涙まで抱きしめたい 13
*向かい会って座るテーブル。
重なり合った視線はそのまますぐに外れた。
司と見詰め合ったらそのままにらみ合いだ。
おもしろくもない。
思ってるのは司も同じか・・・。
熱いまなざしを重ねたい相手はリビングのソファーにチョコンと牧野と座っている。
俺らと違って会話があるだけまだ和んでいる雰囲気。
「あいつら俺らの悪口言ってるかもな」
対照的に静かな空間。
落ち着いてるだけだなんて思えない重さが漂う。
「あきら何かしたのか」
口角を上げてふてぶてしく短めの笑いを司が漏らす。
悪口を言われるなら司!お前の方だ!
つーか。
そう断言できない後ろめたさ。
自分の感情に流されたままの告白はここにきて俺に冷静な思考を働かせてる。
まだ、葵を翔平の秘書に異動させたことに対する言い訳もできてない。
俺もなにを言われてるかわかったもんじゃないよな。
司から葵に移った視線はそのまま愛しいやつの表情を仕草を見つめてる。
葵の憂いだ表情を見つけてドクンと胸の奥が波立った。
*うれしくないと言ったら嘘になる。
ただ・・・
心が、感情が追い付かない。
去年の今頃はあなたと私の運命が交わる可能性なんてほとんどゼロで関心もなくて。
今は・・・
気が付くとあなたのことを思ってる。
「ごめんなさい」
すまなそうな表情を張り付けたつくしちゃんが目の前で頭を下げた。
床に向けていた視線を声につられて慌ててつくしちゃんに戻す。
「葵さん昨日は心配したんじゃない?」
「・・・えっ、まあ、私も悪かったから」
「三回目だっけ?」
よく断れるよねって感心したようなつくしちゃんの表情。
「つくしちゃんはさ道明寺さんのプロポーズすぐに受けたの?」
「さすがにあの状況じゃ断れないしプロポーズはうれしかったけど結婚の意味も漠然だったかな・・・」
テレくさそうな表情でほころぶ口元。
大学生とは思えない初々しさがそこにある。
「高校の卒業式のプロムだっけ?」
「あんなに派手なプロポーズを断ったら道明寺暴れだしそうだもん」
溜め息交じりに息を吐いてそのまままた照れくさそうにつくしちゃんは笑った。
「やっぱり悩みますよね」
「価値観の違い大きいし・・・周りはうるさいし・・・」
私の気持ちわかるのつくしちゃんしかいない!
ぱっとあかるくなった顔のままでつくしちゃんに抱き着きたい気分だ。
「結婚する気はあるんですよね?」
素直に迷いなくそこはコクリとうなずいた。
「よかった~」
感情のまま喜びを発してつくしちゃんは私の手のひらを握って上下に激しく振る。
「まだね・・・騒がれたくなかったのよね」
さっきのおしゃべりな友達の呆けた顔を思い浮かべて泣きたくなった。
「えっ?」
「社長と付き合ってるって会社でばれたら仕事に差し支えるの目に見えてるし・・・」
視線は恨みったらしくあきらを見つめてる。
「ばれたんですか?」
「さっき会社の人と呑んでたらごまかしもしないんだから」
「あの先輩?」
「先輩だけじゃないかったんだもん」
「・・・明日大変ですね」
まだ恋人ってフレーズがない状態でも嫉妬のまなざしは半端じゃなかった。
女性同伴だ、仕事の延長と連れて行かれた社交界。
半年前までは毎回違う女性がパートナーだったと聞こえよがしに聞こえる声。
ここ数か月は私しか連れて行かないからそれだけでもすごい妬みの視線もらってた。
見たことのある芸能人に著名人。
遊ばれてるだけとでも言いたげなさげすんだまなざし。
残酷さは職場のそれより数倍の迫力はあった。
私との関係がばれたらそれが上乗せされるんだろうな。
気分を暗くするなと奮い立たせるほど私は強くない。
「面と向かって未来の社長夫人に嫉妬するバカはいないと思いますから」
あっけらかんとつくしちゃんは言い放つ。
考えても仕方ないことだ。
「つくしちゃん、もしさ好きになった人が平凡な普通の人だったらって考えたことのない?」
きょとんとなったつくしちゃんの顔が思惑気に変わった。
「傲慢で我儘じゃなければって考えたことはあるかも」
「でもすべてをひっくるめた道明寺だから好きになったと思えるんですよね」
わずかな瞬間に二人の視線が向き合って、交わってにっこりとほほ笑みが浮かぶ。
「悪口言ってんじゃねえだろうな?」
軽い口調に混じる愛情。
冷酷と評判の道明寺の代表からめちゃめちゃに甘さが漏れている。
「何とかなりますから」
あきらの前にポンと背中を押してもらえた気分。
そこから・・・
なんとなく・・・
不安と不満を言い合うような雰囲気になってつくしちゃんと二人とりとめのないトーク。
グラスをもった男性二人がそれぞれのそばに腰を下ろす。
「このままじゃ何言われるかわかったものじゃない」
「何も言ってないわよ」
つくしちゃんの腰にまわす腕は何気なく当たり前のようにその場に納まる。
「穏やかにあの場を収めずに恋人宣言したのって美作さんらしくないよね」
「あきらも嫉妬してたんじゃねぇのか」
カランと手の中で音を立てたグラスをあきらは喉に流し込む。
その仕草が気持ちをごまかしてるように思えて、可愛くてクスッと声が漏れた。
「葵、笑うな」
困ったような声色が耳元に振動を伝える。
「道明寺の言ったこと珍しく図星みたいだね」
「そうだな。珍しいって一言多いけどな」
つくしちゃんと道明寺さんの声で私の顔にポッと火が付いた。