玲子さんの婚活物語 3
*「知り合い?」
いつも先頭を行く玲子さんが遠慮がちに一歩引いている。
本能で加川さんとは関わりたくないと分かっている雰囲気。
知り合いだと紹介したくないと私も思う。
変な迫力というか司とは違う自分本位、引きこまれたら抜け出せないアリの巣地獄。
引きこまれたらどうなっちゃうんだろう?
大学の時は一瞬司と婚約解消の四文字が浮かんだ。
なんせ花沢類と悲恋の恋人的妄想に陥った加川さんが応援するってとった行動が司とお母様に直談判。
これ聞いた時はもう終わったと本気で思った。
「つくしちゃんとうちの代表が付き合うお手伝いしたんですよ」
大学の時バイトでほんの数日一緒に働いたと言う前に加川さんが勝手に喋り出す。
・・・へ?
意味が解かんないんですけど・・・。
加川さんと会う前にはもう司とは付き合っていて、花嫁修業の一環的名目でお母様に頼まれ?ほとんど命令で本社でバイトした。
それがなぜかビル内の清掃業務でその指導者が加川さんだったはず。
自分の息子に私を紹介しようとしたのに?
花沢類と私を応援してたはず。
司と私を結びつけようとする加川さんの行動が、どこかであったっけ?
どこがどう変化して付き合うお手伝いをしたことになったのだろう。
どう考えても私と司の邪魔をしたとしか思えないのは私の勘違いか?
その思考の過程を考えるのは諦めた。
もともとこういう人だった。
「今はもう、立派な代表夫人だもんねぇ」
私の目に狂いはなかったって、ギュっと手を握られた。
自分がいたから私は司と結婚できたと加川さんは錯覚してないか?
いやもう完全にそう思い込んでるかもしれない。
加川さん!
あなたは、私が付き合ってる相手は司だと告白してから今日まで一度も会ってないでしょうーーーーーッ。
とは言えずに「・・・お元気そうで」
なんとかそれだけ言った。
「つくしちゃん、さっき結婚相談所がどうとか聞こえたんだけど・・・」
「まさかつくしちゃんが今さらだよね」
周りを気にしない音量にギクッとなる。
玲子さんとも周りに聞こえるほどの声では喋ってない。
その辺は周りに視線を向けて小声で喋っていたはずだ。
聞き耳を立てられていたのだろうか。
「いろんな相談を受けてますので、そのことを二人で話してたんです。聞かれてるとは思ってなくて」
「依頼者の事はむやみに話すことは出来ませんので、これ以上は聞かないでいただけると助かりますわ」
横でにっこりと玲子さんが冷静な対応。
瞬時の判断はさすがに玲子さんだ。
コクコクと玲子さんに同調して頷いた。
ざわつきのあるエントランス。
一瞬周りの音が止まる。
さーっと波が引くような空間が重役専用エレベーターから広がった。
振り向かなくても分かる重厚なオーラ。
シーンと静まったエントランス。
コツコツと響く靴音に同調する靴音が数名分。
それが近づくごとにドクンと心音が高まる。
「なにしてるんだ」
慣れ親しむ声もトーンが低めに聞こえる。
今はなにもばれてない!
まだやってない!
焦るなつくし!
「事務所に顔を出して帰るところだったの」
なんとなくビブラート気味に鼻から声が出た。
振りむけない私の肩に置かれた手のひら。
「なんかあったか?」
振り向いた私の顔に心配そうにのぞき込む司の顔。
「なにもないわよッ。久しぶりに加川さんに会って、覚えてる?」
加川さんを紹介するなんて相当私も焦ってる。
「んっ?」
眉間にしわを寄せる司。
そして不機嫌な表情に変わった。
加川さんに対して司がいい印象を持っている訳がない。
それでなくても人間関係が上手にできるタイプではないのだから。
「帰るぞ」
加川さんを一瞥してもうそこにはいない様な無視の態度。
足をバタつかせるように私は司に引っ張られて歩くしかなかった。
「つくしちゃん、またね」
司の態度なんて気にしてない加川さんが大きく左右に手を振っている。
玲子さんは拳を作って小刻みに上下させている。
それはがんばれとのメッセージか?
まだ口裏合わせ出来てないんですけどーーーーーッ。
泣きそうな心の中で顔ではニコッとほほ笑みを司に向ける。
「お前、変だぞ」
「久しぶりに加川さん見て動揺したかな?」
「ハハ・・・はぁ」
力なく笑った声はそのままため息にと変わる。
「あのババア、お前と類の仲を邪魔するなとか俺に言ったんだよな」
よく覚えてる・・・。
こんな記憶だけは図太く残ってるんだよね。
自分に都合の悪いことは忘れてるくせにッ。
「だったかな?」
「しっかり覚えてるぞ」
「ずいぶん前の話しだよ」
目の前の顔が意地悪くなった気がした。