ディル少年の事件簿

僕、デイル・ムワタリ。

ヒッタイト帝国の第一皇子 皇太子だ。

自分で言うのもなんだが、歳のわりにはしっかりしていると思う。

父はヒッタイト皇帝ムリシリ2世。

母はヒッタイト皇后ユーリ・イシュタル。

かあさまの本名は鈴木夕梨というらしいのだが、ヒッタイトに来た時からイシュタルと呼ばれていると聞いている。

二人は大ロマンスで結ばれたらしいのだが、かあさまが目を輝かせて話す出来事は、ず~と聞いてると聞き飽きた感じもする。

かあさまと、とうさまは出会ってもう15年以上経ってるはずなのだが、相変わらずのラブラブ状態で、時々子供の目には毒ではないかとお思うときもある。

元老院議長のイル・バーニも呆れ顔だが、ヒッタイトの繁栄もこの二人の関係があればこそと黙認してる。

時々、かあさまは思い出したように宮廷を抜け出す。

かあさまがいなくなると何も手につけなくなるとうさまの代りに、僕はかあさまを探す羽目になる。

こんな親を持ってると僕がしっかりしなくては仕方がないのである。

たまには僕もそっと宮廷を抜け出しても文句を言われる筋合いはないと思う。

そう思ったとき事件は起こった。

その日、僕は厩舎にいた。

かあさまの愛馬アスランの恋人(恋馬?)リヴィアの様子を見るためだった。

リヴィアは、二回目の出産が間近で、厩舎に残されていた。

最初の仔、セイランは僕の騎馬になっていたので、弟のピアは絶対に次に生まれてくる子馬をもらうのだと言っていた。

ピアは、しきりにリヴィアに話しかけたり、お腹をさすったりしていた。

そのピアから隠れるように、こっそりリュイ(か、シャラ)が僕に声をかけた。

僕は、いやな予感がした。

だって、双子の侍女はいつもかあさまの側にいて、こんな風に僕を呼ぶときには大抵、かあさまの行方が分からなくなっている時だからだ。

シャラ(か、リュイ)は、案の定、というか、イル・バーニが呼んでいると伝えた。

イル・バーニ・・・ね。

どうせ、かあさまが脱走してとうさまが仕事を放棄して困る、とか言うのだろう。

悲しいことにそんなことには慣れっこになってしまっていて、僕は馬丁の一人に馬場から僕のセイランを連れてくるように命じると、ピアに片手で合図してイルの所に向かった。

イルは、いつものようにとうさまの執務室の横の、宰相の間にいた。僕は執務室のドアをちらりと見た。
 中ではとうさまが、うろうろと歩き回っているはずだ。
そして、僕が入っていくと、泣きそうな声で言うのだ。
「デイル、大変だ。私のユーリがいなくなった!!」
 毎回のことなのに、どうしてあんなに大騒ぎできるのだろう。
そして、いつも言うこと。
「あいつは、皇妃としての自覚がなさすぎる。帰ってきたら、きつく言ってきかせないと・・」
 僕は、とうさまがかあさまに「きつく言ってきかせる」場面を見たことがない。
いつだって、僕に連れ戻されたかあさまが、しゅんとしていると(帰り道で、僕がさんざん説教するからだ)腕で強く抱きしめながら、かあさまにキスの雨を降らせる。
「ユーリどこに行っていた?心配したんだ。おまえがいないと私はなにも手につかない」
 甘い!甘すぎる!こんなことでは、いつまでたってもかあさまの失踪グセは治らないぞ。
「それで、イル・バーニ。かあさまはいつ頃いなくなったの?」
イルは、難しい顔をした。
普段、ほとんど表情が変わらないので、珍しいことだ。
「それが殿下、今回は少し様子が違うのです」
違う?アスランに乗って門を強行突破したのではなく、城壁を乗り越えたわけでもないのなら、行商人にでも変装して出て行ったのか?
「違うって?」
「はい、今回は、皇帝陛下もお姿が見あたらないのです」
僕は、しばらく黙っていた。
どう反応していいのか分からなかったから。
皇帝皇后両陛下が失踪なんて(イヤ、家出か?)、前代未聞すぎたからだ。
 
 さて・・と。僕は考えてみた、この前代未聞の皇帝皇后両陛下不在という現実を・・。
今、いくら騒いだ所で2人のいない現実に変わりはない・・。
「イル、とりあえずこの事は外部にもれないように、普通に・・そう何事もなかったようにしてて」
「・・というと、殿下には何かお心あたりがあるので?」
僕にそう聞くイルに向い、こう言った。
「あるわけないでしょー、あのお二人に関して(特に母様)だけは一体どういう行動にでるか、なんて   息子の僕にもわかんないよ」
でも、と切り返して僕は言った。
「あのお二人の息子だからこそ、僕がなんとか考えなくちゃね」
 「それにしても、お二人はホントに何処へ行ったんだろう」
ユーリとカイルの脱走(家出?)が、デイルの耳に届いてからすでにかなりの時間が経っていた。
母様だけなら、まだ予想はつく。
しかし、父様も一緒となると・・・何処まで行っているか分かったもんじゃない!!
「・・・あ~、何で僕がこんなに苦労しなくちゃいけないんだ!!」
「しょうがないですね、殿下。あのお二人を両親にもってしまったのですから。」
しれっとした顔で、イル・バーニがいう。
イル・バーニも、2人のために苦労しているから。
「僕たちって、似たもの同士かもね。イル・バーニ。」
「・・・私の方が、苦労してますよ殿下。」
苦笑混じりなのか、もうあきらめているのか・・・??
「う~ん・・・母様と父様が一度いった場所に行くはずないし・・・・・。いや、待てよ。
お二人でお出かけなのだから・・・もしかしたら・・・いや、いくらなんでも・・・・。」
「兄様、どうしたの?イル・バーニみたいな顔して。」
後ろから、ピアが声をかけてきた。
イル・バーニみたいな顔・・・?
「ここ(額を指す)にしわ寄せて!!」
「ピア、あっちいってあそんでなさい。」
イル・バーニの苦労が、いまさらながらにわかってきたよ・・・。
ともかく!!今度という今度は!!
しっかり反省してもらわなきゃ!!!!
デイルは両親の失踪にかなり機嫌が悪くなっていたので、そこは弟の勘か…
ピアはどうやらこの事件に気づいたようだ。
「兄様?もしかして…また母様がいなくなったの?」
「それがなピア…今回は父様もいないんだよ…」
デイルはため息をつく…ピアはしばらく明後日の方を見ていたが何かを思い出したようだ。
「ねぇ兄様!僕、父様と母様を朝見たよ!」
「なんだって!?どこで見たんだ!?」
デイルは弟を前にして詰め寄るように大声を上げた。
「知らないよ~ただ朝、リヴィアの厩に行った時に父様と母様が一緒の馬に乗ってどこかに行くみたいだったから…」
「ピア!父様と母様は何か言ってなかったか!?」
「う~んとね…そうそう実はね…
父様と母様に朝会って『どこに出かけるの?』って言ったら父様は、
『父様と母様の思い出の場所だ 2,3日で帰ってくるよ いい子で待ってるんだよピア』って言った…」

ピアの話を聞いてデイルは考えた…
ここから2,3日で帰ってこれる範囲で、両親の思い出の場所…
「う~ん…ハットゥサ郊外にあるリンゴの丘は2人の思い出の場所らしいけど…日帰りで行けるしな~」
しかたがないので母付きの女官・ハディに聞いてみることにした。
「ねぇハディ 父様と母様の思い出の場所で思い当たるところない?」
「はあ…陛下と皇妃様の思い出の場所?…ああハレブでは?」

ハディは思ったよりも直ぐに答えを出した。

「ハレブ?テリピヌ伯父様がいらっしゃるハレブ?何でなの?」

「はあ…それは…」

ハディはデイルに耳打ちで意味を教えた…

ハディに話を聞いた後…

デイルの顔は真っ赤だった…

両親がハレブで初めて結ばれた事実や4日間も寝所に篭ったことも…

(とにかく…これで父様と母様の居場所はわかったぞ!)

「兄様~お顔が赤いよ~?」
「何でもないよピア!ピア!父様と母様に会いに行こうか?」
ピアは目を輝かせると…
「行く行く~母様に会いたい~」
「誰か僕たちに馬を!至急ハレブに向かう!!」
こうしてデイルとピアは、両親を連れ戻す為にハレブに向かった。

とりあえず、イル・バーニには伝言を残して。

皇帝と皇妃とがいなくなった上に、皇太子と未来の近衛長官まで失踪したとあれば、倒れてしまうかもしれない(それも、ショックからではなく怒りのあまり)と心配したからだ。

失踪される迷惑さは、よく知っている。

でも、イルに言わなかったことがある

とうさま達が二、三日で帰ると言ったこと。

言ってしまえば、大人しくハットウサでお留守番をするハメになる。

今回のことは、イル・バーニが上手く収めてくれるはずだ。

だいたい、皇帝夫妻がそろって姿を見せないときは周囲には暗黙の了解があって、ことは大事にはならない。

二人が、後宮にいる(もしくは別の場所、例えばとうさまの寝室とか)と思われるからだ。

まさか、手に手を取って愛の逃避行とはおもわないよね。

この場合、二人が何から逃げているかというと、政務だ。

ぼくは、ピアと馬を並べて市街から出た。

後ろには、忠実な乳兄弟でもある双子が従う。

さて、どうしよう?

このまま街道を進むか、脇道を行くか。

とうさまとかあさまは、民衆に絶大な人気を誇っている。

二人が視察のために国内をまわれば、街道に近隣の住民が押し寄せてくる。

ひとめ二人を見たいと願うからだ。

だから、街道はありえない。

皇帝夫妻の顔を見知った人がいて、正体がばれる危険性があるからだ。

行くなら脇道だろう。

脇道は、宿屋が整備されていなくて野宿になるかも知れないけど、二人一緒だもの。

かあさまがいれば、とうさまは全く気にしないだろうし、かあさまといえば、以前の脱走の時、農家のわら小屋で寝たこともあるんだから。

ぼくは、脇道に馬を進めた。

ピアは、周囲をきょろきょろ見まわしながらついてくる。

まだ狩猟に参加させてもらえないので、外に出るのが珍しいんだ。

かあさまは狩猟が嫌いなので、ピアも無理に出たいとは思わないみたい。

後宮内で大人しく妹のマリエとかあさまとで留守番をする。

とうさまは、いつだって一番大きな獲物をしとめる。

そして、それを私のイシュタルに捧げる、とみんなの前で宣言するんだ。

ぼくも、いつかはとうさまより大きな獲物をしとめれるようになるはずだ。

その時、ぼくが獲物を捧げるのは誰なんだろう。

そんなことを思いながら僕は馬の腹を足で蹴りタズナを握りしめた。

拍手コメント返礼

tomoko 様

コメントありがとうございます。

天河のお話はまだ連載が終らなかった頃にHPで公開していたものです。

もう10年以上経つんですよね。

コメントをいただいた後に久し振りにこのお話を読み返してみました。

文章も今とは違っていることに気がつきました。

書き直したい気分が沸々。

今ならもっとうまく書ける気がします。

BY ひー(2014・1・26)