幸せの1歩手前 14

 *

10回をすぎる呼び出し音が続く。

「どうかなさいましたか?」

音程のない言い回しはいつもより癪にさわる。

「出ねぇんだよ」

「仕事中でしょうから、出れないでしょう」

俺様からの電話だぞ。

仕事ならなおのこと俺を待たせるやつはいねぇよ。

「どう考えてもつくし様への要件は仕事ではないでしょう」

見透かす様に呆れた様な溜息の中に漏れる声。

最近西田が冷たくなった。

そしてうまいところで投げ込まれるテンション向上の元

そこはしっかり用意されている。

それを期待している俺。

気が付いているのに乗っかってしまってる。

今日はなんもねぇのか?

期待感は自然に跳ね上がる。

「な・・に?」

ようやく聞こえた愛しい声。

西田から素早く視線を反らした。

戸惑ってつーか周りに聞かれたくないみたいに籠った小さな声。

愛しい夫の声を聞いての反応じゃないだろう。

いやいや出た!

そんな感じだ。

待ってた!みたいに急いで携帯をとった印象は全くない。

「その反応なんだ」

西田の耳がピクと動いた気がした。

「仕事中だから」

早口で電話かけてこないでとでも追加してきそうな無言の響き。

ただ行ってくると伝えるだけの気分は意地悪く傾く。

なんかねぇか?

今日の予定は・・・

都内某所。

昨日つくしに渡した書類の中に含まれる相手。

まだ何にも読んでないと言っていた書類の中身。

都合がいい。

「今日の仕事先連れて行くから準備しとけ」

「・・・やっぱり」

携帯の向こうでがっくりと肩を落とす空気が流れてる。

そのまま携帯を切った。

まさか・・・

つくしまで西田並みの予測できる様になったか?

それとも西田が先回り?

振り向いて見つめた西田からは表情が読めない。

「これは私事じゃねぇからな」

つくしに相手先を直に体験させるのも手っ取り早い方法だ。

何も反応を見せない西田。

別に否定するつもりもないらしい。

「うまい手を考えつきましたね」

左腕の袖口を指先でずらして腕時計をじっと見ている。

少し遠目に腕を伸ばす。

もう老眼か?

「契約先の訪問までは3時間程度の余裕があります」

「つくしさまを午前中連れまわす必要はないかと思いますが?」

それは俺に確認してる状況ではなく、連れて行く必要はないですよねと西田が見せる否定。

「俺が本社に帰って来るのは時間のロスだろうがぁ」

「代表に午前中付きあわされる羽目のつくし様の方が時間のロスです」

「相手先で合流できる様に手配してきます」

「なっ・・・」

これ以上何か?みたいな鋭い視線。

ふてくされる様にソファーにドンと腰を落とした。

「邪魔をしない心がけ安心しました」

お前を安心させるつもりはない。

最初の約束は思った以上に強力に効力を発揮されてしまってる。

聞きわけがよくてみたいな含みの笑い。

一日中つくしを独占できるわけはない。

仕事にもなんねぇだろう。

天井を見上げながら息を吐く。

帰れば素直に「おかえりと」迎える笑顔。

目覚めれば腕の中で抱きよせられる極上のひと時。

いつでも触れる場所に置いておきたいのは願望。

現実じゃ無理。

1年間我慢した分もう少し我がままさせてくれないものか。

飽きるまで・・・。

「飽きるんですか?」

聞こえた声に身体を浮かして首を動かして部屋中を見渡した。

誰もいねぇ。

空耳?

意識の中まで西田のやつがいりこんでしまってる。

俺の許可なく入ってくるな!

天井にまで西田の顔が貼りついてる様に思えてきた。