watcher 6

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「地検に来たのって初めてだわ。緊張するね」

俺に言わせれば道明寺本社ビルのドでかさの方が上だと思う。

お昼前俺の勤め先に姿を現したつくし。

その胸には、『公正と平等・公平さ』を示す天秤と、『正義と自由』を示す向日葵をあしらった弁護士バッチが輝く。

きっとバッチがなけりゃ学生の見学者にも間違われかねない。

「その人誰ですか?」

的な視線は俺付きの事務官。

お俺より10歳上のベテランだ。

「あっ、修習の同期なんだ。一緒に出てくる」

ここで道明寺つくしなんて紹介したら騒ぎになる。

俺達より年上の人間には道明寺の若奥様が弁護士になったこと、俺と同期なことは情報がいきわたっている。

つくしが自分から自己紹介を始める前に「昼メシまだなんだ」と連れ出した。

「まだ地検内を見学してないんだけど」

おもしろくねえよ。

その手のノリは小学生並みだ。

「おごるから」

その声にうれしそうに反応するのつくし。

俺より金持ってるだろうッ。

持ってるのはこいつの旦那だった。

・・・って。

おごるって言ったら普通もっといい店を選ばないか?

バーガーショップって大学時代も女子を連れて行っておごった記憶はない。

バーガーセットを受け取って空いた席に向かい合って座る。

周りをうろちょろする小さな影。

やさしそうな穏やかな瞳がそれを追いかける。

「やっぱ、母親なんだな」

「えっ?なに?」

「子供を愛しそうに見てるから。そんな顔するんだって思ってな」

「・・・いや、子供らしいなって、楽しそうだしね」

「つくしんとこもあのくらいだろ?」

変わんないだろうと俺もつられる様に子供たちを眺める。

ちょこまかとテーブルの高さで見え隠れする小さい頭。

「それがね、この前初めてハンバーガーのお店に子供たち連れていたのね」

「道明寺もか?」

ハンバーガー店に入る道明寺ご家族。

レットカーペットの上を歩く姿を想像してしまいそうだ。

もしかして貸し切りか?

「あの人は仕事だったから、警護付きで」

それは店の方が迷惑だろう。

「やだな、店の中まではガタイのいい人は入れてないからね」

「でさ、みんな行儀がいいのよ」

「長男坊なんて『お母さんフォークとナイフがない』って言うの」

バーガーにかぶりついて見本を見せてやったらびっくりしてるんだもんと再現するように俺の目の前でバーガーをほおばる。

「小学校入学前には食事マナーとか完璧にしつけられてるから。道明寺もそれが当たり前だって考えだしね」

あれが普通よねと「静かに食べて」と叫んでる母親を羨ましそうに眺めてる。

「あんな経験がしたいわけ?」

「そうじゃないけど。もっとのびのび育てたいなぁなんて思ってるんだよね」

「つくしが育ててるんならのびのびと育ってると俺は思うけどな」

「そうかな?」

照れくさそうな笑みをつくしが作る。

きっと道明寺が知らない世界はつくしが子供たちに見せてるはずだ。

道明寺にくらべ様もないが俺もほどほどのいい家で育った。

そんな俺でもバーガーショップに行ったのって中学を過ぎてからだった。

話してやったら安心したような表情になった。

「それじゃ、うちの子の方が早い」

比べるものでもないと思うけどな。

俺はお前が母親だということが大切だと思う。

今まで道明寺が経験できなかったものを穏やかな風で包んで送っているはずだから。

「なぁ、その話を聞かせるためにわざわざ俺を訪ねてきた訳じゃないよな?」

「あっ、ごめん」

残りのバーガーを頬張ってジュースでそれをつくしが流し込む。

相変わらずおいしそうに食べる。

見ていて気持ちがいい。

俺もバーガーをぱくついて食べた。

「俺の方でもそれなりに調べてみた」

莫大な財産を知ればそれが相続出来なければ回避しようと動く奴が現れても不思議ではない。

「氷室物産とお前のところって何か関係あるの?」

「会社がらみの関係は否定できないってところかな」

「お前、結婚してて良かったな。独身だったら政略結婚のいい相手になるんじゃないかあの子?」

後ろ盾にはそれなりの相手を見つけて結婚させれば一番の落ち着くパターン。

自由恋愛の今でも上流階級じゃありがちな常套手段。

「司が私以外と結婚するはずないでしょう」

言いきるつくしもすげー。

「相変わらずなんだな」

「なにが?」

「仲がいいと思ってな」

「バカッ」

開いた口元がギュっとしまって見る間に頬が赤く染まった。