いつもの風景

第1話いつもの風景              作 ひーちゃん
                    
夜が白みはじめ、小鳥のさえずりが聞こえ出す頃、目覚めたユーリは自分を優しく抱くその腕の中からそっと抜け出した。
「もう起きたのか?」
自分の腕を外されたことに気がつき目覚めたカイルは不満そうに言った。
「ごめん・・・起こしちゃった?」
「今日は政務も少ないからもう少し寝ていよう。」
謝るユーリをカイルは強引に引き倒そうとした。
「ほんとにごめんなさい、今日は私忙しくて・・・」
その腕からスルリと抜け出しユーリは、寝室から出てさっと行ってしまった。
薄情な妻の後姿を見つめながら、もてあました身体をベットに投げ出し、カイルは舌打ちした。

第2話 いつもの風景その後           作 匿名さん

「ユーリ、今日は忙しいと言っていたが、何をしているのだ?
ユーリのしていることは私は全部把握していると思ってたが・・・・」
とカイルは、ユーリの匂いの残るベットの中で体を横たえた。
それから、カイルはフト目を覚ました。
すると目の前にいつも見なれた瞳が二つ覗いていた。
カイルははっと息のを飲み、我を忘れた。
「カイル、御誕生日オメデトウ。」
すると部屋の中がざわざわと騒がしくなった。
「皇帝陛下、お誕生日おめでとうございます。」
イル・バーニ、キックリ、ハディ、リュイ、シャラ、カッシュ、ミッタンナムワ、ルサファ、ギュゼル姫、ジュダ皇子、そしてラムセスとラムセスの妹の姿も・・・・
「おいっ!何をぽか~んとしてるんだ。
こうして俺様がわざわざエジプトから妹と一緒に祝いに来てやったんだぞっ!御礼の一つでも聞かせてもらてないもんだなっ!」
と、ラムセスがカイルの横に立ち、肘でカイルのわき腹を小突いていた。
それを見ていた、ユーリはくすくすと笑っていた。
いつぞやは、あんなにオリエント覇権の為に戦っていた二人が、今はこうして・・・・・
  ユーリの目から一粒の涙がこぼれた。。。。
「さぁさぁ、ユーリ様、おめでたい席で涙は禁物ですわ。さぁ涙をふいて皇帝陛下の
誕生日をあんなに盛り上げようっておしゃってらしたでしょ」とギュゼル姫がそっと
ユーリの目から涙を拭いてくれた。

第3話 誕生日プレゼント                 作 あかねさん

「あのね、カイル。散々迷ったんだけど・・・・。これ、プレゼント。」
ユーリが、かわいい赤い包みをカイルに手渡した。
プレゼント・・・。一番悩んで、結局はこれにしたのだ。
「・・・ユーリ、これは・・・・?」
「それはね、う~ん・・・。カイル、そんなのたくさんもっているだろうけど
 あたしが作ったの!アクセサリーボックスだよ。」
それは、かわいらしいピンク色をしたハート形の箱だった。
カイルはそれを大事に机の上に置くと、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ユーリ。・・・これは、国宝だな(笑))」
ユーリは照れてしまい、顔は真っ赤。
そんな様子を、ヒッタイトの住人は微笑ましく見ていたのだが、エジプト人はそうではないようだ。
「こらこら!せっかく俺からもプレゼントをもってきてやったのに。」
ラムセスとネフェルトはポンと一枚の紙をさしだした。
「ムルシリの娘を、俺の息子の嫁にもらってやる書類だ!」
「・・・かってにいってろ・・・。」
ラムセスをよそに、パーティーは続いていった。


第4話 真夜中に                           作 那美さん

カイルの誕生会を終え…カイルとユーリは寝室に戻って行った…
ユーリの誕生日プレゼントには大喜びだったカイルだが何故か機嫌が悪い…
「ねぇカイル?どうして機嫌が悪いの?」
思い切ってユーリは聞いてみた…
「いや…ラムセスの言葉を思い出してな…」
ラムセスの言葉とは「ムルシリの娘を俺の息子の嫁にする」
カイルはそれを聞いて子供が一層欲しくなっていたが…ラムセスにはやらないと心に決めていた…
カイルはユーリに心から欲しい頼みをすることにした…
「ユーリ…今日の誕生日プレゼントありがとう…大切にするよ…
だがもう一つ欲しいものがあるんだ…」
ユーリはにっこり笑ってカイルに聞いた
「なぁに?何が欲しいの?」
カイルはニッと笑って…
「私とおまえの子供が欲しい」

第5話 夜過ぎて                            作 あかねさん

「子・・・子供!?なんでいきなり!?」
ユーリはいつものようにイスに腰掛けた。
そこで何分か、カイルと話し合いをするのが毎日の日課だった。
「いや、今日ラムセスが言っていただろう。・・・まえからほしかったけど。
 なぁ、ユーリ。無理ではあるまい?」
カイルはそういうと、ユーリに詰め寄っていった。
当のユーリはというと、苦い、暗い表情をしていた。
「どうした、ユーリ。子供は嫌いか?」
「・・・ううん、そんなことないよ。・・・でも、もしまた・・・。」
カイルは、はっと気がついた。
ユーリは一度、流産しているのだ。その恐怖から、子供が・・・。
「大丈夫だよ、ユーリ。今度こそ、ちゃんと産んであげるんだ。」
「・・・カイル、私と子供守ってくれるよね?」
「あたりまえだろ?」
こうして夜は、過ぎていった。


第6話 お疲れ                              作 ひねもすさん

カイルの『子供ほしい発言の後』、ユーリに安らかな眠りと穏やかな夜は訪れなかった・・・。
リュイ「ねえ、シャラ。ユーリ様、お疲れのご様子よね」
シャラ「うん、毎晩陛下に付き合っているんだもん。
    なんかおやつれになったわよね・・・」
ハディ「本当に陛下も少しは控えていただかなくちゃ。
    あれじゃご懐妊される前にユーリ様が倒れてしまわれるわ・・・・・。
    ユーリ様が本当の側室になられる前の頃が懐かしいわ。
    あの頃は必死になってお二人に結ばれていただこうといろいろ画策してたのよね~~。ああ、
    懐かしい」
リュイ「あの頃の陛下は結構我慢強かったのにね。」
シャラ「一度、魔がさしたけどね」
3姉妹のかしましいおしゃべりを柱の影から聞いていた者がいた。

第7話 つかれさせてなるものか       
                               作 しぎりあさん

ユーリが、毎晩お疲れだと?
拳がふるふる震えた。
とっくの昔に帰ったはずの某エジプト国将軍が、なぜか柱の陰にいる。
はっ!やばい!!
双子が近づいてきたので、すばやく柱と同色の布をかぶった。
とたんに彼の姿は見えなくなった。
将軍ともなれば、忍びの技などお手のモノだ。
「でも、陛下も毎晩こんなに熱心なんですもの、きっとすぐに御子もおできになるわ~」
のんきな会話を見送って、ラムセスは歯がみした。
くそう、いくら息子の嫁を製造中だとはいえ、ユーリが疲れるほどナニだとは、腹の立つ。
なんて羨ましいんだ、ムルシリ二世。
こんな気分でエジプトに帰れるものか。
ずずっ
盛大に鼻をすすり上げる音がして、ぎょっとする。
しまった、おれの他にも間者が?(出歯亀の間違いだろう?)
そっちをみると、やっぱり震えているおかっぱあたま。
どうみても、近衛副長官に見える。なんで、後宮で泣いているんだ?
「ユーリ様・・おいたわしい。私がせめて半分でもお代わりすることができたら・・・」
言いながらルサファは鼻をかんだ。本気か?
そうか、ルサファ、けなげだな。
ラムセスは、にやりと笑った。」


第8話    かわりになりたい               作 ひねもすさん

(ならば代わってもらおうじゃないか)
野心的な瞳はその輝きをいっそう増した。
自称エジプト一の色男は、泣いているルサファの首元めがけて吹き矢をはなった。
見事、吹き矢は命中。
美しい黒髪をサラサラさせてルサファは倒れた。
後は簡単。
ガス式こてを使ってルサファの髪をカールして、ユーリ風くせ毛に・・・。
腕のすね毛を除毛剤できれいに・・・と。
ファラオの地位を狙う将軍ともなればカリスマ美容師なんてめじゃないのである。   
一日の仕事を終えた今、一番の楽しみはユーリとの ひ・と・と・き!
知らず知らず顔の筋肉が緩むカイルは皇帝のベットルームへ入っていった。
薄暗い部屋。香る乳香・・・・。
狂おしいばかりに愛しい人は、その黒髪だけをシーツの間から覗かせている。
「ユーリ、眠ってしまったのかい?」
「ぎゃ~~~~~~」 
「きゃ======」
「わ~~~~~~~」
ヒッタイト王宮を揺るがす悲鳴が響きわたった。
「カ、カイル・・・。どういうこと。ルサファまで・・・。
今日は私の部屋に来てくれるって聞いたのに、あんまり遅いから来てみたら・・・」
ユーリは日本にいる時、姉の部屋で見た怪しげな自費出版本を思い出していた。
そして、姉に無理やり読まされたル○-文庫の小説・・・・。
「いや~~~、そんな、愛した人が〇〇だったなんて!しかもルサファまで!
私のベールにキスしてたのも、本当はカイルの移り香があったからなのね。
もしかして、私はいい面の皮ってやつなの!」
興奮してる割には冷静な判断をしているユーリ。
さすがはタワナアンナ。
ヒッタイト一の女性。
「ユーリ、何を勘違いしているんだ!」
「いや~~~。」ユーリは泣きながらその場をかけ出していった。


第9話 ショック                              作 あかねさん

「な、なんでルサファがこんな所にいたんだ!!」
ユーリを追いかけながら、ルサファに問いかける。
こいつのせいで・・・・・・・く~~~~~~~!!

「分からないんです。なんか、首にちくっと来たと思って、目覚めたら・・・・。」
「えぇい!おまえ、髪までユーリに似ているからいけないんだぞ!」
こんな争いをしているのなんか気にしないで、ユーリは自分の部屋に駆け込んでしまった。
そして、いつか、いざというときのために作っておいた「「カギ」」をかけた。
「カイルが・・・カイルが・・・・・。うわ~~~!!」
「ユーリ!ここを開けるんだ!誤解だから、別に私はルサファと・・・・。」
「その先は言わないで~~!カイルのバカー!!」
完全に誤解しているユーリ。
しかしまぁ、あんな場面を見たら、誤解したくもなりますけど。
ユーリは完全に閉じこもって泣いている。
カイルとルサファは誤解を解きたい。
「・・・今日は無理だな。明日にでも誤解を解く。」
今日はぜったいに無理だと判断したカイル。
まぁ、明日にでも誤解を解けばいいさ・・・。

そして、翌日。ユーリは、部屋に三姉妹しか出入りを許さなかった。
翌日も、その次ぎもその次ぎも・・・・・・・。
もうすでに、一週間が経過していた。その間、ユーリは部屋ですべてをやっていた。
カイルは、一週間もユーリの顔を見ていない。
「ユーリ!いつになったら出てくるんだ!!」 


第10話 うらわざ                             作 妃 瑠佑華さん


カイルはこの所いらいらしっぱなしだった。
原因は、ユーリに誤解されたままというのもあるが、やはり一週間もユーリを見ていないのが一番の原因だった。
「「ようし、こうなったら…。」」
なんと、カイルはユーリの部屋の窓に向かって壁を攀じ登り始めた!!部屋にいたユーリは…
「「なんか、変な音がするなあ…ラムセスが、登ろうとしてるのかしら…あいつときたら神出鬼没の上に、壁でも平気で攀じ登るし…」」
そう、ラムセスは壁攀じ登り前科一犯であった。
そう思いながら窓から下をのぞくと…
「カイル!何してるのよ!!」
「いや、これは…お前が部屋に入れてくれないから、ドアからがダメなら、窓から入ろうと…。
部屋に入れてくれないと、誤解も解けないし…。」
そう言うと、カイルはユーリの部屋に入ってきた。
「誤解なんかしてないよ。カイルとルサファは〇〇な関係なんでしょ。
今はカイルの顔なんか見たくない!大っ嫌い!!」
「「ガーン」」
「ユーリ!それは誤解だ!!なぜか私のベッドにルサファがいて、髪がくせっ毛になってたから、薄暗かったし、それでお前と間違えたんだ!!私は〇〇じゃない!!」
そう言うと、カイルは強引にキスした。
「いや、やめて!!」
「ユーリ…お前だけを愛してる。お前がなんと思おうと、お前だけを愛してる。
だから…「大っ嫌い」は、取り消してくれないか。
お前に嫌われているのだけは耐えられない。」
「いや…!いつも、そうやって私をだましてたんでしょ!」
「そうじゃない!大体、私がお前を愛していないというのなら周りがあきれるほどの、毎日の情事は?お前を本当に愛してるからこそ、あきれられようと、毎日愛したくてしょうがなかったんじゃないか!」
「……。」
もう少しで誤解が解ける!!頑張れカイル!
「ちょっと、何してんの!」
カイルはユーリをベッドに運び、服を脱がせていた!
「一週間も、お前を抱いてないんだ!もう私は我慢できない!!」
「ちょっと…あっ…わかったから…真剣っぽいし、もう誤解してないから止めて。」
「いやだ。一週間もじらせた罰だ…」


第11話  よく考えてみよう                     作 しぎりあさん

「やだっ・・・てば・・」
 抵抗の声が、途切れる。
寝技に持ち込めば(笑)後は、カイルの本領発揮。
ユーリもいつまでも、拒めるはずがない。

  ※  ※  ※  ※  ※


先ほど皇帝陛下がよじ登って不法侵入を果たした窓からの風が、火照った肌に心地よい。
 うっとりと、カイルの腕に身を預けるユーリの髪をもてあそびながら、ささやきかける。
「どうだ、私の気持ちがわかったか?」
「・・うん・・」
そのまま身体をすり寄せてくるのを、抱え直し、胸の高さまで引き上げると、唇を重ねた。
柔らかな感触を味わい、甘い吐息を楽しむ。
「・・カイ・・ル・・」
「黙って」
1週間もお預けを食らわされていたのだから、まだまだ足りない。
気力は十分、ユーリだってまだまだ大丈夫そうだし(1週間、邪魔されずよく眠ったせいです、きっと)。
逸らされた首筋に口づけつつ、秘かに安堵のため息。
思えば、長い一週間だった。今更ながら、離れては生きていけないと実感する。
だいたい、あの夜、ルサファとユーリを間違えるなんて事をしなければ・・
間違えること自体、愛情を疑われても仕方ないけれど。
でも、髪をカールしたルサファってホントに似ていたんだ・・・。
そう、似ていた。
部屋も暗かったし。
・・なんで、ルサファは、髪をカールしていたんだ?
眠らされた、とか言っていたな・・。
誰に?
「・・カ・・イ・ルゥ・・」
動きを止めてしまったカイルに、ユーリが不満げな声をあげた。
「・・しまった!!」
「えっ?」
ユーリからの閉め出しに頭がいっぱいで、よく考えなかったが、この悲劇(笑)には、裏で糸を引く誰かがいる!!
「まさか・・?」
ヒッタイト後宮に入り込み、ついでに寝所にまで入り込み、近衛副長官を捕らえてカリスマ美容師並の腕の見事さでセットをしたヤツ。
「ね、ね、急にどうしたの?」
険しい表情のカイルに、組み敷かれたまんまのユーリも不安そうにたずねる。


第12話 差し出された手                      作 ひねもすさん

カイルがこの悲劇(?)の真相に気が付ついた瞬間!

《ガサゴソ》

先ほど、カイルが壁を攀じ登って入り込んだ窓から今度は金と青の瞳を輝かせた美丈夫が現れた。
皇帝夫妻のお取り込み中に入り込んできたのである。

壁攀じ登り前科二犯となったラムセスはベットへと目をやると叫んだ。
「ム~ル~シ~リ~!
おまえは性懲りもなく、またユーリを疲れさせてるのか~~!!
なんて堪え性のない奴なんだ!!ユーリ、エジプトへ行こう。
俺なら、もっと計画的に子作りに励むぞ!
こんな奴と一緒にいたら腹上死しちまうぞ!」

カイルはローブをまとい、ベットから飛び出すとラムセスの前に立ちはだかった。
「夫婦の寝室に忍び込むとは!!!!
おまえには、遠慮と言うものがないのか!恥知らずめ!
それに、ユーリは私の下にいるから腹上死なんてしない。」
勝ち誇ったようにラムセスに言い放つカイル。
「余計な心配はぜず一人でエジプトへ帰れ~~~」


「来い!ユーリ、私の部屋で続きを楽しもう。」
「ユーリ!エジプトに行くんだ。今なら遅くはない!」
ヒッタイト皇帝とエジプトの将軍は同時に叫び、手を差し出した。


シーツを巻きつけたユーリは呆然としていた。
そして、心の中で思った。

(どっちの手をとっても、毎晩ぐっすり眠れそうもないのは確かだわ。)
 
第13話 ゆーりに異変が                       作 那須さん

「もう!いいかげんにしてよ!カイルもラムセスも私のことなんだと思ってるのよ!
女は子供を産む機械じゃないのよ!!」
ユーリがバカ2人に向かって怒り始める
「しかし!ラムセスのせいで危うく私はおまえとルサファを間違えるところで…」
カイルか必死に弁解しようとしているが、ユーリは立ち上がる…
「ったくもう…何かムカつく」
もう私一人がいいと、皇帝とエジプト将軍を残し部屋を飛び出すユーリ。
こうして今夜も夜が更けた。 

第14話 そうは問屋がおろさない                      作 しぎりあさん

「ユーリ、食欲はまだないか?」
 おろおろとカイルがきく。朝一番で、カイルの顔を見たとたん、吐き気を覚えて部屋から走り出てしまった後を、追ってきたのだ。
「・・・う、うん・・ちょっと・・」
「ムルシリ!朝から鬱陶しい顔を見せるんじゃない!!」
 高らかに吠えながら、ラムセスが現れる。
「ラムセス・・・ぐうっ・」
「なんかすっぱいものが食べたい」
「もずく酢なんかあるといいんだけどな」
「ここにはないよね?」

「待ってろぉぉユーリィィ!俺が絶対に、もずく酢は捕らえてやる!!」
 戦車に飛び乗ると、ラムセスは雄叫びを上げ、エジプト方面に走り去った。
 城壁の上から、それを見送りながら、カイルはにんまりとほくそえむ。
「ラムセスは、行ったか。これでユーリの心痛の元がいなくなったってわけだ」
自分が、心痛の種のひとつだなんて、考えもしないカイルである。
「では、陛下」
イルが、頭を下げる。カイルがうなずくと、さっと片手を挙げて合図する。
とたんに、門が開き、数騎の伝令が走り出してゆく。
「各地方知事、および藩属国あてに、親書を送りました」
「うむ。『皇后ユーリ・イシュタルはもずく酢を所望』か。すぐにユーリの望みはかなえてやれるだろう」
 地平に消える伝令を満足そうに見送ると、軽やかに歩き出す。心はすでに、後宮のユーリのもとだ。邪魔者がいなくなったいま、心ゆくまでいちゃいちゃするつもりだった。

 一難去って、また一難。

 古代オリエントにこんなことわざがあったかどうか。
けれど、カイルはユーリ立后までの波瀾万丈で、そのことを身にしみて知っていたはず。
しかし、今は思い出しもしなかった。はっきりいって、平和ぼけである。毎日の心配事といえば、ユーリのご機嫌伺い。国政は安定し、他国との関係も良好なのだから、仕方がない。
 異変に気づいたのは、ハットウサの王門を守る守衛だった。
「なんだ、あれは?」
 街道の彼方にあがる土ぼこり。ものすごい勢いで近づいてくるそれは、あきらかに大量の騎馬部隊だった。
「て、敵襲!?」
 慌てて閉門の合図を送ろうとした門衛の耳にかすかに聞こえる声?
「・・・・・さ・・まぁ・・・」
 激しいひずめの音に混じって、確かに女性の(それも、若い)声がする。
「お、おい、あの旗印は!」
 見張りが、櫓の上から叫んできた。聞き返す間もなく一隊は、それと分かるまでに近づいた。声も、しっかり聞き取れる。
「おねえさまぁあ!アレキサンドラ、おねえさまの『もずく』お届けにあがりましたわぁぁぁ!!」
「ア、アルザワ軍!?」
 
 度肝を抜かれた門衛が、アルザワ軍とその王女をあっさり通過させると、王宮は大騒ぎになった。報告を受け取ったイル・バーニは眉を寄せたまま、歓待の準備を申しつけ、足早に後宮に向かった。
 後宮の中庭の木陰で、愛妃の膝枕で和んでいる皇帝に、非常事態を注進するためだった。

第15話 日焼け                           作 ひねもすさん

アレキサンドラ王女はすぐに謁見の間に通された。

「皇帝陛下、皇妃陛下この度はまことにおめでとうございます。」
母であるアルザワ女王からの祝辞の言葉もそこそこにアレキサンドラは話し始めた。

「お姉さま!お姉さま!お会いしとうございました。
アレキサンドラのこと、お忘れになっていませんわよね!
アレキサンドラは一日たりともお姉さまを忘れたことはありませんわ!」

アレキサンドラ王女は以前と同じく、ユーリの崇拝者であった。
しかし、以前と変わったところがあった。
真っ黒なのである。以前は王宮育ちらしく色の白いかわいらしい姫であったが、今は真っ黒に日焼けして、鼻の頭の皮がちょっとむけていた。
そして髪も以前はやわらかそうなカールした髪だったが、今はバリバリしている。

「アレキサンドラ姫。どうしたの?真っ黒じゃない。
・・・・・・。もしかして、あたしのために姫が自分でもずくを探してくれたの?」

「ええ、お姉さま!『もずく』が海藻とうかがって地中海で探しましたの。
泳ぎも覚えましたわ!」アレキサンドラは嬉しそうに、そして誇らしげに答えた。

カイルはアレキサンドラ王女の子供っぽい会話を聞きながら、王女には『もずく』を置いてさっさとアルザワに帰ってもらわなくてはと考えていた。
しかし、子供っぽい王女の次の一言にカイルは衝撃を受けた。

愛する人が欲するものを、他の者になんて探させられませんわ。
自分の手で探してこそ真の愛情ですもの。」悪意のない、無邪気さで王女言った。

第16話   愛あればこそ                    作 しぎりあさん

「ユーリ待っていてくれ・・・」
 疲れて眠る横顔に口づけする。
アルザワ使節歓迎会で遅くまで拘束されていた上、はしゃぐアレキサンドラの相手をしていたのだから、ユーリは目覚める様子もない。
せめてもの救いは、カイルに疲れさせられなかったことか。
カイルはそっと寝床を抜け出すと、気配を殺しながら身支度をする。
ここから馬を飛ばせば5日ほどでウガリットに着く。
そこで漁船を雇い、海に潜る。
計算では、2週間ほどでユーリのためにもずくを持って帰れるはずだった。
規則正しい寝息に、後ろ髪を引かれる思いだ。
しかし、男には愛する者のために旅立たなくてはいけない時がある。
あらかじめ油を流しておいた扉を押し開けると、廊下に滑り出た。
「・・・陛下、どちらへ?」
突然かけられた声に、ぎくりとする。
振り返ると、昼間と変わらぬ隙のないいでたちでイル・バーニが立っていた。
「・・・イル、何も言うな」
 押し殺した声で命令すると、闇に沈んだ廊下を駆け出そうとする。
その背中に、ため息と共に声が投げかけられた。
「ユーリ様も、お気の毒に」
 どうせなにやかにやと、説得するつもりなのだろうが、ユーリの名を聞けばほうっておくわけにもいかない。
「なんだ」
「ユーリ様は、ご懐妊中のお体」
 懐妊中だからこそ、もずくを皇帝自ら取りに行こうというのだ。
「先の御子があのようになられて、不安なこといかばかりか」
 イルはわざとらしく、目元を袖でぬぐった。
「ましてや、この国では寄る辺のない身の上。唯一頼りにされている夫君である陛下がこの上、身をお隠しになれば、どのように心細く思われるでしょう」
「私は、身を隠すわけではない、少し遠出をするだけだ」
「では、なぜこのように夜中にこそこそ出かけられるのです」
 カイルは、詰まった。
「・・それは、行くと言えばあいつは止めるだろうし・・・」
「それこそ!!」
 イルがずいっと詰め寄った。
「それこそ、陛下に離れて欲しくないと言う意志表示。
なんという、けなげさ。
もし夜が明けて陛下のお姿がどこにもないことをお知りになれば、落胆のあまり、何もお召し上がりにならないかも。
ただでさえ食の細いお方なのに・・・」
 考えてみれば、最近のユーリは吐き気こそ治まったものの、食欲がないと言ってほとんど食事を口にしない。
 カイルの迷いをイルは見逃さなかった。
「いま陛下のできる最上のことは、ユーリ様のお側にいて差し上げることです。
つねにそばにあり、励まし支えることです」
 つねに、そばに?
カイルは、きっと顔をあげた。
 そうだった、ユーリと腹の子を守れる者は自分しかいない。
それが、一時とはいえ二人を置いて立ち去ろうとしたのだ。
 寝所に身を翻したカイルの姿を見送って、イルは再びため息をついた。
「・・・手間のかかる・・・」
 
 寝台の上では、出ていったときと同じ姿でユーリが眠っている。
その手を取り、きつく握り、カイルはささやく。
「悪かった、お前を置いてゆくなんて。どうかしていたな・・」
 握られた手が痛かったのか、ユーリが顔をしかめて寝返りをうった。
抜けた手先がカイルの頬をかすめた。
「そう・・責めるな。私は、お前のためにこの手で何かをしてやりたいのだ」
 思い出せば、ユーリは常にカイルのためになにかをしようとしていた。
いつぞやは、手編みのマフラーをくれた。
目が不揃いで、おまけに魚取り網のように荒かったが、暖かかった。
ケーキを焼いてくれたこともある。
外が炭のように焦げていて中が生だったが、美味しかった。
仕事で疲れているだろうと、肩をもんでくれたこともある。
触れてくるユーリの感触に、当然のように中断させて別のことをしてしまったが、それもなかなか良かった。
「ああ、ユーリ」
 たまらず覆い被さり、キスの雨を降らせる。
ユーリが、鬱陶しそうに身をよじった。
「・・おねが・・い・・カイル・・」
 おねがい!?
 カイルは身をこわばらせた。
息を詰めて、口元に耳を寄せる。
「・・しいの・・」
「なんだ、なにが欲しいんだ?」
 ユーリは何事か、ぶつぶつつぶやく。
いくら耳を澄ませても、聞き取れない。
 一つ大きく息を吐くと、すやすやとした寝息に変わる。
「・・・ユーリ、なにが欲しいんだ?」
 後には、呆然としたカイルが取り残された。

第17話 ユーリの食べたいもの・・・それは              作 マユさん

本日は今年度の王宮予算会議!
しかし皇妃・ユーリは懐妊中でお腹も大きくなってきていたので本日は欠席である。
元老院議員の一人が予算案を発表し、それに関して議論が巻き起こる…
その中でただ一人おとなしい人物・現帝カイル・ムルシリ…
果たして彼の耳にこの騒動は届いているのか?
(はぁ…ユーリが欲しいものとは何なのだろうか??)
……やっぱりユーリのことを考えてる……
(ユーリの欲しい物か…それはやはり現代の物だろうか…)
カイルはため息をつく…
この世界にある物なら何でも与えてやれる…
しかし20世紀の物となっては手も出ない…
「皇帝陛下!!陛下はこの事にはどう思われで?」
元老院の大声にやっと我に返ったカイル。
「あ…ああ…そうだな…予算案はそなた達に任せる…あ
る程度、検討がついたら私の元へ持ってきてくれ…
すまないが今日は宮に帰らせてもらう…」
議員達が唖然とするなかカイルは頭を抱えて会議室を後にした。
「おい!陛下はご病気なのか??」
「いや…ただの色呆け病では?」
「しかし陛下の顔色があんなにも悪いのは久しぶりだ…」
元老院の中でヘンな噂が流れていく。
イル・バーニのこめかみは今にも切れそうだった。

王宮から後宮へ繋がる廊下をカイルは渡っていた…
「いつ見ても美しい…」
今の後宮には美しい白い花々が咲いている。
この花はすべてユーリが育てたものだ…
「さて…ユーリはどこに居るのだろうか?」
カイルは白い花の中を通り泉の近くまでやって来た。
懐妊してからのユーリは、このような温かく晴れた日は、よく泉の側で敷布を引いて座っているのだ。 もちろん護衛は3姉妹。

いた!!

白い花の間に見える対照的な鮮やかな黒髪。
花の色に溶け込むような白い肌と白い服。
カイルは花に隠れてそっとユーリの後ろに回りこむ。
いきなり抱きついて脅かしてやるつもりなのだ。
(…よし…うまくユーリの後ろに回りこんだぞ…)
カイルは花の間から目を凝らす。
そうするとユーリと3姉妹…そしてユーリの目の前に置かれた大量の料理に目がついた。

んぐっ もぐもぐ パクパク ムシャムシャ

「ユーリ様 はちみつパンのもう少し持って参りましょうか?」
「うんお願い!後ついでに果物もお願い」
「かしこまりました」
双子がどうやらユーリが食べ尽くしたと思われる大皿を持って台所の方に去っていった。
(どういうことだ??食の細いユーリがあんなにも食べるなんて?)
「本当にようございましたわね。
 やっと食欲が出てこられて、 ユーリ様はご懐妊されているのですから御子の分までお食べにならなくては」
「うん…私もビックリ…急に食べたくなっちゃって…けど…こんなにも沢山の食べ物を食べたなんてカイルが知ったらどう思うか…」
(ユーリ!?私は何も思ってないぞ!おまえが子供の為に栄養を取るのはあたり前じゃないか??)
「いいえユーリ様 陛下だってお喜びになられますわ 。
この間まで何も喉を通らなかったのに…これだけ食べられるだけでも十分です。
 御子のためですわ」
(そうだ!ハディの言う通りだ!?ユーリ!どうしてそんなことを思うんだ!?これが噂に聞く妊婦の精神不安定なのか?)
「うん…そうね…でもこれ以上食べちゃダメだわ、 太ったらお産が大変だもの」
「…そうですわユーリ様!こないだ食べたい物があると言っておられたらではありませんか!もずく酢じゃないものを!それを陛下にまたおねだりしてみてはいかがですか?」
「食べたいもの?ああ…カップラーメンとおでんとハンバーガのこと?でもそれは無理だから…」
ユーリがそう言った瞬間
「無理ではないぞ!ユーリ!何が欲しいんだはきっり私に言いなさい!」
「キャッ!カイル!」
ユーリの後ろにはユリの花の匂いが金髪の髪に染み込んでしまったカイルが立っていた 。


18話 食文化とは                            作 しぎりあさん

「さあ、ユーリ、ハンバーガーとはどんなものだ、カップラーメンとは!?」
迫るカイル。
よく見ると、耳の後ろにちょこんと小さい白い花がささっている。
少しかわいい。が、ユーリにはそんなことを考える余裕はなかった。
「ああ、あの、ハンバーガーって、パンにハンバーグとピクルスを挟んだ物で・・」
真剣なカイルの迫力に押される。
「ハンバーグ?ピクルス?」
「挽肉を丸く焼いたものよっ。ピクルスは、キュウリの酢漬け・・」
 確か、そんなものだろう。
「ハディ!!」
「は、はい陛下」
 ハディが平伏する。
さっきまで和やかに話をしていたのに、とんでもない(?)展開だ。
「作れるか!?」
「・・・多分・・」
「それで、ユーリ、カップラーメンとはどのようなものだ?」
「ええっ!?え~と・・」
 ラーメンがカップに入ったもの。
だが、製造法なんてユーリに分かるはずもない。
「ラーメンは、小麦粉を練って細く伸ばしたもので・・・それをスープに入れて・・スープはしょうゆ味が好きなんだけど」
「しょうゆ?」
「あっ、トンコツ!トンコツでいい!」
 トンコツなら、古代にでもあるんじゃないかとユーリは考えた。
「リュイ!!」
「はい、こちらに!!」
「すぐに厨房に行って、それらのものを用意させろ!!」
「かしこまりました!」
 脱兎のごとく走り去ったリュイを見送ると、カイルはユーリを抱きしめた。
「ユーリ、私に遠慮などするな。お前の望みはなんでもかなえてやると言っただろう」「カイル・・・(無理だと思う・・)」


そして厨房では、料理人とリュイが難しい顔をして立っていた。
 目前には、湯気を立てたハンバーガーもどき(ぺしゃんこのパンに、挽肉をはさんで丸ごとの酢漬けキュウリを挟んだもの。味付けなし)と、カップラーメン(素焼きの丼に練った小麦粉を引き延ばした直径5㎝はある棒が、豚の煮汁に入っているもの)が並んでいた。
「イシュタル様は、本当にこんなものが食べたいのかね?」
「・・そうね・・・すごく・・不味そう・・」  

第19話   味覚変動                       作  ひねもすさん

ユーリは困っていた。
(どうしよう・・・・。食べなきゃまずいんだろうな・・・。
 皆一生懸命作ってくれたんだろうし)

ハンバーガーもどき、カップラーメンもどきがユーリの目の前に並んでいた。
そして、その横には、粉だらけの料理長とリュイが立っている。
カイルは目を血走らせて、ユーリの反応を覗っていた。

(ここで、『こんなんじゃない!』とかいったら、リュイは大丈夫だろうけど、料理長は首になるんだろうな・・・。
カイルってば目が血走ってるもんね。
タワナアンナって、自制心が必要だって聞いてたけど、こんな時にも必要なんだ・・。
実感したよ。
どうしよう、ひき肉が臭いよ。
香辛料使ってないのかな。
ラーメンの方がまだましかな?
うわ、スープに豚の油が浮いてギラギラしてる。
気持ち悪い・・。
でも麺だけなら、なんとか食べられるかも。
せっかく作ってくれたし一口我慢しよう)

ユーリは一口食べたら、つわりのふりをして、すぐ食べるのをやめようと思っていた。
少し青白い顔になりながら、ユーリは作り笑いをして料理長とリュイに言った。
「ありがとう、大変だったでしょ、作るの。ありがたく、頂きます」

ユーリは一口食べた。
そして二口食べた。
そして三口、四口・・・・・・・全て食べた。

(どういうこと?)

次にハンバーガーもどきを少々・・・。

(どういうこと?!)

「カイル!なんて美味しいの!(もぐもぐ)
 ありがとう(もぐ)。本当に美味しいよ!(んぐぐ)」
目に涙を溜め、口一杯ハンバーガーもどきを頬張りながらカイルに感謝の言葉を伝えるユーリであった。


第20話   料理の花道                   作 しぎりあさん

報告を聞いて、王宮の料理長は泣いていた。
この道24年(来年には、記念品がもらえる予定)、あんなに食欲を減退させるようなモノを作らされたのは料理人としてのプライドが許さなかったが、それをイシュタル様が、残さずがつがつとたいらげてくれたのを聞いて、こみあげてくるものがあったからだ。
「そう、ですか。イシュタル様が」
 味見の後、みんなが放棄した、鍋に山盛り残るそれを見る。
「まだまだ、ございます。どうぞお召し上がりください」


「ユーリ、本当に美味いのか?」
 ユーリが喜んで食べてくれるのは嬉しいが、さっきちょっと味見した「ユーリの国風料理」は信じられないほど不味かった。
 カイルは心配げに、おかわりの皿を差し出すユーリを見た。
「うん、美味しい!」
 ハディからあふれんばかりり盛られた皿を受け取りながらユーリはうなずいた。
「あ、あたしばっかり食べちゃ悪いから、カイルもどう?」
「いや、遠慮しておくよ」
 あわてて言って、先ほどから黙り込んでいる、焼けてはいるが多分青い顔色のアレキサンドラを振り返った。
「王女は?」
「・・・私・・いいです」
 アレキサンドラは、ショックだった。
憧れのお姉さまがゲテモノ喰いになってしまわれた。も
ずく酢は美味しかったけど、このハンバーガーとか、カップラーメンとかいうものは、ひどすぎる。
 それなのに、お姉さまはさっきから、それを美味しそうに食べている。
いまのおかわりで、五杯目だ。
いいえ。
きっとアレキサンドラは顔をあげた。
愛する人と味覚を共有してこそ、本当の愛と言えるのよ。
だから、私も食べなくては。
ユーリを見る。
口元に運ばれる食べ物を見る。
・・・うっ。
だめ、我慢できない。
しっかりして、アレキサンドラ。
お姉さまへの愛は本物のはずよ!!
 
第21話 愛の力・・・ピクピク                      作 ひねもすさん

「ふ~~~。ああ、美味しかった。」
結局七回もお代わりをしたユーリは、やっと一息ついたようだった。
この美味しさを皆にも分けてあげたい。
ありがた迷惑な優しさをユーリは周囲に向けた。


「アレキサンドラ姫、食べないの?まだ沢山あるよ。
遠慮しなくてもいいのに、美味しいんだよ。
あたしの国の料理は口に合わないかな?」
にこやかに言うユーリの期待に添いたくて、アレキサンドラはハンバーガーもどきに口をつける決心をした。
『愛するお姉さま、これがアレキサンドラの愛です!』
目をつむり、息を止め・・・・・・
≪がぶり≫・・・・・・・一口かぶりつく。
「うっ・・・・・」
≪ぶるぶる≫・・・・・・アレキサンドラは、痙攣し始めた。
「うっうっ・・・・」

更に、背中からばたんと倒れた王女は手足をピクピクさせ、ひっくり返ったカエルのような体勢になってしまった。

「王女!大丈夫ですか?!」
カイルが叫んだ!
藩属国の王女に、何かあったら国際問題だ。
「だれか侍医を!」
あたりは俄かに騒がしくなった。

「誰か、侍医を~~~~」
「王女様~~~~お気を確かに~~~」
「アルザワに使者を~~~」
「大変だ~~~」
「食べたものを吐かせるんだ~~」

侍女や衛兵が、入り替り立ち替り次々とやって来る。
そんな混乱の中、口から肉片をぼろぼろ溢しつつアレキサンドラは最期の言葉・・・・かもしれない一言を口にした。
「お、お姉さま・・・アレキサンドラは、お姉さまのためなら死ねます・・・・」
≪ガクッ≫
アレキサンドラは、白目をむき、口から泡を出した。
アレキサンドラは、絶命した・・・・のかもしれない。
たとえ、絶命しなくてもヒッタイト後宮の侍女やら衛兵やらの前で、カエルのような姿をさらした王女に良縁が舞い込むことは・・・・ないだろう。

『殿方には嫁ぐつもりなんかないもーん』
いつぞやのアレキサンドラの言葉は真実味を帯びてきた。