第1話 100万回のキスをしよう!18

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-From 1-

あれから一週間。

本社ビルの中、一躍有名人の仲間入りを果たす。

道明寺との出勤も今ではしっかり名物?となっている。

ギャラリーも増加気味な感じなのは、道明寺が私の出勤時間に合わせているため。

定時出勤社員の多い時間帯。

しょうがない。

重役出勤してくれと心の中では祈っている。

が・・・

上機嫌の道明寺を前にして言える訳がない。

と、思いつつうれしい気分もないはずはない。

注目されるのもずいぶんと慣れてきた。

嫉妬の混じった視線が幾分か少ない分だけ学生時代よりはましだろうか。

他の業種と接点がそんなにある訳ではないので私と社員との接触があまりないことだけが救いだ。

注目度を度外視すればたいした被害を受けることもなく時間は進む。

ただ噂が勝手に歩き回っているだけだ。

社員食堂の写メにプレミアムチケットなみの値段がついて、取引されているとかいないとか・・・

本当かどうかは定かでない。

玲子さんまで待ち受けにしていたもんな。

それも私と道明寺のツーショット。

「これ、人に見せるとうけるのよ、代表は有名だしね」って・・・

どんな会話の流れでそうなる?

私にも画像を送ってくれたけどファイルの中に保存しただけだった。

絶対に道明寺には見せられない代物。

これ以上とけそうな顔されたら、道明寺の名前に傷がつきそうだ。

部長クラスからはあんまり歩き回れると仕事に支障をきたすとクレームがついたと西田さんが言っていたっけ。

ブスッ~と、そのクレームの話を道明寺は聞いていたに違いない。

社員食堂に顔を出すと先回りしたように道明寺が座っていた。

「今日のお勧めはこれだと教えられたぞ」

テーブルの前には大盛りの牛丼。

普通より多めに肉がのっかってる様だけど・・・

「サービスなんだと」

道明寺が食べた事もない様な安物の肉を多めにもらって喜んでいる。

「セルフにもなれましたね」

社員に声かけられてなぜかなじんでる道明寺。

違和感がなくなっていた。

「お前といるとよく社員に声をかけられるんだ」

それは普段見せないくらいやさしそうに顔がゆるんでるからだと思う。

西田さんを従えて颯爽と歩いている時の道明寺とは別人だもの。

近寄りがたいオーラーは最上階に忘れてきてるのではないだろうか。

「この肉・・・食えるのか?」

箸で肉を持ち上げてしみじみと眺めている。

「当り前でしょう」

作った人に悪いよと笑いを押し殺しながらつぶやいた。

「牛丼は食べた事あるの?」

「ない」

「ここに来ると初めてのものばかりで面白い」

「お前と一緒に会社で過ごせるのもうれしいし・・・」

熱い瞳で見つめられ思わず頬が熱くなる。

気持ちを隠す様に箸を動かす。

今日は一緒に帰ろうとくすぐったそうに笑う道明寺にまた顔が熱くなってきた。

 

-From 2-

赤くなって顔からサッーと血の気が引いた。

「ごめん・・・今日は遅くなる」

「あっ!なんで?」

くすぐったそうな顔が一瞬で不機嫌になった。

道明寺の声は思ったよりも周りに響いたようで私たちに近いテーブルの社員に一斉に緊張が走っている。

誰もこちらを見ようとはしなかった。

でも・・・

背中には耳を付けているような雰囲気。

注目度は絶大だ。

「あのさ、もっと小さい声で話してくれると助かるんだけど」

周りの異様な雰囲気に気がついた道明寺が周りを威圧的に睨みつける。

ガタガタ急かされる様に席を立った社員は遠くの席に避難した。

あっ・・・

あの人、途中で食事吐きだしちゃったよ。

「これで文句ねぇだろう」

私たちのテーブルの周りは空白地帯が出来あがっていた。

「仕事だから」

「手伝い頼まれて・・・」

「誰に?」

「・・・玲子さん」

「ほら、だっていつも道明寺は帰るの遅いし・・・」

「私も仕事したほうが一緒に帰れるかなと思ったから・・・」

私から目をそらさない道明寺の視線が痛い。

「ごめん!怒らないで!」

「怒ってねぇ」

気分が悪いだけだってめちゃめちゃ不機嫌な怒のオーラ噴射している。

やっと時間を作った・・・・

久しぶりにゆっくりと・・・

夜が・・・

過ごせる・・・

ブツブツと全部が聞き取れない感じの独り言の様な発言を口の中で繰り返している。

「クソーーーーッ」

いきなり立ちあがって道明寺が椅子を蹴りあげた。

横に飛んで行った椅子を慌てて拾って元にもどす。

なんで私が椅子拾いに行かなきゃならない。

それにいつも帰りが遅いのに今日に限ってなぜ早い?

間が悪すぎだーーーッ。

私は仕事だ。

それも定刻を過ぎるのは初めてだ。

結婚前はなんど仕事で道明寺にデートをキャンセルされたと思ってるんだ。

それでも私は一度も機嫌を悪くしたことない。

道明寺の態度は大人の反応じゃないだろう。

道明寺財閥の代表がそんな度量の狭さを暴露していいのか?

こんな時にそんな心配してる私って大人じゃん。

西田さんに誉めてもらいたいものだ。

「仕事と俺とどっちが大事だ」

なにバカなこと言いだすんだ。

普通女性側のセリフだよッ。

それをあんたが言うかーーーーッ。

冷静さが頭の中から飛びだして怒の部分を作り出す。

「私も聞くけど、道明寺は仕事と私どっちが大事なのよ」

睨みつけるように言っていた。

「決まっている。お前」

「お前がいるから仕事が頑張れる。お前がいないと生きられねェ」

道明寺の瞳の奥から怒りが消えて急に熱をおびたように熱い視線を向けられた。

「俺は人の数倍忙しいんだ、お前が合わせなくてどうする」

身勝手な言い分も道明寺が言えば正論だ。

わがままで傲慢で、切れやすくて、乱暴で自己中でどうしようもない。

でも・・・

私に向けられる言葉は熱くて嘘がなくて真剣で・・・

胸をつかれる。

私がいないと生きていけないなんて言われてしまえばどうしようもなく・・・

照れながらも幸せな気持ちは充満して体中を満たし始める。

本当にどうしようもなく、しょうがなくなるくらい愛しい想い包まれる。

「そんなに遅くならないと思うから、待っててくれる」

初めて素直に私から甘えていた。

 

-From 3-

夕方6時過ぎ、事務所には岬所長を筆頭に甲斐さんも玲子さんも残っていた。

私は玲子さんに指示をもらいながらの書類の作成でPCのキーをたたく。

その横に道明寺。

落ち着く訳がない。

俺の仕事は終了と数分前に事務所に道明寺が顔を出した。

むやみにビル内を歩き回ると社員の仕事に支障が出るとくぎを刺されたはず。

なのになんで来るんだの私の気持ちなどお構いなく横の椅子にドカッと腰を下ろす。

大人しく最上階で待っていてくれればいいものを・・・

俺様が迎えに来てやったんだのデカイ態度を標準装備。

私の頭痛の種は増え続ける。

「まだ終わんねぇのか?」

あんたが来てからまだ数分も経ってないつーの。

気が散って集中できない。

完全に邪魔だ。

残業なんかさせやがっての道明寺の無言の圧力を玲子さんも気がついている。

玲子さんの気まずそうな表情に私の心が痛む。

「玲子さん、こんなの気にしないでくださいね」

「誰がこんなのだよ」

「迎えに来ただけだろうが」

「大人しく最上階の自分のオフィスで待っていればいいでしょう」

「ヤダ」

「あっ?」

「暇そうにしてると西田が仕事をもってくる」

「持ってきてもらえばよかったのに」

「なんなら西田さんに道明寺は時間を持て余していますと連絡してあげようか」

ポンポンとテンポよく言葉が飛び交う。

クスッと玲子さんの口元がほころんだ。

「ねぇ、あなた達っていつもそんな感じなの?」

「まあ・・・こんなものですね。おかしいですか?」

「代表が一方的に話すところしか見たことないから」

「意外だなと思って・・・」

「つくしちゃんそれが終わったら帰っていいからね」

「すいません」

気遣いを見せてくれる玲子さんに謝りながら道明寺を横目でにらむ。

「わっ!びっくりした」

事務所のドアが開いて外回りから帰ってきた富山さんが素っ頓狂な声を上げる。

その横には固まった状態で立ちすくむ森山さん。

控えめで大人しい印象を受けるもう一人の女性弁護士だ。

彼氏はいるらしいが結婚はまだだと言うのは甲斐さんからの情報。

富山さんは30代の男性で既婚者。

真面目な慎重派タイプの弁護士だ。

幽霊でも見たような驚きの表情を見せていた。

いないはずの人物を見ているのだから幽霊を見たのとたいして差はないだろうが・・・

「すいません、びっくりさせて」

道明寺が来てから平謝りの気がしてきた。

「いや、俺も驚いてしまって・・・申し訳ありません」

道明寺に富山さんが頭を下げる。

気にしてねぇの横柄な態度の道明寺に早くこの場所から連れ去りたい衝動にかられていた。

「みんな終わりそう?」

「大体終わりました」

奥のドアが開いて個室から岬所長が顔を出す。

「あら、代表いたんですか?」

「邪魔はしないでくださいね」

おおらかな感じの声はやさしく温かみを含んでいる。

岬所長の言葉に反論することもなく道明寺が大人しくしているのは岬所長を信頼している証拠なのだろう。

数分後みんなで一緒に事務所をあとにする。

「ねぇ、久しぶりに全員そろったことだし、みんなで食事行かない?」

岬所長が口火を切る1階のエントランス。

「そう言えばつくしちゃんの歓迎会もやってませんでしたね」

なにやら仕掛け気味の甲斐さんの態度。

えっ・・・

ここで私が出てくるとは思っていなかった。

道明寺が横でしっかりガードを固めている。

無理だーーーーー。

皆さんでどうぞと1歩身を引く。

「と・・・いうことで代表、つくしちゃんお借りしますね」

え?

えっ?

えーーーーッ

ということってどういうこと?

私の腕はしっかりと岬所長に捕獲されたまま会社の自動ドアを通過する。

道明寺と私の合間には他の数人が壁を作っている手際よさ。

状況把握不能のままの道明寺と引き裂かれる格好になってしまっていた。

続きは 100万回のキスをしよう19 で

牛丼の場面はmebaru様の司に食べさせたいとのコメントをいただき設定してみました。

事務所に乗り込む司君。

どうもうちの司君は大人しくは待ってないですよね。

どっしりとそろそろ構えないといけませんね。

ささ様からも歓迎会♪のことをコメントいただきましたので追加してみました。