騒々しい朝 パートⅢ

*このリレー小説は騒々しい朝 パートⅠからの7話目から分岐しています。

パートⅠを読まれた方は7話目からお読みください。

第1話 騒々しい朝                

                                      作 あかねさん

ばたばたばたばた・・・・・

朝から、王宮が騒がしい。まだこんなに朝早いのに・・・・。

コンコン

ドアをノックする音。

「は~い。誰ですかぁ・・・?」

今日はめずらしく自分の部屋で寝ていたユーリを、誰かが起こしに来た。

「おはようございます、ユーリ様。朝早くから、申し訳ございません。

 しかしですが、お召し替えを」

三姉妹だった。

朝からお召し替え・・・。

イヤな気分だったが、こんなに急いでいるんだ、なにかある!

と思い、急いでで用意をした。

「ねぇ、ハディ。いったいなにがあったの?」

「はい、実は昨夜、王宮に泥棒が入りまして・・・。今日は今から、

 御前会議がございます。」

泥棒。警備の厳しい王宮に泥棒・・・・。

「これは、皇妃陛下。朝早くから申し訳ございません。」

元老院の御前会議。

もちろん皇帝であるカイルは、席に着いていた。

「おはよう、皇妃。今日の朝、泥棒が入ったと聞いて、お前が盗まれていないか

 一番に確認させたんだよ。」

「・・・(///////)こ、皇帝陛下。会議を始めましょう。」

顔が真っ赤になっているユーリを、皇帝はじめみんながニコニコと見つめていた。

「さて、では本題に入ろう。」

カイルの一言に、水を打ったように静かになった。

それほどこのことは、重要なことなのだろう。

「今朝早くに、我が王宮に泥棒が入ったと連絡があった。・・・盗まれた物は、

 なんだか説明してもらおうか。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

こうして何時間か、会議は続いた。

第2話  盗まれたもの

                                    作 金こすもさん

「申しあげます! 王宮から盗まれた物が、判明いたしました。

 宝物庫に収めていた皇妃さまの服でございました」

会議での書記官からの報告に、ユーリはうろたえた。

太后だったナキアの魔手から、このヒッタイトへ連れ去られた時に着ていた大事な

衣服が何者かに盗まれてしまったのだ。

「ユーリ、わたしと初めて逢った時に着ていたあの服だな」

感慨深げに語ったカイルに、ユーリはコクリと頷いた。

も~う日本へは帰ろうとは思わないが、ママたちの思い出が染みこんだあの服は、

かけがえのないユーリの宝物だったのに・・・・。

「皇帝の名において、命じる。イシュタルの大事な服が王宮から盗まれた。

妖しい者を探り出し、直ちに犯人を捕らえよ! 」

「御意―――。慎んで、お受けいたします」

元老院議員や側近たちの声が、広い会議場にこだましていった。

第3話  複雑な思い  

                                作 ひらめさん

それから1日が経ち、1週間が経った。

が、服はいつまでたっても見つからなかった。

「ユーリ。今日も見つかったという報告はなかったよ」

カイルはユーリにそっと言う。

「・・・・そう」

これがここ数日の二人の会話。

近頃は二人っきりになっても、話すことは少なくなっていた。

二人とも、内心複雑で相手のことなど気にとめる余裕なんてなかったのだ。

 私の服・・・・・

 あの服がなくても、困るわけじゃない。

 もう戻るつもりは無い・・・・・だけど・・・・

 だけど、あれが唯一私は向こうで生活していたという証だったのに・・・・

 あの服がないと、私が向こうの人間であったということに自信がもてないよ・・・

 ユーリの服が無くなって、私は本当に心配しているのであろうか。

 いや、内心喜んでいる。

 ユーリの還る方法がなくなったのだから。

 あの服はあの泉と同様私からユーリを奪い去ってしまいそうで怖い。

 このまま・・・見つからないでほしい。

そのときだった。

「陛下失礼いたしますっっ」

キックリがドアをあけて叫ぶ。

「なんだ?何かあったのか?」

キックリは大きく息を吸って大声で言った。

「服が・・・ユーりさまの服が見つかりましたっ」

「えっ!?」

第4話 宝物     

                                       作 あかねさん

「本当なの!本当なのね、キックリ!!」

ユーリは、キックリに飛びついていった。

その様子を見て、カイルはひどくがっかりとした。

今更ユーリが、自分を置いて帰る訳がない。

帰れるわけがない・・・・そう、わかっているのに・・・・。

「ほんとうでございますよ、ユーリ様。しかし・・・」

「しかし・・・なんだ?」

服は見つかった。

なのに、『しかし』とはなんだ?

「お服はみつかったのですが・・・。その、上着だけ・・・と、申しますか・・・?

すべてがみつかったわけではないのです」

ほっとしたのも、つかのまだった。

まだ見つかっていない・・・・見つかっていない・・・・・!!

「お願い、キックリ!探して!あたしの、あたしの宝物なの!

 もう、元の世界に戻る気はないけど・・・あれは・・・あれは・・・・・」

カイルは、はっとした。

何を考えているんだろう・・・。ここは、ユーリの願いを先決すべきだ・・・と。

ガタン。

「いいか、キックリ。帝国中を探すんだ!」

第5話   服の後     

                                        作 金こすも

上着が見つかっても、他の服は見つからなかった。

日々は残酷にも過ぎていき、ユーリは元気をなくしていった。

カイルは、そんなユーリの様子に気が気ではない。

「申しあげます。ユーリさまの服が見つかりました」

「キックリ! どこなの? ベストも見つかったの? 」

ユーリの喜ぶ顔を見て、カイルはキックリに詰め寄った。

「キックリ! 早く見せてくれ。どこにあるんだ? 」

可哀想なキックリは、しどろもどろになりながら小箱を差し出した。

「え? 」

ユーリたちが唖然としている間に、キックリは小箱を開けた。

中に入っていた物は・・・・。

ベストだった布地のきれはしが、一切れあるだけだった。

「キックリ! これは、どういう訳だ? 」

カイルの怒声に、キックリはたじたじとなって後ずさりした。

「陛下、ユーリさま。どうか、気を落ちつかせてくださいませ。けして、キックリの責任ではありません。

これはイシュタルさまであるユーリさまの、人気のせいなのですから・・・」

イル・バーニの静かな声に、カイルは冷静さを取り戻した。

「すまない、キックリ。だがイル、人気のせいとはどういう意味なんだ? 」

「陛下。ユーリさまの大事な服だったベストなどは、盗人の手でハットウサの街へ運ばれていました。

そこで商人の手に渡り、民たちの手に渡ったのです。

民たちは、これがイシュタルさまの服だとわかると、高金をはたいても、我先にと買い求めようとしました。

あまりにも買い手が多かったものですから、商人はその服を細かく切り平等に売ってしまったという次第なのです」

「民たちは、イシュタルのご加護と愛を求めて、服のきれはしをお守りにしておりました」

キックリの声に、ユーリはいつしか涙ぐんでいた。

第6話 決意

                                       作 しぎりあさん

「そんな・・」

 力無く座り込んだユーリの背後から、カイルの低い声がした。

「キックリ、ふれをだせ」

「・・は、はい」

「イシュタルの衣を持っている者は、至急王宮まで届け出るようにと。隠し持てば、これを罰する」

「陛下っ!!」

 あまりにも、横暴な内容に、ついキックリが非難めいた声をあげた。

カイルらしからぬ、民の心を無視した勅だった。

「・・かまわぬ」

 言うと、カイルはユーリの肩に腕をまわした。

「私は、これが望むことはすべてかなえてやるつもりだ・・たとえそれが人の心に背くことでも」

「もう・・いいよ」

 か細い声がした。カイルの腕の中に囚われたまま、ユーリが身をよじった。

「もう、いい。私が、服を取り戻したいなんて思わなければ、カイルはそんなふれを出さなくていいんでしょう?私が、わがまま言わなければ、カイルは立派な皇帝でいられるんでしょう?」

「ユーリ!!」

 逃れようとして、さらに激しく暴れるのを、腕の中に抱きしめる。

「違う、おまえを非難しているわけじゃない。ただ、おまえの欲するものを与えたいとと・・・」

「はなして!!」

「ユーリ様!!」

 小箱を抱えたまま、おろおろとするしかないキックリは、やがて唇をかむと、一礼をして退出していった。

残された皇帝は、愛妃をなだめようと必死に話しかける。

「ユーリ、聞いてくれ」

「いやーっ」

 叫ぶあごをとらえ、唇でふさいだ。

抵抗の拳を片手で容易く封じると、もう片方であごを固定し、深く口づける。逃れる舌を追い、からめ取り、吸い上げる。

 ユーリの身体が、やがて力を失った。

「ユーリ・・・」

 しゃくり上げるだけになった細いからだを、強く抱く。目尻ににじんだ涙を、舌先ですくいあげる。

「・・・おまえは、いつも何も望まない。私は不安なのだ・・本当に、お前が私のそばで満たされているのかと」

「カイル・・」

 つぶやくように、ユーリが言った。その声を聞き漏らすまいと、カイルは頬を寄せた。

「・・カイルはいつも、あたしにたくさんのことをしてくれるよ。足りないなんて思ったこと、ない。でもね、これはあたしのわがままだって思ってても、日本の服は、特別なの」

「わかっている」

 ユーリの腕が、カイルの肩にまわされた。強く、抱きしめる。

「特別だけど、探さないで。あたしのわがままのために、皇帝の道を踏み外すカイルを見るのは・・・怖い」

「ユーリ?」

 耳朶をかすめるように、ユーリが小さなため息をついた。 

第7話  イル作略する                 作 しぎりあさん

「イル・バーニ様どうしましょう?」

キックリは、イルバーニに尋ねた。

「陛下のおっしゃるようなふれはあまりにも・・・・・・・ユーリ様も反対されていることですし・・・ですがこのままでは・・・・」         

「ユーリ様の人気が今回のようなことを引き起こした。ならば、ユーリ様の人気が解決してくれないだろうか?」

「イル・バーニ様 それは?」

「ユーリ様が今回のことで、どれほど悲しまれているか、悩まれているか。民衆の間に噂を流してみよう」

「おい、聞いたか、イシュタル様がご病気だそうだ」

「ええっ!?どういうことだ?」

 市の片隅でひそひそ交わされる声に、耳ざとく他の者が寄ってくる。

「なんだ、なんだ、どうしたんだ?」

「イシュタル様がご病気だって」

「どうして!?」

人の輪が大きくなってゆく。

話の中心の男は、声を潜め(それでも周囲に聞こえるように)続ける。

「なんでも、大切なお衣装が盗まれたとかで、とても大事な思い出の品だそうで、すっかりふさぎこんでしまわれたってわけだ」

「お衣装って・・イシュタル様のかい?」

ざわめきが大きくなる。

「そういえば、前に商人が、イシュタル様のお衣装ってのを、売ってたねえ」

「御利益があるってんで、飛ぶように売れてたっけ」

俺も見た、私も見たと声があがる。

何人かうつむいた者がいたのは、さしずめ購入者なのだろうか?

「とにかく、お衣装が戻らない限りは、イシュタル様のお加減も、よくならないってことだ」

男は、声高に言うと、周囲をぐるっと見渡した。

物陰から、見守りながら、イルはうなずく。

さて、あとはユーリ様がどれほど民衆に慕われているか、だ。

第8話    方法                 作 あかねさん

次の日。

王宮には、多くの人だかりができていた。

みんな、同じものを手に持っている。

服の、切れ端・・・。

「はい、おすな!ユーリ様のお洋服をもっている奴はこちらに・・・。」

朝から、イル・バーニの作戦は成功していた。

「ふはははは!やっぱり、わたしにくるいはなかった!」

一人、ご満悦のイル・バーニ。

しかし、ユーリは違った。

「「みんなが、私のために服をもってきてくれている。・・・私が、私が来なければ良  かったんだ!今すぐに、燃やしてしまいたい・・・。でもそれじゃぁ、みんなに悪い・・・・どうしよう!」」

一人布団に潜り込んで、考え事をしていた。

もし、できることなら服は返さなくてもいい。

もう、何処へも行かないから。でも・・・。

そのせいで、歴史をゆがめてしまうのは・・・・・・・・・。

何か、いい方法はないの!?

第9話      転がるように                 作 しぎりあさん

ベットに潜ったままのユーリの寝室に、足音を忍ばせて入ってくる者がいる。

「・・だれ?カイル?」

もぞもぞと毛布から顔を出す。

「ハディ・・」

「申し訳ありません、お休みだと思っていましたから・・」

言うと、ハディは包みを差し出した。

「・・これ・・」

開けると、確かにユーリの日本から着てきた服だ。

パッチワークのように、小さな破片が縫い合わされている。

「なにもかも、もとどおり、というわけには参りませんが・・でも、これで日本に還れます」

「ハディは・・・あたしを日本に帰したいの?」

服を抱きしめたまま、ユーリがたずねた。

ハディはとんでもない、と激しく首を振った。

その姿を見て、力無く笑う。

「ごめん、冗談よ。ありがとう」

言うと、立ち上がる。

「ねえ、手伝って。これから、陛下の御寝所に行くんだから」

夜の装いでたずねてきたユーリに、カイルは驚いた。

「どうした、珍しいな・・気分は、もういいのか?」

 気遣いながらも、抱き寄せる。

「お前の衣装は、集まった。イルの知略のおかげだ。よかったな」

寝床に横たえようとして、ユーリが腕に抱えているモノに気づいた。

そっと、包みを取り上げると、脇机に置こうとした。

「ねえ、カイル」

ユーリから声がかかる。

「・・お願いが、あるの」

「なんだ?」

動きを止めて、振り返る。

ここ数日の憔悴で、ひとまわり小さくなったかのような姿を見やる。

「それ、カイルの手で・・・燃やしてくれないかな」

あわてて、包みを開くと予想通りのユーリの日本の服。

「ユーリ?」

「お願い」

第10話   ある共通点                  作 あかねさん

「燃やしてっていわれても・・・。本当に、いいのか?」

カイルはユーリを抱きしめながら聞いた。

ユーリは無言で頷くと、カイルの腕から離れた。

「これは、ここにはあってはならないものだよ」

「でも、自分では燃やせない。 ・・・嫌なこと、頼んでるかもしれないけど・・・。これで、お願いは最後にする!

 だから・・・お願い・・・。」

涙を目にいっぱいにためながら、でも、微笑もうと努力しているユーリ。

そんな姿がかわいくて、ついつい手を出してしまう。

「しかし、これを燃やしたら日本には帰れなくなるぞ。」

「・・・帰る気なんて、ないよ。」

ぽろぽろと、涙がこぼれ出す。

今の一言は、ユーリの不安定な心にとってはいたい一撃だった。

カイルが、日本に帰るという言葉を使った・・・。

帰ってほしいの?

いてほしくないの・・・?

迷惑なの?

「ユーリ・・・。悪かった、いいすぎたよ。泣かないでくれ・・・頼む。」

ユーリは不安なんだ。分かっているんだ。

しかし、何か一つくらい・・・日本の思い出を残してやりたい。

カイルは、ふと、ユーリの服のボタンに目を留めた。

これは・・・。

「ユーリ、これは何でできている?」

「・・・たぶん、鉄・・・。」

「鉄なら、もうすでにこの時代にあるんだ。これだけは、残しておくか?」

ユーリはカイルの言葉の意味にすぐは気がつかなかった。

・・・鉄は、この時代にある。

燃やさなくても、不自然じゃない!!

第11話    時を越えて            作 しぎりあさん

「それは、お前のものだよ」

言うとカイルは、ユーリの手を強く握った。

「私は、お前になにもかも捨てさせた。国も、親も、姉妹も。思い出までも、捨てさせる気はない」

膝をついて、寝台に腰掛けるユーリを見上げた。

琥珀色の瞳が、真っ直ぐに黒い瞳をとらえる。

「カイル・・・」

「望むものがあるなら、なんでも言うがいい。お前の犠牲にしたものに較べれば、なんということはない」

長い指で頬を包み込む。

「もっとも、お前はなにも望んではくれないがな」

「私の望みは・・・カイルのそばにいることだよ」

カイルはかすかにほほえむと、シャツからボタンを外した。

ユリの手のひらに、落とす。

手のひらごと握りしめると指先に、唇を押しあてた。

「持っておいで。私のために・・・」

「カイルの、ため?」

うなずく。

「これは、やがてお前の生まれた時代に残ってゆくかも知れない。お前が、私のそばにいたという証拠が、時を越えて残る。私の想いとともに」

ユーリは、カイルの手の中から自分の手を引き抜くと、広い肩に腕をまわした。

「ありがとう」

「なぜ、礼を言う?もともと、お前のものだろう?」

「でも、言いたいの。ありがとう、大好きよカイル」

 

第12話    エンゲージ                作 しぎりあさん

カイルの指が、黒髪をもてあそんでいる。

荒い息を整えながら、ユーリは熱いままの身体を持て余し寝返りを打った。

とたんに腕がまわされる。

そのまま、抱き寄せられた。

背中にぴったりとつけられた胸は、まだ大きく波打っている。

ユーリは大きく息を吸う。鼻腔いっぱいに、カイルの匂いが広がる。

「・・ねえ、カイル」

「う・・ん?」

過ぎた時間の余韻を楽しむように、カイルの指は肌の上をさまよう。

たくましい腕に、細い腕を添わせて、その指を喉元に導く。

指は、やがて、ユーリのチョーカーの上で止まった。

「ありがと」

指と指を絡めながら、そっとささやく。

チョーカーの中程には、五つのボタンがはまっている。

ユーリの衣装は燃やされ、外されたボタンは、チョーカーに加工された。

炎がやがて一筋の煙に変わるまで、薄闇の中立ちつくすユーリの背後から忍び寄ったカイルが、カチリと音を立てた。

「・・・?」

「お前のために、細工させた。持っておいで」

なめらかな表面に埋め込まれた思い出をたどりながら、ユーリはほほえむ。

「カイルはいつも、やさしいね」

「・・・泣いているのか?」

「泣いてないよ」

「では」

カイルの腕が、ユーリの身体を返す。

そのまま、肘をついて覆い被さるようにのぞき込む。

「こっちを向いて・・・笑顔が見たい」

ユーリは破顔し、腕をさしのべ抱きついた。

「あたし、ずっと大切にするから。日本の思い出のためじゃないよ、カイルのため!」

「わかってる」

上体にかけられた重みにかすかに開いた唇が、吐息と共にふさがれた。

13話      奇跡をかみしめて               作 ひねもすさん

カイルの香りに包まれながら、ユーリはこの幸せが、いかに奇跡であるかを噛み締めていた。

「これ以上の幸せを、あたしは日本にいて感じることができたのかな?」

交わす口付けの合間に、ユーリはポツリと言った。

あのまま、平凡に日本で暮らしていたら、こんなにも、激しく、深い愛を知ることはなかっただろう・・・・・。

「だが、初め、おまえは私のことを大嫌いと言ったぞ。忘れたのか?」

少し意地悪そうな目をしてユーリに答えるカイルであったが、その指はユーリの頬を、唇を優しくなぞっていた。

「うん、そうだね。あの時は、ただ、恐かったよ。

・・・・・・・・・・・・・あたしね、日本にいた頃、淡い恋をしたよ。

でも、あの頃のあたしには、家族を捨ててまで恋を選ぶことはできなかった。

そんなこと考えられなかった。そんな幼い恋心だったんだ・・・。

人を愛すること、愛されること、みんなカイルの腕の中で教わったんだよ」

静かに語るユーリは会った頃と僅かも変わらぬ少女の姿だが、その微笑には愛を刻んだ年月だけ大人の薫りがした。

「私こそが、ユーリ、おまえという存在に全てを教えられたのだ。自分の弱さ、脆さ、残酷さ。そして・・・女を愛すると言うことの真実の意味をな。私は、おまえから全てを与えられたんだ。」

「本当に?!」

「ああ・・・・・、本当だ。」

「嬉しい・・・。あたし、ただカイルに頼っているだけじゃないんだね。

このチョーカーは、日本の思い出とあたしを繋ぐものだけど、カイルと日本を繋ぐものでもあるんだよ。

ママとパパに報告したいな。

こんな素敵なエンゲージリングを貰ったって。あ、エンゲージリングじゃなくて、マリッジリングだ。

もう、あたし達、結婚してるもの。

それに、『リング』は『リング』でも、指輪じゃなくて首輪なんだけど!」

おどけたように笑うユーリの顔に、ほんの少し寂しげな表情が浮かぶのをカイルは見逃さなかった。

第14話   ヒッタイトでの家族            作 華蓮さん

その夜、カイルは考えていた。

(ユーリは表面上は明るくしているけど、寂しそうな顔をする。

しかも、原因が何かわかっているのに、わたしには、もうどうすることもできない。) 

「カイル、何悩んでるの?」

はっと気がつくとユーリがカイルを心配そうに見てました。

「何でもないよ。」

「・・・カイル、私のことなら大丈夫よ。こうしてカイルのそばにいるだけで幸せなんだから。」

「・・なら、どうして悲しい顔をする?本当は寂しいんじゃないのか?家族に会えない寂しさは、わたしにもわかる。わたしも幼いころに、母上を亡くしているからな。」

「カイル・・・。」

ユーリの眼からは、涙がこぼれました。

カイルは、それを、指でふき取った。

「ユーリ、家族の分まで、わたしがお前を愛してやる。昔、イル・バーニに、『本当にユーリさまを愛しくお思いなら、この国にとどめて抱いて、愛して、下の世界を忘れるくらい幸福にして差し上げればよろしいではないですか。』と言われた。あの時は、それをすることができなかったが、今は、違う。ユーリがいた世界を忘れるくらい幸せにしてやる!」

「カイル~、ありがとう!!わたしは、カイルのそばに入れるだけで幸せなの。きっと、日本に帰っていても、こんなに幸せには、なれなかったよ。だから、カイル、そんなに悩まないで。私は、自らの意思でここに残る決意をしたの。そのことに、後悔なんかしてないんだから。それに、日本にいる家族には会えないけど、ここにも、私の家族みたいな人はいるんだから。三姉妹、三隊長、ルサファ、キックリ、イル・バーニなどは、ここでの私の大切な家族なの。」

第15話        増やそう            作 しぎりあさん 

「それにね、カイル・・・」

ユーリは頬を赤らめた。

「カイルといれば、あたしきっと本当の家族もいっぱいできるよ。カイルにとっても、本当の家族。だから、ちっとも、淋しくないよ」

「・・・ユーリ」

カイルはユーリを抱きしめた。

ユーリもカイルを抱きしめ返す。

「亡くなったカイルのお母さんの分も、ザナンザ皇子の分も、マリ皇子の分も、えっとアルヌワンダ陛下の分も・・」

指折り数え始めたユーリの髪を、やさしく撫でる。

「しかし、それでは、私の分だけだな。お前の家族の分もないとな、父親、母親、姉、妹・・」

「ずいぶん、沢山だね」

「ああ」

カイルの腕が、ユーリをゆっくり横たえた。

「それだけいれば、にぎやかで淋しがっている暇はないな・・」

そのまま頬に口づける。いつの間にかユーリの瞳から涙がこぼれ落ちていた。

「忘れちゃだめだよ」

「うん?」

「あたしたちの・・死んじゃった赤ちゃんの分」

「忘れてないよ」

 もう一度、頬に口づけると、指先で涙をぬぐった。 

「これで、五つ・・」

カイルが、小鉢から小皿に五つ目の宝石の粒(今度はカーネリアンだ)を落とした。

「あ、あのねカイル・・・」

荒い息の下から、ユーリが言う。

息継ぎさえ苦しそうだ。

再び、熱い身体が覆い被さってきて、力の入らない手で押し返しながら、続ける。

「こんなことしても、無駄だと思うの」

「なぜだ?最低でも、九人は子供が欲しいんだろう?」

さっさと首筋に歯をたてながら、カイルが言う。

「だから、努力しないとな」

「でも、回数こなしたって、できる赤ちゃんは一人だけで・・・あっ・・」

理由はなんとでもつけられる。

弱々しい抵抗は無視して、カイルは没頭した。

「陛下が、今後の計画を見せてくださった」

イル・バーニがキックリにタブレットを差し出した。

「・・・御子を、九人も?」

キックリは、眉をひそめた。

側室が沢山抱えるなら知らず、皇帝には妃は正妃ひとりなのだ。

「陛下なら、作られる」

相手が、ユーリ一人であろうとも。

イルはうなずいた。

帝国の将来にとって、現皇帝の子は何人いてもよいはずだ。

窓の外を見上げる。

日が高くなった。

「あとは・・・ユーリ様が耐えられるか、だな」