僕らはそれを我慢する 5

*

「なに、うかない顔してるんですか?」

「結婚して今が一番楽しい時ですよね?」

一ノ瀬が心配そうに俺の顔を覗き込んで小さく笑った。

俺の目下の悩み事は知ってるだろうッ。

母親だけじゃなく爺様まで俺を責める。

結局はもう一度結婚式を挙げればいいって二人で勝手に話が盛り上がってしまってる。

「披露宴もしないから葵さんが変な噂に巻き込まれるのよ。あきら君ダメじゃない」

「招待は1000人くらいじゃ少ないかしら?」

頬を高揚させる母。

多すぎだろ。

確かに気にするなって言っても気にするよな。

俺たちの結婚を祝うよりスキャンダラスな脚色を付けた記事。

フィアンセから俺を奪ったって・・・

俺がいつ葵以外と婚約してたって言うんだ。

週刊誌に記事を流したのは確かに昔付きあったことのある女。

顔は黒く目隠しされてるが見覚えはある。

イニシャルAって分り過ぎだろッ赤西。

葵と知り合ったころいろんな意味で接点があった。

葵が俺に見せた初めての嫉妬は彼女からのものだった。

彼女がこんなことをする女性だって思いもしなかった。

大人の付き合いで、争いもなくスマートに別れたはず。

俺はどれだけ彼女の本質を知っていたのだろう。

週刊誌を見なれば思い出すこともなかったはずだ。

「自業自得」

絶対言われるよな。

守りたいものをそんな陳腐な言葉で傷つけたくはない。

心の底から溢れる思いを・・・

この身体を揺さぶる思いを・・・

張りつめた欲望を・・・

ただ一人に捧げてる。

葵・・・

君の笑顔だけを見つめていたい。

なのに、外野が邪魔をする。

浮かない顔くらい一ノ瀬、大目に見ろ。

「葵~久しぶり」

一緒に昼食を取ろうと連絡をくれた昔の同僚。

待ち合わせはあきらの本社ビルのエントランス。

退職してまだ1か月も経ってない。

そのままエレベーターに飛び乗って最上階まで行きたい衝動。

今彼は文字の詰まった書類を眺めながら渋い表情を浮かべているのだろうか。

私に見せる柔らかい表情とは違った真剣な横顔がカッコいいって素直に見惚れていた。

「なに、思い出に浸ってるのよ」

「まさか、愛しい旦那様に会いたくなった?」

「ちちち違うわよ」

「あ~~~赤くなってる」

「なってないから!」

思わず掌で左右の頬を挟むように隠した。

頬から掌に伝わる熱で体温が上がってるような気がする。

「その、初心な所が相変わらずかわいいんだから」

「社長が手を出さなきゃ葵からアプローチって絶対無理だよね」

「・・・手って」

「葵、いまさら隠すな」

「隠してないけど・・・」

「ほら、会議室で葵が社長を押し倒したとか噂になったこともあったよね」

それは、あなたたちが流した噂だったはずじゃ・・・。

悪びれた様子もなくあの頃から葵を応援してたって話にすり替わってる。

ここでいろいろ話されるのは人目を引く。

大体私のことは社員のほとんどが知ってる。

すれ違いざまに「あっ」と動く唇。

数歩進んで振り返る視線。

遠目から遠慮がちに注がれる視線もいくつかあるのが分る。

はっきり言ってムズイ。

「あのさ・・・、そろそろ食事に行かない?」

「社長に会わなくていいの?」

キョトンとなったいくつもの瞳。

ニンマリと波打つ形に変わる。

「別に用事はないから」

舌を噛みそうになった。

「会いたいって顔に書いてあるぞ~」

「書いてないから!」

私なら秘書をやめずにいるとか、それでず~と社長を眺めるって勝手に動く口を止められずに眺めてる。

それじゃ仕事にならないって。

だよねそれなら浮気される心配もない。

素敵過ぎうと、心臓が持たない。

傍にいたら落着けないとか・・・

会話が続くたびに誰のことよ!!って確かめたくなる。

その形容詞はアイドルとか韓流スター並みで、夢中になってるファンのノリ。

初めて会った時は最悪の印象しかなかったんだからね!

言っても信じてもらえそうもない。

今は・・・

声を聴くだけで・・・

笑顔を向けられるだけで・・・

顔を思い浮かべるだけで・・・

心の底から溢れる思いを・・・

この身体を揺さぶる思いを・・・

いつも抱きしめられたいって張りつめた思いを・・・

なんと呼べばいいのだろ・・・

身体の奥から湧き上がるうずき。

愛してるだけじゃ足りない気がした。

「葵・・・妊娠してないよね?」

「えっ?してないけど・・・」

「ほら、妊娠を盾に社長に結婚迫ったって記事になってたでしょ?」

「そんなことはないってことは私たちが一番知ってるからね」

私を慰めるように真直ぐに見つめられた。

「その噂の発端は例の物語なんだよね」

物語って・・・

3人が気まずそうに顔を見合わせて苦笑気味に小さく笑った。

「あーーっ!もしかして例の奴なの!」

あきらとのオフィスラブ物語。

作家不明のまま会社中のPCが媒体となって流れでた物語。

あれっていまだに活動してたのか?

「前と一緒で葵の名前出てないから!!!」

慰めになってない。

「見せて!!!」

彼女らに本気で迫ってた。

懐かしい~

裏で読まれていた物語。

『涙まで抱きしめたい16』で遊んでたんですよね。

覚えていますか?

どこで書いたか私はすっかり忘れてました。

必死で探しました。(^_^;)

過去の作品で何を書いたか忘れてる無責任な管理人であります。

お楽しみいただけたら応援のプチもよろしくお願いします。

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