涙まで抱きしめたい 12

この後の騒ぎは♪

どうせなら「ないしょないしょ~」のお話みたいに社員食堂に現れるあきらとか見たいような・・・。

ここでの司との違いはどうなんだろう?

まだ想像してる段階です。

*

通り過ぎたはずの車は車体を歩道側に寄せて駐車ランプを点滅させた。

カチカチと光るテールランプに照らされて背中に感じるライトの柔らかな光。

浮かび上がる俺の腕の中に葵を仕舞い込んだまま首だけ後ろに向けた。

「よっ」

「・・・司?」

自分に確かめるように飛び出す名詞。

こんなところで司に会うなんて火星で司にすれ違うようなものだ。

車の後部席の窓から司は顔をのぞかせる。

その後ろから牧野の顔まで見えた。

「どうした?」

葵を胸から離して車まで歩く。

「お前のマンションを訪ねるつもりだった」

「牧野と二人でか?」

それこそ珍しい行動。

今まで司がマンションまで来たことはない。

総二郎も類も。

「お前を外泊させたこと話したら牧野がすげー怒って」

「お前のために俺が牧野に責められるって割が合わないぞ」

「連絡もなしに外泊させたら葵さんが心配するでしょ」

「美作さんも美作さんだよ。1分もあれば連絡できるのに」

牧野が俺まで睨む。

葵と牧野は香港以来仲がいい。

時々連絡も取りあってるようだ。

俺とのことは一番牧野に筒抜けじゃないのだろうか。

どうせなら外泊よりプロポーズ三回も断る葵をにらんでくれ。

「お前こそこんなところで何やってんだ?」

俺の後ろからペコッと葵が「こんばんわ」と二人にほほ笑んだ。

「葵が同僚と食事してたから迎えに行った帰りだ」

俺の声に葵の表情がわずかに強張る。

まだ俺のさっきの爆弾発言を受容しきっていないらしい。

「もしかしてあの話してた先輩?」

「まあ・・・そうだけど」

里中のことを牧野は知っている様だ。

牧野には何と説明してるのだろう。

気になる感情をそのまま牧野に無意識に注いでた。

そのまま牧野とつながった視線。

司は不機嫌そうにそっぽを向く。

今までなら「見つめるな!」と食って掛かる状況。

そうならないのは俺の心の中に占める葵の存在を司が知っているからだ。

フッッと小さく笑みがこぼれた。

チラッと司に俺が視線を移した瞬間も牧野は俺から視線を外さない。

「なんだ?」

「いきなり怒鳴り込んだり殴ったりはないわよね?」

司じゃねぇよ。

比べるな。

「テーブルがひっくり返ったとか、窓ガラスが割れたとか、一緒にいた人の顔が変わったとか・・・いろいろあったからなぁ」

ため息交じりに牧野がつぶやく。

それは俺らも経験あり。

牧野と司が付き合いだしてからはずいぶん寛大になっているぞ。

「それは大変そう・・・」

葵が同情気味な声を出す。

そうだ!

葵!牧野にくらべればお前は幸せだ。

牧野がする苦労に比べれば十分の一、百分の一は平和だと思う。

同僚にばれるのはいつかは来ることなのだから。

その裏に里中への嫉妬があったのも事実。

行動の原動力は司と何ら変わりがない。

「あきら、何を切実な表情して彼女見つめてる?」

司が俺の感情に気を取られるとは意外な展開。

うまくいきそうでうまくいかない心のジレンマ。

お前にもあったはずだ。

だが、司にそこをつかれて素直に認めたくない思いがある。

くすぐったくて、ぱずかしい感情。

「別にそんな表情はしてない。牧野も大変だって思っただけ」

気持ちを切り替えてなんでもないように答えた。

「お前に同情される覚えはねぇよ」

司をうまく扱えるのは牧野だけ。

同情じゃなく尊敬に値する。

「同情じゃなくて牧野には俺は感謝してるけど」

「ついでに葵のグダグダな悩みを取っ払ってくれるともっと感謝する」

「グダグダってなに!」

完全に拗ねた葵。

「小さいことで悩んでるだろう?」

「あきらには大したことじゃなくても私には重大なんだからね」

「何かあった?」

俺と葵の険悪な状況を断ち切るように牧野が割って入った。

そのまま司の車に乗り込んで俺たち四人はマンションへと向かった。