第1話 100万回のキスをしよう! 3

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-From 1-

なんとか無事に司法修習生としてのスタートをきった。

道明寺との関係がばれると騒がれる可能性があると言うことで私の事は極秘で参加の形をとることを、

条件として裏から手を回されていることを西田さんから事前に知らされている。

「旧姓で参加してもらおうと思いましたが何分にも『牧野つくし』の名前が婚約報道で世間に知れ渡ってしまいました」

「道明寺とは一切関係がないという雰囲気でここはあまり目立たない様にお願いします」

そう言って西田さんが頭を下げた。

幸か不幸か道明寺と私が結婚していることは世間にはまだ知られていない。

道明寺つくしの名前でも問題ないと西田さんは結論付けたらしい。

騒がれればSPつけないといけなくなりますからなんて澄ました顔でくぎをさされる。

こんな時の西田さんは憎たらしくなるほど冷静だ。

元もと目立つ気なんてこれっぽッちもありません。

ただただ静かにこの研修期間が終われば・・・それだけが今の私の望みなのだから。

以前持っていたリクルートの安物のスーツを身につけて、髪の毛もUP。

伊達メガネまでつけて勉強しかしてません!

そんな恰好で席につく。

「これなら誰も声かけねえだろう」

満足にほほ笑んで道明寺が私を送りだ出してくれた。

この格好なら誰も私が道明寺財閥の若奥様だとは思われもしないだろう。

ぽつぽつと修習仲間が集まってそれぞれに席につく。

大学同様女子の割合は少なく1割程度の男女比だろうか。

「よッ!結婚おめでとう」

突然右肩を叩かれて、振り返って視線を向ける。

ギクとなって恐る恐る声の主を探る。

「なんだ公平か・・・びっくりさせないでよ」

隣に腰を下ろす公平に笑顔を見せてほっと溜息をついた。

松岡公平は大学の同期。

今回大学で在学中に司法試験合格したのは私と公平だけだから、ここであってもなんの不思議もないことだった。

1年の時からまあまあ気があって一緒にいる時間が公平とは結構長かった。

体育会系の気さくなさっぱりとした性格が気にいっている。

F4を抜きにしたら私に結構近い位置にいる気心の知れた男友達だ。

道明寺には未だに公平のこと内緒だけど・・・

ヌッ?

今・・・・公平、おめでとうって言わなかったか?

「なんでそんな恰好してるの?らしくねぇ。最初つくしだって気がつかなかった」

人のメガネ取り上げてけらけら笑いだす。

「度・・・入ってねえじゃん」

「もしかして変装してんの?」

「そんなことより、なんで私の結婚あんたが知ってるの?」

メガネをとり返してそそくさとはめる。

「知らねえの?」

「お前に会ったら見せようと思って持ってきた」

鞄をごそごそ探って中から一冊の週刊誌をとり出す。

タキシード姿の道明寺とウエディングドレスの私。

それも誓いのキスの瞬間が見開き一面にのせてあった。

極秘の結婚式!

なんて見出しが飾ってある。

「なんで!」

週刊誌をもった両手が震えだす。

こんな写真私は1枚も持ってない。

道明寺だったら絶対喜んで買い取りそうな写真だ。

問題はそれじゃない!

西田さん確か結婚のことばれてないていってなかった?

全然嘘じゃん!

『道明寺つくし』ばればれになるじゃないかぁぁぁぁ。

極秘のひっそりとなんて結婚式ではなく、結構派手な結婚式だった。

プロディュースは天下のF4だし、場所も恵比寿ガーデンプレス。

婚約の発表の時ほど宣伝してなかっただけの話しだ。

どこから漏れても不思議じゃない。

西田さんがしっかり押さえてくれているんじゃなかったのか。

こんなミスするなんてーーーーー

ありえないツーの!

完全に呆けた状態になってしまってた。

「どう見ても同一人物には見えないから変装は成功してるな」

週刊誌の写真を私の顔の横に並べて楽しそうに公平はゲラゲラ笑う。

最悪の事態の発生に私は焦って公平を睨みつける気力もない。

西田さんの読み全然はずれているじゃないか。

最初からどうなるのだろう?

公平の言うとおりばれずに乗り切ること出来るのだろうか。

SP付きで修習になることだけは絶対に避けたいし目立ちたくない!

「公平、絶対私がこの写真の主だなんてばれたくないから協力して」

週刊誌を自分のカバンに押し込んで公平のネクタイ引っ張って首絞める勢いで頼み込んでいた。

-From 2-

久しぶりにビルの屋上から下界を眺める。

次々と刻まれた仕事をこなしていく普段の俺の時間に戻る。

つくしと過ごした緩やかで甘い時間はしばらくはお預けだ。

それでも穏やかな気持ちで仕事をこなせるのは、あいつが道明寺つくしとなった現実が俺を満足させているからだ。

これで家に帰えってつくしがいればなんにも言うことはなんだが。

会議を終えてオフィスに戻る。

役員達から受けた結婚の祝福に俺の機嫌も上々だ。

口笛噴き出しそうな気分で机を前に椅子に腰かける。

机の上に山と積まれた書類もうんざりすることなくサインが出来そうだ。

「私を出し抜くようなことはお止め頂きませんと」

いつもの音程のない声のトーンが聞こえてきた。

いかにもお帰りを待ってましたの説教コース付きだ。

机の上に見開きでおかれた週刊誌。

俺とつくしの結婚式の写真付き。

最高に幸せだった。

思わずほころぶ口元も西田に気がつかれないようにキュッと引き締める。

「週刊誌の記載の打診、直接代表にあったとか」

「私は結婚の事はしばらく公にしない方がよろしいと申し上げていたはずですが」

「出てしまったものはしょうがねぇ」

悪びれずに開き直る。

誓いのキスの瞬間写真。

幸福感丸出しの俺とつくしを映し出してる写真を見せられて自慢したい気になった。

婚約で世間に公表した大口開けてラーメン啜ってるつくしのドアップ写真では女ごころ解かってないとかさんざん

言われてつくしを怒らせた。

この写真ならきっと喜ぶ!

俺も喜ぶ!

だが、つくしが弁護士資格とる頃にはこの写真の旬は過ぎてしまってる。

自慢できるのは今のタイミングしかねえじゃねぇか。

そんなこと考えてたなんて西田にもつくしにもいえねぇけどな。

ふんぞり返る俺の横で西田が「フッー」とため息をつく。

「どうせお前の事だ2重3重の手は打ってあるんだろう?」

テーブルの上のコーヒーに手を伸ばし一口飲みながら西田に視線を移す。

「人をスーパーマンみたいに思わないでいただきたい」

そう言いながらも西田は俺の机の上に書類を置いた。

こいつが言うと謙遜も自信に聞こえるから嫌味にしか思えない。

書類に手を伸ばしパラパラと目を通す。

顔写真と経歴などが書かれた個人の情報ファイル

「なんだこれ?」

「つくし様の司法修習は数人のグループ単位で行われます」

「そのグループの人選を支障が出ない様に厳選させていただきました」

道明寺司の妻だとばれてもそこまでは騒がれないだろうという程度ですが」

道明寺司の妻・・・

いい響きじゃないか。

またにんまりしそうになった。

慌てて頬に力をいれ西田に気がつかれないように書類に目を通すふりをした。

女性が2人に30前後の男性3人それも既婚者。

これなら安心。問題ない。

ん?

一人だけ若い男が目に留まる。

23歳、英徳大学卒、松岡・・・公平。

こいつだけやけに目立って気になった。

「西田、こいつだけやけに若いがなんでだ?」

「松岡公平はつくし様と法学部の同期です」

「学生時代から比較的仲の良かった人物のようです」

「いろいろ手助けしてくれるのではないかと思いまして同じグループにさせました」

そんな奴俺は知らない!聞いたことも、見た事もねぇ!

いろいろ手助けって・・・

変な手助けされたらどうなる!

つくしの鈍感さは折り紙つきなんだぞ!

コーヒーを噴き出してしまっていた。

俺の動揺はすぐに西田に伝わる。

私を出し抜いた罰ですと満足して、西田のメガネの奥がにっこりほほ笑んでる気がした。

「先ほどつくし様から私に電話があって週刊誌の件を責められました」

「坊ちゃんがしたことだと伝えておきましたから」

「週末帰られても相手にしてもらえないかも知れませんね」

澄ました顔で西田が言い放った。

全身の力が抜けるような脱力感が俺を襲う。

「それでは失礼いたします」

頭をおもむえろに下げて西田が俺にくるっと背中を見ける。

「パタン」と閉まったドアの音が重低音に部屋の中に響いていた。

-From 3-

あいつッーーーーーー

なに考えてんだぁぁぁぁぁ。

時間の合間をぬって西田さんに連絡を取った。

もちろん週刊誌の件を確認するためと今後の対策を聞くために。

週刊誌の記事の打診を道明寺が勝手に受けてしまったとの西田さんの言葉に責める相手を間違えていたと気がついた。

私がこんなダサダサの格好して公平にも馬鹿笑いされたのは何のためだ!

全然わかってないじゃないか。

最初からこんな事で苦労するとは思わなかった。

週末帰ってなんかやるもんか!

血圧上がり過ぎてめまいがしそうだ。

「しばらくはそのままで大人しくしてもらえれば大丈夫はずです」

西田さんがなにを根拠にそう言うのか解からないが一応安心して携帯をきった。

「大丈夫か?」

「お前、今すげ~暴れ出しそうな雰囲気なんだけど・・・」

公平が恐る恐るな感じに声をかけてきた。

「あの馬鹿!考えなしに物事進めて!横暴!自己中!アホ!間抜け!」

「それって・・・もしかして、自分の旦那に言ってるの?」

キョトンとした顔を公平が私に向ける。

「こんくらいじゃ足りない!ほかにない?」

公平の顔が道明寺に見えていて思わず睨んでしまっていた。

「すげー言われよう」

「天下の道明寺の総帥もかたなしだな」

大口開けて笑いだす公平に拍子抜けする様だ。

「お前ら夫婦の関係見えてきた気がする」

「笑いすぎて涙が止まんねェ」

「笑うな」

手のひらで涙をふきあげる公平の頭をポンと軽くはたいた。

「それでどうすんだ?」

公平がようやく笑いを止めて真顔になった。

「しばらくは様子見ろって・・・」

「俺はどうすればいい?」

「まあ普通に、今まで通りでお願い」

「修習のグループも一緒みたいだし楽しくやるか」

「グループの発表あったんだ」

「今から集まて初顔合わせするみたいだぜ道明寺つくしちゃん」

からかうみたいな公平の口調にポッと頬が熱くなる。

「その名前、言われると照れる」

「生まれてずっとこの名前でしたみたいにしておかないといけないんだろう?」

公平がじっと私を見つめる。

「そ・それはそうなんだけど・・・」

「大丈夫、頑張る」

「ヘマしそうだったら助けてやるよ」

公平は自信ありげな笑顔を私に送ってくれた。

「頼りにしてるよ」

ポンと公平の背中をたたく。

「イテッ!お願する態度じゃ全然ないじゃないか」

「大げさすぎ」

まるで大学時代に戻った様にじゃれあっていた。

きっと・・・

私の緊張感をとるために公平が私にとってくれたやさしさだ。

「ありがとう」

「ん?なにが?」

押しつけではなく、さらりと見せるやさしさ。

「お礼言いたかっただけ・・・」

いい男なのになんで彼女いなんだろう。

私が考えても仕方がないこと考えて公平を見つめてた。

「ほら行くぞ!」

修習の始まりを合図するベルに促され二人並んで駆け出した。

100万回のキスをしよう!4 に続きます