十六夜の月は甘く濡れて 9

まだ謎の多いこのお話。

やっと再開できます。

一気にシリアスムード満載のこのお話どう進むのかとドキドキしていただけたらうれしいです。

邪悪なムードの類君は本物なのか偽物なのか?

続きからどうぞ。

*

「これ以上、近づかないで・・・」

絞り出した声はいままで花沢類に向けたことのない震えた声。

「今は、おとなしく俺の言うとおりにして」

花沢類の声。

穏やかで優しいトーンで耳元に届く。

何がどうとか、説明できないのに、いつもの花沢類と違いすぎる。

壁に身体を押し付けられて距離を保たれたまま身動きが取れなくなってしまってる。

「失礼します」

突然開いたドアから男性の登場に思わず吸い込んだ息を吐き出すのを忘れてしまってる。

「なんだ」

私を見つめたままの冷ややかな花沢類の声。

その視線に耐えられないように外した視線の先には見覚えのある顔。

私を連れ去った男の中の見た顔だと気が付いた。

私をさらったのは本当に花沢類ってこと?

「悪い、牧野。もう一度眠ってもらえるかな?」

その声に花沢類をもう一度見上げた。

素早く口を布状のものを当てられ、鼻腔に流れ込んだ医薬品の匂いが私の思考を奪っていく。

どうして・・・

花沢類が私を・・・

その考えだけを頭の隅に残して・・・

「今度はどこに連れていくつもりだ」

ふわっと身体が浮いた感覚とともに聞こえた花沢類の声。

コツコツと響く足音とともに身体が揺れる。

どこに行くの?

抵抗したいのに腕にも足にも力が入らない。

そのまま私の意識は途切れてしまった。

高級な家具に生活感のないひっそりと静まる広い部屋。

本当なら今頃あいつのにぎやかな笑い声は聞こえていてもおかしくない。

「ごめん」

謝るあいつを抱きしめて「俺も悪かった」

言えばきっといつもの俺たちに戻れると思っていた。

3人で向かった港には乗客の降りた客船だけ。

乗務員の姿しかなかった。

そこに牧野がいるわけもなく昨日の賑やかさは儚さを見せる。

俺が来るの待ってろよ。

そんな不満が後悔に変わるのにそんなに時間はかからなかった。

「どこにもいないってどういうことだ」

「港から車で離れたことは間違いなんだけどな。

そのあとの足取りが一向につかめない」

襟首を掴んで締め上げる俺に離せと息苦しそうにあきら抵抗を見せる。

「お前が、つかめないってことがあるのか?」

「一時間やそこらでつかめる情報じゃねぇだろう」

俺たちの間に割って俺を宥めようとする総二郎。

落ち着けるわけねぇだろう。

牧野を連れ去った黒塗りの車。

俺が手配した車は空車のままに屋敷に帰ってきた。

類らしき若い男が目撃されて一緒に帰ったことだけがいまわかってる情報。

何度連絡してもツーとも言わなくなった二人の携帯。

電源が切られてることは間違いなくてGPSで足取りをつかむこともできない。

確かに類は日本に帰国してる。

それも二日前。

帰国したら相談があるとあきらに行ったはずなのに、連絡をよこさなかったあいつの行動も何かおかしい。

その思いは俺たち3人同じ考え。

「類のやつ、なに考えてんだ?」

「類らしくないよな」

「あいつが牧野の嫌がることするとは思えない」

重なった三つの視線はため息とともに離れた。

くそっ!

どうなってる!

イラつくままに腕で薙ぎ払ったデスクの上におかれた書類とノートPCが大きな音を立てて床に散らばった。

ドン!

殺伐とした空気がそのまま部屋の中に充満していくのを感じながら、俺はこぶしをもう一度デスクにぶつけてた。