幸せの1歩手前 2

 *

「ご一緒ではなかったのですね」

そう言いながらスケジュールのファイルを表情も変えずに俺の前に差し出す剛腕秘書。

「一緒は嫌なんだと」

「それは困ったことだ」

ため息交じりの言葉の中に苦笑が浮かぶ西田。

西田が困ることあるのか?

俺とつくしが一緒に出社しなくても別に問題ないだろう。

スケジュールを確認しながら眉を寄せる。

相変わらず1秒も無駄のない時間の並び。

今日の予定は夜7時の会食が最終。

夜もゆっくりできそうもない。

「会社にいるのは午前中の1時間だけか?」

これじゃ、あいつに会えるのは朝しかなかった様な今日の予定。

「久々の日本ですから」

前日までの休暇は差し上げましたよねと無言の凄み。

ロスじゃまともに二人で過ごせなかった休暇。

俺にとっての楽しい休暇は夢へと消えていた。

そんな言い訳が西田に通じるはずはない。

俺の機嫌も右に傾く。

困ったことだと西田がつぶやいたのはこのことか察しが付いた。

会社までの車の時間を損したようだ。

まあ・・・

会えないわけじゃないからいいけど。

別居することも今からあるはずないし、ようやく安心してこれから一緒の生活が送れるはずだ。

落ち着いて過ごすあいつのと新婚生活。

つくしの待つ部屋に帰る俺。

一人さびしくベットのシーツの冷たさを感じることもない。

どうせ仕事中は会えねえだろうしな。

「さっさと仕事を終わらせるぞ」

気分を切り替えるのうまくなってねぇか?俺。

「なぁ、このスケジュールの調子はいつまで続く?」

「しばらくは」

澄ました顔は当たり前でしょうと言いたげ見える。

「つくし様も仕事に慣れるまでは大変でしょうから、代表がお忙しいぐらいの方が邪魔にはならなくていいでしょう」

「どうして、俺が邪魔になるんだ」

「コホン」と西田が咳払いをしてスーツの内ポケットから取り出す一つの黒革の手帳

「会社内の徘徊で女子社員が仕事にならないとの苦情が数十件。

社員食堂へ会食をキャンセルして行ったのが3回。

スケジュールの調整をさせられたのは数知れず。

用もないのに法律事務所の方に時間があるたびに行ってたのは・・・」

「もういい」

まだまだ並びたてられそうで西田の言葉を区切る。

「そこまではもうしない」

それでなくても帰るたびにつくしに文句を言われ続けた研修期間。

「そこまではと言うとどこまではやるつもりですか?」

どこまでって・・・

本音を言えばそこまで考えてはない。

約束しないと納得しそうもない気構えを西田は見せる。

「必要以外の所をうろつかなければいいんだろ」

西田を早く追い払いたい気分が湧き上がる。

こんな時のこいつは苦手だ。

「出来れば私の仕事を増やさない程度でお願いします」

楽しげに聞こえる西田の声。

ここまでくれば自分の意思は西田に握られた様に感じてしまう。

至近距離で見つめてくる西田を強い意志で睨みつける。

「仕事すればいいんだろうが」

「ご尽力をお願いいたします」

やっと総務室から西田を追い出した。

デスクの上に投げ落としたファイルが小さくパンと軽い音を立てた。

まるで気が抜けたみたいな音。

「邪魔しなきゃいいんだろう・・・」

呟く様に漏れる声。

「邪魔しなきゃな」

もう一度声が漏れた。

拍手コメント返礼

b-moka

邪魔しないつもりの邪魔なこと!

みなさんの興味はそこに集中しているようで(^_^;)

インフルエンザもはやっているようでお互いに気を付けて頑張りましょう。