逃走中! その時
短編三部作の番外編です。(*^^*)
*「歩いて行くことしか出来ない人里離れた山の中です」
西田は広げた地図の一ヶ所を指で指す。
牧野の家族が行けた場所だろう?
どう考えても体力なら俺の方がある。
楽勝じゃねーか。
車が止まって、降ろされた俺の目の前には、人の足で踏み入れただけの山道が一本。
左右には自然的に生えた木が、行く手を阻む様に生息。
テッ!
身体で押しのけた枝がその反動で鞭の様にしなって顔を強打。
殴られるのは牧野だけで十分。
さっきから何度口の中に葉っぱが入って来たかしれない。
葉と唾を吐きながら進む道なき道。
ここ・・・。
本当にあいつらここを通って行ったのか?
登山のためのグッズで全身を固めた俺。
西田が俺の前に広げた時は必要ないって鼻で笑った。
準備が万全でないと連れていけないと強くいわれてしょうがなく着込んだ防水ジャケット。
強ち大げさだと思わなくなった。
汗だくになりながら山を登る。
ガサゴソと音がするたびに何かがとび出してきそうな雰囲気。
クマやサルが出てきてもびくともしねぇが、ヘビをフ踏んづけそうになって声を上げそうになった。
蜘蛛もダメなんだぞ。
ガクガクと笑う膝を牧野に会いたい一心で一歩、一歩前に進める。
3時間後にひらけた視界。
ようやく人類の文明を見つけた。
ひっそりとたたずむ母屋。
屋根の向こうから上る湯気からは温泉の硫黄の匂いがかおる。
砂利の敷きつめられた大人二人程度が通れるほどの道幅。
舗装されてない道でも、人の手が加えられたものに接する安堵感。
牧野!
もうすぐ会えるからな!
つーか、あいつは俺が来るなんて思っていねェか。
『うっとーしいとか、会いたくないとか、一人になりたいとか、
人間は厄介なもので、束縛されることが、時には負担に感じるものです』
俺を送り出す西田がくれぐれも牧野を責めるなと説教じみた表情を浮かべて見送った。
連絡が途絶えた時間。
牧野は俺のことを思い出してくれてるだろうか?
声が聴きたいとか、会いたいとか、俺に抱き締めてほしいとそろそろ恋しくなってる頃だろう。
俺が迎えに行けば感動してあいつから俺に飛びついてきたりしてなッ!
足が軽やかに前へと進む。
旅館の門をくぐって玄関の中に入る。
ヒンヤリとした風が熱を持つ身体に触れて全身の疲労感を思い出させる。
やっぱ疲れた。
鼓動を落着けるように膝に付いた両手で身体を支えた。
「道明寺・・・」
その声に誘われるように視線を下から上に上げる。
見覚えのある足もと。
たどりながら視線を上へと移動させる。
風呂上がりだと分かる濡れた髪。
瞳まで潤んで信じられないって驚いたように見開く瞳。
「ここ、どんだけ秘境なんだ!獣道しかなかったぞ!」
待ってましたとばかりに俺から抱き着くのは癪に障る。
牧野の口元がクスッと小さく笑みを作る。
俺を見て、嬉しそうに浮かべる笑み。
怒ってんだぞ!
何時もなら不服そうな顔をするだろうがぁ!
調子が狂う。
「入り口まで車でこれるはずだけど・・・」
遠慮がちに牧野が旅館の外に視線を向ける。
玄関前に数台は止まる駐車場のスペース。
つーか、しっかり車が1台止まってる。
それって・・・。
数時間前俺を山の入り口まで送ってきた車・・・。
西田が乗って帰って行ったはず・・・。
「クソッ!西田に騙された!」
「西田――――ッ!!」
俺の怒号が山の中でこだました。