第1話 100万回のキスをしよう!14

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-From 1-

本社ビルに向かう自家用車の中。

重役出勤でいいはずの道明寺が一緒に乗り込む。

「俺も一緒の時間に出勤する」そう宣言した道明寺。

喜ぶべきか、悲しむべきか、複雑な心境だ。

しかめっ面の私の横でご機嫌な顔で道明寺は書類をめくる。

「そんなに見つめるな」

道明寺が視線だけを私に向けて悪戯っぽくクスッと笑う。

「見つめてなんかいない」

慌てて道明寺と交じあった視線を外す。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」

「顔がすげー強張ってるんだけど・・・」

「それは道明寺のせ・・い・・・」

道明寺の唇が「チュッ」と音を立てて私の言葉を飲み込んだ。

突然考えなしにそんなことされる事が心配なんだーーーー。

もう家の中だけにしてほしい・・・

「か・・・会社では全体そういうことしないでよ」

焦って動揺して心臓はドキドキ音を鳴らし始める。

クスッと笑って「わかんねぇ」と道明寺の口元が動く。

「人目がなければいいんじゃねぇ」

耳元で囁く道明寺にますます焦って酸素不足に陥る様に口をパクパクさせていた。

本社ビルの前に車が止まる。

このビルに来たのも久しぶりだ。

婚約発表の後にその事で文句を言うつもりで訪れて以来の場所。

滅多に来ることはないと思っていた。

先に降りた道明寺の後を追う様に歩く。

「事務所は10階な」

降り返って、ついて行ってやろうかとニンマリする道明寺を保護者なんか必要ないと睨みつける。

道明寺はご機嫌満載の笑い声を残しながら専用エレベーターに姿を消した。

「西田さん、道明寺と一緒に行かないんですか?」

道明寺を見送って私の横に立っている西田さんを眺める。

「事務所まで案内をさせていただきます。それとこれが社員証ですから」

杓子定規ないつもの態度を返される。

「特別扱いはされたくないんですけど・・・」

「ある程度は仕方ありません」

坊ちゃんの強引さには負けましたと西田さんが苦笑する。

あなたが手を貸してないはずないですよねと苦情の一つも言いたい気分だ。

「行きましょうか」の西田さんの声に追われる様にエレベーターに乗り込む。

「チン」と音を立ててエレベーターは10階のフロアーに止まった。

エレベーターの真ん前のドアを西田さんがノックする。

「どうぞ」の女性の声と同時にドアが開かれ歩みを進めた。

「道明寺つくしさんですね」

「私が所長の岬恭子と言います。よろしくね」

道明寺の名前に媚びてないやさしい頬笑みに自然と私も笑顔になって「よろしくお願いします」と慌てて頭を下げる。

年齢は道明寺のお母様と同じくらいの印象。

人を引き付ける魅力的な感じにさすがは道明寺財閥の顧問弁護士とうなづける。

後はお任せしますと西田さんはすぐさま部屋を出て行った。

「司君・・・代表とは小さい頃からの付き合いで、頼まれると弱いのよ」

「こちらこそとんでもないお願をしてしまって・・・」

本気で恐縮した。

「あなたのことはいろいろ聞いていたから楽しみにしてたの、そんなに緊張しなくていいのよ」

「それにこのビルで一番の権力者に最大の影響を与えてるのはあなたなのだから」

岬所長が真顔から一変してやさしく口元をほころばせる。

一瞬で人を信頼させる安心感。

「・・・そんなことは・・・ないと思います」

耳まで真っ赤に照れてしまってた。

別な人が言ったら完全にもイヤミに聞こえそうな言葉。

それが暖かく包まれてる様に思えるのは岬所長の人柄なのだろう。

ここでの修習も悪くないと思えてきた。

 

-From 2-

事務所の弁護士は所長を入れて6人。

女性3人男性3人私が入れば女性は4人。

男性の多い弁護士の世界としては珍しい分配図だと思われる。

それ以外に事務職が3人。

企業関係の弁護ばかりと思いきや社員の民事や刑事も扱っているらしい。

外部からの依頼も多いと説明される。

以前は道明寺のしりぬぐいも、よくさせられたと悪戯っぽい笑いを所長から向けられた。

「あなたと付き合いはじめた頃からだと思うのだけど、その依頼もなくなって助かったものよ」

司君の乱暴ぶりには泣かされたからねの所長の言葉には、どう答えていいものかわからず苦笑いするしかない。

高校時代を思い起こせば容易に想像できる。

道明寺の傍若無人振りは誰も手がつけられなかったのだから。

居並ぶメンバーの前で所長から紹介されて頭を下げた。

かたぐるしい感じは全く見受けられないオフィスの雰囲気に気分も和む。

以前から親しい感じに私を受け入れている感度いい感触。

これなら道明寺という色眼鏡で見られそうな感じはしないと確信をもった。

「甲斐孝太郎君、うちの若手のホープだから頼りになるわよ」

所長がににこやかに私の指導者だと紹介する。

「甲斐孝太郎。28歳独身。ここでは一番の下っ端、よろしく」

さわやかな笑顔をふりまいて体育会系という感じのお兄さんという印象。

「よろしくお願いします」

慌てて差し出されて手をつかんで握手を交わした。

私の机は甲斐さんの隣に準備されていた。

そして目の前には30歳独身だと言う松山玲子さん。

人目を引く美人ではある。

甲斐さんの話だと人情派の涙もろいタイプだとか・・・

初対面から「つくしちゃんと呼んでいい」と、抱きつかれた。

道明寺のお姉さんに似てないか?と何気に思った。

残りの3人は外部に仕事で出て行ったらしい。

後々説明してやるよと甲斐さんがクスッと笑う。

「ビル内は案内された?」

事務所の説明がひと段落済んだ頃に甲斐さんが聞いてきた。

「来た事はあるんですが・・・重役専用エレベータで行けるところしか行ったことなくて・・・」

だろうねって顔で甲斐さんがクスッと小さく笑う。

「今から僕が案内するよ。所長、いいですよね」

「いいわよ、ついでに総務にこの書類届けてきて」と所長から茶封筒を渡された。

「総務は5階ね、普段はめったに僕たちが直接書類を届けることなんて事はないから」

エレベーターに乗り込んだ後も会社の内情、情報を甲斐さんは私に教えてくれた。

総務の女性が営業の誰それとつきあってるって・・・

そんな情報は必要ないと思うのだけれど・・・

「・・・詳しいですね・・・」

呆れる感じがわき上がる。

「弁護の相談て普通は躊躇しない?勇気いるでしょう?」

「ある程度普段から社員と交流しとけば事件が大きくならいうちに話を聞くことが出来るかもしれない」

「これ所長の受け売りね」

ウインクするような軽さを見せる。

その考えは好きだと共感を覚える。

「ついたよ、ここが総務」

「こんにちは」

「孝太郎さん、いらっしゃい」

「別に何の問題もないよ」

「弁護士必要なし!」

どこらかともなく明るい声が上がる。

「課長に書類あずかって来ただけだから」

「いつから配達係に職を変更したんだ?」

「ひどいな、課長」

泣き真似までして見せる甲斐さんのテンションは上がり気味だ。

「この子、出来立てほやほやの新米弁護士、今日から仲間になったからよろしくね」

「はーい」

軽いノリに軽い調子の返事で返された。

「わざわざ自分から御曹司の奥様だってばらさなくてもいいからね」

「君がうちの事務所にいることは公表されてないから」

小さな声で耳打ちされて「次はどこに案内しようか?」と、子供みたいな笑顔を向けられた。

 

-From 3-

少し休憩しようと甲斐さんに連れていかれたのはビル1回の東口フロァー。

普段行き来する玄関ホールから左に少し逸れた場所にCoffee Shopの文字

「ビルの中にCoffee Shopがあるの知らなかった」

社員数を考えればビルの中でも十分に経営は成り立つのだろう。

「少しのコーヒーブレイクに目をとがらせるような野暮な奴はいないから」

「ここのコーヒーおいしいよ。ビル内なら配達もしてくれる」

カウンター越しにコーヒーを頼む。

「ミルク、砂糖は?」

「いらないです。無精ですから」

「無精って?」

噴き出しそうな顔して甲斐さんが見つめる。

「あ・・・おかしなこと言いました?」

「ブラックのコーヒー飲むのに無精ていう理由初めて聞いたから・・・」

意味が解かんないよ見たいな顔を甲斐さんにされていた。

「・・・ですよね」

「ミルクや砂糖を入れてかき混ぜるのがめんどくさくて・・・」

「最初は飲めなかったんですけど今はブラックに慣れちゃいました」

言いながら少し照れてしまってた。

「ブハハハハ!すげーめんどくさがり」

完全に甲斐さんから笑いを噴き出される。

「時間短縮と思っているんですけど」

私の声に必死で笑いを噛み殺しながら「ごめん」小さく言ってまた甲斐さんは笑いだす。

「君みたいな飾り気のない人で良かったよ」

「楽しく仕事出来そうだ」

鼻もちならないお嬢様なら扱い方が分かんなかったからなんてくったくない笑顔を向けられた。

このCoffee Shopでも甲斐さんは人気者らしい。

Shopに立ち寄る社員の人と何かしら短い言葉を交わしている。

時々数人の女子社員から強い視線を向けられる。

この視線・・・

しばらく忘れていた。

嫉妬に満ちた嫌悪感を感じる視線。

経験あるから分かるのだけどまさかここでも向けられるなんて・・・

「甲斐さん人気あるんですね?」

「えっ?」

「さっきの女の人に睨まれましたよ」

「そうか?」

他人事のように聞き流されてしまってた。

「一度、事務所に戻ろうか」

みんなの分もと数個のコーヒーを甲斐さんが受け取る。

「こうしないと後が怖い」と照れくさそうにいい訳する甲斐さんはなんだかかわいらしくて口元がほころんだ。

二人並んでShopを出る。

エレベーターに向かい歩き出す受付ロビーの真ん前。

「なにもってんだ」

いきなり声をかけられ固まった。

スーッと伸びた手は私の手からコーヒーの入った紙コップを当り前のように取り上げて口に運ぶ。

「コーヒーか」

同時に「キャー」て声がどこからともなく上がっていた。

「返してよ」

背伸びして奪う様に紙コップをとりもどす。

この後どんな騒ぎになる事やら・・・

「代表が・・・コーヒーのんだ」

「女性の取り上げてだよ!」

ぼそぼそと意外な場面に立ちあった驚きが周りから湧きあがる。

小さな騒動勃発気味。

ただでさえ目立つ容姿。

これ以上の注目は浴びたくないと身を固くした。

「あの子、誰?」

なんて声もちらほら。

『わざわざ自分から御曹司の奥様だってばらさなくてもいいからね』

『君がうちの事務所にいることは公表されてないから』

と甲斐さんが見せた気遣いは空高く舞い上がって宇宙のちりと消えていく。

「こいつ連れていくから岬さんにはそう伝えてくれ」

「えーーーーーッ」

驚く私の腕をつかんで道明寺が歩き出す。

「ちょっと、勝手に話を進めないで」

足を踏ん張ってブレーキをかける。

これぐらいの抵抗しか見せられないのは道明寺の立場を考えての事。

本当ならぶんなぐって走って事務所に帰りたい。

『道明寺財閥の若き総帥!妻に殴られる』なんて社内新聞は見たくない。

「あっ!」

「こいつとはコーヒー飲む時間はあっても俺には付き合えないわけか!」

道明寺のイラッとした感情が言葉尻に浮かび上がる。

「甲斐、つくしと昼飯食う時間ぐらい問題ないよな」

「構いませんよ」

簡単に許可を出されてしまってた。

「行くぞ」

連れ去られる気分で腕をとられる。

恨めしい気分で後ろを振り向くと甲斐さんがにっこりほほ笑んで軽く手を振って見送っていた。

続きは 100万回のキスをしよう!15 で

今日は7月7日七夕ですね。

あいにくと私の地域は雨模様。

なにかまつわる話はかけないものかと思いつつ。

つくしを司が連れ去る展開。

初日からこれでは・・・

岬所長見逃して~と思う気分です。

Coffee Shopのお話の流れはmebaru様のコメントと私の思いつきで書いてみました。

これからもちょくちょく使えそうな場所になるのではと思っています。

mebaru様 感謝!。

つくしがコーヒーにミルクや砂糖を入れるのがめんどくさくて飲んでいたらブラックになれたというくだり。

以前なにかの番組で真央ちゃんが実際に話していたんですよね。

ふと思いだして付けくわえてみました。

私もブラック派です。(関係ないか・・・)