幸せの1歩手前 11

 *

目的があれば人間は頑張れる。

誰が言った?

俺じゃねのは確かだよな?

つくしか?

「つくし様がかかわると仕事がはかどります」

こいつか・・・。

満足げな表情で書類をもうひと束、目の前に積み上げる。

ゲーーーッ。

まだあるのか!?

心の中をそのまま顔に出して睨み上げる。

「ハイ」とでも言う様に西田が満足げにほほ笑んだ。

目が笑ってねぇよ。

「この調子なら十六時には本社ビルに戻れそうですね」

そうか?

その言葉だけでやる気が出る俺。

単純だ。

キスだけでイッタみたいなあいつを残して出た部屋。

あれ以上やると俺の方が危なかった。

まだ西田が告げた時間には余裕があったが足りなくなると動いた理性。

慌てる必要はないと欲望を押さえこんだ。

放すには惜しい素直な反応を見せるつくし。

潤む瞳に見つめられて堪らなく煽られる。

「続きは夜な」

わざと強がって言ってみた。

願い!願望!強制へと変わる想い。

「お前がうんざりするくらい側にいてやるから覚悟しとけ」

宣言して満足した。

「思い出し笑いはそれくらいで」

「笑ってねえよ」

たく・・・

気が抜けねぇやつ。

無視する様に書類にペンを走らせる。

「グフッ・・・」

やっぱ頬が自然と緩んだ。

足早に乗り込む本社ビルの高速エレベーター。

最上階直通で執務室までは二分半。

あいつが待ってるわけはないのにと苦笑する。

定刻通りというか、西田の読み通り一六時には慣れた椅子に腰を下ろした。

胸元に響くバイブ。

心音と同調するように揺れる。

つくしからだと知らせる表示にドキッと高鳴る胸。

期待が膨らむ。

あいつが俺の喜ぶ態度を見せるわけねぇよな。

そう思っていてもあいつからの連絡は俺の機嫌を上向きにする効用あり。

緩んだ表情を作ったら西田を喜ばせるだけだ。

「今帰ってきたぞ」

甘い期待を打ち消す様に横柄になる声。

「お帰り」

静かにつぶやく声。

そのあとしばらく続く沈黙。

その沈黙も愛しい。

頭の中で考えながらしゃべるのは柄じゃねぇ。

携帯越しに感じる息遣い、聞こえる声に募る思い。

会いたさに身を震わせて眠った夜は幾度もあった。

今となればいい思い出だ。

離れてたの数時間だぞ。

恋しくなるには短過ぎじゃねぇか。

気を取り直す様に携帯を握りなおした。

「仕事終わったか?」

「終わるわけないでしょう、まだ就業時間だしね」

小さくぶつぶつと不満そうな声色が続くが聞き取れない。

素直じゃねぇつーか・・・。

わがままつーか・・・・。

かわいくねぇーつーか・・・。

甘えた声を聞かせろつーの。

「じゃあ、よろしくね」

明るく聞こえてきた声はそのまま携帯を切ろうとする雰囲気に流れてる。

「おい待て、切るな!よろしくってなんだ」

携帯を切らせない様に焦る声。

「今言ったでしょう?」

「聞こえなかったんだよ」

「道明寺の所為だからね」

俺の所為?

まだ満足がいくことしてねぇーし・・・。

「俺はなにもしてないだろうが」

「もう忘れてるんだ」

不機嫌そうなつぶやき。

ため息まで聞こえた。

「キスしてその気になったお前を置いてきぼりしたことか?」

それならいつでも責任取る。

「そのことじゃない!」

携帯を塞いで喋る籠った声。

「やっぱ、その気になってたか?」

「だからそっちに持ってかないでよ」

怒ったあいつの声にもニヤつく。

「今日は付きあえそうもないから先に帰る」

「付き合えないってなんだ?先に帰るんだったらつき合えるだろうが!?」

「西田さんに連絡して話はついてるから」

「おい!西田ってなんだ?」

「おい!こら!話し終わってねぇぞ!」

返事のない携帯からはツーツーの音が響く。

あいつーーー、切りやがった。

「渉外弁護士」

「へ?」

さっきから存在感を示さない状態で側に控えていた西田。

ゆっくりと口を開く。

「つくし様に企業間の法律のことを覚えてもらうのは必要なことですが、難しいから時間が必要だと連絡が入りました」

「学習したいからしばらくは時間を作ってほしいとのことです」

「それ・・・了承したのか?」

「ハイ」

「俺に断りもなしでか?」

「ハイ」

お前はどっちの味方だ!

苦々しい思いのまま西田を睨みつける。

「やる前からあきらめるのかと代表はつくし様に言われたそうですね。やってやろうと言う気になられたみたいです」

「つくし様の前向きな姿勢はいつ見ても気持ちがいいものですが、つくし様をやる気にせるとはさすがに代表だと感じ入りました」

取って付けた様なほめ言葉。

本気で褒めていないのがわかる長い付き合い。

「今日の夜の予定はキャンセルにしておきましたので」

それで我慢しろという様な西田の表情。

「邪魔をするのはほどほどで・・・」

言い残して俺の前から立ち去る西田。

ほどほどって・・・

中途半端なことできるわけねぇーーーーー。

やっぱりドS倶楽部の会長といたしましてはそうすんなり思い通りには順調には進められず・・・。

そう簡単に押し倒したら面白くないですよね?

そろそろ甘いものが欲しい?

どっちだーーーーーーーーー!