幸せの1歩手前 6
*「なんで・・・」
「なんで、ここにいるのよーーーッ」
驚愕気味に上がる声。
「いたら困ることでもあるのか」
皮肉交じりの視線は甲斐さんを睨んだままだ。
困るのは私よりも道明寺の方だと思う。
こんなところに来たら騒ぎになる。
ただでさえ道明寺本社ビルが間近に見える近辺のお店。
後ろのテーブルの客がチラチラと気になる様な視線を投げているのがわかる。
騒がれてるのに慣れてる道明寺。
騒がれても動じない態度をとるのは普通だ。
「うるさい」
「よるなブス」
睨みを効かせて叫んで相手をビビらせる。
道明寺との関係がばれて被害を被るのは私の方だった。
折角連れてきてもらったお店も来るのは今日が最初で最後になりそうだ。
「お店の場所なんて言ってなかったでしょう?」
私も連れてきてもらうまで知らなかった。
道明寺が突然現れるなんて、食事してたら機動隊がいきなり飛び込んで来たくらいのインパクトだ。
私は犯人じゃない!
叫びたい心境。
「GDP」
GDPの伸び率が気になるのは企業人としては分かるけど、それと私が関係あるのか?
目の前に道明寺が見せる携帯の画面。
小さな地図の真中で☆印がピカピカ点滅。
GPSか・・・。
頭が痛む。
「お前がSPを付けたがらないから、もしもの時の為の用心だ」
全く悪びれてない態度。
自分の言い間違いにも気が付いてないところはさすがだとしかいい様がない。
そのGPSでわざわざ私の居場所を探しだしたってこと?
いまが『もしも』の時だなんて言ったらぶん殴る。
「あのねッ」
拳に固めた指先。
言いかけた言葉を玲子さんの言葉が遮った。
「普通、GPSで監視されるの男の人の方が多いんだけどな」
「心配しなくても、安全に奥さまはお届けしましたのに」
余裕のある笑みが玲子さんの口元に浮かぶ。
「つくしちゃん、ここでおとなしくしてると相手は増長するわよ」
「わがままにならない様にするためには初めの教育が肝心なんだから」
玲子さんが耳元で私だけに聞こえる様に小さく呟く。
「道明寺がわがままなのは今さらどうにもなりませんよ」
道明寺からわがままがなくなったら道明寺じゃなくなる。
強引で横暴で一方的な威圧感を見せられるのも慣れてしまってる。
振り回されるのはいつものことで、筋金入りだ。
それを私にじゃなく周りに発散されるのが困るのだ。
「甲斐さんが言ったのは冗談だから」
諦めた気分で道明寺と向き合う。
「冗談じゃなかったどうするんだ」
「本気だったらこんなところで告白しないわよ」
甲斐さんに威嚇を続ける道明寺の腕を引っ張った。
「甲斐さんすいません、気にしないで下さい」
道明寺が甲斐さんに飛びかかるのを防ぐようにしっかりと両腕を腰に巻きつけた。
「こいつに謝る必要はねえだろう」
「もういいから、帰ろう」
言いたいことは山ほどあるがここで騒ぎを起こすのは得策ではない。
「すいませんそれじゃ」
玲子さん、マスターにも頭を下げてまだ威嚇続行中の道明寺の背中を押す様に店を出た。
それはまるで暴れるサルをなだめて檻に入れる様な気分だ。
入口の前には誰も入ってこない様に警備中のSP数人。
やってきた数人のお客がじろりと睨まれて諦めた様に引き返した。
営業妨害だよ。
「お前、明日も仕事に行くんだよな」
端整な容貌が躊躇することなく目の前に迫る。
「当たり前でしょう」
強気な言葉で遮ろうとしてもギクリと身体がこわばった。
「気が抜けねぇ」
眉毛を少し上げて形の良い唇がわずかにほほ笑む。
笑顔の下に不穏な響きが混じってるのを微妙に感じて顔が強張った。
嫌な予感が・・・。
何やる気だ?
不安のままの私の肩を抱く力強い腕。
その腕が迎えに来た車の後部席へと強引に私を押し込んだ。