戯れの恋は愛に揺れる 4
つくし姫の初恋はここでも桜の精のような登場の類の君?
司皇子一歩出遅れ?
いえいえ、最初に出会ったのは皇子だからぁ~
淡い恋心とは程遠い二人ですけどね。
舞い上がる桜の花びらは視界を覆う影を作る。
鮮やかなピンクの景色が開けた先でつくしが見たのは唇を真一文字に結んだ公達。
じっと自分を見据える瞳の中に熱い炎が見えた気がした。
柔らかい桜の君とは対照的な龍神の領域。
その聖域に足を踏み入れたら逃れられない。
そんな威圧感と支配する空気感は特別なもの。
ゆっくりと自分の前に現れた司につくしは思わず瞼を閉じた。
髪に触れた指先の感触。
衣擦れの音に身体がビクッなる。
ゆっくりと瞼を開いた視線の先で司の指先に挟まれた桜の花びらが見えた。
「あいつの笛の音色は美しいよな」
その音色に魅せられてほんのりと色づく頬。
類を見つめる潤んだ瞳。
そのつくしの横顔に魅了されていた司の心に感じた息苦しさ。
立ち入ることの許されない一枚の絵屏風。
その情景を破ったのはつくし付の女房の警戒する声。
年頃の姫が顔を隠すこともなく男の前に姿を見せるのははしたないとされている。
それがこの姫にはないらしい。
司自身年頃の姫の容姿を見る機会は皆無に等しい。
自分を生んだ母親でも御簾越しで会うのが日常だ。
気にかける存在として感じた初めての姫。
それがなんなのか・・・
この感じる苛立ちをどう現せばいいのか・・・
司の問いかけにほんのりと頬を染めるつくし姫にさっきよりも忙しく胸が疼く。
「姫様」
止まっていた二人の時を動かしたのは小鈴の声。
「お部屋にお戻りください」
遠慮がちに司を向ける声は確実に司をただの公達ではないと理解して丁寧に扱おうとする心づもりが見える。
「桜の精・・・
笛の音も見栄えも人とは思えなくて・・・
びっくりッ・・・」
つくしの言葉を止めたのは自分の腕をギュッと痛むほどの力で握られてしまった司の行動。
容姿を見られることには無頓着なつくしでも腕とはいえさすがに直に肌に振られたことに緊張が走る。
「離して・・・」
抗えば抗うほど細い手首にしなやかな長い指先が食いこんでくる気がした。
「薪を拾いに行かないと食事が作れません」
儚げに見えたつくしの容姿が溌剌としたと生気を見せる。
その変わり身の早さに司の力が緩んでつくしの手首がすっぽりと抜け落ちて司から離れた。
「お前が行くのか?」
「当然増えたお客様のために仕事を分担しなきゃいけないんです」
だからほっといてとで言うような鋭く自分を見つめるつくしに司が面白味を感じてる。
「俺も手伝ってやる」
「こい」
「姫様!」「司!」小鈴と総二郎とあきらが声を上げた。
「ついてくるな」
その声はなにものも寄せ付けない独特の強さを見せる。
「俺らはお前の護衛の役目もあるんだぞ」
「薪を拾うくらいそう時間かからねぇだろう。
こいつにできるくらいだからな。
付いて来たら殺す」
司の殺すが冗談じゃないことは総二郎もあきらも感じてる。
殺されなくても八つ当たりされてるのは目に見える。
「ところで、司は薪ってわかってるのかな?」
「変なもん拾ってくるんじゃねぇの?」
「蛇の抜けた皮とか・・・」
心配そうに二人の後ろ姿についていこうとする小鈴を止めながら二人はクスッと口元を緩めた。
「本当に来るの?」
「悪いか」
「悪いとかじゃなくて・・・」
自分の後ろを数歩離れて司がついてくる。
ぱちんと小枝を踏む音が聞こえるたびにつくしはドキンと心臓は跳ねるのを感じる。
普段なら小鈴と小さいころの思い出話などを聞きながら散策する山道はたわいない時間だ。
それが今日はやたらと緊張する。
都の屋敷を離れて人里離れたこの場所に身をひそめたのはちょうど一年前。
つくしの父親には正妻のほかに側室が一人。
つくしはその側室の生んだ唯一の姫。
少しでも地位のある貴族に嫁がせたいはずなのに正妻の持ってくる話は地方の豪族が相手。
逃げるように屋敷を飛びだしたの父親より年上の後妻の話を持ちだされたから。
本妻に言いなりの父親も今回ばかりはつくしを哀れに思ってかばってくれている。
それもあとどのくらい持つか・・・
定期的に送られてきた生活品。
それが滞るようになって2か月。
今回の司からの贈り物が隠れてる期間を長くしてくれたこと神の助けに価する。
これで半年は助かるかもしれない。
そのあとは・・・?
自分で働くしかないとつくしは心を決めてる。
それでも自分についてきてる小鈴や下男の生活を考えると穏やかでいられない。
姫様らしくないとか、酔狂といわれても心根の優しいつくしは二人の手伝いをやめるつもりはない。
少しでも役に立ちたいそんな思いで日々を暮らしてる。
沈みかけた心が自分の後ろを付いてくるふてぶてしくて横柄な司に救われてることに気が付くと笑みがこぼれる。
落ち葉を踏む子気味いいリズム。
それが重なるように後ろから響く。
鼻歌交じりに小枝を拾い集めながらつくしはあるく。
後ろからついてくる司がつくしの真似をするように膝を折って小枝を集めるのがおかしくてしょうがない。
横柄な割には根は素直なんだとわかる。
木々の開けた先に見えた泉。
この泉のほとりで一休みする日常。
澄んだ水面には春の色の空が浮かびあがる。
少し遅れてるのか姿の見えない司を待つようにつくしは腰を下ろす。
水を飲もうと手のひらを水面に差し入れたその時、がさっと異様な音がして獣の匂いをつくしが感じた。
頭を上げたその先の草むらから飢えた獣の瞳がこちらを覗いてる。
鋭い牙を向きだして低いうなり声を上げる。
前のめりで低くする体勢は今にも襲い掛かろうとしてる狩の体勢。
大きく開いた口からこぼれる涎を見せる獣につくしは手にかかえた枝を落としそうになった。
緊張を伴う悪寒。
そして全身に鳥肌が立つ。
いくら活発なつくしとはいえ素手で獣にかなうとは思えない。
逃げなくっちゃ。
四肢は強張り思うように動かない。
立ち上がることもできないまま身をすくめたその瞬間に獣が大きく飛びあがった。
襲われる!
「伏せろ」
乾いた空気を切り裂く声が同時に響いた。
そして風を切り裂くヒュッとした鋭い音が鼓膜をかすめる。
甲高い悲鳴が木々の合間を縫うように響いて小さくなった。
身体の奥からこみあげていた恐怖が身体の芯を振るわせる。
「大丈夫か?
無事なようだな・・・」
しっかりと肩におかれた手のひら。
凍り付いた心を溶かす低く艶やかな声が胸の奥にしみいる。
「あ・・・りがとう・・・」
枯葉の上にしゃがみこんだままのつくしに視線を合わせるように司がしゃがみこむ。
深い二重まぶたのくっきりとした黒い瞳。
切れ長の瞳が煌めいて見える。
「襲われてるお前を見て心臓が止まるかと思った」
かすかに日焼けした肌と野性的な表情がつくしを見つめる。
色香を漂わせる上唇。
傲慢さを感じさせる支配力のある美貌が和らいでフッと息をついて笑みを見せる。
そんな司を前につくしは何も言えずにただ見つめていた。
「一人で勝手に歩くやつがいるか!」
息を吸うのも忘れて魅入っていたつくしにいきなり響いた司の怒鳴り声。
いつもなら言い返すこともできるはずなのに恐怖の出来事がつくしの喉をこわばらせる。
怒鳴り声とともに身体が揺らいで頬に触れる柔らかい絹の感触。
そして鼻先を覆ったのは上質な御香の香り。
司に抱き寄せられたままつくしはどうすればいいのか何もわからなくなってしまっていた。
拍手コメント返礼
歩くみかん箱 様
ここでつくし姫の境遇が~
継母に疎まれるどこかで読んだパターン。
つくしの嫁ぎ先のおっさんが出てくる可能性は!
司皇子にやっケてもらう期待は継母と同等クラスかもしれません。
危機を助けてもらってここから何かが芽生えてね♪
あっ・・・
一晩過ごさせる予定はどこかに転がってないかなぁ~
スリーシスターズ 様
ここでようやくつくし姫の境遇が見えてきました。
継母に居場所がばれてこれまた危機を救うのは!?
嫌な相手に嫁ぐ寸前に救われる!
いえいえもっと違うものをお届けしたいと思ってます。
進君出てくるかな・・・(;^ω^)
頼りなさそうですけどね。