幸せの1歩手前 20

*

ようやく落ち着気を取りもどした。

そんな表情で側に佇む西田。

鼻で笑って差し出された書類に目を通す。

1枚目には分刻みのスケジュールが印刷された紙。

ない・・・。

いつもならこの下にもう2.3枚続くスケジュール。

「スムーズに進みそうですから」

俺の怪訝な表情を呑み込んで聞こえてきた低音の声も心なしか明るく聞こえた。

「二人でゆっくり過ごせる時間の方が必要でしょう」

きっとその言葉の裏にはしっかり仕事しろとの激の意味が控えてる。

二人の時間・・・。

持てなきゃ結婚した意味がない。

これからはきっと、もっと過ごせるはずだ。

一緒に共有できる時間を積み重ねていける幸せを体中で感じている。

今日あいつが結んでくれたネクタイ。

指を伸ばして軽く緩める。

帰ってまたあいつがネクタイを解く。

たったそれだけの想像で幸せな気分になれる。

結婚1年目で何とか新婚らしい気分を味合う段階に来たと言う感じだろうか。

「コホン」

咳払い一つで現実に引き戻された。

気まずさを隠す様に眼力を強めて早く出て行けと西田を睨みつける。

頭を下げて踵を返す西田。

見せる背中にしっかりお願いしますの文字をしょってる様に思えた。

目の前の書類にペンを走らせる。

ふと何か大事なことを忘れてる様な気分になった。

なんだ?

なに?

さっき考えたことを頭の中で再生。

昨晩はゆっくり二人で甘い夜を楽しんで・・・。

それじゃない。

朝はあいつが甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれた。

緩むな頬!

思わず自分で頬に活を入れる。

パッンと軽く音を立てる頬。

「テッ」

音よりも頬に響く痛み。

思わず小さく声が漏れた。

一緒に乗り込んだ車。

久しぶりに二人で並んで乗り込むエレベータ。

俺の前に立つ西田は邪魔だった。

言葉を交わすこともなくわずかに触れ合う肩越しに伝う温もりを楽しむ俺。

エレベーターから降りるあいつに「必要が有れば連れて行くからな」と、一番嫌がりそうな言葉を選んで声をかける。

「今日はないでしょうね?」

まんまるく見開いた瞳には俺しか映ってねぇ。

それが見たくてわざと意地悪をするって、ガキだよなぁ・・・俺も。

そしてまたいじめたくなった。

「欲しそうな表情するな」

空洞を見せる口元は息もするのも忘れてる。

そのままの表情を俺に焼き付けてパタンとエレベーターのドアが閉まった。

西田がいるのも気にせずに思わず笑いを噴き出す。

これ以上俺を満足させるものはない。

執務室でスケジュールを確かめて・・・

二人の時間とかネクタイのことを思い出して・・・

結婚1年目で新婚らしくなったと思った。

結婚1年目・・・

1周年・・・記念日だっ!

もう過ぎた・・・。

あっ!

えっ!

何もやってねぇ。

あいつが司法修習終了後にやってきたニューヨークとロスで過ごした時間。

「いい記念だね」って言っていたあいつ。

まさか・・・

あれを1年目の記念とか思っちゃいないか?

あいつのことだ無駄なことは省くとか考えないとか自分で勝手に判断してそうだ。

俺なりに1年目の記念を考えてた。

「西田!明日から休み調整しろ!」

叫びそうになった想いを喉元でとどめる。

まず無理だ。

「しばらくはまとまった休みは取れませんから」

さっき釘を刺されたばかり。

西田よりつくしの方が「休み取れるわけないでしょう」と拒絶を見せるのは容易に想像がつく。

「どうすっか・・・」

椅子に深々と座りなおして小さく声が漏れる独り言。

あいつを驚かせたい。

が・・・。

その前に目の前のこれ・・・仕事片付けなきゃ始まらない。

がむしゃらに集中力を高めてペンを走らせた。

一番喜んでるのは西田さんってことになるのか~。

「たまには頑張りも見せてもらわないと結婚した甲斐がありません」的なこと考えていそうだよな。

司の計画はファイナルの最後の場面とつながっていくわけです。

さあこのお話もあと少し♪