涙まで抱きしめたい 8

里中先輩に翔平常務にあきら

これは4角関係か?

1馬身以上の差はついてると思うんですけどね。

トップでゴールを願っておりますあきら君。

*

見つめられてるというよりは全身を観察されてるような常務の視線。

「・・・あの、何か?」

1日のスケジュールを説明したところで我慢できずに声に出す。

「僕に色目を使わない秘書は初めてだ」

「いつも視線で誘われる」

デスクに頬杖をついたラフな状態で冗談とは思えない発言。

自信過剰!

「仕事中ですから」

不愉快さを何とか顔に出さずに背中を向けて部屋を出ていく。

「クッ」と小さな笑い声が聞こえたのは無視した。

何の代わり映えもなく仕事の時間は終わる。

社長は本社に戻らず21時過ぎに直にマンション帰宅の予定。

常務のスケジュールの用紙の下にしっかりとあきらの予定を隠している。

「東条、付き合えるよな」

1階で私の乗ったエレベーターを待ち構えていたように里中先輩が出迎えた。

「待っていたんですか?」

「逃げられると困るからね」

悪気のない表情を見せられると断れないのは先輩に対する信頼感があるからだ。

大学の頃からの人当たりの良さは変わらない。

それに好意を持っていたのは事実で・・・。

嫌いじゃないから無下にできなくて困る。

「8時くらいまでなら大丈夫かな」

「よし!行こう」

先輩が連れてきてくれたのはカップルというよりグループで楽しめそうなパブ。

「ムードがあるよりこんなところの方が落ち着くだろう?」

そういって二人で奥まったところのテーブルに向かい合って座った。

「わーーーいた」

注文をしていたところに現れたのは私の同僚の3人組。

この子たちが先輩とのうわさを流してる首謀者だ。

会社の近くでお店に入ったのは失敗だ。

「二人で会社を出るところが見えたから~」

「葵、よかったね」

3人が私を真ん中に囲む。

「なにが?」

「うまくいってて」

視線は私と先輩を交互に眺めて完全にひやかしている。

「勘違いしないで、先輩とはそんな関係じゃないんだから」

「え~ 嘘~」

照れない。

お似合い。

うらやましい。

聞えてきた言葉に耳をふさぎたくなる。

「あのね。だから違うって!」

「先輩も何とか言ってくれませんか!」

先輩は私たちの会話を聞きながらさっきから笑いを押し殺してる。

「ごめん、東条と話をしたいから二人にしてくれる?」

笑いの声を飲み込んだ先輩の静かな声が響く。

思わず目を見開く私。

それじゃみんなの勘違いを助長するようなものだ。

「私たちは邪魔しない距離で飲んでます」

テーブルを5つほど挟んだ席に彼女たちは落ち着いた。

それでも姿は確認できる。

明日になればあの子たちの記憶の中で里中先輩と私の交際は確実化されてるだろう。

「綺麗になったよな」

「えっ?」

「最近さ、男子社員の中でも東条は人気あるよ。知らなかった?」

「そんなことわかるわけないじゃないですか」

会社でもほとんど最上階にいて、男子社員と話す時間はほとんどない。

廊下ですれ違ってもそばに社長がいるのがほとんどで言葉を交わすことなどなく社員は頭を下げてるし、言葉どころか視線を交わすこともない。

私の相手は年配者の役員。

若いと言えば社長そこに今日からは常務が加わった。

常務も私のお見合い候補だと聞かされたのは今日の朝。

そこに秘書として配置換えさせるなんて!!!!!

あきらのバカッ!

「振られても、好きになった彼女の綺麗だという評判を聞くのはうれしいよ」

「それが俺じゃないっていうのは残念だけど」

先輩に言われて悪い気はしないけど、どう反応したらいいか完全に分からなくなった。

ありがとうございますって礼を言ってもおかしな気がする。

先輩もすごく評判いいです。

モテてます。

言っても嫌味にならないものだろうか?

うっ・・・

やっぱりわかんないよーーーーーッ。

プルル~と鳴る携帯。

「葵~ がんばれ」

振り返った遠くのテーブルで同僚の一人が携帯を持ちながら手を振っている。

「頑張る必要ないから!」

携帯を切ってドンとテーブルの上に置いた。

「すいません。洗面所に行ってきます」

そのまま気分を変えるために席を立つ。

洗面所で映し出された自分の顔。

朝までの幸せだった顔は不機嫌に表情を変えて、先輩の言葉で焦ってそしてほんのりと紅葉している。

落ち着かせるように大きく息を吸って長い息を吐き出した。

戻ったテーブルの席で先輩が携帯を耳に当てる姿が目に入る。

「ごめん、なかなか君の携帯が切れなくて」

渡された携帯は私の携帯。

また彼女たち?

「いい加減にしてよね!」

「なにがいい加減だ」

聞えてきたのはいつも耳元で響く甘い声には程遠い低い冷たい声。

「あっ・・・」

「今携帯に出たの誰?」

「先輩だけど・・・」

そして携帯は返事もないままブチッと切れた。

拍手コメント返礼

b-moka

携帯から聞こえた声はもちろんあきらです♪

ここから嵐の予感。

nonno様

人の携帯に勝手に出たらだめですよね。

着信名はなんて表示されたのでしょう?

社長?あきら?ダーリン?

いろいろ考えてたんですけど、それ見て気になって出てしまった里中先輩の設定も考えておりました。