第9話 杞憂なんかじゃないはずだ 3
*-From 1-
拍子抜けするほどあっさり素直に道明寺が帰っていった。
満足するほど私を抱きしめて・・・
どのくらいの時間そうしていたのか解からなくなるくらいの長い時間抱きしめられていた。
ただただやさしいだけの温もりが私を包んでいた。
「なんかあったら絶対俺に言え」
最後にそう言い残して待たせてあった車に乗り込んで帰っていった。
翌朝、寝不足気味の体を無理やり起こして大学に行く。
道明寺に初めて隠し事を持った事も憂鬱な気分にプラスされている。
「よっ!昨日大丈夫だったか?」
明るい調子で西門さんが私を待っていた。
「司を引き留めること出来なくてスマン」
本当にすまなそうに謝る西門さんに力ない笑顔しか向けることが出来なかった。
「まあ・・・なんとか。大丈夫だった」
「大丈夫って・・・顔してねぇぞ」
私の顔を覗き込むように西門さんの顔を近づける。
「司になにされた?」
「家の近くで待ち伏せはされたけど・・・なにもされていない」
「その落ち込みようが司じゃないとすると原因はバイトの方か?」
なぜこういう時に限ってこの人は感が鋭いのだろうか。
私の落ち込みようじゃ誰でも気がつくか・・・
昨日は道明寺も気がついたくらいだから西門さんに気がつかれてもなんら不思議なことじゃなかった。
道明寺にも喋れないことを誰にも喋れるはずはなくグッとお腹に力を入れて踏ん張った。
「別になんもない!家庭教師は順調だったし、道明寺も続けていいって言ってくれた」
焦りを隠すように早口でしゃべる。
なんかいい訳じみた感じになっていた。
「司に男子高校生の家庭教師してる事は言ったのか?」
「いや・・・それはまだ・・・」
「だよな・・・どう考えても司がそれを許すとは思えないもんな」
ため息交じりに西門さんは失笑する。
「あんまり無理するなよ」
励ましのような忠告のような雰囲気で西門さんがほほ笑む。
やさしすぎる・・・
道明寺にしても西門さんにしてもなんでグッとこみ上げるような態度をとってくれるんだろう。
罪悪感が支配している最中にやさしくされると、ますます自分が悪者になっているような気がしてくるのだから始末が悪い。
これじゃドンドン負の連鎖が始まってしまう。
本来の私じゃないじゃないか。
悪いのは私じゃなくてあの『香川達也』なのだから!
あのキスは不慮の事故!犬にかまれたようなものだ。
このセリフ・・・
どこかで言ったことなかったっけ?
そんなことより打倒!香川達也。
考え出したら血管ブチ切れそうになっていた。
「西門さん、私頑張る!」
気力!迫力!取り戻しパワーがみなぎってくる。
何を頑張るのか自分でも解からないまま、どうしちゃったの?みたいな表情の西門さんに宣言していた。
-From 2-
イタ!
会いたくなかった最悪な奴。
普段はこの家に寄り付かないと俊君から聞いてたはずなのに・・・
二回目の家庭教師が終わって返る寸前、玄関先でばったり出くわす。
「なんでいるの?」
「ここ俺の家だし・・・」
馬鹿なことを聞いてしまった。
「ブハハハハ」噴き出すように笑い声を香川達也が上げる。
「今日も送っていこうか?」
「今来たばっかりでしょう?お構いなく」
そっぽを向いて言い放つ。
「君の顔を見に来ただけだから」
私のいく先を阻むように目の前に香川達也が立ち塞がった。
「私は顔も見たくない!」
思いっきりお足を踏んで顔をしかめたあいつを睨んで鼻息荒く玄関を出る。
「ちょっと待って、なに怒ってるの?」
足を引きづりながらも慌てた様子で私を追いかけてきた。
「怒ってるって・・怒ってるに決まってるでしょう!突然あんなことして!」
「ああ!キスの事怒ってんだ?」
悪びれた様子など微塵も感じさせない香川達也の態度にアドレナリンが体中から放出される。
キス!キス!て言うな。
あんなのキスじゃない!
突然口元がぶつかっただけじゃないかーーーー
単なる接触事故だ!
と・・・
自分を慰めた。
「ついてくるな!」
歩幅を速めながら歩きを進める。
「ごめん、傷つけたのなら謝る」
「からかったつもりはないから、君の事好きになったらダメかな?」
振り向かず歩き続ける私に香川達也が大声で叫んでいた。
行きかう人が何事かと私に視線をチラッと向けいるのが解かる。
「ちょっと、恥ずかしいからこんなところで叫ばないで」
怒りを羞恥心が追い越して思わず耳まで真っ赤になっていた。
数メートル引き返し香川達也の腕を引っ張って道のわきに身体を寄せる。
「無理!絶対だめ!これが返事だから」
「その返事はやくない?俺の事全然知らないだろう?」
「私の事も知らないでしょう!」
「女見る目はあるつもりなんだけど・・・俺の感て当たるんだよね」
「俺結構お得だよ」
おどけた調子に乗せられる様に思わず笑ってしまっていた。
「そんな告白初めて」
クッスと笑って緩んだ頬を引き締めて「可能性ゼロだから」と告げる。
「あ~あ 俺の最短失恋記録更新かぁ」
大げさにうなだれる仕草がおかしくてキスされた怒りも少し緩みだしている。
「ねえ、この前と人格代わってない?」
「こっちが本当の俺」
「なにもしないから送っていくよ。イヤ送らせてください」
直角に頭を下げられて手を差し出される。
「約束だからね」
差し出された手は一応無視して二人並んで歩きだしていた。
-From 3-
「あんまり近づかないんで欲しいんだけど」
「なんで?」
「まだ完全に警戒心解いた訳じゃないんだからね」
横並びの線から一歩後退して不服そうに顔をしかめる。
「別に肩組もうとか手をつなごうとかは思ってないけど」
クスと香川達也が表情を和らげる。
そんなこと口にするのはめーいっぱい怪しい証拠じゃないか。
これ以上何か手出しされたらたまったもんではない。
一度下げた気の緩みをグッと引き上げて警戒体勢を引き上げた。
「家庭教師は今日で断った」
「もう、会うこともないと思うから」
「それ・・・俺のせい?」
真顔で香川達也が迫ってくる。
肩を掴まれそうな雰囲気に慌てて身をねじって回避した。
これ以上・・・
不安要素を盛り込んだままま家庭教師を続けることは出来ない。
今日までにいろいろ自分の心の中で結論を付けていた。
「それもあるけど、いろいろ考えて止めることにした」
「とにかく、私には彼氏いるし無駄なことはさっさと諦めた方が賢いと思う」
「彼氏いるんだ・・・」
拍子抜けするほど呑気な顔で香川達也が頷いている。
「まあ、君の態度みれば見当はついたけど・・・」
「で・・・どんな奴?」
「どんな奴って・・・」
今さらそれを聞いてどうするつもりだろう?
「別にどうでもいいでしょう!そっちには関係ないし」
「自分が好きになった子の彼氏がどんな奴か知りたくなるのっておかしいことじゃないと思うけど」
「自然な流れじゃないのかな?違う?」
真剣な瞳で見つめられていた。
フッと道明寺の顔が思い浮かぶ。
道明寺の事・・・
どんな奴・・・て・・・
一言で言えるわけはなく・・・
今まで考えた事もなくて・・・
どこをどう説明したらいいのか難しすぎる問題をつきつけられたようなものだ。
それでも必死で考えた。
傲慢で自己中でどうしようもないわがままで私を困らせるどうしようもない奴!
だけど・・・
私を一番に思ってくれて・・・
やさしくて・・・
大事にしてくれている。
こいつにキスされてどうしようもない自己嫌悪に陥ってしまった時、なにも言わずただ抱きしめてくれていた。
私をそっと包み込むやさしさを見せられると、どうしようもなくせつなくて・・・苦しくて・・・
離れられなくなってしまう。
道明寺のことは大好きで、愛しくて、一番大事な人なんだってそう思った。
「どうしようもなく好きだから!離れらんない」
気がついたら香川達也に宣言するように叫んでいて、体中に血が駆け巡る様に火照っていた。
「牧野・・・お前・・・なに言ってんだ」
感情を押し殺したすごみを利かせた声が背中から響き渡る。
「えっ?どう・・みょ・・・じ?」
振り返ったその先に見慣れたシルエットが浮かんで立っていた。
-From 4-
無性に気になっていた。
牧野の様子。
消えていなくなってしまうんじゃないかと思うほどのはかなげな様子に、いつもの様にあいつを無視したまま強引に事を推し進めることができなくて、ただ逃げていかない様に抱きしめてた。
俺にしたら大人の対応というやつ・・・
それでも・・・
時間が経てば経つほどにあいつの悩ましげな顔が鮮明になってきて訳を確かめたい衝動にかられる。
唯一確かめることが出来る相手は総二郎。
あいつを呼び出し牧野の事を確かめる。
家庭教師?
別に問題ねえじゃん。
教える相手が高校男子て・・・。
俺が嫉妬するから黙ってた?
当り前だ!
家庭教師がどんなもんか俺だって知っている。
高校生といってもおとこだぞ!
あきらと総二郎の高校時代を想像したら馬鹿には出来ない。
それも個室で二人きり。
変な想像してしまうじゃないか!
「問題は・・・家庭教師じゃない様な気がする・・・」
最後に言った総二郎の言葉。
結局はこいつもはっきりとした理由は聞いてないらしかった。
後は直接牧野に聞くしかない。
そう結論付けてこの前の大人の対応は消去して意地でも聞き出す決心を固めて携帯を鳴らす。
「出ねえ・・・」
「今日は家庭教師の日じゃねえの?」
総二郎の言葉に牧野の家を目指す。
突然の俺の訪問に驚いたように対応した牧野の両親。
「もうすぐ帰ってきますから」の言葉を振り切って、家庭訪問先を聞き出して駆け出していた。
牧野の家と家庭教師先との中間地点に差し掛かった交差点の先。
牧野の姿を見つけ出す。
あいつの後ろ数歩先に見知らぬら男の姿が目に映る。
顔はまだよく見えないが若い男だということだけが解かった。
そいつと喋ってるような言い合っている感じが俺の気に障ってしょうがない。
こんなところであいつなにやってんだ。
男と二人で夜の道を歩いてるだけでも許せねえ現実。
無性に腹が立ってどうしようもなくなっていた。
歩く速度が徐々に加速されていく。
「どうしようもなく好きだから!離れらんない」
耳を疑うような牧野の声が響いて足が止まる。
なに言ってる?
どう聞いても・・・
どう解釈しても・・・
好きだと告白してるしか受け取れねえ言葉。
それもえらく力強く宣言するように力説だ・・・
誰に?
俺じゃねえ・・・
そいつは誰だ!
心変わり?
そんな言葉は俺の辞書にはねぇーーーッ。
冷静でいられるなんて出来るわけはなかった。
一歩、一歩、踏みしめるように足を進めていく。
牧野に接触できる数歩前。
「牧野・・・お前・・・なに言ってんだ」
地獄の底から押し出す様な怒り満載の声を出していた。
-From 5-
「なんで・・・ここにいるの?」
独り言のつもりが道明寺にはしっかり聞こえたらしい。
「お前を迎えに来たんじゃねえか」
明らかに不機嫌極まりない道明寺の態度に家庭教師の件がばれたのだと思い当たった。
「ご・・・めん・・・」
「謝って済む問題じゃねえ・・・そいつは誰だ!家庭講師してるガキじゃねえよな」
私の肩に回された道明寺の腕はシートベルトの状態で固定されて対抗心で燃えている目を香川達也に向けている。
「あっ・・・家庭教師先のお兄さんで・・・・送ってくれるって・・・」
蚊の鳴くような声になっていた。
「お前、知り合ったばかりの奴と俺を比べていたのかよ?」
脅す様な声が耳元で響いてきた。
なにを道明寺が言いだしているのか見当がつかずキョトンとなった。
家庭教師がばれた事を怒っている?
・・・様子ではない。
香川達也に送ってもらってること?
・・・そんな雰囲気でもない。
キスされたことがばれた!
そんなはずないじゃないかぁぁぁぁ。
ばれていたら今頃道明寺は香川達也に飛びかかっているだろうし・・・
他に道明寺の機嫌を最悪に変えることてなにかあったか?
思いつかない・・・
俺と比べていた・・・て言っていた。
比べた覚えは全くないし・・・
なにがどうなってそう感じているのか・・・
勘違いしてるようにしか思えない。
「なにが?」
キョトンとした顔のまま無邪気に道明寺の顔を眺めていた。
私ではらちが明かないとでも言う様に肩に置いていた腕を離して香川達也に地響き鳴らして道明寺が近づく。
「お前、さっき、こいつに告白してたじゃねぇか」
有無を言わせぬままに香川達也の胸ぐらをつかんで睨みつけたままに言い放つ。
私に向けている背中は炎をしょった怒のオーラが赤く燃えさかる様だった。
告白って・・・
私・・・・告白した?
いつ?
香川達也にする訳ない!
絡みかかっている頭の中を整理しようと必死になる。
その私の横で道明寺の右腕が振り上げられるのが見えた。
「てめぇもゆるせねぇ」
道明寺に殴られた香川達也が道端に転がる。
「この短気な奴、つくしちゃんの彼氏?」
切れた唇から流れ出す血を拭きながら香川達也が道明寺を睨み返していた。
男二人の視線が反発して火花が散り出している。
「だったらなんだ!」
蹴りを入れようと上げた道明寺の足に思わず飛びついた。
「告白なんてしてない!道明寺の勘違い!」
なにをどう道明寺が勘違いしたのか解からぬままにこの状態を回避しようと必死になっていた。
私に飛びつかれてバランスを崩して尻もちをついている道明寺に乗っかって必死に叫ぶ。
「あっ!」
私を蔑むような目を道明寺に向けられてヒューツとブリザードが通り過ぎた感覚が私を包む。
「『どうしようもなく好きだから!離れらんない』確かそう言っていたよなッ」
「それが告白じゃなくてなんなんだ」
それって・・・
私が道明寺の事を思って言った言葉で・・・
それを香川達也に向けて言った言葉だと勘違い・・・さ・れ・た?
思わず穴があくくらいまじまじと道明寺の顔を見つめて・・・
「聞いてたの・・・」
「ああ」
不機嫌に道明寺が顔をそむける。
本人を前にしては絶対言えない事を聞かれてしまっていた事実に、体中に逆流するほどの血の流れが急速に私の全身を包みだしていた。
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無事にちゃんと誤解を解くこと出来るでしょうか?
出来なかったら・・・
考えるのはやめましょう(^_^;)