第1話 100万回のキスをしよう!15

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-From 1-

「今日の昼は会食があるって言ってなかった?」

「なくなったから、時間が出来た」

「結構探し回ったぞ」

「なにを?」

「お前」

「どこにいるか連絡ぐらいよこせ」

どこまでもふてぶてしい態度の俺様発言にムッとなる。

そんな連絡を誰がするか。

面倒だし、必要ないし、仕事にならない!

「テッ・・・」

ブスっとした気持ちが邪魔をして立ち止った道明寺に気がつかず、スーツをピッと着こんだ背中に顔をぶつけてしまっていた。

「急に立ち止らないでよ」

鼻をさすりながら口をとがらせる私に道明寺の頬が緩む。

それ以上低くなられたら困ると、道明寺の目元がやさしく緩んでなれた仕草で腕を腰にまわされた。

本社近くのビルの中のレストラン。

当り前のように外界の見下ろせる眺めが絶景な特等席。

お昼からこんなところで食べるのかと思う私はまだこの生活に慣れていない。

「どうだった?事務所の連中」

「うまくやっていけそうな感じはする」

「大丈夫そうだな」

道明寺がフッと気が緩む感じに笑顔になった。

つられる様に緩んだ頬を慌ててぐっと引き締める。

「それよりこんな強引に連れて行かれるのは困る」

「心配するな、誰も文句は言わせねぇ」

道明寺のやることに文句を言うのは私ぐらいのものだろう。

だから、なおさら暴走される危機感をぬぐえぬ不安が付きまとう。

不安より道明寺に付きまとわれる方がヤバイのだけど・・・

「それが困る」

「特別扱いはしてほしくない」

「それは無理だろう」

諦めろみたいに鼻で笑われた。

「西田さんにも言われた」

「みんながね私に遠慮するのは仕方がないと思う」

道明寺つくしの名前は周りを身構えさせるには十分すぎるアイテムだ。

この状態で道明寺が必要以上に接してくるのは私にとって、いい結果を生むとは思えないのだ。

「仕事の流れとか、会社の中では少しでも他の人と時間を共有しておきたいと思うのはわがままかな」

「必要以上に道明寺と一緒にいるのはどうなのかなと思えて・・・くる・・・」

最後は遠慮がちになっていた。

受け取り方によっては、会社で私に声をかけるなと道明寺に言ってるようなものだから。

「相変わらずグダグダ考えてるな」

「そんなに暇じぇねえぞ、俺」

「俺も滅多に空いた時間が出来る訳じゃない」

「秒刻みのスケジュールだしな」

今日は俺もお前の事が気になってしょうがなかっただけだからとクシャと顔をほころばせる。

私の事を心配して気にしていてくれていただけだと言う道明寺にうれしくて、暖かな空気に体中が包まれた。

穏やかに流れる時間に幸福を噛みしめる。

一緒にこうやってお昼を過ごすのもたまにはいいと思えてきた。

昼食を終えて本社ビルに向かう。

会食の日を延期させられたと西田さんに告げられたのはエレベータに乗り込む寸前だった。

仕事に支障をきたしそうでしたからと苦笑して西田さんは道明寺の後にエレベーターに乗り込んでいった。

二人を見送った後、隣のエレベーターが来るのを待つ。

部署に戻る社員でエレベーターは満員気味だ。

「ねえ、聞いた?」

「なに?なに?」

「今日ね代表が女の子と1階のCoffee Shopで一緒に飲んでいたんだって」

「ウソッー」

「それも目を細めてやさしい感じで」

「キャー見てみたい!いつものクールな感じも私は好きなんだけどな」

「目の保養になったってみんな言ってたわよ」

「その女の子が羨ましい、どこの部署の子?」

「そこまでは情報ないみたい」

キャピキャピ弾むような会話の横で尾ひれのついた噂話に私は耳まで真っ赤になって身を縮めて壁に張り付いてしまってた。

 

-From 2-

なんとか休憩時間内に事務所にたどり着く。

机に戻った途端に「社員食堂ではすごい噂になっていた」と甲斐さんはなんだか楽しそうだ。

「Coffee Shopに行ったのは俺達二人だったよな?」

「いつの間にか俺の姿は忘れ去られ、代表と並んで椅子に座ってコーヒー飲んでることになっている」

甲斐さんはつまんなそうな顔になっていた。

「私が聞いたのは別な話しだったよ」

「二人で一つのカップを仲よさそうに交互に飲んでいたとか」

「玲子さん変なこと言わないでください、そんなことしてないですから」

呆れたように否定した。

どこをどうすればコーヒーを一緒に飲んでいたことになる?

道明寺は私から取り上げたコーヒーを一口飲んだだけ。

それもすぐに取り返した。

その後、強引に道明寺に連れ去られたことは噂の中には入ってないらしい。

「良かったな」と言って甲斐さんがケラケラ笑いだしている。

そこは笑うとこなのだろうか・・・

あのクールな代表がコーヒーを若い女の子から取り上げて飲んでいたのがよっぽどインパクトが強かったんじゃないかと甲斐さんがまた笑う。

「俺もあんな風にやさしく笑う代表はじめて見た。俺を睨んだ目と全然違うんだもんな」

「孝太郎がつくしちゃんと仲良くしてるのが気にくわなかったんじゃない」と玲子さんまで笑いだす始末。

「代表はこの事務所にも顔を出したわよ。甲斐が社内を案内してますと言ったら不機嫌そうに眉しかめて出て行ったけどね」

これには私も苦笑するしかなかった。

道明寺の姿を見るのは女子社員の間では朝の番組の占いコーナーで1位をとるよりハーピーなことなのだそうだ。

朝の挨拶の代りに社員が男女問わず「代表を見た!」と会話することも珍しくはないらしい。

滅多に重役室から顔を出さない代表。

姿を見るのは会社を出入りする時のエントランス。

あとは重役室までの直行のエレーベーターに乗りこむ姿をチラ見できるかどうかの確率。

その代表の目撃情報が社員食堂まで姿を現したと飛び出せば黄色い悲鳴が上がったとか、上がらないとか。

しばらく仕事にならなかったらしい。

「私もまじかで代表を見たの初めてだわ。言葉も交わせたし・・・いいことあるかも♪」

玲子さんまで緩んだ顔になっているのは少々気になる。

一応・・・

私の旦那様なんですけどね・・・。

「今は代表とコーヒー飲んでいた人物が誰なのか、探し回ってるみたいだよ」

「今日来たばっかりのつくしちゃんまですぐには捜査が及ばないとは思うけど、覚悟しとかないとね」

「注目浴びそうだから・・・」

「まあ、道明寺の若奥様が我が事務所にいることは数人の人しか知らないから、しばらくは時間が稼げる」

顔は笑っているのに二人の瞳は真面目な輝きを私に注ぎ込んでいる。

面白がっているようで本気に心配してくれているんだと気がついて胸の奥が泣けそうなくらいジーンとなった。

「ばれたら、事務所に迷惑かかりますか?」

今のところ私の最大の不安はそこだ。

この人たちには迷惑をかけられるはずがない。

だから道明寺の関係のない弁護士事務所を探すつもりだったのだが、警護の面もあるからと最終的には道明寺に押し切られた。

私がどう思おうと道明寺と結婚したからは貴賓の分類に入るらしい。

お前になにかあったら最悪は国際問題に発展することもあるんだからと道明寺に脅されて、そんな馬鹿なと笑い飛ばせる雰囲気はなくて、私の自由はなくなったのだと今さらながら自覚した。

「それは最初から織り込み済みだから心配ないわよ」

岬所長は私たちにとっては何の問題も心配もいらないと自信気だ。

「西田さんがずいぶん苦労しているみたいだけどね」

「心配しなくても邪魔になるようなら司君は事務所から追い出してあげるから」と岬所長が口元をほころばせる。

道明寺に強気な姿勢を見せる人がここにもいたなんて、なんて素敵な職場なのだろう。

本気で感激してしまっている。

「迷惑かけないように頑張ります」と頭を下げた。

「迷惑をかけないように頑張ってもらわないといけないのは司君の方だと思うけどね」と、岬所長までクスクス笑いだしていた。

 

-From 3-

なんとなく・・・

落ち着かない。

朝一緒に出社したときはすごく気分が良くて幸せだった。

つくしと離れた途端に気になり始めていた。

あいつが困る様な事はないよな?

しっかりやれてるだろうか?

俺が事務所に連れて行ってやればよかったか?

まだ離れてから1時間程度しか経ってない段階。

仕事が手につかない経験・・・

初めてだった。

書類を見ても上の空。

考えなんてまとまらない。

「西田・・・」

「お呼びですか?」

「今日の予定キャンセル」

「はぁ?」

怪訝な顔を向けられた。

「仕事になんねッ」

「やっぱりですか・・・」

フーッと長くため息ついて眉間にしわを寄せやがった。

「つくし様は大丈夫だと思いますが・・・」

坊ちゃんの様子は予測は出来てましたけどと相変わらずのスゴ腕秘書の実態を見せられる。

「・・・で・・・なにがご希望で?」

「様子を見てきたい」

「11時から2時間程度は時間に余裕が持てますが・・・」

「昼食をとる名目ならつくし様にも迷惑はかからないと思います」

「後はしっかり挽回してもらわないと困ります」

相変わらず抜けがねッ。

「それじゃー、後は頼む」

まだ10時過ぎですよと背中に叫ぶ西田を残して部屋を飛び出した。

10階の事務所に向かうため各階止まりの鈍行エレベーターに乗り込む。

いつもは1階から最上階直行のエレベーターしか乗らない俺。

数回下がった階でエレベーターが止まった。

全くイライラする低速度。

ドアが開いた瞬間に数名の女子社員と目があった。

社員の会話がピタッと止まって凝視される。

その後「キャー」と叫ばれた。

何だ?と思った瞬間にピタッとドアが閉まってエレベーターは動き出す。

次に止まった階でも同じ反応。

閉まりかけたドアを手で押さえて「乗らなのか」と声をかけた。

やっぱり「キャー」て何なんだ?

ぼーとした表情で3人の女子社員が乗り込んで片隅に集団で固まっている。

エレベーター・・・

そんなに混んでねーぞ。

5階で降りた俺をじーと見つめる視線。

ドアが閉まりきる手前で「キャー」とまた声がした。

うちの社員これで大丈夫なのかと一抹の不安。

仕事出来んのかよ。

西田に言ったら失笑されそうだ。

事務所のドアをノックする。

「はいどうぞ」の女性の声。

つくしの声じゃないのにがっくりする。

オフィスの中には女性が一人。

俺を見て一瞬の驚きの表情をつくるが悲鳴が聞こえない分ホッとする。

「奥さまは甲斐が案内して社内を回っています」

俺が話し出す前ににっこりと落ち着いた声が聞こえてきた。

甲斐?

甲斐って確か若い男じゃなかったか?

この事務所の社員はすべて頭にいっている。

この女性・・・・確か松山とか言ったよな?

案内ならこの女性でもいいだろう。

そう思ったら不機嫌な気分が頭を持ち上げていた。

社内案内ってどこ行った?

携帯を鳴らしてみたら事務所の部屋の奥で聞き慣れた着信音が鳴り響いていた。

携帯持っていってねぇッ。

連絡取れねーじゃねーかーーーッ。

全館放送でも流すか?

つくしを怒り狂わせそうだと諦める。

うちの本社ビルの広さ半端じゃねッ。

人が集まる場所から行ってみるかと一言伝言を頼み事務所を出る。

すれ違う社員の珍しいものでも見る目つき。

見世物になっている気分だ。

遠巻きで眺められて携帯で写真まで撮られるなんて俺はいったいなんだ?

こんな騒がしい雰囲気。

一種の騒動じゃねえか。

なんとか無事に行きついた1階のエントランス。

ようやくつくしを見つけ出した。

本社ビルを後にして二人で向かう昼食テーブル。

「昼間からこんなの食べていたら太ってしまう」

文句言う割にはおいしそうに全部平らげる。

こいつの幸せそうな顔みてようやく安心した。

午後からは西田に嫌な顔されずに済みそうだ。

幸せなひと時はすぐに過ぎる。

「じゃなぁ」と別れてエレベーターにのり込んだ。

つくしに余計な告げ口をする西田を苦々しく思いながら。

続きは 100万回のキスをしよう!16 で

普段姿を現さない司がつくしを探す為に会社中歩き回っていたら女子社員は仕事にならないでしょうね。

私ならついて回るかも♪

どこまで続くんだろうこのお話・・・

100万回のキスが終わるまでだったりして・・・

どこまでも付き合おうと賛同されればピコッと一つお願いたします(*^_^*)