玲子さんの婚活物語 9

ようやく甲斐君登場です。

ここから二人の恋ばなへ展開。

そんな雰囲気まったくないですよね。

 *

「あなたも入会しない?」

彼女は言った。

にっこりとやわらかい微笑を口元に浮かべて。

その下に強引なNOと言わせない威圧的な強制力を俺に押し付けてるのが判る。

「結婚する気なんてないんですけど・・・」

控え目にNOと言う。

「誰も本気で婚活しろとは言わないわよ」

「私がつくしちゃんのそばにいるより孝太郎君、あなたがそばにいたほうが自然でしょう」

それは俺がつくしちゃんのガードをするってことか・・・。

下手に手を貸したら一番の被害者は俺になる可能性高くないか?

つくしちゃんがここで仕事を一緒に始めたときから代表に一番にらまれてるの俺なんですけど・・・。

それは二人に子どもができたからって変わりはしない。

代表がこの事務所に顔を出すたびにじろりとにらまれてる俺。

実質的な被害がないから生きている。

玲子さんが俺を「甲斐」と呼び捨てにせず名前で呼ぶ時って「いいわね」って、念を押す状況だ。

いつもなら「ハイ」と素直に返事するのに子供扱いされてるようで癪に触った。

「ほかの男がつくしちゃんに言い寄るより、あなたのほうが代表も安心なはずよ」

それって・・・俺をその気にさせる利点にはなりません。

「最初につくしちゃんを巻き込むこと自体が問題でしょう。僕を引き込もうとしてもダメですよ」

冷静を装いながら皮肉る様な表情を作る。

口の中はカラカラでこれ以上喋れそうもない。

「うまくいけば気にいる女性に会えるかもしれないわよ。彼女と別れたんでしょう」

閉じていた口元が自然に緩んで下あごが外れたように落ちた。

「なっなんで知ってるんですか」

「この前酔っ払って喋り捲ってたわよ」

バシッと背中を玲子さんに打たれた。

「最近私のこと見てくれてないよね」

5年の付き合いの彼女からの別れの台詞。

浮気をしたこともない。

ただ仕事に夢中になりすぎたことは否定しない。

時間のずれがあったことも確か。

でも一番の原因はつくしちゃんと代表の関係だ。

けんかして文句を言い合っててもあんなにほほえましく映る二人。

あれが相思相愛ってやつだよなと思い込ませるには十分で・・・。

あんなふうになれそうもないとは判っているけど、自分と彼女の関係を重ね合わせて何かが違うと思った。

この時点で俺の気持ちは彼女からずれてきてると気が付いた。

分かれるのは時間の問題で、彼女からの別れの言葉も動揺しなかった。

・・・で、なんで玲子さんにしゃべたんだ?

数週間前一緒に飲み明かしたのだけは覚えてる。

裁判がうまくいかなくて落ち込んだ俺。

玲子さんが励ましてくれてその流れから?

それしかないけど覚えてない。

男は酔わせないと本音をしゃべんないからなんて言われて酒を飲まされた。

・・・何にも覚えてない。

彼女とのことどこまでしゃべってる?ほかになんかやばいこと言ってないよな?

相談所入会よりそっちの問題のほうが俺にとっては大問題かも知れない。

「考えてくれる?」

いきなり哀願気味に詰め寄る玲子さん。

そんな表情されると何もいえなくなる。

甘えられてるような感覚。

錯覚だと言い聞かせても緩む緊張。

玲子さんは年上で・・・先輩で・・・仕事も出来て尊敬してる。

そして彼女の性格は好きなんだよな。

「甲斐さんまで巻き込んだら余計大変なことになりますよ」

つくしちゃんの声で現実に戻った。

「このままだと、私のほうが集中できないでしょう」

玲子さん本気で婚活!

「俺も付き合います!」

叫んだ自分の口を思わず右手で覆った。