第1話 100万回のキスをしよう! 9

 *

-From 1-

「どうだった?」

「やりすぎです」

スタジオの隅で控えていた西田が苦笑するように少し表情を変える。

「俺なりには一番いい効果があると思ったんだけどな」

「あれが演技なら坊ちゃん俳優になれますよ」

「愛妻家の一面はこれ以上うまく表現できないと言うくらいに表現できてましたからね」

普通の男性は恥ずかしくて出来ませんと思う西田の気持ちは微塵も表にでていない。

変えたは表情は一瞬にしていつもの感情の読み取れないものに戻している。

司には誉められたか、呆れられたのか、どうにでもとれる口調だ。

俺が満足すれば西田がどう思っていようが構わない。

いつもの司らしい気分が今も心のうちの大半を占めていた。

つくしの存在を公ですることであいつを餌にする様な今回の企みは少なくなるはずだ。

たとえあいつの生活が制限されることになったとしても危険が及ぶことはない。

これが今回の第一の目的だ。

もう一つは噂を否定することだった。

今回のテレビの出演は西田からの提案だ。

デレッとしてる坊ちゃん見せれば一発でしょうからなんて理由をつけられての生放送の出演決定。

「俺はいつもふやけている訳じゃない」と言ってみたが、

「ご結婚される前は側につくし様がいるかいないかで全く別人でしたが、今は表情を見れば誰の事を考えているのか

一目瞭然ですよ」と澄ました顔を西田に向けられた。

「そんなに顔に出てるか?」

そんなこと自分じゃ気がついてない。

「週末は完全に緩んでいます」

見られねェほどはなってないはずだ。

「仕事の能率も普段の倍は上がるかと・・・・」

だったら文句はねぇだろう。

「いつもそうだと助かるんですが・・・」

見せつけるように西田がため息つきやがった。

急きょ決まったテレビの出演、俺の好きにやっていいという条件付きで納得した。

「目的を忘れないでくださいね」と西田は俺に念を押すことを忘れてなかった。

「俺がつくしにどうし様もなく惚れてる事アピールすればいいんだろう」

「簡単じゃねえか」

捨て台詞を残してスタジオに入る。

俺がテレビで言った気持ちに嘘はない。

司会者も打ち合わせ通りうまくやってくれたと俺の満足感を最大に満たしている。

きっと週刊誌で書かれた浮気の記事も一蹴されて収まることだろう。

その前にあの週刊誌の発行元には相当な圧力をかけてやった。

写真を持ち込んだカメラマンを使おうとはどこも思わないはずだ。

この噂も広まれば俺のスクープ写真を危険を冒してとろうとする輩も消失するだろう。

後はあの女とその後ろにいる黒幕だけだ。

収録が終わって出てきた俺に、いたわりの言葉を投げかけるでもなく一発目が「やりすぎです」とは、へそを曲げそうになった。

が・・・

テレビの出来に満足している俺は今はなにを言われても気楽に聞き流して機嫌を損ねることはない。

「これでつくしも俺の事惚れ直したかもな」

緩みだした顔を慌てて頬に力を入れなおす。

私の言った通りでしょみたいな視線を西田が投げていることに気がついたからだ。

俺の様子など気にもかけない感じで西田が口を開く

「それはどうでしょう?」

「オンエアーを見てらっしゃるとは限りませんし・・・」

「機嫌を損ねてないとは私には断定できません」

「冷静に判断してるんじゃねッ」

西田にムッとなる気分を押し付ける。

俺を喜ばそうとか、テンションあげたままにしといてやろうとか思う思いやりて言うやつがあってもいいはずだ。

それにこの放送をつくしが見てなかったら意味ねえじゃねえか。

俺が本当に見せたいのはつくしだけだったのにッーーーー。

心の中で思いっきり地団太踏んでいた。

司法研修所の方にはオンエアーの時間帯はテレビのチャンネルをつけておくように指示は出しておきました」

俺の心を見透かしてるように西田が凹凸のない喋りを続ける。

「まずは司法研修所の中でつくし様の存在を公にしないと意味はないですからね」

「それならそうともったいぶらずに言えばいいだろう」

「坊ちゃんの反応が面白くて」

笑いもしてない顔で言われても現実的じゃねえッ。

今日はもう絶対仕事しねッ。

どこかで西田撒いて更けてやろうか。

完全にへそ曲げていた。

「プルッ」と胸の内ポケットから携帯音がなる。

つくしからだった。

『うれしい』とか、『感激した』とか、うまくいけば『私も愛してる』と携帯の向こうから聞こえてくるかもと甘い期待に胸が躍る。

うかれる心を押し殺しここは無愛想を装って携帯に出ようと腹の奥に力を入れいつもより低めの声で応答した。

「なに考えてるのよ!この馬鹿!」

「あんな恥ずかしい想いさせないで!」

完全に甘い言葉とは無縁の怒り狂ったつくしの声が携帯の中から延々と聞こえだしていた。

 

-From 2-

テレビの番組が終わっても私の周りのザワツキは収まることはなかった。

私中心に周りで噂が飛び交ったいるだけでたいした騒ぎでないのはさすが大人の対応と言うものだろうか。

ただグループの顔見知り全員はさすがに私のテーブルに集合していた。

「羨ましい、いいなつくしちゃん、私もされてみたい~」

感嘆符を量産して夢見ごこちの表情でため息をつく。

女性陣には好評をきたしたようだ。

告白された瞬間なんてなにを勘違いしてるのか「キャー」なんて卒倒寸前の黄色い声がちらほら上がったことには驚きを隠せなかった。

私は死ぬほど恥ずかしくて頭の中は道明寺に対する罵詈雑言しか浮かんでこなかったというのにッ。

男性陣は「すげー告白!」みたいな公平と同じような反応を示している。

私が道明寺司夫人だという驚きより全国ネットで告白できる道明寺司の方に関心が向いてる感じだ。

「俺にはできねぇ・・・」

どこからか聞こえてきたその言葉に真っ赤に火照り出した身体を私は必死で丸めて小さくなる。

このまま消えた方が楽だ!

この恥ずかしさに比べれば自分が誰かなんてばれたのはどうでもよくなっていた。

大体なに考えてるんだーーーーー

あのバカ男!

テレビに出るなら出ると教えとけッーーーー

心の準備と言うものがあるだろう!

私の事ばらすのは仕方ないと妥協しよう。

妥協・・・妥協・・・妥協・・・・

あーーーーーーーッ

必死で自分に言い聞かせたが心の中で『無理だー』の気持ちがくすぶりつづける。

あの全国ネットの告白で精神に異常をきたしそうな羞恥心がわき起こり出している。

道明寺が完璧だとニヤついているであろう現実が無性に腹立たしく思えてきた。

「ゴメン、用事思い出した」

「ほどほどにな」

私の不機嫌きわまりない原因を確実に察知している公平の表情も強張っていた。

食堂の入口を抜け人気のない場所を選んで道明寺に連絡するため携帯を取り出す。

スーと深呼吸して気分を沈めた。

呼び出し音がなって「も」が聞こえたところであいつの声を遮断するようにどなってた。

「なに考えてるのよ!この馬鹿!」

「あんな恥ずかしい想いさせないで!」

酸欠になって頭がクラッとなりそうだった。

私の乱れた呼吸音だけが数秒続く。

「見たのか?」

無言だった携帯からいつもより低めの声が聞こえてきた。

「なんでテレビなの?」

「週刊誌よりインパクトあるだろう?」

気分を害されたみたいな不機嫌が混ざった道明寺の声だ。

なんで道明寺が機嫌悪いの!

私の怒りにムッスとしたものが加わった。

今回のテレビのインパクトは確かにあるだろう。

週刊誌の記事も私たちの不仲説もブッ飛ぶくらいに。

だからってなんであそこで「愛してる」なんて言う必要がある。

全国に発信されたラブコール

いったいどれくらいの人が見たかと思うと気が遠くなる。

その必要性なんてあるのかーーーーーーッ。

「それは認める・・・・でもなんであそこまでするの?」

「俺・・・なにかしたか?」

私の怒りなんて範疇にない感覚。

完全にスットボケている。

頭に血が上ってる私とは対照的に冷静に反応してる感じだ。

道明寺にしては珍しい。

「お前を愛してるって言っただけだぞ。いつも言ってる事だろうが」

「今さら照れることでもねぇだろう」

私の反応を楽しんでいる様な軽いノリで対応された。

今さらって・・・

全然違うじゃない!

道明寺の胸の中でしっかり抱き合って耳元で囁くように甘い言葉を愛する人に言われれば麻薬のような効果が表れて

どうにもならない様な幸せな気分に舞い上がる。

全国ネットで言われても気恥ずかしいだけで現実味がない。

私は耳元で囁くように聞こえる道明寺の声の方が好きだ。

思わずポッとなった。

「だ・だ・だからって・・・突然あんなのて反則、怒ってるんだからね」

焦って・・・

どもって・・・

最後は怒りなんて見失って・・・

どこかに甘い気分が芽を出しはじめていた。

携帯からクスッと軽い笑いが漏れて「ごめん」とあいつの声が小さく聞こえた。

 

-From 3-

「仲直り出来たみたいだな?」

「それとも喧嘩にならなかったとか?」

公平が意味深な表情でクスと笑顔になる。

「なんでそんなこと公平が解かるのよ」

確信をつかれてドキッと心音が一つなった。

「表情が和らいでいるからな」

会いたくてたまんないて感じだろうとからかう様に言われて正解だと認めたみたいに身体全体が火照り出す。

食堂はいつもの平常に戻っていた。

椅子に腰かけた私に公平がコーヒーの入った紙コップを差し出してくれる。

それをありがとうと素直に受け取って一口飲み込んだ。

「さっきまで大変だったんだぞ」

「お前がいなくなってから俺が質問攻めにあっていた」

騒ぎの元は私で・・・

私がいなくなった事で食堂は蜂の巣を突っく様な騒ぎになったと容易に想像できる。

ここではほとんど公平と一緒に行動していることが多かったせいか二人付き合っている?みたいな事を聞かれたこともあった。

公平はその方が都合がいいかもと否定しようとする私に「今、口説いてるとこだから」なんて軽く答えを流していた。

そんな公平に周りがどういうことか聞いてくるのは自然の流れだろうと思える。

「俺さ、お前とつるんでいる事多かっただろう?大学も同期だしな」

「ここでは恋人同士と思われていた節もある」

「同じ班の奴らに最初からお前の事を知っていただろうて攻められて、同じ班なのに情けないとか薄情者とか言われっぱなし」

みんなさすがに司法目指すだけあって弁が立つから参ったと公平が珍しく口をとがらせた。

「まずは質問攻め覚悟しといたほうがいいぞ」

「修習に支障をきたすほどはないでしょう?」

「だとは思うけどな」

いきなりのカミングアウトに戸惑いはあったものの多少の覚悟はあった。

覚悟を決めれば腹も据えられる。

もともとの何でもきやがれ!あたって砕けろの勝気な性格だ。

F4の赤札以上の大変なものがあるはずない!

開きなおったら自分の正体がばれて、嘘をつかなくていいことに靄が晴れてすっきりしたような気分になっていた。

たいした騒動もなく何事もなかったように時間は過ぎた。

司法研修所の周辺もいつも通りの静かさで周りに婚約発表後みたいにマスコミが押し寄せていないことにホッとした。

道明寺が騒がれない様に手は打ってあると言ったことを思いだす。

週末を迎え帰宅の準備をして部屋を出た。

今週からはお迎えの車がしっかり外で待っているはずだ。

門を出てすぐの路上で見慣れた車の側に歩み寄る。

車の後部席が開いて見慣れたシルエットが降りてきて歩き出す。

「迎えに来た」

目を細めてやさしい笑顔が私に向けられる。

「なんで?どうして?」

まだ仕事のはずじゃ・・・

ここまで来るなんて無謀じゃないのか有名人

考えがまとまらず言葉が続かない。

「最初からこうして迎えにきたかった」

愛おしそうに黒い瞳が潤んで見つめてる。

すぐにでも抱きつかれそうな至近距離。

あ・・・

やだ・・・

だめ・・・

ヤバイ・・・

ここで抱擁はやめてほしい。

それが無駄だと解かっているのに・・・

考えられずにはいられない。

全身に力が入ってカチッカチッに固まった。

スッと伸びてきた腕は当たり前のように躊躇なく私を捉え引き寄せる。

「キャッー」と、上がる周りの声が道明寺の腕の中で聞こえてた。

                     

                                      続きは 100万回のキスをしよう!10 

結婚前の様な大きな喧嘩にはなりません。

やはり新婚さんですからね~

こんな感じじゃないでしょうか?

共感を得られたらプッチとお願いします。