騒々しい朝 パートⅠ

第1話 騒々しい朝                

                                      作 あかねさん

*ばたばたばたばた・・・・・

朝から、王宮が騒がしい。まだこんなに朝早いのに・・・・。

コンコン

ドアをノックする音。

「は~い。誰ですかぁ・・・?」

今日はめずらしく自分の部屋で寝ていたユーリを、誰かが起こしに来た。

「おはようございます、ユーリ様。朝早くから、申し訳ございません。

 しかしですが、お召し替えを」

三姉妹だった。

朝からお召し替え・・・。

イヤな気分だったが、こんなに急いでいるんだ、なにかある!

と思い、急いでで用意をした。

「ねぇ、ハディ。いったいなにがあったの?」

「はい、実は昨夜、王宮に泥棒が入りまして・・・。今日は今から、

 御前会議がございます。」

泥棒。警備の厳しい王宮に泥棒・・・・。

「これは、皇妃陛下。朝早くから申し訳ございません。」

元老院の御前会議。

もちろん皇帝であるカイルは、席に着いていた。

「おはよう、皇妃。今日の朝、泥棒が入ったと聞いて、お前が盗まれていないか

 一番に確認させたんだよ。」

「・・・(///////)こ、皇帝陛下。会議を始めましょう。」

顔が真っ赤になっているユーリを、皇帝はじめみんながニコニコと見つめていた。

「さて、では本題に入ろう。」

カイルの一言に、水を打ったように静かになった。

それほどこのことは、重要なことなのだろう。

「今朝早くに、我が王宮に泥棒が入ったと連絡があった。・・・盗まれた物は、

 なんだか説明してもらおうか。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

こうして何時間か、会議は続いた。

第2話  盗まれたもの

                                    作 金こすもさん

「申しあげます! 王宮から盗まれた物が、判明いたしました。

 宝物庫に収めていた皇妃さまの服でございました」

会議での書記官からの報告に、ユーリはうろたえた。

太后だったナキアの魔手から、このヒッタイトへ連れ去られた時に着ていた大事な

衣服が何者かに盗まれてしまったのだ。

「ユーリ、わたしと初めて逢った時に着ていたあの服だな」

感慨深げに語ったカイルに、ユーリはコクリと頷いた。

も~う日本へは帰ろうとは思わないが、ママたちの思い出が染みこんだあの服は、

かけがえのないユーリの宝物だったのに・・・・。

「皇帝の名において、命じる。イシュタルの大事な服が王宮から盗まれた。

妖しい者を探り出し、直ちに犯人を捕らえよ! 」

「御意―――。慎んで、お受けいたします」

元老院議員や側近たちの声が、広い会議場にこだましていった。

第3話  複雑な思い  

                                作 ひらめさん

それから1日が経ち、1週間が経った。

が、服はいつまでたっても見つからなかった。

「ユーリ。今日も見つかったという報告はなかったよ」

カイルはユーリにそっと言う。

「・・・・そう」

これがここ数日の二人の会話。

近頃は二人っきりになっても、話すことは少なくなっていた。

二人とも、内心複雑で相手のことなど気にとめる余裕なんてなかったのだ。

 私の服・・・・・

 あの服がなくても、困るわけじゃない。

 もう戻るつもりは無い・・・・・だけど・・・・

 だけど、あれが唯一私は向こうで生活していたという証だったのに・・・・

 あの服がないと、私が向こうの人間であったということに自信がもてないよ・・・

 ユーリの服が無くなって、私は本当に心配しているのであろうか。

 いや、内心喜んでいる。

 ユーリの還る方法がなくなったのだから。

 あの服はあの泉と同様私からユーリを奪い去ってしまいそうで怖い。

 このまま・・・見つからないでほしい。

そのときだった。

「陛下失礼いたしますっっ」

キックリがドアをあけて叫ぶ。

「なんだ?何かあったのか?」

キックリは大きく息を吸って大声で言った。

「服が・・・ユーりさまの服が見つかりましたっ」

「えっ!?」

第4話 宝物     

                                       作 あかねさん

「本当なの!本当なのね、キックリ!!」

ユーリは、キックリに飛びついていった。

その様子を見て、カイルはひどくがっかりとした。

今更ユーリが、自分を置いて帰る訳がない。

帰れるわけがない・・・・そう、わかっているのに・・・・。

「ほんとうでございますよ、ユーリ様。しかし・・・」

「しかし・・・なんだ?」

服は見つかった。

なのに、『しかし』とはなんだ?

「お服はみつかったのですが・・・。その、上着だけ・・・と、申しますか・・・?

すべてがみつかったわけではないのです」

ほっとしたのも、つかのまだった。

まだ見つかっていない・・・・見つかっていない・・・・・!!

「お願い、キックリ!探して!あたしの、あたしの宝物なの!

 もう、元の世界に戻る気はないけど・・・あれは・・・あれは・・・・・」

カイルは、はっとした。

何を考えているんだろう・・・。ここは、ユーリの願いを先決すべきだ・・・と。

ガタン。

「いいか、キックリ。帝国中を探すんだ!」

第5話   服の後     

                                        作 金こすも

上着が見つかっても、他の服は見つからなかった。

日々は残酷にも過ぎていき、ユーリは元気をなくしていった。

カイルは、そんなユーリの様子に気が気ではない。

「申しあげます。ユーリさまの服が見つかりました」

「キックリ! どこなの? ベストも見つかったの? 」

ユーリの喜ぶ顔を見て、カイルはキックリに詰め寄った。

「キックリ! 早く見せてくれ。どこにあるんだ? 」

可哀想なキックリは、しどろもどろになりながら小箱を差し出した。

「え? 」

ユーリたちが唖然としている間に、キックリは小箱を開けた。

中に入っていた物は・・・・。

ベストだった布地のきれはしが、一切れあるだけだった。

「キックリ! これは、どういう訳だ? 」

カイルの怒声に、キックリはたじたじとなって後ずさりした。

「陛下、ユーリさま。どうか、気を落ちつかせてくださいませ。けして、キックリの責任ではありません。

これはイシュタルさまであるユーリさまの、人気のせいなのですから・・・」

イル・バーニの静かな声に、カイルは冷静さを取り戻した。

「すまない、キックリ。だがイル、人気のせいとはどういう意味なんだ? 」

「陛下。ユーリさまの大事な服だったベストなどは、盗人の手でハットウサの街へ運ばれていました。

そこで商人の手に渡り、民たちの手に渡ったのです。

民たちは、これがイシュタルさまの服だとわかると、高金をはたいても、我先にと買い求めようとしました。

あまりにも買い手が多かったものですから、商人はその服を細かく切り平等に売ってしまったという次第なのです」

「民たちは、イシュタルのご加護と愛を求めて、服のきれはしをお守りにしておりました」

キックリの声に、ユーリはいつしか涙ぐんでいた。

第6話 決意

                                       作 しぎりあさん

「そんな・・」

 力無く座り込んだユーリの背後から、カイルの低い声がした。

「キックリ、ふれをだせ」

「・・は、はい」

「イシュタルの衣を持っている者は、至急王宮まで届け出るようにと。隠し持てば、これを罰する」

「陛下っ!!」

 あまりにも、横暴な内容に、ついキックリが非難めいた声をあげた。

カイルらしからぬ、民の心を無視した勅だった。

「・・かまわぬ」

 言うと、カイルはユーリの肩に腕をまわした。

「私は、これが望むことはすべてかなえてやるつもりだ・・たとえそれが人の心に背くことでも」

「もう・・いいよ」

 か細い声がした。カイルの腕の中に囚われたまま、ユーリが身をよじった。

「もう、いい。私が、服を取り戻したいなんて思わなければ、カイルはそんなふれを出さなくていいんでしょう?私が、わがまま言わなければ、カイルは立派な皇帝でいられるんでしょう?」

「ユーリ!!」

 逃れようとして、さらに激しく暴れるのを、腕の中に抱きしめる。

「違う、おまえを非難しているわけじゃない。ただ、おまえの欲するものを与えたいとと・・・」

「はなして!!」

「ユーリ様!!」

 小箱を抱えたまま、おろおろとするしかないキックリは、やがて唇をかむと、一礼をして退出していった。

残された皇帝は、愛妃をなだめようと必死に話しかける。

「ユーリ、聞いてくれ」

「いやーっ」

 叫ぶあごをとらえ、唇でふさいだ。

抵抗の拳を片手で容易く封じると、もう片方であごを固定し、深く口づける。逃れる舌を追い、からめ取り、吸い上げる。

 ユーリの身体が、やがて力を失った。

「ユーリ・・・」

 しゃくり上げるだけになった細いからだを、強く抱く。目尻ににじんだ涙を、舌先ですくいあげる。

「・・・おまえは、いつも何も望まない。私は不安なのだ・・本当に、お前が私のそばで満たされているのかと」

「カイル・・」

 つぶやくように、ユーリが言った。その声を聞き漏らすまいと、カイルは頬を寄せた。

「・・カイルはいつも、あたしにたくさんのことをしてくれるよ。足りないなんて思ったこと、ない。でもね、これはあたしのわがままだって思ってても、日本の服は、特別なの」

「わかっている」

 ユーリの腕が、カイルの肩にまわされた。強く、抱きしめる。

「特別だけど、探さないで。あたしのわがままのために、皇帝の道を踏み外すカイルを見るのは・・・怖い」

「ユーリ?」

 耳朶をかすめるように、ユーリが小さなため息をついた。 

第7話  歪み

                                  作 ひねもすさん

「カイルの名前が私のために汚されるのが嫌なの。

私がこの世界に残ったためにカイルの賢帝としての名声に傷が。きっと賢帝として後世に残るであろう名声に・・・・」

ユーリはそう言うと、カイルの腕の中で以前から考えまいとしてきたことを考え始めていた。

私がここにいると言うことは、歴史を歪めているんじゃないか・・・。

以前にも考えたことはあった。

でも、ナキア皇太后のことや、エジプトとの戦争、いろんなことがありすぎて、深く考える余裕はかった。

今、平和な時が訪れ、自分が皇妃としてカイルの隣に座る。

だけど・・・

『本当なら、この席には違う人がいたはず・・・』

歴史が少しずつ歪み始めているのではないかと思えてならなかった。

 もし、私の服の切れ端が後世まで残ったら?

エジプトのミイラは巻きつけられた布と一緒に後世まで残っている。

化学繊維の衣料が残ったら?!この時代にはありえないはずなのに!!

私とカイルの赤ちゃんが逝ってしまったのも、その歪みのせいじゃないか?

これから赤ちゃんができても、また・・・・。考えるだけで怖かった。

日本のもの、現代に通じるもの。それは私の側にだけあって欲しかった。

私が死んだら、一緒に燃やして欲しかった。

表に出して歴史が歪めば歪むほど私は大切なものを失うかもしれない。

そして、今度はカイルを失うかもしれない・・・。

怖い!怖いよ!カイルがいない世界にいる意味なんてないよ!!

第8話  優しい・・・でも・・・

                                  作 あかねさん

「ユーリ!お前、もしかして・・・この世界に残ったこと・・・」

カイルは、ユーリの髪をそっとなでた。

ユーリの考えていることは、だいたい想像がつく。

自分が残ってしまったために、何か、悪影響が出るのではないか・・・とか、

この世界に残ってはいけなかったのではないか・・・・とか。

「ユーリ、お前がそんなに悩むことはないよ。大丈夫。服は必ず取り戻せるから」

「・・・やめて・・・。カイル、お願いだからヤメテ!私のために、カイルが・・・。

 カイルの名前に、傷を付けることなんてない!」

「名前なんて、傷ついたっていい。それよりも、お前の苦しむ姿を見る方がよっぽど嫌だ」

カイルは、いつも私に優しくしてくれる。

ねぇ、カイル。あなたは考えたことある?

私がいたために、歴史が歪んでしまうかも・・・とか・・・。

「・・・お前の考えはだいたいが想像できる。心配しなくていい。

 お前がここに残ったのは、運命なんだから」

第9話  闇の中へ

                                作 ひねもすさん

運命?

そんな言葉で片付けていいの?

じゃ、ティトが皮を剥がれて死んだのも、ウルスラが無実の罪で死んだのも皆の運命?!

ザナンザ皇子が死んだのだって、あれが本当の歴史の流れだったなんてわからない・・・・。

全て、私が関わっていた。

人の生死が自分の行動によって変わってしまう・・・・・・・・・・・。

カイルが私のためを思って『運命』と言ってくれたのは分かってるけど、運命なんて考えちゃいけない。

そんな言葉で片付けちゃいけない気がする。

私の存在、それが全ての歪みのもとなのよ・・・

ユーリは深い心の闇の中に落ちていった。

・・・・・深い、深い闇の中へ・・・・・・

魔の気配がユーリを取り囲んでいた。

ユーリの取り乱した姿に平静さを失っていたカイルは、その気配を読み取ることができなかった。

「いいえ、カイル、服のことはもういいの。あなたがいれば・・・・

 でも、今日は一人にして。 一人で休みたいの。」

冷たい生気を失った目でユーリはカイルに言った。

第10話  心の闇 

                                作 あかねさん

そしてそのあと数日間、ユーリの様子はおかしかった。

いつも通りの生活・・・だが、ユーリの身体からは生気が溢れていない。

そのわけは、ユーリの精神状態にあった。

ユーリは今、心の深い闇に捕まっている。

誰も助けてくれない・・・。

そして、その闇はユーリに言う。

「「みんなが死んだのは、お前のせいだ・・・・・」」と。

カイルは、さすがに心配になってきた。

確かに笑ってはいるし、政務もこなしている。

いつも通りにユーリだが、なんというか、違う。

「なぁ、ユーリ。疲れているんじゃないのか?」

「・・・大丈夫だよ。」

何を聞いても、大丈夫!の一点張り。

これでは聞いてもしょうがない。

・・・カイル、気がついて。あたしを助けて!!

ユーリは叫びたかった。

でも、叫べなかった。通じない、気がついてくれない!!

そんな不安が、ユーリの心の闇をよりいっそう漆黒の闇に、深い闇へと連れて行った。

第11話  光の扉   

                                  作 しぎりあさん

カイルは考える。

 どうすれば、ユーリにいつもの笑顔が取り戻せるのか。

失われた衣装を取り戻せと言うのなら、草の根わけても取り戻そう。

 ところが、ユーリはそのための詔を望まないと言う。

皇帝としての自分が、道を誤るところなど、見たくないと言うのだ。

 自分は、皇帝だ。帝国で最高の権力を握っている。

その自分が、愛する女のためにほんの少しそれを使ったところで咎める者はいないだろう。

 いや、いるか。ユーリだ。

 ユーリはいつも、常に正しい皇帝であれと、望んでいる。

そのためには、ちっぽけな自身の望みなど、と投げだしてしまう。

カイルが、どんなささいな、あるいは大きな希望でも叶えようと思っているのとは反対に。

 こわばった頬をつつみ、頼りなげな身体を抱きしめても、互いの想いはすれ違う。

「ユーリ、私は、どうすればいい?」

「なにも・・」

 もどかしさに、かきいだく腕に力がこもる。

肌の熱さも心の熱を伝えはしない。冴え冴えと澄み渡る月と見上げるような冷気に、情事のさなかに身震いをする。

 どこに、いってしまったのだ、お前の心は?

 私の愛してやまなかった、あの笑顔と、いつも私の名を呼んでくれたあの声は。

 どうすれば、この闇から抜け出せる?

 どうすれば、お前の中の闇を、追い払える?

 震える夜を抜け出して、お前という日だまりの中で私を安らがせてくれ・・・

第12話 酒場にて

                                   作 ひねもすさんユーリの異変は側近達の目にも明らかであった。明るく、前向きなユーリ。

そのユーリの変わり様は、側近達をも不安にしていった。

ミッタンナムワは酒場で浴びるほど飲んでいたが酔うことができなかった。

ユーリの様子とそれを心配する皇帝の姿が頭から離れなかったからだ。

なじみの女がミッタンナムワに話しかけて来た。

「歩兵隊長さん!どうしたって言うのよ。しけた顔しちゃって!」

「ああ、なんでもないよ。それよりもう一杯もらえないか」

「いいの?うちは儲かっていいけど・・・。」

酒を持ってきた女はミッタンナムワに再び話し掛けた。

「ねえ、恋の悩み?それなら私、怖いこと聞いちゃったの。

 誰にも知られず恋敵を殺す方法・・・・」

物騒な話にミッタンナムワは女の顔をまじまじと見た。

「ふふ、やっとちゃんと見てくれたわね。

 もちろん、私がやったわけじゃないわよ。

 それに、実際命を奪うわけじゃないんですって。

 恋敵の心を水晶の中に閉じ込めるそうよ。

 喜怒哀楽、いろいろな感情ってあるじゃない。

様々な感情を一つずづ閉じ込めてゆくんですって。

次第に人形のように何も考えられなくなるそうよ。

喜びだけ閉じ込めたり、明るさだけを閉じ込めたりもできるんですって。

もし、殺してしまいたいなら、 絶望だけを残せばいいそうよ。

恋敵は勝手に自分で死んでくれるんですって。人生に絶望してね。」

ミッタンナムワの手は知らず知らず汗ばんでいた。

「そんな真似、いったい誰ができるって言うんだ・・。」

「もちろん魔力を持った人間よ!普通の人間にできたら、大変じゃない!」

ミッタンナムワは酒場を飛び出し、王宮へ向かった。

第13話  飲み会

                                 作 あかねさん

「こ、皇帝陛下!夜分にすみませんっ・・・って、あれ?ルサファ、カッシュ。」

皇帝陛下の政務室。

まだここにいるとの知らせがあったので、ここに走ってきたのだが・・・。

「今度はミッタンナムワか。・・・なんだ?」

「いえ、先ほど酒場の女に聞きましたが・・・。何でも、魔力のある方だと・・・」

「「「感情だけを水晶の中に閉じこめることができるそうなんです!」」」

三人そろって、合唱状態。

え??

「・・・それは、もう俺達が陛下に申し上げたよ」

カッシュもルサファも、何処で聞いたのか同じ事を・・・。

「しかし、それは断った。・・・確かに、不可能ではない。

しかし、それではユーリそのものではなくなってしまう・・・!

わたしは、地道に頑張っていくよ。ユーリのために。・・・しかし、報告ありがとう。

今日は、まだユーリもおきているはずだし。」

カイルは考えるように腕を組んだ。

そして・・・。

「よし!今日はみんなで飲もう!イル、キックリ、三隊長!それにユーリも混ぜて、一緒に飲まないか?

私の寝室へ行こう!」

カイルは政務を終わらせる口実ができて上機嫌。

イル・バーニは額に青筋が立っていたが、この際無視しよう。

(だって、ちゃっかりとのんでたもんね!)

「ユーリ、少し飲まないか?」

第14話 魔法の水

                                   作 しぎりあさん

「あたし、あんまり強くないから」

 一度は断ったユーリだったが、すでに側近が部屋に用意を始めていたので、仕方なくカイルの側に腰を落ち着けた。

 カイルは、ユーリに杯を渡すと静かに満たした。

「・・・カイル?」

 目でうながされて、口をつける。

食事時に出されるワインとは違った、のどを焼くような強い酒だ。

すぐに杯を戻したユーリに、カイルは語りかける。

「なぜ、男が酒を飲むかわかるか?」

「・・好き、だからでしょ?」

「酒が好き、というのはもちろんある。けれど、酒を飲んだ状態が好きだから、というのもある」

 わからない。ユーリが首をかしげた。

酔うのが好きということか。

「酔っぱらいは、大声を出したり、笑ったり、怒ったり、泣いたり・・・ハタから見ると迷惑だな」

 こっくりとうなずいたユーリの杯を、取りあげて一気に飲み干す。

「けれど、酔うと、自分でも知らなかった本当の自分の望みを知ることがある」

 もう一度杯を満たし、返した。

「・・・ユーリ、おまえは本当は大声で叫びたいのか、泣きたいのか、なにをしたい?」

「なにも・・・」

 部屋の真ん中あたりですでにできあがっているミッタンナムワの大きな笑い声が聞こえた

。からまれているのか、キックリの情けない声もきこえる。

「本当なら、ハットウサの酒場にでも連れていってやりたかったのだが、そうもいかない」

 二人の座っている場所は、部屋の隅、寝台を囲む垂れ幕の陰だ。

喧噪が伝わっては来るが、隔離された場所でもある。

「酔っぱらいの中で、酔うのは恥ずかしいことではないぞ」

 ユーリはゆっくり首を振ると、杯を押し返した。

カイルはあきらめたようにそれを取り上げると、またあおった…ように見せかけて、ユーリの腕をとらえた。

 口づける。

「や・・あっ・・」

 いやおうなく流し込まれる強い酒に、抵抗の意志をしめすが、すでに火の熱さでのどを焼きながら滑り落ちていった。

「・・もっとだ・・」

 続けざまに、含ませる。

思考を奪われ始めて、ユーリは従順にカイルの与えるモノを受け入れた。崩れる身体を抱き上げる。

「さあ、ユーリどうだ?うまい酒だろう」

 指先まで上気した腕をからみつかせなが、ユーリがゆらりと頭を振った。

 気配が伝わったのか、側近たちが静かに部屋を滑り出ていくのが分かる。

「もっと、欲しいか?」

「・・やだ・・もう・・」

 カイルの腕から逃れようとするが、思い通りに動かせない体にいらだったのか、ユーリが頭をふりはじめた。

「ユーリ・・?」

「やだって・・・ば・・」

 ろれつの回らない口調で言うと、不意にしゃくりあげる。そのまま、もがきながら声をあげて泣き始めた。

 カイルは暴れるユーリを抱きしめながら、ささやく。

「そうだ、酔っぱらいは、大声で泣くものだ。遠慮せずに、泣くがいい」

 聞こえたのか、聞こえなかったのか。拳をカイルの胸に打ちつけ、足をばたつかせ、頭を振り、大声で何事かを叫びながら、ユーリは泣き続けた。

 ・・・やがて、辛抱強く小さな台風を抱いていたカイルの腕の中で、泣き疲れたユーリは眠りに落ちた。腫れた瞼に口づけながら、子守歌のようにささやきかける。

「明日には、おまえの闇が少しでも晴れていることを願うよ」 

 

 

第15話  涙の三重奏

                                    作 ひねもすさん

皇帝の部屋を出てから、王宮の回廊で四人の男達は顔を見合わせた。

「いくら垂れ幕で仕切られているからって、同じ部屋にいるのに御寝所になだれ込むことはないよな~。

俺達皆、一人ものなのに・・・・(ぐす)。

俺、幸せになれるのかな。嫁さん来るのかな・・・・・(ぐしゅ)。」ミッタンナムワは涙目である。

カッシュは黒髪のバンダナの先を手に持ち、頬にあてながら同調した。

「陛下には少しは人目を気にしていただきたいよ・・・。

俺だってウルスラとは人気のない所で抱擁を交わしたのに・・・・・・。

どっ、どうして死んじまったんだよ~~。俺にはおまえだけなんだ~~。

このまま一生、一人でいなくちゃなんないんだぞ!!

なのに、毎日あんなの見せ付けられて、少しは控えろよ!!

遠慮しろよ!!!ウルスラ~、戻ってきてくれ!!」

酔いも手伝って本心がポロリ。

とうとう、号泣し始めた。

青ざめたルサファは呆然と言った

「ああ、私にも子孫を作れとおっしゃっていたが、ご自分達が子孫を作るところを実地で見せてくれなくてもいいのに・・・。

ああ、ユーリ様、この腕にあなた以外の女性を抱くことなんてできない・・・。」

サラサラの黒髪を揺らせ、めそめそ泣き出すルサファ。

キックリは皇帝をフォローする気はなかった。

三人の言うことも、もっともだ。いつも、あてられっぱなしの自分も相当可哀想だ。

そうだ!そうだ!少しは周りを見てみろ~~。

言葉にはしなかったが、三人に深く共感し、コクコク頷くキックリであった。

「夜遅く、こんな所でなにやってんの。

王宮の回廊で、べそべそ、ワンワン、めそめそ、コクコクしている四人の男達を見かけて、双子達は話し掛けた。

事情を聞いた双子達の目は爛々と輝きだした。

「え!御寝所になだれ込み。何で、お部屋でもっと拝見しないのよ。

お庭や湯殿なら、覗くことができるけど、御寝所はちょっと無理なのよ!」

「そうよ!声を覗うのが誠意一杯なのよ。

 で、どんなだったの?」

「どんなったって。俺達、居たたまれなくて、出てきたんだし・・・・」

目に涙を一杯ためてミッタンナムワが言う。

ちょっと可愛いかも。

「あんた達、また、覗き見の話?。いいかげんにしなさい!」

ちょと、遅れてやって来たしっかり者の宮廷女官長は双子の後ろに仁王立ちしていた。

「あら、姉さんだってよく聞き耳立ててるじゃない!」

「私は女官として、常に待機しているだけよ!

それより、どうしたっていうの?こんな夜更けに五月蝿いわよ。

私達ももう休むけど、カッシュ達も早く休みなさいよ。うわ、やだ、酒臭いわよ。あんた達飲んだくれてたのね!

 リュイ、シャラ、あんた達も、酔っ払いの相手なんてしてんじゃないの。さっさと休みなさい。」

カッシュ達に向かってずけずけ言うハディ。

まだ、20代前半のはず。しかし、熟練寮母並みの手綱さばきだ。

自分達だけ怒られるのに納得いかない双子達はハディに言い返した。

「でも、姉さんだって、いつ、陛下とユーリ様が『いたされた』か日付けをメモしてるじゃない!!」

「なんでそんなこと・・・」

今日も、皇妃のことで腑抜けてしまった皇帝の代わりに残業していたイル・バーニーが騒がしさに気づいて様子を見に来たのだが、今の言葉にビックリした。そんなもの、記録してどうするんだ・・・。

「あ、あら、イル・バーニー様。いいえ、興味本位で調べていたんではありませんわ。

私、夫婦の営みと妊娠の因果関係について、以前エジプトに潜入した際、小耳にはさみましたの。

なんでも、やみくもに愛し合うのではなく、懐妊されるにはタイミングが必要らしいですわ。」

「・・・・・・・・・・・・・。」恥じらいの微塵も感じられない言葉にイルは言葉を失った。

「でも、もう記録するのは止めました。

だって、そんなの記録しないでも、毎日印を付けておけばいいんですもの。記録する意味がありませんわ。」

(あ~馬鹿馬鹿しい~)そんな感じで肩をすくめたハディを見て、イル・バーニーは思った。

『あの陛下にして、この臣下あり。』だな。

第16話 迎え酒

                                     作 しぎりあさん

翌朝、目を覚ましたユーリを襲ったのは、ものすごい頭痛だった。

頭の中で、鐘がいくつも鳴り響いているようだ。

「うう・・」

 おまけに、吐き気もする。

すぐそばで眠っているカイルの顔にぶちまけてしまいそうになって、あわてて、寝台から転がり落ちる。

その衝撃も、たまらない。

「うえぇぇ」

 背中に手が当てられた。

いつの間にか起きてきたカイルが、さすってくれる。

「大丈夫か?」

 大丈夫じゃない。カイルの声までエコーがかかっている。

涙目で見上げると、カイルがカップを差し出した。

「二日酔いに、効く。飲むといい」

 何の疑いもなく(わらにすがる気持ちで)口にすると・・・酒だった。

「・・これ・・・」

「とりあえずは、効く」

 急激に酔いが回ってくる。心なしか頭痛も治まったような・・・

 力の入らない身体をカイルが抱き上げ、寝台に横たえた。

「ハディに薬を持ってこさせよう。気分はどうだ?」

「最悪・・・」

 カイルがクスリと笑った。もともとは、カイルが無理矢理飲ませたせいなのに。

 腹を立てながらも、ふと、昨日よりはいくらか気楽になっているのに気づく。

 あのあと、さんざん暴れて泣いた。あんなに大泣きしたのは初めてだった。

「カイル・・・あたしって、酒乱?」

「かもな。もうあの酒をお前に飲ませるのはやめよう。酔わせるのならワインがいい」

 耳元に口を近づけ悪戯っぽくささやく。

「そのほうが色っぽいし、大胆だ」

「・・ばか・・」

 シーツを引き上げようとすると、カイルの手が目元におりた。

「しばらくお休み」

「そうする」

 素直に目を閉じて応える。

 でも、よく考えたら、次に目を覚ますときには、迎え酒の分の二日酔いになっているかも。  

第17話 薬

                            作 あかねさん

次ぎにユーリが目覚めたのは、日が落ち始めた頃だった。

「うぅ・・・・・。あれ?朝よりは結構楽かも・・・・・」

「ユーリ様、お目覚めですか?」

部屋にハディが入ってくる。

きっと、ずっとユーリがおきるのを待っていたのだろう。

「こちら、お薬です。多分、だいぶ良くなると思うんですけど・・・・・」

「ありがと、ハディ。」

薬と水を受け取って、飲んでみる。

そしてふとユーリは思った。

この世界に来て、この世界の薬を飲むのは初めてだな・・・・・と。

こくこくこく・・・・・・・。

「ねぇ、ハディ。この薬、なんでこんな味がするの?」

「・・・・・さぁ、それは薬剤師にきいてみないと・・・・・」

ユーリの飲んだ薬は、二日酔いによく効く薬らしい。

ユーリの世界では、さすがに飲んだことのないものだ。

しかし、父の話を信じるならば・・・・・『まずい!』らしい。

しかし今ユーリの飲んだ薬は、オレンジの味がした。

しかし色は白いし・・・・・??

「ユーリ、気分はどうだ?」

「あぁ、カイル。朝よりは楽だよ。薬ももらったしね」

カイルに聞いてみれば、分かるかな?という考えが、ユーリによぎった。

これでも結構物知り・・・ってゆうか、皇帝陛下だし。

「カイル、質問があるの。」

ハディにワインをもってこさせて、イスに座って飲んでいるカイル。

「なんだ、ユーリ。」

「ここの薬って、みんなこんな味なの?」

は?という顔に、カイルは一瞬なった。

こいつは、いったい何が聞きたいんだ・・・・と、いう顔だ。

「こんな味って・・・まずいだろ、それ」

「ううん。おいしいv。」

カイルもきっと、この薬を飲んだことがあるんだろうなぁ・・・・・。

「おいしい!?ユーリ、それは味覚がおかしいんだ!!そんなにまずいものを、

 おいしいvだと!?薬剤師を呼べ!!!!!!」

え?え?え?????????

薬剤師まで呼んで、説明してくれるの!?

第18話 聞かなきゃよかった

                                作 しぎりあさん

キックリに引きずられるようにして薬師が連れてこられた。

「陛下、何ごとです?」

 昼頃、たのまれて二日酔いの薬を届けたが、そんなものに問題があるとは思えない。

 あまりにもポピュラーすぎて、町医者でだって手に入る薬なのだ。

「実は、ユーリが薬の味を・・・」

「お口に合いませんか?」

 薬師は安堵した。二日酔いの薬の不味さは知られている。

材料が材料だし、飲み過ぎを戒める意味もあるのだろう。

とにかく、「二日酔いか、まずいものを我慢するか」などと揶揄されているくらいなのだ。

「確かに、イシュタル様には苦すぎるかと・・」

「違う、ユーリは・・・美味いと言っている」

 カイルは、それこそ自分が薬を飲んだような表情で言った。

「ええ!?」

 薬師が驚いたのも仕方がない。

 ユーリだけが、きょとんとそれを見ていた。

「あの、薬には、イモリの黒焼きと牛の目玉と、蛙の卵が入っているのに!!」

「ええ!?」

 今度はユーリが驚くばんだ。とっさに、胃のあたりに手のひらをあてる。

「・・・本当に?」

 部屋の中の全員が、いっせいにうなずいた。

第19話  薬・・・まちがい

                                    作 あかねさん

「だ、だって、あの薬オレンジの味がして・・・・おいしかった・・・」

ユーリは、薬の原料を聞いて呆然としていた。

イモリの黒焼き、牛の目玉、蛙の卵・・・・・。

ユーリのいた世界では、そんなもの食べない。

いや、そんなもの食べ物として存在しているかどうかこそ怪しい。

ユーリは今まさにそれを、おいしいvといって飲んだ。

「・・・・ユーリ、お前の世界の薬はどのような味だ?」

「まずい。」

きっぱりと言った。

二日酔いの薬は飲んだことないが、風邪薬ならある。

玉の薬は味しないけど、粉はまずい。まずい!!!!!!

「苦いのか?」

「苦い!まずい!!原料はやばくても、こっちのがおいしい!!」

ユーリの一言にユーリ以外の部屋にいる人が一斉に円陣を組んだ。

そして、なにやら話し込む。

「?????」

「よし、それでいこう。・・・・・ユーリ、今話し合った結果。

 お前に与えた薬は二日酔いの薬ではないということにすることにした」

「めちゃくちゃじゃん!!!!」

つまりカイル達は、自分たちの与えた薬が間違っていたといっている。

ユーリはすっと薬を取り出して、カイルに渡した。

「飲んでみてよ。これ、二日酔いのじゃなきゃ何!!??」

怪しい薬を飲まされたのなら、まずい。

なんとしても薬の正体を確かめなければ!!!!

「それは、薬師がのめ!!詳しいだろ!!」

「陛下、それはあんまりです!!!」

誰が確かめるかで、もめている側近達。

ユーリは、きれた。

「カイルが飲んで!!!!!!!!!!」

「は、はいっ!!!!」

ユーリの剣幕は、恐ろしいものだった。

第20話 おいしいジュース

                                   作 ポン子さん

薬の入った器を眺めごくりとつばを飲むカイル。

(マジでこれを飲むのか?い、いやだぁ~~~!!!)

なかなか口をつけないカイルを見てユーリが更に切れた。

「ちょっと、カイルなにしているのよ。早く飲んで」

「ま、待て・・・。私は、何かを口にする前には必ずよく眺めることにしているのだ・・・。」

少しでも悪魔の時間を長引かせようとするカイル。

「へぇ~、私がおいしいって言っているのにカイルは信用していないんだ。

 私がうそを言っていると思っているんだ」

ユーリは流し目でカイルを見つめてそういった。

うっ、愛しのユーリのそんな目で見られるのは辛い。

その上ユーリを信用していないなどと言われては・・・。

「よし!飲むぞ!!!」

意を決したカイルは一気に薬を口に含んだ。

ウ・・・・。まずい・・・。気持ち悪い味だ・・・。

吐きそうだ・・・。

「どう?おいしいでしょ?オレンジの味がして・・・」

ユーリはうれしそうにカイルの顔を覗き込んだ。

「あぁ・・・。」

カイルはやっと飲み込んだ薬の苦さで、思わずそう言ってしまった。

「!ほら!!やっぱりおいしいって言ってるわ。

 きっと間違えちゃったんでしょ?これは二日酔いの薬じゃなくってジュースだったのよ。」

うれしそうに胸を張るユーリ。

王妃にそこまで言われてしまっては、誰も反論できない。

カイルは、ユーリに嫌われたくないので何も言わない。

「私、このジュース気に入ったわ。これから朝食には毎日これをつけてちょうだい。

もちろんカイルにもね」

え?カイルの顔が引きつる。

イルはにやりと笑う。

ユーリはとても満足そうに笑っている。

もちろん二日酔いは薬の効果ですでに治っていた。

第21話    命の危険が

                                     作 あかねさん

「おい!!!どうするんだ!!私はあれを毎日飲んだら、死ぬぞ! 間違いなく死ぬぞ!!!!」

ユーリの部屋を後にして、政務室に駆け込んだカイルと側近達。

カイルは大声を上げて、自分のしたことに対する責任を側近に押しつけた。

「そんなの、陛下がいけないんです。おいしいvとか言うからですよ。

 ご自分でユーリ様に言ってください。」

「私がユーリにそんなこと言えるか!?しかし、あんなまずいものを飲んだら、わたしの命が危険に・・・・そうだ!皇帝が死ぬぞ!?」

「ユーリ様がおられますし・・・・・。」

イル・バーニは、こんな責任おしつけられたくなかった。

もちろん他の側近達も。

「あ~・・・毎日二日酔いの薬を飲むのか・・・・。・・・!!そうだ!!

ユーリにはあの薬をやれ。わたしには、よく似た感じの違うものをくれ!

 これで一件落着じゃないか!!」

そして、翌朝。

もちろんユーリの希望通り、あの薬がもってこられた。

中身が違うカイルのものと一緒に。

「じゃぁ、ユーリ。」

カチン・・・と、グラスをあわせる。

ごくごくごく・・・・・・。カイルのは、ただの水だ。

「あ~、おいし~~~!!」

「・・・・(ユーリ、どうしてあんなものがおいしいんだ。)」

「あら、カイル。残ってるじゃない。ちょーだいvv」

半分残っていたカイルのグラスをとると、一気に飲み干した。

水の入った・・・・・ものを。

「・・・・・カイル、これ、なんか中身が違う気がするの・・・・。」

あたりまえだ。

第22話 ご・ごまかせ!

                                        作 ポン子さん

「これ、味がしない・・・。ただの水?!」

ユーリはグラスを見つめて呟いた。

ばつが悪そうなカイル・・・。

「カイル?そんなに私と同じ物を飲むのがいやなの?昨日はおいしいって言っていたのに・・・」

非難の入った目でカイルを見つめるユーリ。

まずい・・・。

ユーリを怒らせたらきっとしばらく床を別にするとか言い出す。

それはいやだ・・・。何とかごまかさなくては・・・。

「な、なに?!ただの水だと?そんなはずはない。

私はユーリと同じ物を持ってくるように言ったのだ。

「イル!イルはいるか?」

カイルは扉に向かって叫びながらユーリを盗み見た。

あぁ、このギャグも通じない。

ユーリはかなり怒っている・・・。

ユーリが怒っていなかったとしてもあのギャグは通じないはずだが。

「あのような大声を出されるなんて何事ですか、陛下」

イルが部屋に入ってきた。

「この薬のことだ。私はユーリと同じ物を持ってくるように言っていたはずだ。

それなのに私にはただの水。どういうことだ?」

カイルは真面目な顔でイルに向かって問い詰めた。

(はぁ?!昨日自分でユーリ様とは違うものを、とおっしゃったのではないですか?!)

怪訝そうな顔をしてイルが口を開こうとした時に、カイルの怪しい動きに気づいた。

パチ!パチ!

カイルがイルに向かってウインクをしている。

(き、気持ち悪い・・・)

あきれつつもカイルの意図がわかったイルは落ち着いて答えた。

「おそらく手違いがあったのでしょう。厨房にはよく言っておきますので」

「やぁ、イル。さっきは助かったよ。おかげでユーリも機嫌が直ったし。恩にきるよ」

政務室では、親しげにカイルがイルと肩を組んでいた。

正確には、カイルが一方的に肩を組んでいるのだが・・・。

「それはよかったですね。しかし、明日は二日酔いの薬をお持ちしますから覚悟しておいてください」

流し目でカイルを見ながらイルはいった。

「そ、それは困る。イル、何かいい手を考えてくれ」

「それと、気持ち悪いのでウインクをするのは止めてください。」

イルはカイルの必死な訴えをまったく無視してさらりというと政務に取り掛かった。