最上階の恋人 20
鬱陶しい梅雨の時期はからりとしたお話で行きたいものです。
ドラマでは雨のシーンが効果的につかわれてましたね。
梅雨の時期の短編ものもたまにはいいかもしれないと思いつつ続き行きます~♪
「何を考えてるの?」
振り向いたその顔は意外そうな色を瞳に浮かべそのあと冷静な輝きを取り戻して俺を見つめる。
司の婚約の話を今さらここで蒸し返しても彼女に特になることは何もないと思える。
「はじめまして、じゃないんですけど、西門さんは私のことなんて覚えてないですよね?」
「俺、一度会ったかわいい子なら忘れない自信あるんだけどな」
司と婚約話が出るくらいの相手なら俺とも接点があってもおかしくはない。
無視してもいい相手にわざわざ引き戻して声までかけたのは相手が女性だったからなんて理由じゃない。
司だけじゃなく俺も聞いた覚えのない司の婚約者の登場が牧野に何かしらの影響を及ぼしたのは間違いなく。
牧野の機嫌の悪さがいつもの司の傲慢さに向けたものじゃないことがわかるから面白く思える。
司が気が付いてるかどうかはわかんねけぇど。
司、喜べ、牧野に嫉妬されるの滅多にねぇぞ。
俺らもあんまり見慣れないしな。
ホントはもっとあいつらそばで見ていたいんだか、こっちの思惑も気になった。
その辺を確かめるのが俺の今回の役割のように思えてならない。
「司との婚約のこと言う必要があった?」
「私も気にしてなかったんですけどね」
にっこりとほほ笑むその顔には邪悪さは微塵も感じない。
女性は嘘をつくのがうまい。
そしてうまい具合に涙を流して男を惑わす。
なんてセリフがどこかの映画になかったか?
「婚約者がどこかの令嬢で今どきあるの?感じの政略結婚とかだとムカつくんですけどね。
どこでもいそうな感じの人の良さそうな子だったから、道明寺の御曹司より牧野さんに興味が移ったんですよね。
私たちの世界って華々しく見えて騙し合いが日常的な世界じゃないですか。あの子大丈夫なのかな思ったんですけど・・・
心配しなくてもよかったようですね」
「司のことはなんとも思ってないんだ?」
「今まで思い出すこともなかったんですけどね。
道明寺HDのインターシップに参加が決まった時も思い出さなかったくらいですから」
あっけらかんとした口調でそういって勅使河原は笑みを浮かべる。
「それじゃ、君は牧野が気に入ったってわけだ」
「可愛いっていうか、ほっとけない感じですよね」
そこが気にいるとあいつらのトラブル処理に追われることになる。
「仲間が増えるのは歓迎する。けど・・・
何も企みがなければってことが条件って覚えといて」
「この婚約で得をしてるのは牧野さんじゃなくて、道明寺さんのほうなのかしら?」
彼女の読みは意外と当たってるって俺も思う。
牧野を得た司は人間臭くなって付き合いやすくなった。
俺らも助かってる。
牧野のがいなきゃあの猛獣は凶暴なまま獲物を食い尽くすことしか知らなかったって思う。
今、あいつを放し飼いにできるのは牧野がいればこそだ。
「あの・・・そろそろインターシップを再開してもよろしいでしょうか?」
おどっとした社員の表情が俺と目が合って「キャーッ」とつぶやいて真っ赤に染まる。
「あっ、悪かったね」
作った笑顔は世間向けのいいサービスな微笑。
砕けた腰を必死で立て直そうと壁にすがる女性。
「迷惑をかけてすまなかった」
「いえ・・・ッ」
耳まで真っ赤になった顔が下から俺を見上げる。
「大丈夫?」
よろけた身体に思わず手を差し出して彼女の腕を掴んだのは本能。
「すいません」
胸元でうなだれるようになだれ込まれた。
ここで落とすつもりなんて全くなかったんかけ・・・
年上の趣味は俺じゃなくあきらの分野。
「いいことやってんな」
さっと海が割れるようにまっすぐに開いた空間から、その真ん中にさわやかな笑顔を見せる美作あきらが見えた。
あきらだけじゃなく類も見える。
飄々としたオーラー。
周りの熱は一気に上昇したように思えた。
司・・・
機嫌・・・
どこまで悪くなる?