木漏れ日の下で 28

 *

「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

エコーの聞いた声は思ったよりも大きく私の耳に届く。

恥ずかしくなった顔を隠す様に湯船の中へ鼻先まで顔を浸けて、自分以外いるはずのない個室でキョロキョロと視線を動かした。

ミルク色のお湯がホッカリと身体を包み込む。

手足を背伸びするように伸ばした。

バッシャッ!

突然上がるお湯のしぶき。

「んッ!」

この浴槽大き過ぎだ!

背伸びして脚が淵に届かないってどれだけ長い?

もしかして、道明寺仕様なのか?

手足を伸ばした拍子に滑った身体は頭ごと仰向けの状態にお湯につかってしまう。

慌てて浴槽の淵を掴んで身体を預けた。

ケンカして、一人で風呂に入って溺れそうになるなんて今日は厄日だ。

「おい!どうした!」

「今、大きな音がしたぞ!」

ドアの向こうに映るシルエット。

「なんでもない、大丈夫だから」

あっち行ってて欲しいと思う気持ちのまんま叫ぶ。

「こら!鍵かけるな、開けろ!」

「やだ!」

「ヤダじゃねぇ!」

「開けないなら壊すぞ!」

ドンと大きく振動する浴室のドア。

あと2,3回やられたら大破されそうな威力は十分に持ち合わせているに違いない猛獣。

しょうがなく、ザバッと湯船から飛び出して鍵を開けて速攻で湯船の中に戻った。

「なにやってんだ?」

「なにって、お風呂に入ってるだけでしょう」

「あんたこそ何?覗くなって言ったよね?」

浴槽の中で膝を抱えて丸まって身体を硬くする。

ここで疑問符付けて強気で否定できないって・・・

負けてしまってないか?

「覗いてねぇよ、一緒に風呂入ろうかと思っただけだ」

「キャー」

服のまま浴槽に飛び込んでニヤリって・・・

何考えてるんだぁぁぁぁぁぁぁ。

「脱がせろ」

「ぬが・・って・・・」

「手が放せねぇ」

放せねぇて・・・

人の腰に腕をまわしてるだけじゃないかッ!

「逃げると困るからな」

悪戯っぽくほほ笑む無邪気な顔。

この表情に結構弱い。

拒否できない様な顔を作るなッ。

シャツのボタンを外すために指先を動かす。

その手を道明寺の指先がとらえた。

「なに?」

ドキッとした心を反射して上ずる声。

「指輪?」

「ん?」

「結婚指輪どうした?」

「結婚・・指輪・・・?」

「あーーーーッ」

左の薬指に有るはずの指輪がない?

通りでスースーしてると思った。

NYで道明寺と料理した時に外してそのままかな?

「NYの荷物の中に有ると思う・・・」

「指輪してれば間違われなかったんじゃねぇ?」

お前が悪いとでも言いたげな道明寺の視線。

そうじゃなくて兄と言われて否定してくれなかった道明寺に怒ってるんだけど。

じっと見つめる穏やかな瞳。

子供みたいに拗ねてた自分が照れくさくなる。

チュッ、って

軽いキスで唇を塞がれた。

「まだたっぷり時間はある」

唇が解放されて強く強く抱きしめられる。

直接触れ合う肌。

妙に心地よさを誘ってくる。

「入浴剤入れすぎじゃねぇ?全然見えねぇ」

「見えないって・・・」

「ま、全部見てっけどな」

「ば、ばか・・ッ」

ケラケラと意地悪に笑う道明寺に主導権は握られていて、私の機嫌も上向きに戻っていた。