわがまま。
あいつにだけは甘えてる。
少しの沈黙の後に愛しい響きが耳元を伝う。
「淋しい・・・から・・・早く帰って来てね」
くすぐったい想いが胸の奥を温める。
「また連絡する」
わざと俺の方から淋しいとか会いたいとかすぐに帰るとか言わずに携帯をきった。
言ったらすぐにでも日本に引き戻したい気持ちを押さえられなくなりそうだったから。
「愛してる」
無言になった無機質の携帯につぶやいた。
-From 2-
昨日の今日で突発的偶然な状況が続いてる。
今、私の目の前でコーヒーを飲んでるのは茶道の次期家元西門総二郎。
「面会の方が見えてます」と受付から連絡が入ったのは十数分前。
最近テレビや講演等に飛びまわっているから知名度も半端じゃない。
1階ロビー奥の目立たないはずのコーヒーショップ。
普段は社員の利用専門なのにどうみても女子高生?みたいなギャルの姿も目立つ。
きっと西門さんに釣られて入ってきたんだと分かりきった理由。
「だれあの女?」的に睨みつける視線を向けられてまたかと整った顔立ちを恨めしく眺めてた。
西門さんの場合どうすればいちばん女の子が喜ぶのか計算づくで表情が作れるのはもって生まれた天性。
無駄がない。
だから周りの熱い視線はとどまるところを知らず増長されてくる。
お茶する場所を間違った。
花沢類の時みたいに社員食堂の方が気が楽だった。
社員食堂では私が道明寺の奥さんで、弁護士だと知っているから嫉妬丸出しで見られることはまずない。
だが今は・・・
周りは敵対心丸出しのアウェー状態だ。
「落ち着かないねぇ・・・」
「そうか?」
西門さんは自分に呆けた顔でホッとなっている女性にさらっと流し眼を送ってフッとほほ笑んでつぶやいた。
「西門さん・・・なにしに来たの?ナンパなら別なところでやってくれない?」
「類に聞いたんだよ。司が今日本にいなくて牧野が暇そうにしてるって」
「だから陣中見舞いに来てやった。つれないこと言うなよ」
手でもつかまれて迫られている様な甘い雰囲気。
お願いだから顔を近づけないで・・・
見なれているはずの甘いマスクに思わずドキッと胸が鳴った。
誤魔化す様にコーヒーを一口、口に含む。
それは・・・
スキとか惚れるとかそんな次元じゃなく綺麗なものにうっとりしてしまう美意識的なもの。
それでも道明寺にばれたらヤバイ。
「キャー」
聞こえる声は悲鳴に近い。
湧き上がる声にガバッと我に返ってた。
どうして・・・
こう・・・
私の周りの男たちは女性が拒否出来ない様な雰囲気を作り出すことに長けているのだろう。
道明寺の場合は私にしか速攻性はないだろうけど。
だからこの人たちよりは道明寺は安心だと思っている。
何気に浮かんだ道明寺が私に向ける熱い瞳。
寝起きで聞いた記憶に残る道明寺の声。
耳元に残るやさしい声。
「淋しい、会いたいと言え」と、命令気味に言った甘えを含んだあいつの言葉。
「・・・早く帰ってきて・・・」
素直な私の本音をさらりと引き出されていた。
「お前は他人をすぐ信用するし、緊張感ねぇーし、警戒心も持ってない」
「知り合いが来たらさっさと喜んでついて行くだろうがぁ」
SPを私に無理やり付けた理由。
もしかして・・・
こんな場面のことを心配してた?
花沢類に西門さん、これもダメだと言うことなのだろうか・・・。
少し不安になってきた。
「この後の予定は?」
「・・・仕事が終われば別にないけど・・・」
「それじゃあ、俺に付き合って」
拒否できそうもない笑顔を向けられる。
女性の誘い方はF4随一だが、私を口説く心配は毛頭ない安心感。
道明寺・・・怒らない・・・・よ・・・ね・・・
「だからお前はーーーッ」
口を尖らせる道明寺の顔が浮かばなくもなく・・・
うまく笑えない笑顔を作りコクンと頷いてしまってた。
-From 3-
「夜、迎えに行くから。和服で準備しといて、逃げんなよ」
当り前の様な顔で念をおされた。
「せんぱ~いッ」
帰宅早々タマ先輩に泣きついた。
着物はそれなりに道明寺家でそろえてくれているので慌てる必要はないのだが、一人で着付けなんて出来る訳がない。
大学時代から花嫁修業と称していろいろやらされた。
その結果着物を着ることも抵抗はなくなっている。
茶道で毎週のごとく着付けされてたのだから。
お師匠様は西門さん。
これが結構まじめで厳しかった。
いつもの女ったらしはどこへやら~。
弟子が私だったから触手が動かなかったと言うことなのだろうか・・・。
初めて着た着物の桁を聞いた時はその値段で身動きが取れなくなっていた。
今日着せてもらってるのは数百万?数千万?
「西門一門の集まりなら下手なものは着せられないからねぇ」
タマ先輩の一言で絞められた帯の苦しさプラス『汚せない!』
恐怖心が加わってくる。
西門さんの迎えを告げる知らせが届くころなんとか準備が間に合った。
癪に障るぐらい、相変わらずなにを着ても似合う御曹司。
すらりとした長身のはかま姿。着物に慣れてるから仕草も上品で落ち着いている。
時代劇から抜けだした大名家の若様ってこんな感じだろうと言うのが私の感想。
それに比べて私は着物に着られてる。
歩くのもまだぎこちない。
純和風の日本庭園。
手入れされた植木の葉の上で柔らかい光が小さく光る。
「ホタル?」
「今日の趣向らしい」
「東京のど真ん中で?」
「ああ、牧野にはばかばかしく思えるかな?」
そこまではもろに批判はできないが、ただ綺麗だと感嘆符では眺められない。
「ところで・・・今日はなんの集まりなの?」
参列者は上品なおじさま、おばさまに年頃のお嬢さんもちらほら。
さっきから品定めするような視線を私に送ってる。
「ああ、日本文化の総集って感じかな、茶道に生花、舞踊に能、ほとんどの家元が来てると思うよ」
「・・・私を誘う要素どこにもなさそうなんだけど・・・・?」
「女性を連れてないとうるさいから・・・」
「牧野は俺のガード線なの」
並んで歩きながらも西門さんに話しかけようと近づく人影は後を絶たない。
ほほ笑みかける美女系の女性を一瞥して私に気遣う様な態度をさらりととる。
「あの人なんて、もろ西門さんの好みじゃないの?」
相手にされずショックを隠し切れない美女が視線を外すことなく西門さんを見続ける。
「司が結婚してからさ、俺にあきらに類は縁談が極端に増えてるんだけど」
「今日の目的の半分は見合いみたいなものなの」
「相手したら後が怖い」
迷惑なんだと言う様にため息ついてほほ笑んだ。
それも私たちの結婚のせいだと言われてる様な重圧感。
「司がいないなら牧野を借りても問題ないと思っただけ」
「ど・・・道明寺がいたら・・・」
「司が牧野を俺に貸す訳ないだろう。ぶん殴られる」
ばれなきゃ大丈夫だからと軽く肩をたたかれた。
「運がいい事に俺達の世界じゃ道明寺の奥さまの顔はまだそんなに売れてない」
「それに女性は和服を着るとイメージ変わるからね」
「たぶん道明寺つくしって気がつく人いないんじゃないかな」
やけに楽しそうに西門さんがクスクス笑いだす。
「今日のところは俺が連れてきた謎の女性と言う話題に付きあってくれ」
「今日だけで・・・済む?」
西門さんの説明で周りの刺す様な視線の意味もザワツキも理解ができた。
大丈夫なのだろうか・・・
かりにも親友の奥さんをそんな隠れ蓑みたいな状況で使うのか!
普通はしないでしょう!
思わぬ不安がよぎる。
「司が知ったら卒倒するぞ」
私の不安を煽って楽しむ様に西門さんがほほ笑んだ。
続きは 抱きしめあえる夜だから 5 で
F3登場は司が手配したということもある?などのコメントも多々いただきましたが、ここまでの設定は物語の流れの中で決めていましたので司は関係外の感じでお話をし進めさせていただきました。
寛大な司の設定も捨てがたかったんですけどね。
次回の機会で~