watcher 10

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コツコツと響く靴音は心拍音の高まりに比例するように大きくなる。

目の前で1度止まった靴音は規則正しい間隔を保って、私の前を通り過ぎて氷室会長の前で止まった。

「お世話をかけます」

氷室会長が最初に口を開く。

「無事に片付きましたから」

表情を穏和に崩して握手を求めたのは司の方だった。

片付いた?

なにが?どうなっている?

私は無視されているし・・・。

「なに間抜けな顔しているんだ」

会長との会話が終わってすぐに私の顔の前でニンマリと笑う口元は厭味ったらしく見える。

「どうして、あなたがここにいるのか理解できないんだけど?」

動揺を隠す様に冷静さを装いほほ笑んだ。

「この仕事を引き受けて来たのは俺だぞ」

そして岬所長から私に担当するように指示を受けた。

そこまでは理解している。

「俺がお前に危ない事させると思うか?」

だって命を狙われているとか・・・

莫大な遺産をめぐる血みどろの争いとか・・・。

今日まで危ないから姿を隠すとか・・・。

充分危なかったと私は思う。

・・・って。

彼女が狙われているのを確認した訳じゃないことに今さらながらに気がついた。

氷室会長から「孫を守ってくれ」と言われただけだ。

「・・・嘘なの?」

「片づけないといけない問題があったことは確かだ」

腕を組んだままふてぶてしく見える高慢ちきな態度。

それが周りの発言を完全に抑制してしまって、さっきから物音一つ立たない空間が出来あがってしまっている。

ここで下手に発言したら命取りになるとでも言う様に親族は萎縮。

さっきの人を見くだして睨みつけていた瞳は霧がかかったようにかすんでしまっている。

この中で道明寺司の影響を受けてないのは孫娘の彩花ちゃんだけだろう。

私が道明寺と名乗れば必ず聞かれる「あの道明寺と関係があるの?」の質問系。

道明寺の名字に反応しなかったまれな人種だ。

「俺が表立って動いて氷室物産を道明寺財閥が吸収合併なんて噂を立てられたらあぶり出したい奴が動きを止める可能性があったから、ちょっとお前に動いてもらった」

「反対勢力をあぶり出す為に計画をどう進めていくか悩んでいたらお前がその検事殿を誘ってくれたから思ったよりもうまく言ったぞ」と、ガムでも噛んでいる様な軽い調子で説明される。

今一つ話の内容が把握できずに頭の中でこんがらがっている毛糸の玉を丁寧に戻す作業を繰り返す。

私はただのオトリだったってこと?

すべては司の手の中で踊らされていたと言うことだったんだと結論が行きついた

司に内緒で公平に頼みごとをして気を病んでいたのはどうなるんだーーーーーー。

「私が公平に頼んだの知ってたってこと?」

「無難に事が大きくならずに乗り切ろうとしたら俺よりそいつだろう?」

「いいタイミングで再会してくれたよ」

お前の考えそうなことはすぐわかるって余裕の笑み。

「それに・・・知っているか?」

耳元に近づく唇。

「俺に内緒ごとしている時は、お前はすげー素直になんだよ」

確かに・・・公平に頼みごとしたのを黙っていたのは気が引けて、いつもより世話やいて従順に嫌と言わなかったことはあった。

出掛けにキスしろ!一緒に風呂入るぞ!

ついでの様な膝枕。

膝二つに司と双子3つの頭が並んで占領された。

長男は背中に張り付いていた。

少しは子供に譲ろうなんて父親としての心遣いは減少している。

駿相手に「つくしは俺のだぞ」って本気で言っている。

考えればやっぱりあれは言うこと聞き過ぎている感がある。

勘繰られても仕方ない状況だったか。

だからムカつくけど怒ってはいないって・・・

ムカつく=怒る!一緒じゃいのかな?

「会長が引退してその代わりに孫娘の婚約者が乗り込んでくると噂を流したら相手はすんなりしっぽを出した」

意味ありげな視線を司が公平に向ける。

それはまるで挑発している様な光を秘めている。

「もしかして、最近俺の周りに変なのがうろついていたのはそれが原因ってことか?」

公平が憤慨する様に言葉尻を強めた。

「未来の氷室物産の社長の情報を集めようとして動いたみたいだな」

「この際だから検事辞めて氷室物産に就職したらどうだ、お前の親父さんも喜ぶぞ」

「余計な御世話だ」

司と公平の視線がぶつかって火花が散っている。

修習時代もこんな事あったよな。

って、ほのぼのと思いだしている場合じゃなかった。

「つくしちゃん、この人誰?」

「おいこら、こちらは道明寺コンツエルンの代表道明寺司様だ」

様づけで会長の弟が彩花ちゃんをたしなめるように慌てだしてた。

「もしかして何か関係でも・・・」

遠慮がちに変わった会長の弟の視線が私を見つめる。

道明寺司?つくし?」

「同じ名字だよね」

能天気な明るい高めの声が聞こえてきた。

「もしかして、兄妹!」

「俺の妻だ」

司の怒の籠った威圧的な声に親族3人が腰を抜かしたように座り込んだ。

あとは☆マークまでキラキラなんてコメントいただきましたが・・・(^_^;)

公平君の立場は・・・。

ご同情申し上げます。