幸せの1歩手前 13

 *

「・・・ため息」

「えっ?」

「今3回目」

真向かいに座る玲子さんがクスッと笑う。

「そんなについてました?」

「いきなり、難しい仕事を押しつけられて悩むのは分かるけどね」

なぜか玲子さんまでハァーと息を吐く。

「つくしちゃんの指導は甲斐君から私に移ったからよろしくね」

「もしかして・・・そのため息は・・・」

私を指導するのは嫌だとか?

「違うわよ」

私が聞く前に玲子さんが慌てて手を振り笑みを作った。

「つくしちゃんの指導より代表の対策の方に頭を悩ませそうじゃない」

軽く片眼をつぶる玲子さんは真面目に悩んでいるようには見えない。

「僕よりましじゃないですか」

拗ねる様に私の横で甲斐さんがつぶやく。

「代表のあの睨みだけで僕は何度殺されかけたか知ってますか」

大げさすぎだ。

甲斐さんの元気度はこの事務所随一だと思う。

「私が知ってるだけで5回はあるわね」

「生きててよかったじゃない」

甲斐さんの方向を向きながら玲子さんは私をからかってるんじゃないのかと疑いたくなる。

「それじゃまるで道明寺が凶悪犯みたいじゃないですか」

「ある意味そうかも」

クフッと陽気な笑い声を二人で上げられた。

たぶん私が絡むと的な事をこの二人は思ってるに違いない。

会社ではいつも人を寄せ付けない雰囲気の道明寺。

私がいるときだけ感情を押し殺すことなく全面に押し出すことを知られてしまってる。

近寄りがたい雰囲気は低下して年相応の素顔の露出度を高くする。

つーか、たんなるわがままを増長しかねない。

威圧感は半端じゃないだけに私のハラハラ感は心拍を最高値まで上昇させる。

玲子さんにしても甲斐さんにしても道明寺の反応に最近は慣れてきた感があるのは歪めない。

それで助かってるっていうかこの職場が居心地がいいと私は感じられるのだと思う。

「今日は最上階に行かなくていいの?」

俺が教えてやると道明寺がしつこいくらいに抱きしめながら耳元で何度もささやかれた。

それを大丈夫だからと断ってベットから抜け出した朝。

「どうしてですか?」

玲子さんから確認されるとは思いもしなかった。

「企業のことはしばらく俺が教えるからって宣言されたんだけど」

いつのまに?

やること早くないか?

「今週はほとんど本社には出社しないみたいですから」

「ふ~ん、そう?」

何となく思惑げな表情を玲子さんが作る。

「へぇ?」

「つくしちゃんを連れて回るなんて言いださなきゃいいけどね」

真顔でため息をつかれた。

「へ?え?は?」

「支社を見て回るのも大切だとか理由付けしてきそうじゃない?」

今度はクスッと苦笑気味の玲子さん。

その時、スーツのポケットがブルッと振動を伝えて来た。

慌ててポケットを生地の上から片手で押さえこんだ。

「携帯?」

「いいです。無視」

こんな時に携帯鳴らすのは道明寺以外に考えられない。

「出たほうがいいと思うけど?」

それはわかるけど出たくない。

でもやっぱり出ないと後が怖い。

ジレンマを回避する方法・・・。

有るわけなかった。