生れる前から不眠症 19

騒動も落ち着いてきっとここから楽しい出産育児まで♪

あきら君なら葵ちゃんより慣れた手つきでそつなくこなしそうですけどね(笑)

佑君の小さいころってどんなんだろ?

一歩先のお話を想像しちゃてます。

*マンションの建物がすべて視界に入るところで車を降りた。

「ここから歩いて帰る」

カチャッと開くドアの開閉の音が心臓の鼓動と重なる。

最上階の自分の部屋の明かりを確かめるように見あげてホッと大きく息をついた。

グッと握りしめた拳をゆるゆると開く。

緊張で色を無くした指先にゆっくりと血液が熱を持って流れ込む。

どんな難しい仕事でもこれほど緊張したことは無い。

司の家から無事に二人で戻って、抱き合って眠った夜。

ただ葵の温もりを、規則正しい寝息を感じながらただ、ただ抱き合っただけの夜。

触れあうだけの熱が深い眠りへと誘う。

目覚めて寝顔を見て幸せだって感じたのは葵だけだって思えるくすぐったさ。

最愛の妻のお腹の中に生きずく二人の愛の証。

ベットから出るのが億劫になる自分がいる。

その感情を押し殺しながら、そのまま仕事の都合で、葵の寝顔を見たまま早めに家を出た。

部屋にすぐに戻りたい衝動。

離れていた時間が俺を不安にさせる。

こんな感情は初めてで、自分を持て余してしまってる。

早く葵に会って抱きしめたい。

それなのに、もしもって考えが頭に浮かぶ。

部屋にいなかったら・・・

まだ俺を許してないとか・・・

悲痛な瞳で見つけられたら動けなくなりそうな自分がいる。

葵を取り戻したと俺を安心させて、またいなくなってるとか・・・ねぇよな?

だらしねェよな。

百本のバラでも抱えて膝をついて愛してるのは葵だけだ。

そう言えばいい。

キザに装えた自分が葵の前じゃ取り繕うことさえ忘れてる。

マンションを見あげて部屋の明かりがついてるのを確かめた。

これで何度目。

部屋を間違えてないよなと何度となく一階から階数を数えてる屋上から直ぐの最上階。

部屋の呼び鈴を押して葵の声を聞けば落ち着きを取り戻せるはずだ。

すぐに部屋に戻れば済むことなのに何段階の安全な確認方法を考えてるのだろう。

葵はそんなやつじゃねェだろう。

なのに、今回の件がどれだけ葵を傷つけたのか・・・

俺が無駄に注いでた愛情を一気に虚しいと思わせたただ一人の女。

守ってやりたいと本気で思った相手。

なのに・・・

考えるたびに卑屈になる自分がいる。

元の自分を取り戻すにはもう少し時間が必要みたいだ。

ネガティブな感情を打ち消す様に駆けだしてエレベーターに飛び乗る。

上昇するエレベーターのスピードの遅さが待ちきれず何度となく自分の降りる階の数字を押した。

少しの隙間を見せたエレベーターのドアをこじ開けるように身体を横にして飛び降りる。

玄関のドアを開けて、脱ぎ捨てたクツが床に転げて大きな音をたてる。

リビングから出てきた葵はどうしたのと言いたげに大きく目を見開いて俺を見つめていた。

「おかえりなさい」

気さくな温かな微笑。

何時もの甘える様に変わる口元。

以前のままの表情に機嫌のいい声。

そのまま俺の首筋に腕を伸ばして抱きついてくれるような錯覚。

抱き寄せるにはまだ数歩の距離がある。

その距離を詰めるようにゆっくりと、ゆっくりと足を進めた。

水を求めて砂漠を彷徨ってようやく見つけたオアシス。

殆ど残ってない体力を振り絞って支えきれない身体を必死で近づける。

気持はそこまで疲労困憊。

「目が覚めたら隣にいなかったから、悩んじゃったんだから」

子供の件があってから葵の顔が、見れなくてわざと仕事を入れて忙しくした数日。

なかなか顔を合わせない俺を葵があやしく思って悩んでいたんだよな。

入れ過ぎた仕事の量は今週いっぱいはや山積み状態。

「今週は、本当に忙しいんだ。早く帰りたくてこれでも急いで仕事は終わらせてきた」

腕時計に落とした視線は10時前の時刻を確認。

「嘘はついてないよね」

眉をしかめた顔が俺を下から見上げる。

「今の俺には、葵になんの嘘もないから」

しかめっ面はすぐに弾けて悪戯な笑みを零す。

「一之瀬さんから、真面目に仕事してますって連絡もらったから」

「帰ったら優しくして上げてくださいって」

鼻先で弾けた笑みは角度を変えてクスクスと音を立てて俺の頬をくすぐる。

「優しくしろだなんて一之瀬は言わないと思うけどな」

踵を上げて俺の首にまとわりつく華奢な腕。

「優しくされるより、優しくするほうが好きかも・・・」

頬に唇が甘く触れた。