西田さんの観察日記 捕獲番外編

西田さん日記も番外編の定番となってきております。

今回は折角運転手の里井さんと一晩一緒になってるのでまた違った面白さがあるのではないかと挑戦してみました。

西田さん日記も3部作になっちゃいました♪

このお話は短編3部作『捕獲』の番外編となります。

まずい・・・。

なみなみと湯呑に注がれたお茶。

茶の葉がひらいていなくて色も見るからに薄い。

玉露のお茶は60度のぬるめのお湯を注ぐものです。

好意を無にするわけにもいかず、両手で湯呑を持ちあげるというよりは口を近づけてお茶を口の中にふくんだ。

お茶は抽出されてなくても牧野家で出されたお茶よりはお茶の匂いと味がする。

高級なお茶よりも素朴なお茶の方が私の心を和ませる気がするのも不思議なものだ。

山頂の入り口に置き去りにした時の坊ちゃんの顔・・・

思い出すたびに頬が緩みそうになる。

『登山道、秘境温泉まで・・・』

古びた立札は半分文字がかすれて読めない状態。

この反対側には舗装された道路が旅館まで続く。

「嘘だろう・・・車は入んないよな?」

行く手を阻むように自然に成長した木の枝が入り口を隠す様に伸びる。

呆然と遠くに伸びる視線は戸惑いの色を浮かべる。

「ここを通らなければ旅館にはいきつけません。

ここなら誰も追いかけてこないとつくし様も思われたのだと・・・」

坊ちゃんの名詞を誰もと置き換えて発言。

それでも坊ちゃんの自尊心を刺激するには十分。

「誰もって、俺のことを言ってんじゃねェよな?」

つくし様が逃げたかったのは坊ちゃんからだったはずです。

その言葉は胸に秘めただただ坊ちゃんか視線を外さず「どうされますか?」と問うた。

「行くに決まってるだろう」

その後は後ろを振り返ることなく突き進む坊ちゃん。

まさに猪突猛進。

つくし様のことになると人が変わる・・・。

「西田さん、いま笑いませんでした?」

テーブルに顔を押し付けながら里井さんが私の顔を覗き込む。

かすかに動いた唇を下に戻して整える表情筋。

「さっき、聞こえたのは司様の声ですよね?」

私の無回答から別の話題へと変えたのは運転手として培われた経験だろう。

「怒鳴ってましたね」

私の名前が聞こえた方角にと視線を投げる。

「怒鳴りたくもなるでしょう!」

以前なら山道の前に立たせただけで殴られたはず・・・。

「ここに乗り込んでこられるとか!」

私を非難する声と不安な表情が目の前に浮かぶ。

「車で私たちが来てる事に気が付かれても、まずはつくし様でしょうから・・・」

「そうですね」

つくし様がこの場所にいるという奥の手を思い出して輝く顔。

中年の顔が輝いてもちっとも可愛くないのが難点。

たどり着いた結論に安堵したようにまたお茶を啜る音が部屋に響いた。

「まあ、一杯」

温泉に浸かり、並べられた料理を前にアルコールも進む。

「西田さんは、飲んでも顔に出ないんですね」

真赤になった顔にアルコールで饒舌ぎみ。

「しかし・・・あの坊ちゃんが・・・坊ちゃんがですよ・・・」

今度は泣き上戸だ・・・。

「誰かに優しくするとか・・・

誰かを気に掛けるとか・・・

誰かを自分より優先できる様になるとは・・・」

右腕で両目を塞いでグスンと鼻をすする音が聞こえた。

誰かじゃなく、つくし様限定と言ってもらいたい。

つくし様を選んだ司様より、道明寺の名声と財力にもなびかずに、坊ちゃんをただ一人の男として愛してくださったそこに奇跡があると私は思う。

空になったおちょこに自ら酒を注ぐ。

「あっ~西田さん気が付かなくすみません」

取り上げられたお銚子。

私は静かに、しみじみと酒の味を楽しむほうが性に合う。

注がれる酒の流れを見ながらため息を一つ。

嬉しそうに坊ちゃんのことばかりしゃべる里井さんを見ながら無性に喜んでる自分に気が付いた。

そろそろいいだろうか・・・

廊下を数度右に曲がって奥まった離れに向かう。

この旅館でも一番の特別室。

星の輝き夜風の心地よさを楽しみながらの露天風呂。

夜が白やむ情景を楽しみながらの朝ぶろ。

日常の疲れはずいぶんと癒した時間。

早朝5時からの温泉を一人楽しんだ後、秘書としての仕事に追われる。

昼前にはここを発たないと仕事に支障をきたす。

ベルを鳴らして出てきたのはつくし様ではなくはだけた浴衣をそのままに気怠そうな表情が目に前で訝しげに変わる。

開け放された部屋からは組み敷かれた布団がわずかに認識できる。

坊ちゃんの身体に阻まれて布団のふくらみでつくし様は未だに就床中だと気が付いた。

これ以上は視点は坊ちゃんに合わせます。

「御疲れは取れましたか?」

坊ちゃんが気遣う様に後ろにちらりと視線を向ける。

西田 見てねェだろうな!!

視線は鋭くそう私に突き刺す。

布団かぶってますし、見えてません。

そんな言い訳をするつもりもなく黒革の手帳を坊ちゃんの前で広げる。

渋い顔を見せながらも納得してる表情を作る。

そうです!

約束ですから!

仕事に楽しみを見出して頑張ってる姿に成長を感じる今日この頃。

もう1日伸ばせなんて事は言い出しませんよね!!

「誰・・・っ」

つくし様がゆるりと布団の上に起き上がったのが見えた。

わざとじゃありません!

つい、声の方に視線を送るのは反射的なもの。

浴衣を着てるだけよかった。

そう、思ったと坊ちゃんにばれたらそれだけでも責められかねない。

危ない・・・。

「キャーッ」

目が合っった瞬間見開いた目。

真赤になった顔はすぐに布団の中にもぐりこんだ。

坊ちゃんが部屋の襖を閉めて来てくれていたら・・・

つくし様が恥ずかしい思いをすることは無かったはずです。

これでつくし様に追い出されるように、この旅館から会社に戻れることでしょう。

いい方に転がった。

拍手コメント返礼

あずきまめ 様

日記を読んでもう一度本編を読む。

読み直すと意外な接点が出てきたりするので楽しめるんですよね。

それを狙って書いてるみたいなところもあるんで。(^_^;)

楽しんでもらえて嬉しいです。

部屋の襖がひらいてなかったら・・・どうなった?

どっちにしても司君は仕事との交換条件出されてますからねェ~。