甲斐君のつぶやき 7 (抱きしめあえる夜だから)

 *

あれから・・・

三日待たされた。

急用が出来たと終業間際に事務所を飛び出して行った松岡公平。

懐のさびしかった俺はホッとしたのもあったがそれよりも松岡の話の方が気になる。

それにきっとたぶん俺におごらせる様な事は玲子さんがするはずないと知ってるのだから。

今日こそは逃がさない。

朝から松岡に「今日は付き合わせるぞ」と鼻息荒く喰いついた。

約束を取り付けた午後7時。

しっかり玲子さんも仲間に加わって三人で集まる個室の席。

酒と食べ物を頼んで運ばれてきたのを確認して期待を膨らませる。

なんだか極秘事項を聞く気分だ。

少しばかりの緊張感。

ごくりと喉が鳴った。

つくしちゃんの相手があの代表じゃなきゃこんなに盛り上がらないはずだ。

代表の態度はあの子の前じゃ別人だ。

誰も触るな!見るな!喋るな!

周りにバリアを張り巡らしてる様なオーラ。

松岡から引き離す様に連れされたつくしちゃんは2週間の休暇願いを受理されている。

岬所長から無理やり許可を取り付けたと言った方が正解だろう。

松岡と一緒にこの事務所につくしちゃんを代表が置いときたくない理由を、知りたいと思うのは自然の理にかなうと俺は思っている。

「聞かれちゃったんですよね。俺がつくしのこと好きだって話してるの」

思わず飲みかけたビールを吐き出しそうになった。

「修習所に道明寺さんが迎えに来た時につくしちゃん好きだったのってそこにいた子から聞かれて、今でも好きなんだけどって答えてたの聞かれたみたいで、さすがにあの時は少なからず動揺しました」

修習所といえばここ数カ月の話だ。

「松岡君てつくしちゃん好きなんだ」

ここでなぜか若い女の子の様なノリを見せる玲子さん。

そんな単純なことじゃない様な気が俺はするんですけどね。

「挨拶も無視されて、いきなり付き合えですからね」

「周りは俺を置いていなくなるし、道明寺さんの嫉妬の炎が瞳の中に丸見えって感じでね」

俺はつくしちゃんに好意は持ってるがその中に恋愛の感情はない。

それでも殺されると思える様な視線を向けられて身体が委縮する。

俺なら確実に秒殺されて神経が持たねぇぞ。

「ばれたならしょうがないって感じで笑顔作るしかなかったな」

そんな余裕見せたら逆効果だったんじゃないのだろうか。

代表が怒り心頭の態度のまま「つくしを助けてくれてるみたいで礼を言う」と言われたことから説明が始まった。

「べつに礼を言われる様な事はしてませんよ。友達としてしてあたり前のことしただけです」

「友達か・・・便利だよなッ」

「好きなんだろう、つくしの事」

「もしかして・・・さっきの会話、聞こえてました?」

一人二役で再現される。

「よく・・・覚えてるな」

感心して呟いた。

「あの緊張感は忘れようとしても忘れられませんよ」

「つくしには告白できない分、道明寺さんに気を吐いた様な気もしますけどね」

軽く口角を上げて浮かべる笑み。

松岡の気丈な心の中でようやく見つけた淋しさに少しだけ触れた様な気がした。

「道明寺さんを真っすぐに思うつくしに惚れたみたいなんですよね俺」

「つくしと道明寺さん見てると面白くないですか?」

何かを思い出したようにククッと明るい笑いを松岡が漏らす。

「今の関係を崩したくないだけの付き合い許してもらえせんかって、言ったところで道明寺さんが返事をする前につくしがやってきて、俺の目の前で道明寺さんと言い合い始めて・・・」

代表にタテつくつくしちゃんの対応。

俺達も何度か今まで目にしてる。

確かにあれは見ごたえがある。

じゃれ合いだと気がつくのにそう時間はかからなかった。

「目の前で道明寺さんがつくしを抱きしめてキスして見せつけられましたよ」

きっと代表としては見せつける気はさらさらないと思う。

周りのことは目に入っていないはずだから。

「つくしちゃん抵抗したわよね?」

「腹を殴ってました」

玲子さんの声に速攻で反応する松岡。

二週間で松岡がいなくなるのもったいない気がする。

代表の俺への風当たり弱まりそうだしな。

松岡と代表との攻防もまだ見てみたいと思う怖いもの見たさというやつ。

でもそうなると・・・

つくしちゃんは事務所から遠ざけられて出勤させなくなる手立てを代表が考えそうな気がする。

威圧的な態度の代表には少しは慣れた俺。

それにつくしちゃんを差し出せば落ち着く対処法も身につけた。

しばらくはこれで乗り切ろう。

そう決心した。