ごめん それでも愛してる 5
*さっきから見つめる先はピクリとも動かない漆黒色のドア。
葵のデスクにもたれかかる様に腰をつく。
視線の端でとらえたデスクの上にぽつりと置かれた葵のバック。
それが主に置き去りにされて淋しく映るのは俺の心。
物音ひとつ聞こえない静けさもそれを増長させてるようだ。
今までなら・・・。
相手が戻ってくるのを確信してそれを待つ。
駆け引きも恋のエッセンスと楽しめた。
今回だけは勝手が違う。
戻ってくるのは間違いないはずなのに、それを待つ時間がもたない。
追いかけていきたい衝動は時計の針が一秒進むたびに俺の身体の中から浮かびだす。
葵が飛び出してから5分も経ってない。
自分の有利に進むように考える恋の駆け引き。
ゲームの感覚。
自分の思い通りに進むことを楽しんでいた。
本当の想いに触れたら何もできない自分に気が付いた。
好きだと告白した途端に、あいつの見せる表情、仕草、言葉に一つ一つに喜んで、焦って、うまくいかなくて・・・。
自分でもこんなに情けなくなるものだとは思わなかった。
でも・・・
今の自分が嫌いじゃない。
バックをわし掴みして部屋を出る。
急ぐ心を映し出す様に早まる足音。
廊下でぶつかりそうになった社員を身体を捻って交わした。
驚く表情を見せる社員も気にならない。
エレベーターに乗り込んでロビー1階のボタンを押す。
うまく行けば間に合うはずだ。
ビルを出て財布を持ってないと気が付いた葵と出くわす可能性は十分に勝算あり。
その後が問題だ。
どうすればいいか考えがまとまらない。
司なら有無を言わせず感情のままに行動できるだろうけど俺には無理だ。
今ほどあいつがうらやましいと思ったことはなかった。
ロビーに到着して開くエレベータ。
その開く時間が待てなくて開きかけた瞬間のドアをすり抜ける様に飛びだした。
広いエントランス。
多くの人の動きに遮られる視線。
混雑というほどではない人の数も今は紛らわしく感じてしまう。
その中を泳ぐように葵を探して周りに視線を走らせる。
葵・・・?
目立たないエントランスの片隅の壁際に立つ二人。
長身のスーツ姿の男。
その男とやけに楽しそうで照れくさそうに優しくほほ笑む葵を見つけた。
俺にもあんまり見せない穏やかな表情。
それが無性に不愉快でしょうがない。
里中一真、27才。
葵が知り合いだといっていたやつ。
入社五年目の香港支社勤務。
上司の評価も上々。
若手では有望株と近いうちに本社に異動予定。
しっかりと社員名簿で確認してた。
冷静さを取り戻すためゆっくりと1歩づつ脚を進める。
「食事でもどう?案内するよ」
食事も、香港の案内も俺がするつもりだった。
悩んでる表情を浮かべる葵に「断れ!」と心の中は叫ぶ。
「下心はないから」
「えっ?そんなこと思ってませんけど」
下心がない男なんているのか?
警戒のなさで無邪気な笑顔を浮かべる葵。
こいつ・・・俺より年上だよな?
男と付き合いの経験ないにしても幼すぎなんじゃないのか?
牧野と似たりよったりか・・・。
鈍な感じも牧野と彷彿させる。
「おい、これ」
葵の背中越しに声をかける。
「社長!」
声を上げたのは男の方。
葵は驚いた表情を見せたまますぐに俺を睨む。
「忘れものだ」
たじろいだのはすぐに隠して武骨気味に出た声。
俺らしくない。
「知り合いか?」
知ってるのに男に聞かせるように葵に問う。
「大学の先輩なんです」
葵の声のトーンから不機嫌さは消えていた。
少し戸惑いを帯びた声。
小さな失敗をとがめられた子供の様な気まずさが声に出てる。
「君、悪いけど東條を返してもらえないだろか」
落ち着つきを持った冷静な声を喉元から発する。
NOと言えない重みを十分に持たせてることは今までの経験上実証済みだ。
男はコクリと声もなく頷いた。
「まだ、仕事は終わってない」
葵の耳元にそっと唇を寄せて囁いた。
強く握った葵の腕を引っ張って、最上階に向かうエレベーターへと乗り込んだ。
このまま仕事場に戻るって・・・
会社を後にしても問題のない展開なのに♪
何考えてるんだ?
そう思ってもらえたら私はニンマリなります。