PHANTOM 9

やっぱりね・・・の展開。

もう一歩踏み込みが足らなかったな。

坊ちゃん、ここで拒絶されたら、その意味を取り違えてる可能性有りですよ~。

さてどうなる?

最近ここまでの拒絶なかったぞ。

俺に触れられるのそんなに嫌なのか?

最悪の妄想は言葉にできず息を飲み込む。

「誰か来たら困るから」

目の前のあいつは顔を真っ赤にしたまま視線を逸らした。

今までにも何度もこの部屋で抱きしめてキスをした。

誰か来たら困る・・・

潤んだ瞳でしっかりキスに応えてた以前のお前。

形だけの拒絶。

同じ言葉でも受ける印象は違うんだな。

「俺・・・お前に何かしたか?」

「何かって・・・してるでしょッ」

ますます顔を赤らめてどもる声。

何かがわからないから聞いてるんだろう。

「言いたいことがあれば言えよ」

手を伸ばせば引き寄せられる距離は縮まらないまま。

微妙な空気の流れが俺を拒むように二人の間に流れてる。

「言いたいことって・・・

言葉にするのはちょっと・・・」

口ごもってしまう相手はうつむいてその表情を俺から隠す。

「言いたいことがあるんなら道明寺が言えばいいでしょう」

言いたいことがあるのはお前のほうじゃねぇのか。

俺は今お前に対する不満なんて一ミリもねぇぞ。

「俺は今これ以上の幸せはないって思ってる」

お前と結婚して、やっと一緒に暮らせるようになった。

お前一緒にいると俺の知らないことが多すぎて飽きねぇし楽しくてしょうがねぇ。

社員の視線を受けながらお前と食べる昼食。

並んでるおかずを好きなだけ取って代金を払セルフサービスも初めて知った。

給仕されない食事なんて初めての経験。

水も自分でもってこなきゃいけないってことが新鮮。

ワンコインで買える食券。

一緒に行ったディナーを目の前に「1か月の食費だよ」唸るお前の言ってる意味がようやく分かった。

待たされた新婚生活でお前が俺に見せた初々しさ。

これからずっと一緒だねとか・・・

はしゃいで甘えたお前から顔中に落とされたキス。

お前から押し倒された経験なんてほとんどなくて。

身体の上に感じる重みがいとしくて、抱きしめてベッドの上で転がって入れ替わって深くなる愛撫。

数日前の俺たちの姿。

昨日から急にお前が冷たくなった気がするのは気のせいか?

最後だと思って燃えた・・・

つくしはそんな色っぽいタイプじゃねぇ。

「俺は、一生お前を離すつもりはないから」

「あのさ・・・道明寺・・・」

言いにくそうに言葉を濁すつくしの表情の中に戸惑いの色が浮かぶ。

「代表」

西田が声をかけるまで、西田が入室したのも気が付かずにつくしを見つめてた。

一つ息を吐いた俺は西田の出現にどこかほっとしてる。

はっきりさせなきゃ意味ねぇだろう。

はっきりさせて、別れたいといわれたらもう一度つくしを俺から離れられないように惚れさせればいいだけのこと。

この世界にお前を幸せにできるのは俺だけだ。

「よろしいでしょうか?」

俺とつくしの間に割って入った西田はわずかに腰をかがめてつくしの耳元で小声でささやく。

「わかりました」

「道明寺、仕事だから・・・」

西田に軽く会釈をしたつくしは俺に背を向ける。

「おい」

「すぐ戻ってくるから」

そう言い残してあいつはドアの前に立つ。

開いたドアの前に見えた人影。

その陰から受け取る茶封筒。

足元から頭に移した視線がとらえたのは松岡公平。

「公平と一緒だった」

そう言ったつくしの言葉が現実に目の前に現れた。

このタイミングの良さ。

最悪じゃねぇか。

閉じかけたドアをぐっと右手で止める。

「久しぶりです」

にこやかな愛想のいい声も胸糞悪い。

「何を渡した?」

威圧的な声は見せろと命令的な意味を放つ。

「道明寺さんには関係ないと思いますよ」

動じない松岡の声。

「わざわざ、ここまで持ってくる急用性あるのか?」

つくしの手の中から茶封筒は簡単に奪うことができた。

「つくしを待つ時間がなかったので、直接渡したかったんですよ」

俺の手から茶封筒は松岡の手に再度戻る。

その封筒をまた松岡はつくしに渡した。

この無駄なやり取りは完全に俺の怒りのボルテージを上げてくれる。

「こんなのいらねぇよ」

再度奪い取った茶封筒はビリッと音を立てて破いて床の上に投げつけた。

革靴のそこで踏みつけた床が大きくバンと音を立てる。

「道明寺!何すんのよ!」

怒鳴るつくしの声。

久しぶりに見た怒髪天なつくし。

一気に俺の沸点は満点からゼロ点に下がる。

あっ・・・

始末の悪い感情のまま俺と西田の視線がぶつかった。

飽きれたような、諭すような西田の表情。

そして、一つため息をついて西田が目を閉じる。

おとなしくうなずいて話を聞く・・・・だった・・・・。

最初から、これには無理があるんだよ。

西田!

最初からそれは分かってるだろうが。

できないことを俺にやらせようとしたお前のミスだ。

どうにかしろ!

そんな思いのまま西田を睨みつけていた。