涙まで抱きしめたい 18

今日は文化の日ですね。

これも文化になるかなぁ~。

そろそろお話を進めよう♪

PW申請をされた『プーちゃんのママ』様、携帯へメールを返信したのですがエラーで送れませんでした。

再度ご連絡をお願いします。

*

昼休みのオフィス。

なんとなく見られてる気がする。

「わっ」

後ろから体に回される腕。

キャッと声を上げる余裕もなかった。

「葵!噂を広めたの私たちじゃないからね」

右の耳から囁く声。

「もっと的確な情報を集めるまで私たちの秘密にしておきたかったのに」

左の耳から聞えた声は本気で悔しがっている。

「あの店は、ここの社員多いからね」

だからって昨日の夜の出来事が速報でメールされてるほど重要な事柄じゃない。

・・・と思いたい。

そのまま連れて行かれたのは社員食堂のテーブル。

「会社の外に出ないの?」

「その時間がもったいない」

3つの声が揃って呟いた。

「まだご飯を取ってきてないけど・・・」

逃げないように私は肩を押さえられて椅子に座らされる。

「大丈夫じゃんけんに負けたこの子が全員分持ってくるから」

しっかりと役割分担ができてるみたいだ。

手回しが良すぎだよ~。

「いつから?」

テーブルを覆う様に乗り出す身体。

周りの社員の注目度はまだ私たちには集まってない様子にホッと胸をなでおろす。

「・・・半年くらい」

今更嘘を言う必要もなく素直に答える。

「えっ!じゃあ、あの噂の後?葵が秘書課に異動になってすぐ?」

「そうなるかな・・・」

「なれ初めは葵が社長を押し倒したこと?」

「押し倒してない!」

言いふらしたのはこの3人だ。

「あんな始まりでも恋ができるのね。流石だわ~」

「告白したのは社長よね?」

「葵がするはずないし」

「葵がてんで気が付かなくて社長がしびれを切らした?」

「『俺の事を気にしない女性は初めてだ』なんてね。」

「「「きゃぁーーーーーーー」」」

全然話を聞いてない。

3人で盛り上がる想像の世界。

想像・・・

まて?

そのセリフ・・・

「俺の事を気にしない女性は初めてだ」

戸惑ったままの唇に重なる唇

今朝、目にした小説の一小節。

「もしかして見てるの?」

「何を?」

「今あなた達が言っていた妄想よッ」

「わっ、葵も読んだんだ」

「まさか本当だとは思ってなかったけど・・・」

「本当のわけないでしょう!」

「全然てことはないわよね?」

「会社の中であんなことするわけないわよ」

楽しそうな同僚の態度と比例して確実に体の熱が上がってる。

運動もしてないのに心拍数は増え言葉を発するたびに動悸を引き起こしそうだ。

「会社の中じゃなくてもいいわ・・・よ」

キラキラとした笑い声が途中で固まった。

テーブルに伸びてきた影。

首を上に向けて見上げた先で見つめる漆黒の瞳。

さらっと額を隠す柔らかそうな黒髪。

こんな時でも見入りそうになる整った顔立ち。

「ここにいたのか」

ホッとしたように息を吐いて優しく笑う。

うっ・・・

言葉に詰まった。

「キャー」

「社長!」

さっきまでの好奇心の塊は感嘆符を上げて魅せられた声を発してる。

こんなところに突然来る必要のないひとが現れたら、結果は赤ん坊でもわかる。

今日の話題はほとんどが社長の恋人発覚に関するもの。

相手が私だとまだ認識されたなかったはずなのに、これですっかり周りが食いついた。

「だれ?あの子?」から、「秘書?恋人!」と点滅が激しくなって警戒区域に到達。

「普通よね」

聞こえよがしに聞こえる声。

「この普通さがいいんだけど」

応える様に透き通る声が響く。

「言われてみたい」

聞き取りやすい声は麻薬のように周りの女性を酔わせてる。

「借りるよ」

親しみのある魅了する微笑みを惜しげもなく浮かべる貴公子。

そんなフレーズがぴったりの表情を周りに投げている。

その体から伸びてきた腕は私の手首を摑んで椅子から立ち上がらさせた。

誰も言葉を発せずに視線はあきらだけを見つめてる。

フェロモンありすぎだ。

会社の女子社員すべてを魅了してどうする気だ。

それがもったいないと思ってる心。

甘い表情を、誰にも見せたくなくて・・・

零れそうな微笑みを自分だけに向けてほしくて・・・

感じる声もひとり占めにしたいと思ってる。

「なに膨れてる?」

「ここでナンパするつもり?」

「そんな必要ないと思うけど?ナンパしたい相手は一人だけだ」

手首から離れた腕はわたしの腰へと回される。

「行こう、ここじゃ落着けない」

耳元でつぶやいた声に抗うことも忘れ、それは甘く私を包み込む。

もう逃げられそうもない。

そんな気がした。