記憶 パートⅣ

*このリレー小説は記憶 パートⅢからの17話目から分岐しています。

パートⅢを読まれた方は18話目からお読みください。

第1話   記憶                            作 あいきさん

「ちょっと出掛けてくるね!!」

いつもの脱走。おきまりのこと・・・。

でも、今回はいつもと少し違っていた。

予定の時刻を過ぎても、ユーリが帰ってこなかったのだ。

「・・・ハディ、ユーリはまだ帰ってこないのか?探しに行く!」

心配になったカイルは、ハットゥサ中を探し回った。

そして・・・。

「ユーリ!」

ある民家の前で、水くみをしているユーリを発見した。

ユーリはきょとんとして、こちらを見ている。

「・・・あなたたち、誰?」

最愛の娘、ユーリから発せられたそんな言葉。

誰・・・・?だと・・・・・。

「あなたたち、わたしをしってるの!?」

バシャン。

水が、ユーリの手から、滑り落ちた。

「わたしのことをしっているのね!?誰?あなた達は誰?」

何も、答えられない・・・。

ユーリ、記憶をなくしたのか・・・・・・・!

第2話            家              作 ひろきさん

「・・・あの、失礼なんですけど・・・。あなた方誰ですか?」

ユーリの記憶がないと分かって、みんなが呆然としているときだった。

ユーリは、なぜ黙り込んでしまったのかが分かっていない。

「あの、とりあえず中に入りませんか?・・・で、お話聞かせてください!」

「あぁ、そうさせてもらうよ。」

何とか正気を取り戻したカイルは、ユーリの言葉に従った。

今のユーリに何を聞いてもワカラナイ。

それならば。

「おばさん、あのね、この人達私のこと知っているみたいなの」

「え?だれだい・・・?お嬢ちゃん、お茶でももってきな」

ユーリはおばさんの言ったとおりに奥に引っ込んだ。

この様子からして、おばさんはカイルに気がついたらしい。

「やっぱりあのお嬢ちゃんは、イシュタル様かい?陛下」

「・・・そうだ。世話になったらしいな、礼を言おう。

 ユーリを連れて帰りたい」

「あぁ、それが一番いいんでしょう」

ふぅ・・・。

大きなため息一つ。この女性は、何か知っている・・・?

「どうしてユーリは記憶をなくしたんだ?」

「・・・事故だよ。私がもっていた水をね、彼女がここまで運んでくれて・・。

 それで、帰りがけに目の前に飛び出してきた馬車に驚いて頭を打ったんだ」

頭を打った。

他には特に外傷はなかった。ユーリのことだ。

うまく身を翻したのはいいが、足を滑らしたのだろう。

「では、ユーリは連れて行く」

カイルはそういうと、かたんと席を立った。

第3話       帰れない                      作 ひー

「ユーリ帰るぞ」

ちょうど奥の部屋から御茶を戻ってきたユーリにカイルが声をかける。

「ちょっと待ってよ、なぜ私があなたとかえらなくっちゃならないの?

私はここにいるわよ、今はここが気に入っているんですもの」

「お前は私の妃だ、本当に何も覚えてないのか」

そういってユーリを抱きしめるカイル。

「ちょっと止めて下さい、本当に何も覚えてないんです」

「急に妃ていわれて、ハイハイてついていける訳ないでしょう」

カイルの腕から逃れて、おばさんの後ろに隠れるユーリ。

「大丈夫だからこの方たちについていってください、イシュタル様。少しの間でしたけど一緒に過ごせてうれしかったです」

「もうイシュタルとかユーリとかみんなで勝手に話を進めないで、私おばさんの息子が帰ってくるまでここから離れないんだから」

そう言っておばさんを抱きしめカイルをにらみつけるユーリ。

「帰らないって・・・ユーリ様・・・」

ユーリにつめよるハディを制してカイルが口を開いた。

「息子が帰らないとは・・・なにか問題がありそうだな?」

やれやれ、記憶が無くなっても何かのトラブルに巻き込まれているらしい・・・

平静を装いながらもカイルは心の中でため息をついていた。

第4話   問題&帰宅              作 あかねさん

「息子は、数ヶ月前に猟に出たまま帰ってこないんです。ただ、それだけのこと。 ですが、その、ユーリ様は・・・・。」

ユーリは、ぎゅっとおばさんにくっついてはなれない。

王宮には帰らないと言うし・・・。

「・・・ユーリ、女性の息子が帰ってくれば、私と一緒に王宮へ来るか?」

「・・・・・・・・そこに、記憶のヒントがあるならね」

ぷいっと、顔を背けるユーリ。

さっきいきなり抱きしめたのがいけなかったらしい。

「ふぅ、では、そのむすことやらをさがすか。なーに、すぐに見つかるさ」

ユーリは、きょとんとしていた。

今のユーリには、カイルが何者なのかさえ分かっていない。

「そんなにすぐに、見つかるわけないでしょ」

「まぁ、みてろ」

ー 数日後 ー

カイルの言葉通り、おばさんの一人息子は見つかった。

猟をしている途中道に迷い、帰れなくなっていたのだ。

「陛下、ありがとうございます、陛下!!」

「いや・・・。さて、ではユーリ。一緒に王宮へ行こうか」

おばさんと息子の隣でむすっとなっているユーリの手を、カイルは強引に引いていく。

そして、ひらりと抱き上げると馬に乗せる。

パカパカパカ。

急ぐわけでもなく、馬を進めるカイルご一行。

「ねぇ、貴男は何者?」

記憶のないユーリには、自分の愛した男でさえもわからない。

「・・・今から行くところへ行けば分かるけど・・・。私は、カイル・ムルシリ。

 このヒッタイトの皇帝であり、お前の夫だよ。ユーリ・イシュタル」

ユーリは馬から転げ落ちそうになった。

自分に、旦那がいる!?しかも、皇帝ですって!?

そんな突拍子もない話を聞きながら、ユーリ達は王宮へ帰ってきた。

第5話     戸惑い                 作 マユさん

記憶を無くしたままのユーリを連れてカイルは王宮に戻って来た。

ユーリはカイルが自分の夫と知り戸惑いを感じていた…

カイルはヒッタイトの皇帝だという…つまり自分は妃なのだ…

自分が一国の皇帝の妃?

何か違和感がある…

「さあついたよユーリ…疲れただろう湯殿に入ってゆっくりしておいで」

ユーリは3姉妹に連れられて湯殿に放り込まれた。

もともと埃っぽかったのでユーリは湯殿でくつろいでいた。

「う~~ん!気持ちいい~」

カイルが自分の夫だと言う以上、ユーリは信じていた。

カイルが人を騙すような人とは思わなかったから…

すっかりくつろいてせいたところに3姉妹がやって来て、服を着させられる。

「ねぇ…この服、嫌なんだけど…」

「あらどうしてですか?よくお似合いですわよ」

ユーリが着させられたのは脱がしやすそうなスケスケのドレス。

いくら記憶がないといえ、服の好みは変わってないのだ。

「まあよろしいではありませんの。これくらい着飾って陛下をお喜ばせになった方が良いでしょう」

「よ!喜ばせるって何であたしが!!」

「何で?って陛下とユーリ様はご夫婦ではありませんか」

(そ‥そっか…あたしとカイルは結婚してるんだっけ…あたしカイルの奥さんなんだよね…つまり…その…いや~恥かしい!!)

ユーリの顔は赤くなっていく。

「ユーリ様?お顔が赤いですけどお湯加減熱かったですか?」

「何でもないよ」

ユーリは笑ってごまかすしかなかった。

「ではどうぞこちらへ」

ハディに言われユーリはカイルの部屋に入る。

「ではお休みなさいませ」

ハディは扉を閉めて遠ざかっていく。

(どうしよう…カイルが来たら完璧に2人きりじゃない!あたし心の準備がまだ出来てないよ!!)

 キィーーーーーーーーー

「あ…カイル…」

振り向けばカイルが立っていた。

とても楽な夜着に身を包んでいる。

(いや~~どうしよう!!)

ユーリの鼓動はますます早くなっていく。

そしてカイルは・・・・

第6話   少しだけ                    作 金こすもさん

「どうした、ユーリ? 」

真っ赤になり硬くなったユーリに、カイルは笑顔で接した。

「あっ、あの~。あたしたち夫婦だから、その~。愛しあわなければ、いけないの? 」

「そうだな。おまえしだいだな。私のことは、すべて覚えてないんだろう? それならば、仕方ないさ。ゆっくりとお休み、ユーリ」

カイルは自分の望みを抑えて、ユーリを安心させ眠らせてやるつもりだった。

時がたち王宮での暮らしに慣れれば、ユーリは落ちつき、きっと記憶を取り戻せるだろうと考えていた。

ユーリの顔が、哀しげに微笑んだ。

カイルから受ける優しさがわかり、ユーリはそ~と身体を投げかけた。

「ごめんなさい、陛下。あたし、早く思い出す。もう、いいよ~。陛下を、信じます」

「ユーリ、陛下とは呼ぶな。私の妃は、カイルと名を呼んでくれたぞ」

暖かいユーリの素肌に触れると、カイルは今までの決心を鈍らせていった。

「カイル、ごめんなさい」

華奢な身体に、大きな両腕がのび抱きしめた。

甘い香りと象牙色の肌のなかで、いつしかカイルは望みのままに愛しんでいった。

ユーリは、思いもつかない身体の反応のなかで、少しだけカイルへの記憶を取り戻していった。

この人は、こんなに自分を大切にしてくれていたのだと・・・・。

そして自分も、こんなに愛していたのだと・・・・。

第7話  カイルの願い?                        作 匿名さん

夜明け前、カイルは腕の中のユーリの寝顔を見つめていた。

いつもと何一つ変わらない寝顔。

なのにユーリの記憶の中に私はいない?

そんなバカなことがあるわけがない。

きっと、これは悪い冗談だ。

ユーリが目を覚ませば、「ごめんなさい。脱走したのを怒られたくなかった嘘ついちゃった。

ほんとうは、記憶をなくしてなんかいない。」と言ってくれる。

カイルは、そう思いたかった。そう思いたかったけれど、現実は・・・・・

「ん・・・」ユーリがゆっくりと目を開ける。

その瞳に浮かぶのは困惑の色。ユーリやっぱり私がわからないのか?

「わたし、この何日かものすごく不安だったの。自分が誰なのかもわからなくて。

まだ、なにも思い出せない。思い出せないけどこの腕の中にいるだけで、落ちつく。

もう少しこうしてもらってていい?」

返事をする代わりにカイルはユーリを抱きしめた。

後宮の奥深く閉じこめておきたい何度もそう願った。

今ならその願いが叶えられるかもしれない。

第8話   ずるい                 作 あかねさん

「・・・・ん?もう朝・・・。あっ!」

記憶をなくしているユーリにとっては、カイルの側で寝ていると言うことがまだ、信じられなかった。

「おはよう、ユーリ。」

平然としているカイル。

でもこの人は、私のことを心配してくれている。

なんでこんなに平然としていられるの・・・?

「ユーリ、いいか?勝手に外に出てはいけないよ。今日は、私は政務があるから、

 あんまり会いにはこれないけど・・・。いいか、この部屋から、出てはいけない。」

「・・・わかりました。」

政務室に行く途中、カイルは思った。

自分はずるい奴だ・・・・と。

ユーリの記憶がないことをいいことに、ユーリを閉じこめている。

自分の願いを叶えている。

ユーリには、「お前は記憶のあるときから、こうしていたんだ」と、

ウソを突き続けている。

自分は、ずるい奴だ・・・。

第9話  いいのかな?                    作 しぎりあさん

「ねえハディさん・・あたし、このままで・・いいのかな?」

 ユーリがぽつんとたずねた。

後宮では、毎日、食べきれないほどの食べ物。

たくさんの綺麗な衣装と宝石と、なにかあればすぐに手を貸してくれる侍女に取り囲まれている。

皇帝・・カイルは、これは全部あたしのものなんだ、という。

 皇帝の正妃としては、当然の事なのかも知れない。

でも。

「あたし、自分が正妃だったなんて、信じられない。なにも思い出せないの」

 正妃らしいことができるはずもない。

義務を果たさず、権利だけを享受していていいのだろうか。

「まあ、ユーリさま。ユーリ様が皇帝陛下の御正妃であることは、みんなが認めていることですよ」

 ハディは、にっこり笑う。

記憶の中から、自分の姿が消えてしまったのは悲しいことだけれど、皇帝陛下のご心痛に較べれば、なんのことはない。

最愛の方に忘れられていまうのですもの。

「みんなの認めている御正妃って、いろんな事が出来るのでしょう?政務とか・・あたし、なんにもできないよ」

「ユーリさまは、皇帝陛下のことを、どうお思いですか?」

突然、きかれて、ユーリは口ごもる。

「どうって・・いい人だと思うよ・・親切だし・・やさしいし・・」

「お好きですか?」

ええっ!?ますます、ユーリは赤くなる。

「・・・う・・ん・・好き・・かもしれない・・」

ハディの表情が、ぱあっと明るくなった。

「それなら、十分です。皇帝陛下を愛されて、皇帝陛下に愛されて・・他の誰にも出来ない、御正妃様だからこその役目ですよ」

それが、役目なの?皇帝に愛されて、皇帝を愛して?

あたしは、確かに、皇帝であるカイルに惹かれている。

でも、あたしのどこに、愛されるにふさわしいところがあるというの? 

第10話   矛盾           作 ひねもすさん 

あの人に愛されるふさわしい女性になりたい。

そうすれば愛し、愛されることが不安じゃなくなる。

それには、何かしなくてはいけない。でも何をすればいいのか分からない。

『ただ、陛下を愛すればいい。』

ハディはそう言うけれど、愛すればその人の役に立ちたいって思うものじゃないかな?

ただ、この部屋の中で待ち続けることが、あの人の役に立つことだったのかな?

ユーリは腑に落ちないことがあった。

以前の自分は正妃としての仕事をこなしていたはずだ。

なのに、カイルは私がずっと部屋で過ごしていたという。

公式の式典以外は外へは出なかったと言っている。

正妃と言うのは式典に出るくらいしか仕事がなかったのかしら?

いいえ、今、陛下は正妃の分まで仕事をこなしてる。

だから忙しいんだ・・・・・。

では、なぜ、私に正妃の仕事のことを教えてくれないのかな?

陛下の私への態度は矛盾している。

記憶を取り戻して欲しいと言いながら、正妃としての仕事に関しては思い出して欲しくないみたいだ。

なぜなんだろう・・・・・?

疑問に思うユーリの後ろから皇帝の声が聞こえた。

「ユーリ、遅くなってすまない。」

第11話  誤解          作  美音さん

愛されるだけの女はイヤ!あたし記憶はないけど、分かるの・・・。

カイルのこと、言葉では言い表せないくらいあいしていたって・・・。               

だからあなたの役に立ちたい、愛する人の助けになりたい。

そう思うのは当然だよ。

「ユーリ、気分はどうだ?」

カイルが政務の間をぬって、あたしのご機嫌伺いに来るのは毎日の事。

「カイル、どうして?」

カイルの琥珀色の瞳を見つめる。

「あたしにお仕事教えてよ!政務を手伝いたい。少しでもあなたの助けになりたいの。」

あたしが強い口調で言うと、カイルはあきらかに困った顔をして無理に微笑む。

「おまえは何もしなくていいんだ。ここに・・、わたしの側にいてくれれば。」

 

どうして、どうして、どうして?

あたしのカイルに対する疑惑は、どんどん大きくなっていった。

第12話  悪あがき                 作 匿名さん

これ以上、ユーリを閉じこめておくのは無理だな。

カイルは考えていた。

記憶を失ってもやはりユーリはユーリだった。

自分の足で立って、自分自身で輝く。

自分で考え、行動する。そういうところは、変わらないようだ。

このままでは、私を信用してくれなくなるだけのようだ。ならば・・・

「文字が読めなくては、皇妃の仕事はできないよ。文字の勉強から

始めようか。」

文字の勉強ならこの部屋でできる

少しでも長く、後宮だけに閉じこめようとしている自分がいる。

お前の気持ちが私以外のモノに向いて欲しくない。

お前の瞳に映るのは私だけでいい・・・・・

第13話  焦り                     作 しぎりあさん

真剣な顔で、粘土板に文字を刻みつけているユーリを見ながら、カイルは言いようのない焦燥感の中にいた。

一度、学んだものだ。上達は、速い。

それは、傷ついて保護した鳥が再び空に帰るために羽ばたき始めるのに似ている。

「どう、かな?」

おずおずと、差し出された粘土板を受け取ると、さっと目を走らせる。

「ああ、上出来だ」

「ほんと!?」

喜びに紅潮した頬に、口づける。

「今日は、ここまでにしておこう」

「え、でも・・・」

「急に、無理をするのはよくないよ」

調子いいのにと、唇をとがらせるユーリを見て、ほほえむ。

そんなに急がなくていい。

一日でも飛び立つのを遅らせるつもりだ。

優しげな表情とは裏腹の、暗い考えに囚われながら、ユーリを見守る。

「ああ、いい天気!ねえ、外に出ていい?」

「だめだ!!」

窓に駆け寄ったユーリが、強い語気に驚いて、振り返る。

怯えさせてしまったかもしれない。後悔が、押し寄せてくる。

「あ・・つまり・・その・・これから執務室を見せてやろうかと思っていた・・」

「執務室、行っていいの?」

ユーリの声が、はずんだ。

「良かった、一度行ってみたかったの、カイルがお仕事する部屋!」

後宮から執務室の方へ移動する途中で、それは起こった。

「おお、イシュタル様、体調がすぐれないとお聞きしていたのですが、いかがですかな」

みれば、高位の文官だった。皇帝の前で、叩頭することなく立って礼をすることが許されている。

ユーリは不思議そうにその顔を見返す。

「ねえ、あなた・・・えっと、名前は・・」

「ユーリ、ゆくぞ」

カイルが、腕をひくとユーリがよろめいた。

「おお、危ない」

文官の腕が差し出され、ユーリのあいた方の手を取った。

「!!」

嫉妬で目が眩みそうだった。

今の今まで閉じこめて誰の目にも触れぬようにしていたのに、こうして人目にさらしてしまったばかりか、言葉を交わしあまつさえ他の男に手を取らせた。

以前のカイルなら、気にもとめないことだっただろう。

ユーリは自由に駆け回り、誰の間でも入り込んでいた。

閉じこめるのはユーリをたわめることだと知っていた。

けれども、数日の間にユーリを占有することを覚えてしまった。

閉じこめ、他の男には会わせず、外界との接触を断ち、ただカイルの帰りだけを待ちわびるように仕向けた。

離れている間も、ただひたすら自分のことだけを考えるようにするために。

間違ったことをしているとは思わない。

自由に飛び出したユーリは、傷つき、カイルを忘れた。

二度とそのようなことを起こさないために、ユーリを守らなくてはならない。

「陛下?」

いぶかしむ文官を無視すると、ユーリを抱え上げる。

「きゃあ、ちょっとカイル!」

そのまま、後宮に続く廊下を歩き出す。

抗議するのにかまわず、元の部屋へ戻った。

「ハディ!ハディ、いるか!?」

「は、はい陛下。こちらに・・」

平伏するハディの前にユーリを下ろした。

「ユーリを、着替えさせろ」

「は?」

「すぐにだ!」

他の男の目に触れた衣装など、いつまでも着せていたくはなかった。

「すぐに、お召し替えの準備を」

「どういうことなの、カイル!?」

ハディが退出すると、ユーリが詰め寄る。

理不尽な扱いへの怒りのためか、象牙色の肌が上気している。

「お前は・・・私以外の男と、口をきいた」

「えっ?」

「私以外の男に、この肌を見せた・・・」

ゆっくり頬をなぞる。

尋常でない光に射すくめられ、ユーリの身体がこわばる。

「他の男の視線になど、さらしてよいものではない。お前は私のものだから・・」

手の甲で首筋から肩口へたどる。

丸い肩を包み込むと、次の瞬間、一気に衣を引き裂いた。

「!いやあぁぁぁ!!」  

第14話  理性と望み                作 マユさん

引き裂かれたユーリの衣装が床へとゆっくり落ちる。

一糸纏わぬ姿になったユーリをカイルは腕の中に引き寄せる。

「いやっ!カイル何をするのよ!」

ユーリは必死にカイルの腕から逃れようとする。

「何をする?決まっているだろう…おまえは私以外の男と言葉を交わし そしてその肌を私以外の男に触れさせた…だから今から罰を与えるのだよ…」

カイルの理性はすでに切れていた。

カイルはユーリの両腕を片手で掴むと寝台に倒れこむ。

手を象牙色の肌のすべてに這わせ唇で自分がユーリの所有者である証を刻みつける。

ユーリは泣きながら身をよじる。

「カイルやめてよ!!」

「おとなしくしろユーリ!!!!」

カイルの怒声にユーリの身体はビクッと震える。

カイルはその隙にユーリの脚の間に身体を滑り込ませる。

「カイル!いやっ!!」

「…………………………」

「…!!!!…やめてよ!ああっ!」

「……………………」

「……………」

コンコン…

「誰だ!!!」

「陛下…ハディでございますが…着替えを持って参りました」

「ああ…ちょっと待て」

助けが来た!と即座に感じたユーリだがカイルの方が一枚上手であった。

彼は昔一度魔が指した時にハディに邪魔されていたので、今回もどうせ止められるのが分かっていたのだ。

何時の間にかカイルの手には布が握られている。

今までの事から疲れて大きな声がでないユーリ。

「お願い…ハディ…助け…んんっ!!」

何と!カイルは愛するユーリの口に猿ぐつわをしたのである。

これではユーリは声も出ない。

ユーリが驚いている隙にカイルはユーリの両手も布で縛るとベットの淵に縛り付けてしまった。

これではユーリはハディに助けを求めることも出来ない。

「待たせたなハディ」

「あら?陛下 ユーリ様はどちらに?」

「ああ…ユーリは疲れて横になっている。着替えは私が受け取っておく。もういいから下がれ」

「…分かりました。では、お休みなさいませ。」

ハディはユーリのことに気が付かず自分の部屋に下がっていってしまった。

これではもう助けを呼ぶことも逃げることもできない。

そして…ユーリは一晩中カイルに罰を与えられ続けた。

まどろんでいく意識の中でユーリは思った。

(どうしてこの人は…私が他の男の人と会うのが嫌なの?)かと。

第15話  変質                作  しきりあさん

焼けただれたような痛みが、身体の奥にあった。

あれからユーリは、暁光の一筋が寝台の垂れ幕をほの白く染めるのを目にするまで、カイルの憤怒を受け続けた。

カイルは、眠っている。

その力強い腕を戒めのようにユーリの身体に巻き付けて。

その激情を繰り返しユーリの中に打ちつけながら、何度も繰り返した言葉。

「お前は、私のものだ」

「私が愛しているのが、どうして分からない?」

これは、愛ではない。

暴力だ。

室内を満たし始めた光の中、見える限りの肌には、生々しい痕が残る。

手首には指の形、胸元や肩口には不定形の血の色をした花びら。

哀訴も懇願も通じなかった。

ただひたすら、嵐が蹂躙し過ぎ去るのを待つしかなかった。

(愛してるなら、どうして許してくれないの)

そもそも、許しを請うようなことをした覚えがない。

ただ、すれ違った文官・・男性と話をしただけ。

ただそれだけのことで、優しかったカイルは豹変した。

いたわりも情愛も感じられない硬い指でユーリの身体を開き、貪りなぶった。

記憶を失ってから、ただ一人頼っていた男性に裏切られた。

記憶を失う前のユーリは、一人の供もつけず平民のような服装で農家にいた。

(あたしがあそこにいたのは、カイルから逃げるため?)

それでは、平穏だった日々、彼の腕の中にいるたび感じられた幸福感はなんだったのだろう。

わずかな隙間を許さぬように、カイルの腕がユーリをきつく抱え直す。

「お前を・・離さない・・」

夢の中での言葉なのか。

ユーリの身体がすっと冷えた。

もう、信じられない、なにもかも。

第16話 豹変                  作 友美さん

次の日からユーリは誰も信じなくなっていた。

カイルはもちろん、ハディ達腹心の側近たちもだ。

「ユーリ様・・。どうかなさったのですか??ここのところずっとお部屋にこもりっきりではございませんか」

ハディが聞いても「べつに、なんでもないわ」

と冷ややかな人を疑う目でみるようになっていた。

((もう・・、誰も信じない。もう・・どうだていい・・・。あんな人・・・・信じた私がバカだった・・・・))

「ユーリ元気か???」

ユーリが、外出しなくなってカイルはっごきげんである。

「元気なわけないわ。私の前からさっさと消えて。」

((そう・・・こんな人・一度でも愛した私がバカだった・・・。とっととわかれてしまいたい・・・。いっそのこと・・死んでしまおうか・・・ふふ・・人には簡単に死ぬな!なんていってるわりには・・・モロイもんなのね・・))

第17話  蒙昧                 作 しぎりあさん

カイルは頻繁にユーリを訪れる。

政務の合間を縫い、わずかばかりの時間を見つけ。

昼も夜も足繁く通ってくる。

いつもユーリは部屋にいる。

周囲から心を閉ざし、あの誰もを惹きつける笑顔がその顔を彩ることはない。

それでも、カイルはそのことに気がつかなかった。

気づかないふりをした。

手を伸ばせば、いつでも欲しいモノが手に入る。

そのことに夢中になっていた。

ハディは、ユーリの変化に憂えていた。

食事の量が目に見えて減った。

それを皇帝に進言しても、食事のたびに抱き上げたユーリの口に食べ物を押し込むだけだった。

根本的な解決にはならない。

(陛下は、ユーリ様の変わり様に気がつかないふりをしておられる・・・)

人形のように従順なユーリを風呂に入れ、着替えさせる。明るい声で話しかけるが、帰ってくるのは心のこもらない相づちだけだった。

(せめて、お外にお連れできたら・・・少しはお気も紛れるでしょうに)

後宮から出ることは許されていない。

外気に触れるのは、囲まれた中庭だけだ。

カイルは、後宮から全ての男性を遠ざけ、周囲を兵で固めた。

張りつめたような見せかけの平安が日々過ぎてゆく。

そんな中で、ユーリの変調にハディは気づいた。

顔色が悪くなり、頻繁にもどすようになる。

典医を、と何度も懇願してやっと、カイルは神殿付きの女医をよこした。

王宮付きの典医はすべて男性で、後宮へ入ることを許さなかったからだ。

女医の弾んだ声が懐妊を知らせたとき、ユーリはぼんやりと顔をあげた。

周囲のことは、どうでも良くなっていた。

しきりに話しかけてくるハディたち女官の声は聞き流し、夜毎求めてくるカイルには無抵抗に身体を預けた。

一切の感情を放棄していた。

命を投げ出せないのなら、精神を殺してしまいたかった。

女医の言葉は、そんなユーリの心を久しぶりに波立たせた。

「・・・赤ちゃん・・」

「ええ、3月におなりです」

3月前といえば、記憶を失ってはいなかった。

今のユーリにとっては、思い出せもしない時のことか。

記憶にないところで、身体は命を宿していたのだ。

喜びにわく周囲の中で、ユーリは身震いした。

その感情は唐突に身体の奥底から突き上げてきた。

(いや!産みたくない!!)  

第18話        罪人              作 しぎりあさん 

「ユーリが、懐妊?」

報告を受けたとき、カイルはほとんど無反応だった。

まるで、果樹園の果実の数を聞いたように、平伏する女官を見やり、書簡に目線を落とした。

「・・・畏れながら、陛下には最初の御子にあらせられるのでは」

予想外の態度に、いぶかしげに書記官が尋ねる。

「そうだ、私の初子だ。いずれ、皇統を嗣ぐことになろう」

冷たい笑顔で、カイルは応えた。

愛しいユーリの身体を訪れた変化に、気が付かなかった訳ではない。

己の身体を気にかけることすら無くなったあの人形のすべてを把握しているのは、いまや自分一人とも言って良かった。

閉じこめ、隔離していても不安で、毎夜隅々まで他の者の気配を探してしまう。

ユーリが心を閉ざしていることにも、気がついている。

笑顔を目にすることが出来ないのは辛いが、閉じこもった精神は他の誰にも触れることが出来ないのだ。

自分は狂っている。

カイルは思う。

いつのころからか、尋常でない思いは、萌芽し背を伸ばしカイルの心を覆い尽くした。

その触手がユーリを捕らえ、巻き込みやがて彼女の内側に種を落とした。

種は発芽し、愛おしい女の肉体を食らいながら肥大してやがて産声を上げる。

狂気の産物だ。

嬰児は、罪人が苛み続ける女の流す血だまりの中からとりあげられるのだ。

「・・・それで、いつ生まれる?」

張りつめた室内で、カイルは訊ねる。

狂気は、やがて人の口の端に上るかも知れない。

「はい、秋の終わり頃かと・・」

「秋の・・?」

それでは、懐妊は、3月ほど前のことなのか?

その事実は、ようやくカイルに驚きをもたらした。

3月前と言えば、ユーリが記憶を失う前。

互いが思いやっていた、蜜月のような平安の時。

それでは、赤子はあの忌まわしい夜から生み出されたものではないのだ。

狂気が虐げる悲鳴の中から生まれた者ではないのだ。 

  

第19話    私の愛した人は・・・            作 友美さん

私が好きだったのはあんな暴君じゃない!

私のことをちゃんと考えてくれるヒトだったわ。

あんなのは・・・きらいだわ・・・・。

懐妊が3ヶ月目ってことは賢帝が暴君に化ける前ね・・・。

・・・あんな悲劇の起こる前・・一番よかった頃ね・・・。

でも・・・もう・・一緒にいるのは嫌だ・・・・。

「ユーリ様!おめでとうございますわ。これで皇帝陛下の皇統は安泰ですわね。」

ハディ・・私がどんな目に会ったかしっているはずなのにどうしてそんなに喜んでるの・・・・?

まさかしらないなんていわないでよね・・。

「本当におめでとうございますわ!同盟諸国にもお知らせしないと!」

みんな・・・

私がこの子を産む事を望んでいると思ってるのね。

望むわけがないじゃない!

あんな・・・私を人間以下に扱ったやつの子供・・・・・・。

誰が・・・望むのよ・・・

「ユーリ、気分はどうだ?子は順調か?」

そう・・この男は私を人間以下に扱った・・・・

第20話        稚魚                 作 しぎりあさん

ユーリの心の中の波立ちを知らぬように、命は成長してゆく。

不安を置き去りにして、身体は酸味を求め、睡眠を求めた。

自分の手の届かないところで、母親の身体になってゆく。

胸と腰が丸みを帯び始める。

唯一の救いは、カイルが関係を求めてこなくなったことか。

それでも、眠りに落ちるまで傍若無人な手はユーリの身体をまさぐり、身体の変化を確かめようとする。

彼の手が、腹部を包むたびに、その中に育つのは彼の子であると思い知らされる。

カイルは時々、膨らみ始めたそこに唇をつけ、何ごとかささやいている。

その言葉はユーリの耳に届かない。

聞こうという気も起きないが、そのたびに、自分の内と外で共犯めいたことが行われている気持ちになる。

一人でいるときは、ユーリは腹の子に話しかける。

ねえ、どうしてそこにいるの?

あなたを宿したとき、あたしはどんな気持ちだったの?あなたを欲しいと願ったの?

身体がどんどん重くなる。

少し動くだけで、息が切れる。

立ち上がればめまいを感じ、座れば足先がしびれた。

思い通りにならない自分の身体に、ユーリは怯えた。

あの男の思い通りになってゆく。

行動が制限され、閉じこめられるだけの生活。

そうして、ある夜カイルは再び手を伸ばしてくる。

衣装を解かれながら、もう逃げ場はないのだと悟る。

きつく目をつぶり、過ぎる時間を耐えようとしたその時。

胎内で子供が動いた。

カイルの一方的な愛情を受ける間、ユーリは目を閉じ、胎内の子を見つめ続けた。

ふわりと浮かんだ小さな塊。

おそろしく小さな指が握りしめられ、ひよわな足をまるめて、無心に漂う命。

ときどき、驚いたように四肢をばたつかせ、ユーリの中の存在を知らせようとする。

ごめんね、いまのは驚いたね?

大丈夫、もうすぐ終わるから

カイルの激しい息づかいが間近で聞こえたが、ユーリは子供の心音を感じ取ろうとした。

怖くないよ、あたしが守ってあげる。

カイルの手が腹を撫で、子供の存在を確かめようとした。

ユーリはうっすらと笑った。

たとえ、カイルがどんなに子に触れたいと願っても、ユーリの胎内にある限りそれは届かぬ事なのだ。

「お前は、わたしのものだ」

それは、ユーリに対してか、子に対してなのか。

いいえ、あなたのものなんて、ないわ。

この子はあたしの子。あたしは、この子の母親よ。

奪うだけの口づけを受けながら、ユーリは腹部を抱いた。

第21話  分身                 作 ひねもすさん

ふと気が付いた。

あたしは、この子を守ろうとしている。

懐妊を知らされた時、生みたくないと願ったはずが、今では、カイルから守ろうとしている。

カイルがあたしに、その存在を刻み込む時、あたしはこの子のことを考えている。

この子に、大丈夫、もうすぐ終ると話し掛けている。

気が付かぬうちに、体と共に心も母となっていたのかもしれない。

カイルは、幸せそうな顔で膨らんだ腹部に話し掛け、口づけする。

この子はどんな姿で生まれてくるのだろう?

誰に似ているのだろう?

私に毎夜、苦痛を与える男の姿を借りてこの世に生を受けるのか?

もし、そうなら、あたしはこの子を愛せるか不安だ。

あたしはこの子を見るたびに思い知らなくてはならない。

自分がされた仕打ちを。

あたしは、腹の子に語りかけ、念じた。

「あなたの瞳は黒い瞳、あなたの髪は黒い髪。」

「あたしの肌を移した肌で、あたしの姿を映した姿で」

どうか、あたしだけの子として生まれてきて欲しい。

第22話   そして                 作 林檎さん

「・・・もうすぐ産まれますね。陛下」

「ああ、イル。そうだな。医師の者はいつ頃産まれると・・・?」

しかし未だにユーリは心を開いてくれていない。

このまま産まれても子がかわいそうになる・・・。

どうすればいいんだ。

でも・・・これは自分が悪い・・。

「・・・・下?陛下?どうしました?体調が悪いのでしたら医師を呼びましょうか?」

イルバーニはカイルの近くに歩み寄った。

「あっ!?何でもない。それで、医師の者は何と?」

「そうですか・・・。それで医師の者によるとイシュタルの昇る頃と・・・。」

「!!・・・イシュタルの昇る頃・・・!?」

なんと言う事だ、ユーリはこれを聞いて何を思うのだろう・・・。

また私を恨むのだろうか・・・

その頃ユーリはハディからその事を聞いた。

「・・・出産時期がイシュタルの昇る頃・・・!?」

どうして・・・

私の記念の日がドンドン汚れていくの・・・!?

第23話  そして・・・                  作 冴さん

「陛下!お生まれになりました!!!元気な男のお子様でございます!!!」

「ユーリは?ユーリは無事か!?」

「はい、母子ともに健康でございます」

「そうか!!!」

ユーリの部屋・・・

「ユーリ、よくがんばったな!!!元気な男の子だよ。見てごらん」

「・・・」

「ユーリ?」

「私はあなたの為に子供を産んだわけではありません・・・。」

「ユーリ・・・」

第24話   お世継ぎなら・・・・     作 友美さん

「陛下、私はあなたの子を産んだのではございません。」

「何を言うのだユーリ!おまえの子の父親は私だ。おまえは私以外の男に抱かれていないのだぞ?」

もっともな意見。

それは覆せない事実・・・・

「・・・・この子は・・皇帝の子ではございません。私だけの子です。この子に父親はおりませんわっっっ」

ユーリは生まれた子を抱きしめ憎悪を剥き出しにした表情で叫ぶ。

もはやヒッタイトの女神の表情ではなかった。

「・・生まれた子は皇位継承権第一位だ。私の第一子だからな。おまえのわがままは認められぬ」

「そうですよ。ユーリ様・・いえ、皇妃陛下。」

イル・バーニ書記長の冷静な発言

「私は、ヒッタイト皇帝の世継ぎなど・・産んだ憶えはございません。

皇位継承なら、ジュダ皇弟殿下がいらっしゃりますし、それにどうしてもお世継ぎが御必要なら、ご側室をお迎えになられればよろしいではありませんか。

幸い、陛下には側室でもよいから縁組をといってくださっている方々が星のようにいらっしゃるとお聞きしましたし・・・。

何の問題もございませんでしょう?」

ユーリが冷ややかに言う・・・。

するとカイルは・・・

第25話    お前だけなのに・・・・            作 ハッチさん

あまりにかたくななユーリをカイルはひょいと抱き上げた。

まだ出産直後で力など入らないユーリは、きつく唇を噛み、カイルをにらみつけることしか出来なかった。

そしてカイルが連れてきたところは・・・。

暖かい日差しこぼれる中庭だった。

以前は二人、そこで食事をしたり他愛もないおしゃべりをした幸せの象徴の場所だった。

ユーリをゆっくり降ろすとカイルはつぶやき始めた。

「お前しかいないのに・・・・。

どうしたら分かってくれるのだ・・・?」

力無く言うカイルの目に大粒の涙があふれ出す。

それを見て多少ビックリしたユーリだが、相変わらず言うことは冷たかった。

「そんなことおっしゃられても・・・。あなたに受けた仕打ちは消えませんし、この傷は一生癒えません」

そしてツイと向こうを向いてしまった。

が・・・。

「いい加減になさいませ!!」

ハディが茂みから出てきて言った。

驚くカイルとユーリに構わず話続けるハディ。

「ユーリ様、確かに皇帝陛下に受けた仕打ちは一生消えない傷かも知れません。

でも、ユーリ様は人の痛みにもう少し耳を傾けてくださる方でした。

一国の皇帝が、常に緊張感と共に生活している皇帝が涙を流しているのですよ?

その心をもう少し察して差し上げてもいいのではないですか?」

放心するユーリとカイル。

そしてハディはさらに

「私たちのお慕いするユーリ様はもっとお優しい方でした。

そんなにかたくなになってしまわれては、お生まれになったお子にも本当の愛情を捧げることなどできましょうか?

父親をそこまで恨む母親に子はなつくものでしょうか??」

ハッとするユーリだった・・・。