エロースは蜜月に溺れる 15

おはようございます。

司王子つくしを拉致してどこに行く?

ふにゃろば様からのコメをもとに一コマお届けします。

本作は続きからお楽しみください。

駆け抜ける3頭の馬を何事かと村人が見送る。

村に一軒しかない宿屋の前で止まった3頭の馬に村人は目をみはった。

村一番の金持ちの村長でも見たこともない上質な絹の上着を纏った長身な若者たち。

その若者たちがみすぼらしい宿の前で止まる。

都からの旅人はこの村を追い越してその先の町で宿をとるのが通例だ。

普段静かな村には大事件が起こったような興味をもたれるには十分な出来事で噂はあっという間に村中を支配した。

「ここ・・・どこ?」

チャウチャウ亭と書かれた看板には可愛いらしい顔の猫が描かれて手招きをしている。

「見つけたんだよ。お前の両親」

外の騒ぎを聞きつけたように宿のドアがバタンと開いた。

一瞬時間が止まったような感覚。

つくしを見た宿屋の主人とそのおかみさんといった風貌の二人がハッ息を飲んだ。

「つ・・・くし?」

確かめるようにつぶやいたつくしの母親の瞳は一気に涙で霞む。

二度と会えないと思っていた娘の姿。

それも上質なドレスを身にまとった娘は可憐な姿で目の前に立つ。

最悪の結果ばかりを考えていた二人にとってそれは信じがたい奇跡であった。

引き寄せらられうように抱きあった3人が再会を喜び合い涙を流し合った。

その抱き合う姿を司たちはやさしく見守る。

しばらくはこのまま3人だけにしてあげようかと思った司にくるりとつくしが振り向いた。

「どうも、ありがとうございました」

花びらがこぼれるような笑顔。

「いや、お前が喜んでくれれば俺は…」

それは司が見たかった上質のつくしの上質の笑顔に自然と司の口元もほころぶ。

「本当にお世話になりました。   じゃ、早速引っ越しますね」

深々と頭を下げるつくしを怪訝な表情で司が見つめる。

引っ越すって・・・なんだ?

そう来たか・・・

その後ろで類と総二郎とあきらはそんな表情を浮かべて顔を見合わせた。

「これでやっと両親と暮らせます」

今のつくしには両親のことしか眼中にない状況だ。

「ハァッ? 何でそうなるんだよっ!?」

「え? だってあそこの暮らしはあたしには分不相応だし、パパとママが働いてるなら あたしも手伝いたいし、

何よりやっと会えた家族ともう離れる理由もないですから」

お前を何のために姉貴に預けたのか本当にわかってないのか?

ここ数日宮廷の作法や王家の歴史を学習させた意味を普通気が付くだろう?

お前は俺の婚約者だぞ!

両親より格下にされたようなつくしの態度に司の不愉快な感情が波立つ。

「お前、本気で俺と離れるつもりか?

ここにいたら滅多に俺たち会えなくなるぞ」

「え?」

考え込むつくしの表情は寂しさをにじませながら司を見つめた。

そして、両親の姿をつくしの目が追う。

つくしのその姿にジンとした感情が司の胸の奥を刺激する。

「待、待てっ! 今すぐはムリだがお前の両親は近々必ず呼び戻す。

だからお前は今まで通りあそこで姉ちゃんと暮らしてくれ、な?」

「どうして…? やっとパパとママと会えたのにっ。ヤダッ、離れたくない」

グイと司の胸元をつくしの拳が幾度となく責めるように叩く。

ポロリと頬を伝うつくしの涙が司の胸を締め付ける。

俺もお前と離れらない・・・

そっとやさしくつくしの肩を抱く司。

そんな二人を見るにみかねるように二人につくしのパパとママが歩み寄った。

「つくし。司様の言う通りになさい」

「そうよ、つくし。王子様はお前のことを思って仰ってくださっているのよ」

自分たちの立場は探しに来てくれた類、総二郎、あきらから話を聞いている。

「パパッ、ママ…?」

「こんなことを言うのは親として不甲斐無い限りなんだが…。

ここに来てもらっても、お前を守れる自信がないんだよ」

もしつくしを邪魔だと思う輩が襲ってきたとしたら今度こそ逃げきれないと二人は思う。

それなら離れて暮らしたほうが安全なのだと。

「守ってもらう必要なんてないっ! 今度はあたしがパパとママを守るからっ」

正義心の強いつくしらしい言葉につくしの母親はやさしく微笑んだ。

「つくし、お前の気持ちはとっても嬉しいけど、私達の気持ちも判ってちょうだい。

危ないとわかっているのに傍に居てもらうより、離れていても安全な所にいてくれるほうが、親としてどれほど安心できるか。

ましてやお前はあちらで大事にしてもらっているんでしょう?」

「そ、それはそうだけどっ」

親の切実な愛情に強く一緒にいるとはつくしも言えなくなってる。

「なぁに、大丈夫だよ。  先程司様が約束してくださっただろ?

 『近々必ず連れ戻す』って」

「パパ、王子様は『呼び戻す』って仰ったのよ」

「え? あ、そうだっけ…?」

漫才もどきの会話を交わす暢気な両親の態度は素なのか、場の空気を変えるための配慮なのか・・・

どちらにしても昔と変わらない和やかさを見せる両親にクスクスとつくしは笑みをこぼす。

「判った…。あたしがこっちに来ても足手まといなだけだもんね。

   でもっ! 何か困ったことがあったら連絡してね! 絶対だよっ!!」

「あぁ、勿論。頼りにしてるよ」

パパと硬い悪所をかわすつくし。

「ええ。当てにしてるわよ、つくし」

そしてママはつくしをしっかりと抱きしめた。

「安心しろ。お前の両親に不自由な思いはさせねぇ。まして危険な目にはぜってぇ 合わせねぇ。

必ず守るからな」

なんならこいつらを置いておくと司は3人を視線で示した。

冗談言うな!

そんな表情を詰め寄る総二郎とあきら。

この二人に何もない田舎の生活は牢に入れられるよりつまらないと思われる。

「………。お願いしますっ。 パパとママをどうかお願いしますっ!」

「おぅ、任しとけ」

総二郎とあきらに詰め寄られながらも司はつくしを少しでも安心させたいと思う。

「司様、私達からも」

「つくしをどうか、よろしくお願いします」

「はい、お任せください。 娘さんは俺が必ず守ります」

つくしの両親に礼を尽くすように司は頭を下げた。

「一時はどうなるかと思ったぞ」

「司が牧野を残して帰るとは思えないからね」

「この村にしばらく滞在するとか言いだしたらそれこそ大問題だもんな」

3人が顔を見あって笑い声を上げる。

「そうか・・・その手もあるな?」

考え込むように真顔で腕を込む司。

「わぁ、司それは考えるな!」

必死で止める表情の総二郎とあきら。

「冗談でしょ?」

類の声に「ああ」と不敵な笑みを司が浮かべた。

馬に乗り慣れてないつくしは必死で司にしがみつく。

風を切るように走る馬上では胸元の顔を押し付けなければ息も思うようにできない。

ドクンと聞こえる心臓の音はやがてつくしの心音と重なって胸元から感じる熱と一緒につくしを包みこむ。

聞こえていたはずの馬の蹄の音も今は耳元から遠ざかりただ心臓の音だけが大きく聞こえていた。

どのくらい走ったのだろう。

緑地を走り抜けて見えきた頑丈なつくりの正門。

その前に立つ憲兵が恭しく頭を下げて見送る姿をつくしの視線の先が捉えた。

「ついたぞ」

先に馬から降りた司に差しのべられた腕に飛び降りるようにつくしも馬から降りる。

司から手綱を受け取った男がそのまま馬を引いていくのをつくしはぼんやりと見送った。

「司、いきなり連れて帰るなんてどうかしてるぞ」

息を切らせて追いついてきてあきらがつくしを気遣う素振りを見せながら司に詰め寄る。

「あんまり馬に乗ってないだろうから、身体きつくなかったか?」

「大丈夫です」

乗ってる時はさほど感じなかったジンワリとした鈍い痛みをあきらの言葉で臀部につくしは感じ始めながら答えた。

「このほうが、手っ取り早い。

まだこいつの素性を明かすつもりはないが、俺が女性を後宮に連れ込んだって噂だけでけん制にになるだろう」

ニヤリと不敵な笑みを司が見せる。

これまでまったく女性に興味を示さない司に、まさか女はだめなのではないとかいう噂まで囁かされる始末。

その司がいきなり女性を連れてきて後宮に閉じ込めた噂は蜂の巣をつついたような騒ぎを宮廷に起こすことは間違いない。

そこからつくしについての詮索が始まる危険性も否定できない。

牧野家の令嬢とばれない対策はしっかりしてるんだよな?

と、あきらたちは確かめられずにはいられない。

「こいつを、南側の部屋に案内しろ」

いつの間に呼びよせたのか女官長につくしを手厚くもてなすように指示を司は出す。

「俺だと思って丁寧に扱え」

尊大な態度も後宮では映える。

確かにそこには王国の世継ぎの気品がそなわる。

つくしを軽く押し出す腕でにはやさしさと甘さがこもる。

「あとで、必ず行くから待ってろ」

司の声に一度振り向いてつくしの足が止まる。

何か言いたそうなつくしの顔は明らかに不満をのぞかせる。

女官に促されてしぶしぶとそれに従うように歩くつくしを司はただ笑って見送っていた。

「どういうつもりだ?」

「ここが一番安全だろう?」

「姉貴のとこに置いてても直ぐに抜け出す奴だからな。

ここなら絶対勝手に抜け出せない。

それに後宮にいるのは女ばかりだからへたに俺が嫉妬しないですむからな。

名案だろう?」

どや顔でそう説明する司を自分に都合のいいように好き勝手にやってるしか思えない3人だ。

「一番のうるさいお方をどう黙らせるつもりだ?」

それは司の母親で現王妃の道明寺楓。

司が王位を継ぐまで鉄の女といわれる冷ややかさで王家を守る豪傑。

王妃の前では司の横暴さも傲慢さも可愛いものだ。

「心配するな。ちゃんと手は考えてある」

ウインクを見せる司の気楽さで本当に楓に立ち向かえるのかと不安が3人の胸に残る。

「心配ならついて来い」

司のあとを3人が追った。

重厚な扉の前に立つ憲兵が司まえに立ちふさがる。

「母に会いに来た」

その言葉に恭しく頭を下げた憲兵が「しばらくお待ちください」といいおいて中に姿を消した。

親子でもこの厳重さだ。

いつもなら歯がゆく思うこの体制も大事なものを守るためには必要だと初めて司は感じてる。

直ぐに入室を許された司と類、総二郎にあきらも部屋の中に通された。

「明日は雪でも振るのかしら?」

呼びだしてもそれに素直に応じたことのない息子に皮肉めいた言葉で冷ややかな笑みを浮かべる。

何事も嘘は許さないとでもいう視線は息子でも容赦なく冷たい光を宿す。

「一応、伝えておこうと思っただけだから。

牧野 つくしを見つけたから」

「牧野・・・つくし?」

息子の言葉にその意味を一瞬で楓は記憶を呼び覚ます。

「あの子は、もう関係ないはずよ」

「俺は、そうは思ってねぇよ。俺が結婚するのはあいつしかいない」

「自分が何を言ってるかわかってるの?」

「没落した貴族の娘を次期王妃にするなんてできるわけないでしょ!」

珍しく感情を爆発させた楓の頬が強張る。

「あいつの父親が罪をなすりつけられたことくらいあんたもわかってるよな?」

「それを見過ごしたあんたも・・・俺も同罪だ」

ぶつかる二人の視線は熱く熱を帯びながらも周りの空気は凍り付く冷たさで対峙する。

「許しません」

「別に許可をもらうつもりはないから」

ぶるぶると身体を震わす楓の怒りなど全く問題にしてない司の態度はついてきた3人の心臓を早鐘のように打ち鳴ら。

どうすんだよ・・・

このままじゃ牧野は近いうちに追いだされるぞ。

そんな思いが3人の頭をかすめる。

「俺、ほかの女じゃ、だめだから、

立たねえし、抱けねぇし、たぶん世継ぎも作れない。

あいつならぼこぼこ産ませる自信はあるから。家柄よりそっちのほうが大事じゃねぇの?」

母親の前で立たねぇとか露わなこと恥ずかしげもいい放つ司。

呆れた表情を浮かべたのは楓なく司に付いてきた3人も一緒だ。

こんな司のセリフを牧野が聞いたら真っ赤になって怒りだすであろうつくしを思い浮かべた類がクスリと笑みを漏らした。

返す言葉も失ったように楓は椅子の上にガクッと腰を落とした。

我が息子ながらあまりの品のなさに育て方を間違えたと本気で悔やむ。

その感情をお押し殺して楓が思案する表情を浮かべた。

確かに一度は司の妃にと婚約を決めた娘である。

あの事件さえなければの今頃は司の妃として収まっていたかもしれない娘なのだ。

司が言いだしたら聞かな性格であることも重々承知してる。

「私だけでなく、周りの家臣を納得させる自信はあるのよね?」

これまでの激しさが消え楓は諭すような口調になった。

「あいつの親の汚名は晴らす」

決心した真剣な司の瞳が楓を見つめる。

「話はそれからです」

つくしのことは少なからず認めたような重々しい楓の声にようやく類と総二郎、あきらはホッと一息もらしたのだった。