涙まで抱きしめたい 4
葵の気持ちもわかったところでって・・・
あきら君は気が付いているのかしら?
*外出先から本社に帰社したのは夕刻すぎ。
あれから葵には会っていない。
マンションに帰り着くのは夜遅くになりそうだとため息をつく。
最上階の部屋に戻ってドアノブをまわした。
「よっ」
その声に舌打ちをして開きかけたドアを閉めて体を反転させた。
「あきらっそれはないだろう」
ノー天気な顔で現れたのは親族の一人。
美作 翔平
一番会いたくないやつ。
こいつもジー様が跡取り候補に挙げてる中の一人だと知ってるから尚更だ。
「お前と関わりあうとろくなことがない。早く帰れ」
「そんなこと言うな2年ぶりの再会だろう」
こいつの身勝手さは司以上だ。
まだ司の方が可愛げがある。
こいつの場合は全部俺にややこしいことは押し付けていつの間にか逃げて姿をくらます。
提携先の社長の娘と婚約の土壇場でその妹とも付き合っていたのが発覚。
翔平に頼まれて代わりにデートさせられたのは数回。
この俺が二股の片棒を知らずに担がされていた。
もう少しで俺がお前の代わりに婚約させられそうになったんだぞッ。
「会長の出した後継者候補の条件を聞いたぞ」
「お前がまじめに後継者になりたいと思ってるとは知らなかった」
仕事より遊びの方が好きな奴。
責任感という言葉はこれっぽっちも持ち合わせてない。
こいつを後継者に指名するようならジー様は呆けたと言うしかない。
「後継者には興味ないんだけどね・・・。」
「なにッ!?」
「条件の方は興味あるんだよね」
「爺様の思い人の孫娘なんだろう」
「会わせない」
睨みつける様に叫んで久しぶりに湧き上がる憎悪。
「あっ、後継者は興味ないからあきらと争うつもりはないからそんな怖い顔するな」
「俺も後継者になるために彼女と付き合ってるわけじゃない」
翔平の意外そうな顔がニンマリとなる。
「お前がマジなわけ?」
興味あるとでも言いたげな翔平に警戒心が全身を覆ってくる。
ここで少しでも甘い顔を見せたら俺の負けだ。
「だったらどうする」
「俺と一緒で女性大好きなお前が?」
「お前と違って、俺は女性を泣かすような付き合いは覚えがない。同一で語られるのは心外だ」
「やっぱり会ってみたいよな。お前をそんな気持ちにさせた女性」
「何もしないから会わせてくれ」
何もしないと前置きする時点でこいつの危険度は跳ね上がる。
「お前に会わせたら毒牙で彼女がめまいを起こす」
「そこまで警戒されるのお俺?お前に嫌われるようなこと何かした?」
こいつはそういうやつだ。
自分が引き起こしたことがどれだけ問題を起こして迷惑をかけたか感知する能力が欠落している。
「確か・・・ここで働いてるんだよね」
「お前!まさか!」
「俺、ここの常務の辞令を受けてるから」
「聞いてないぞ!」
「会長がお前のそばで学習しろだってさ、偶然会ってもおかしくないよな。じゃ、明日」
軽快な足音のリズムで部屋を翔平は出ていく。
葵が翔平に心を移すとは思えないが、あのバカは女性を口説くのを信条にしてるタイプだ。
葵が気が付かずに危機を作る可能性だってある。
しばらくは厳戒体制が必要だ。
それともどこかに出向させるとか?最悪は会社を休ませる?
こんなことなら早くプロポーズのOKをもらっておくべきだった。
翔平の場合は人の物がよく見える傾向があるから大した防御にもならない。
仕事どころじゃなくなって車をマンションへ向かわせる。
ざわめく心のままにエレベーターに飛び乗った。
明かりのつく玄関に響く「おかえり」の声。
その声は砂糖菓子のような甘さを俺にもたらす。
「どうしたの?」
「しばらくこのまま・・・」
葵をそのまま胸の中に抱きしめて離せなくなった。