十六夜の月は甘く濡れて 11

類はつくしに何と言ったのか?

聞き取れなかった皆様お耳の調子はいかがでしょうか?

「いいか、二度と言わねぇからしっかり聞いとけよ」

司君ならこう言いそう。

その前に司の声なら聴き洩らさない気がしますけどね。

台風の影響はいかがでしょうか?

私の居住区も少し雨と風が激しくなってきました。

何事もなく通過してくれるといいんですけどね。

*

「それで、類から連絡はあったのか?」

ものにあたって怒鳴り散らしながら部屋を出ていった司を黙って見送りながら取り残された俺と総二郎。

総二郎の問いに左右に首を振って答えた。

「類の頼み事より司の頼み事のほうが明解、単純で楽だよ」

ボヤキにもにた独り言を俺はぽつりとつぶやく。

「司の場合は最終的には牧野っていう切り札で解決できるからな」

相槌をうつ総二郎もその辺は十分に理解してる。

顔を見合わせてくすっと笑いあう余裕は本当はないはずなのに自然と顔がほころぶ俺達二人。

いませっぱつまって冬眠から覚めた空腹の熊のごとく余裕が一ミリもないのは司だけだろう。

今は司の好きなようにさせておいたほうがいい。

それが俺たちが出した結論。

怪しい話を類が突然持ってきたのは2週間ほど前。

「俺のいないところに俺がいる」

最初は類が何を言いたいのかわからず首を傾げた俺。

日本にいないはずの類。

その時期を知ってるかのように日本で類として過ごしてる人物がいる噂。

偶然に外国で久しぶりとあいさつした日本人に先日会ったじゃないですかと返されて何かの異変に気が付いた類から調べてくれと頼まれた。

そいつを見つけ出すことはあきれるほど簡単で、「類」と声をかけて近づいた俺に向けた笑顔は類そのもの。

でもその笑顔はめったに笑わない類が牧野にだけ向ける甘い表情。

俺が声をかけてもそんな笑顔をあいつが返すわけない。

バレバレだな。

背丈も雰囲気も顔も飽きれるほど完璧にコピーされてる。

類って双子だったか?

そんな俺たちの知らない秘密があるとかねぇよな?

双子を忌み嫌う時代ではないからその疑問は直ぐに消去できる。

「付き合えよ」

誘って捕まえた男はそのまま伝手のある留置場の中に極秘に収監。

警察の中でもごく一部のものしか知らない極秘調査。

化けるのなら俺たち3人の中の誰でもよかった。

骨格と声さえ似てればあとは整形で顔を作る。

その報酬は3000万。

自分の顔を作り替えて過ごす値段が3000万って安すぎだろう。

「目的は?」

「知らない。

ただ牧野とか言う女に近づいて落とせって言われただけだ」

そいつが尋問に答えたのはそんなところ。

牧野を落とせって・・・

そこからつながる目的は司だよな?

道明寺財閥がらみなら敵は無数だから絞るのにも時間がかかる。

司本人に恨みを持つやつも数え切れねぇし。

もう少し早く牧野の会って落ち着てれば敵も減らせたに違いないとどうにもできないことを思ってしまう。

結局、下っ端を金で使って首謀者は隠れてるって筋書。

「あぶりだすしかないね」

そういった類はこいつに化けて牧野に近づいた。

敵の正体を暴くために。

だからってなりきり直ぐじゃねのか?

牧野を誘拐してそのあと音沙汰なしだぞ。

下手に連絡をつけて類が入れ替わってるのを敵に悟らせないためだってことはわかるが、そろそろ連絡の一つくらい入れろよな。

時間がたつにつれ俺の愚痴も多くなる。

類が外国にいるように手配したり、この偽類の対応まで俺が一番忙しい思いをしてる。

この貸しはどう返してもらおうか。

スマフォに届いたメールの着信音。

「敵の正体がわかった」

たったそれだけの一文の類からのメール。

これだけ?

ここまで手伝わせておいてこれだけって・・・

推理ドラマで犯人がわかる前のCMよりイラつく。

「類のやつ一人で解決するつもりか?」

俺のスマフォを横から覗き込んだ総二郎がぽつりとつぶやいた。