騒々しい朝 パートⅡ

*このリレー小説は騒々しい朝 パートⅠからの13話目から分岐しています。

パートⅠを読まれた方は13話目からお読みください。

第1話 騒々しい朝                

                                      作 あかねさん

ばたばたばたばた・・・・・

朝から、王宮が騒がしい。まだこんなに朝早いのに・・・・。

コンコン

ドアをノックする音。

「は~い。誰ですかぁ・・・?」

今日はめずらしく自分の部屋で寝ていたユーリを、誰かが起こしに来た。

「おはようございます、ユーリ様。朝早くから、申し訳ございません。

 しかしですが、お召し替えを」

三姉妹だった。

朝からお召し替え・・・。

イヤな気分だったが、こんなに急いでいるんだ、なにかある!

と思い、急いでで用意をした。

「ねぇ、ハディ。いったいなにがあったの?」

「はい、実は昨夜、王宮に泥棒が入りまして・・・。今日は今から、

 御前会議がございます。」

泥棒。警備の厳しい王宮に泥棒・・・・。

「これは、皇妃陛下。朝早くから申し訳ございません。」

元老院の御前会議。

もちろん皇帝であるカイルは、席に着いていた。

「おはよう、皇妃。今日の朝、泥棒が入ったと聞いて、お前が盗まれていないか

 一番に確認させたんだよ。」

「・・・(///////)こ、皇帝陛下。会議を始めましょう。」

顔が真っ赤になっているユーリを、皇帝はじめみんながニコニコと見つめていた。

「さて、では本題に入ろう。」

カイルの一言に、水を打ったように静かになった。

それほどこのことは、重要なことなのだろう。

「今朝早くに、我が王宮に泥棒が入ったと連絡があった。・・・盗まれた物は、

 なんだか説明してもらおうか。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

こうして何時間か、会議は続いた。

第2話  盗まれたもの

                                    作 金こすもさん

「申しあげます! 王宮から盗まれた物が、判明いたしました。

 宝物庫に収めていた皇妃さまの服でございました」

会議での書記官からの報告に、ユーリはうろたえた。

太后だったナキアの魔手から、このヒッタイトへ連れ去られた時に着ていた大事な

衣服が何者かに盗まれてしまったのだ。

「ユーリ、わたしと初めて逢った時に着ていたあの服だな」

感慨深げに語ったカイルに、ユーリはコクリと頷いた。

も~う日本へは帰ろうとは思わないが、ママたちの思い出が染みこんだあの服は、

かけがえのないユーリの宝物だったのに・・・・。

「皇帝の名において、命じる。イシュタルの大事な服が王宮から盗まれた。

妖しい者を探り出し、直ちに犯人を捕らえよ! 」

「御意―――。慎んで、お受けいたします」

元老院議員や側近たちの声が、広い会議場にこだましていった。

第3話  複雑な思い  

                                作 ひらめさん

それから1日が経ち、1週間が経った。

が、服はいつまでたっても見つからなかった。

「ユーリ。今日も見つかったという報告はなかったよ」

カイルはユーリにそっと言う。

「・・・・そう」

これがここ数日の二人の会話。

近頃は二人っきりになっても、話すことは少なくなっていた。

二人とも、内心複雑で相手のことなど気にとめる余裕なんてなかったのだ。

 私の服・・・・・

 あの服がなくても、困るわけじゃない。

 もう戻るつもりは無い・・・・・だけど・・・・

 だけど、あれが唯一私は向こうで生活していたという証だったのに・・・・

 あの服がないと、私が向こうの人間であったということに自信がもてないよ・・・

 ユーリの服が無くなって、私は本当に心配しているのであろうか。

 いや、内心喜んでいる。

 ユーリの還る方法がなくなったのだから。

 あの服はあの泉と同様私からユーリを奪い去ってしまいそうで怖い。

 このまま・・・見つからないでほしい。

そのときだった。

「陛下失礼いたしますっっ」

キックリがドアをあけて叫ぶ。

「なんだ?何かあったのか?」

キックリは大きく息を吸って大声で言った。

「服が・・・ユーりさまの服が見つかりましたっ」

「えっ!?」

第4話 宝物     

                                       作 あかねさん

「本当なの!本当なのね、キックリ!!」

ユーリは、キックリに飛びついていった。

その様子を見て、カイルはひどくがっかりとした。

今更ユーリが、自分を置いて帰る訳がない。

帰れるわけがない・・・・そう、わかっているのに・・・・。

「ほんとうでございますよ、ユーリ様。しかし・・・」

「しかし・・・なんだ?」

服は見つかった。

なのに、『しかし』とはなんだ?

「お服はみつかったのですが・・・。その、上着だけ・・・と、申しますか・・・?

すべてがみつかったわけではないのです」

ほっとしたのも、つかのまだった。

まだ見つかっていない・・・・見つかっていない・・・・・!!

「お願い、キックリ!探して!あたしの、あたしの宝物なの!

 もう、元の世界に戻る気はないけど・・・あれは・・・あれは・・・・・」

カイルは、はっとした。

何を考えているんだろう・・・。ここは、ユーリの願いを先決すべきだ・・・と。

ガタン。

「いいか、キックリ。帝国中を探すんだ!」

第5話   服の後     

                                        作 金こすも

上着が見つかっても、他の服は見つからなかった。

日々は残酷にも過ぎていき、ユーリは元気をなくしていった。

カイルは、そんなユーリの様子に気が気ではない。

「申しあげます。ユーリさまの服が見つかりました」

「キックリ! どこなの? ベストも見つかったの? 」

ユーリの喜ぶ顔を見て、カイルはキックリに詰め寄った。

「キックリ! 早く見せてくれ。どこにあるんだ? 」

可哀想なキックリは、しどろもどろになりながら小箱を差し出した。

「え? 」

ユーリたちが唖然としている間に、キックリは小箱を開けた。

中に入っていた物は・・・・。

ベストだった布地のきれはしが、一切れあるだけだった。

「キックリ! これは、どういう訳だ? 」

カイルの怒声に、キックリはたじたじとなって後ずさりした。

「陛下、ユーリさま。どうか、気を落ちつかせてくださいませ。けして、キックリの責任ではありません。

これはイシュタルさまであるユーリさまの、人気のせいなのですから・・・」

イル・バーニの静かな声に、カイルは冷静さを取り戻した。

「すまない、キックリ。だがイル、人気のせいとはどういう意味なんだ? 」

「陛下。ユーリさまの大事な服だったベストなどは、盗人の手でハットウサの街へ運ばれていました。

そこで商人の手に渡り、民たちの手に渡ったのです。

民たちは、これがイシュタルさまの服だとわかると、高金をはたいても、我先にと買い求めようとしました。

あまりにも買い手が多かったものですから、商人はその服を細かく切り平等に売ってしまったという次第なのです」

「民たちは、イシュタルのご加護と愛を求めて、服のきれはしをお守りにしておりました」

キックリの声に、ユーリはいつしか涙ぐんでいた。

第6話 決意

                                       作 しぎりあさん

「そんな・・」

 力無く座り込んだユーリの背後から、カイルの低い声がした。

「キックリ、ふれをだせ」

「・・は、はい」

「イシュタルの衣を持っている者は、至急王宮まで届け出るようにと。隠し持てば、これを罰する」

「陛下っ!!」

 あまりにも、横暴な内容に、ついキックリが非難めいた声をあげた。

カイルらしからぬ、民の心を無視した勅だった。

「・・かまわぬ」

 言うと、カイルはユーリの肩に腕をまわした。

「私は、これが望むことはすべてかなえてやるつもりだ・・たとえそれが人の心に背くことでも」

「もう・・いいよ」

 か細い声がした。カイルの腕の中に囚われたまま、ユーリが身をよじった。

「もう、いい。私が、服を取り戻したいなんて思わなければ、カイルはそんなふれを出さなくていいんでしょう?私が、わがまま言わなければ、カイルは立派な皇帝でいられるんでしょう?」

「ユーリ!!」

 逃れようとして、さらに激しく暴れるのを、腕の中に抱きしめる。

「違う、おまえを非難しているわけじゃない。ただ、おまえの欲するものを与えたいとと・・・」

「はなして!!」

「ユーリ様!!」

 小箱を抱えたまま、おろおろとするしかないキックリは、やがて唇をかむと、一礼をして退出していった。

残された皇帝は、愛妃をなだめようと必死に話しかける。

「ユーリ、聞いてくれ」

「いやーっ」

 叫ぶあごをとらえ、唇でふさいだ。

抵抗の拳を片手で容易く封じると、もう片方であごを固定し、深く口づける。逃れる舌を追い、からめ取り、吸い上げる。

 ユーリの身体が、やがて力を失った。

「ユーリ・・・」

 しゃくり上げるだけになった細いからだを、強く抱く。目尻ににじんだ涙を、舌先ですくいあげる。

「・・・おまえは、いつも何も望まない。私は不安なのだ・・本当に、お前が私のそばで満たされているのかと」

「カイル・・」

 つぶやくように、ユーリが言った。その声を聞き漏らすまいと、カイルは頬を寄せた。

「・・カイルはいつも、あたしにたくさんのことをしてくれるよ。足りないなんて思ったこと、ない。でもね、これはあたしのわがままだって思ってても、日本の服は、特別なの」

「わかっている」

 ユーリの腕が、カイルの肩にまわされた。強く、抱きしめる。

「特別だけど、探さないで。あたしのわがままのために、皇帝の道を踏み外すカイルを見るのは・・・怖い」

「ユーリ?」

 耳朶をかすめるように、ユーリが小さなため息をついた。 

第7話  歪み

                                  作 ひねもすさん

「カイルの名前が私のために汚されるのが嫌なの。

私がこの世界に残ったためにカイルの賢帝としての名声に傷が。きっと賢帝として後世に残るであろう名声に・・・・」

ユーリはそう言うと、カイルの腕の中で以前から考えまいとしてきたことを考え始めていた。

私がここにいると言うことは、歴史を歪めているんじゃないか・・・。

以前にも考えたことはあった。

でも、ナキア皇太后のことや、エジプトとの戦争、いろんなことがありすぎて、深く考える余裕はかった。

今、平和な時が訪れ、自分が皇妃としてカイルの隣に座る。

だけど・・・

『本当なら、この席には違う人がいたはず・・・』

歴史が少しずつ歪み始めているのではないかと思えてならなかった。

 もし、私の服の切れ端が後世まで残ったら?

エジプトのミイラは巻きつけられた布と一緒に後世まで残っている。

化学繊維の衣料が残ったら?!この時代にはありえないはずなのに!!

私とカイルの赤ちゃんが逝ってしまったのも、その歪みのせいじゃないか?

これから赤ちゃんができても、また・・・・。考えるだけで怖かった。

日本のもの、現代に通じるもの。それは私の側にだけあって欲しかった。

私が死んだら、一緒に燃やして欲しかった。

表に出して歴史が歪めば歪むほど私は大切なものを失うかもしれない。

そして、今度はカイルを失うかもしれない・・・。

怖い!怖いよ!カイルがいない世界にいる意味なんてないよ!!

第8話  優しい・・・でも・・・

                                  作 あかねさん

「ユーリ!お前、もしかして・・・この世界に残ったこと・・・」

カイルは、ユーリの髪をそっとなでた。

ユーリの考えていることは、だいたい想像がつく。

自分が残ってしまったために、何か、悪影響が出るのではないか・・・とか、

この世界に残ってはいけなかったのではないか・・・・とか。

「ユーリ、お前がそんなに悩むことはないよ。大丈夫。服は必ず取り戻せるから」

「・・・やめて・・・。カイル、お願いだからヤメテ!私のために、カイルが・・・。

 カイルの名前に、傷を付けることなんてない!」

「名前なんて、傷ついたっていい。それよりも、お前の苦しむ姿を見る方がよっぽど嫌だ」

カイルは、いつも私に優しくしてくれる。

ねぇ、カイル。あなたは考えたことある?

私がいたために、歴史が歪んでしまうかも・・・とか・・・。

「・・・お前の考えはだいたいが想像できる。心配しなくていい。

 お前がここに残ったのは、運命なんだから」

第9話  闇の中へ

                                作 ひねもすさん

運命?

そんな言葉で片付けていいの?

じゃ、ティトが皮を剥がれて死んだのも、ウルスラが無実の罪で死んだのも皆の運命?!

ザナンザ皇子が死んだのだって、あれが本当の歴史の流れだったなんてわからない・・・・。

全て、私が関わっていた。

人の生死が自分の行動によって変わってしまう・・・・・・・・・・・。

カイルが私のためを思って『運命』と言ってくれたのは分かってるけど、運命なんて考えちゃいけない。

そんな言葉で片付けちゃいけない気がする。

私の存在、それが全ての歪みのもとなのよ・・・

ユーリは深い心の闇の中に落ちていった。

・・・・・深い、深い闇の中へ・・・・・・

魔の気配がユーリを取り囲んでいた。

ユーリの取り乱した姿に平静さを失っていたカイルは、その気配を読み取ることができなかった。

「いいえ、カイル、服のことはもういいの。あなたがいれば・・・・

 でも、今日は一人にして。 一人で休みたいの。」

冷たい生気を失った目でユーリはカイルに言った。

第10話  心の闇 

                                作 あかねさん

そしてそのあと数日間、ユーリの様子はおかしかった。

いつも通りの生活・・・だが、ユーリの身体からは生気が溢れていない。

そのわけは、ユーリの精神状態にあった。

ユーリは今、心の深い闇に捕まっている。

誰も助けてくれない・・・。

そして、その闇はユーリに言う。

「「みんなが死んだのは、お前のせいだ・・・・・」」と。

カイルは、さすがに心配になってきた。

確かに笑ってはいるし、政務もこなしている。

いつも通りにユーリだが、なんというか、違う。

「なぁ、ユーリ。疲れているんじゃないのか?」

「・・・大丈夫だよ。」

何を聞いても、大丈夫!の一点張り。

これでは聞いてもしょうがない。

・・・カイル、気がついて。あたしを助けて!!

ユーリは叫びたかった。

でも、叫べなかった。通じない、気がついてくれない!!

そんな不安が、ユーリの心の闇をよりいっそう漆黒の闇に、深い闇へと連れて行った。

第11話  光の扉   

                                  作 しぎりあさん

カイルは考える。

 どうすれば、ユーリにいつもの笑顔が取り戻せるのか。

失われた衣装を取り戻せと言うのなら、草の根わけても取り戻そう。

 ところが、ユーリはそのための詔を望まないと言う。

皇帝としての自分が、道を誤るところなど、見たくないと言うのだ。

 自分は、皇帝だ。帝国で最高の権力を握っている。

その自分が、愛する女のためにほんの少しそれを使ったところで咎める者はいないだろう。

 いや、いるか。ユーリだ。

 ユーリはいつも、常に正しい皇帝であれと、望んでいる。

そのためには、ちっぽけな自身の望みなど、と投げだしてしまう。

カイルが、どんなささいな、あるいは大きな希望でも叶えようと思っているのとは反対に。

 こわばった頬をつつみ、頼りなげな身体を抱きしめても、互いの想いはすれ違う。

「ユーリ、私は、どうすればいい?」

「なにも・・」

 もどかしさに、かきいだく腕に力がこもる。

肌の熱さも心の熱を伝えはしない。

冴え冴えと澄み渡る月と見上げるような冷気に、情事のさなかに身震いをする。

 どこに、いってしまったのだ、お前の心は?

 私の愛してやまなかった、あの笑顔と、いつも私の名を呼んでくれたあの声は。

 どうすれば、この闇から抜け出せる?

 どうすれば、お前の中の闇を、追い払える?

 震える夜を抜け出して、お前という日だまりの中で私を安らがせてくれ・・・

第12話 酒場にて

                                   作 ひねもすさんユーリの異変は側近達の目にも明らかであった。明るく、前向きなユーリ。

そのユーリの変わり様は、側近達をも不安にしていった。

ミッタンナムワは酒場で浴びるほど飲んでいたが酔うことができなかった。

ユーリの様子とそれを心配する皇帝の姿が頭から離れなかったからだ。

なじみの女がミッタンナムワに話しかけて来た。

「歩兵隊長さん!どうしたって言うのよ。しけた顔しちゃって!」

「ああ、なんでもないよ。それよりもう一杯もらえないか」

「いいの?うちは儲かっていいけど・・・。」

酒を持ってきた女はミッタンナムワに再び話し掛けた。

「ねえ、恋の悩み?それなら私、怖いこと聞いちゃったの。

 誰にも知られず恋敵を殺す方法・・・・」

物騒な話にミッタンナムワは女の顔をまじまじと見た。

「ふふ、やっとちゃんと見てくれたわね。

もちろん、私がやったわけじゃないわよ。

それに、実際命を奪うわけじゃないんですって。

恋敵の心を水晶の中に閉じ込めるそうよ。

喜怒哀楽、いろいろな感情ってあるじゃない。

様々な感情を一つずづ閉じ込めてゆくんですって。

次第に人形のように何も考えられなくなるそうよ。

喜びだけ閉じ込めたり、明るさだけを閉じ込めたりもできるんですって。

もし、殺してしまいたいなら、 絶望だけを残せばいいそうよ。

恋敵は勝手に自分で死んでくれるんですって。人生に絶望してね。」

ミッタンナムワの手は知らず知らず汗ばんでいた。

「そんな真似、いったい誰ができるって言うんだ・・」

「もちろん魔力を持った人間よ!普通の人間にできたら、大変じゃない!」

ミッタンナムワは酒場を飛び出し、王宮へ向かった。

13話   魔力のせい                 作 ひねもすさん

「陛下、夜遅く申し訳ありません。実は、酒場でこんな話をきいたんです。」

ミッタンナムワは、すべてを話した。

「感情を閉じこめてしまうだと?。」

そういえば、カイルは思い出す。服を盗まれたとわかった時からユーリはいつもふさぎ込んでいた。

心が弱くなっていた。そこをつけこまれたのか?

私はそんなユーリが心配で、平常心を無くしていたのかもしれない。

魔の気配に気がついていなかった。 

だけど、その可能性は十分考えられる。

いったい誰が・・・?

一番に浮かぶのは追放したナキア皇太后だ。

しかし、いくらナキア皇太后でも、遠く離れたバビロニアにいては何もすることはできないであろう。

では、誰が?

ユーリの感情を奪い去り、あわよくばユーリが自害するようしむけることで利を得るのは誰だ?

ヒッタイト帝国の皇妃。十分ねたみの対象になる立場だ。

実際、ナキア皇太后の策略で後宮に正妃候補、側室候補がひしめいていた時、ユーリはねたみの対象になっていた・・・・。

多すぎて分からない。

ユーリ自身は恨みをかうような人柄ではない。

しかし、その立場ゆえ、ユーリの存在を望まぬ者も多いはず。

私の魔力で、これ以上ユーリの感情を奪われないようにすることは可能だろう。

しかし、今までに失われた感情を取り戻さなくては、もとのユーリには戻らない。

ユーリの感情を閉じ込めた水晶を探さなくては。

そして、こんなことができるほどの魔力を持った人間を探し出さなくては!

14話    隔絶                  作 しぎりあさん

とりあえずカイルに出来るのは、ユーリの感情をこれ以上盗まれないために、安全な聖域に移すことだった。

異母姉が神官をしている第三神殿の奥に急遽ユーリのための居室がしつらえられる。

人の出入りを厳選し、身の回りの世話は三姉妹だけがする。

政務が終われば馬を走らせ、魔力が及ばぬようにその腕に抱いて夜を過ごす。

昼間、離れていることは不安だった。

無防備な王宮で自分のそばに置いて過ごすか、結界の張られた神殿で、信頼できる者の手に預けるか。

悩んだ末、カイルは後者を選んだ。ユーリのそばには、異母姉がついてくれる。

それでも、不安は消えない。

いつものように、幾重もの警護の壁をくぐりユーリのもとにたどり着いたカイルを迎えたのは、涙ぐむ三姉妹とぐったりと寝台に身を横たえた最愛の者の姿だった。

「どうした!?」

駆け寄り、手を握る。

青ざめた顔がゆらりとかしいで、黒い瞳が開かれた。

「少しお側を離れた間に、泉水に落ちられたのです」

背後で、ハディが奏上する。

落ちたのではない、身を投げたのだ。直感した。

「どのようなおしかりも覚悟しております」

三人が叩頭する。

ユーリがあまりにも大人しかったため、つい気を抜いたのだ。

「よい・・大事に至らなかった」

背を向けたまま応える。確かに、ここにいればこれ以上ユーリの感情は奪われないだろう。

けれど、一度奪われてしまった感情は、戻らない。

カイルは、強く唇を噛んだ。

冷え切ったユーリの手を強く握る。

誰だかは、知らない。

しかし、このままではおかない。

必ず見つけだす。そうして、ユーリの感情を取り戻す。

自分からユーリを奪う者は、たとえ神であっても許さない。 

15話  報われぬ恋心                   作 ひねもすさん

「ベアド、いいお話なのよ、考えてちょうだい。」

「いいえ、お母様。私は陛下以外の方へ嫁ぐ気はございません。」

「ベアド!でも、陛下には、もう・・・」

「出て行って!」

ベアドは母を部屋から追い出した。

ベアドはかつて、カイルから寵を受けた貴族の娘である。

カイルが、まだユーリと出会う前のハットゥサ一のプレイボーイであった頃、知性と教養を兼ね備えたベアドは、カイル独自の基準で皇妃候補となった。

カイルは早速、ベアドに甘い言葉とキスを与えた。

初めは冷静であろうとしたベアドだが、カイルの前で冷静さを保つことなどできなかった。

ベアドはカイルに全てを捧げた。

身も心も・・・・

カイルを見つめる目には愛だけがあった。

だが、カイルはベアドを皇妃候補として観察した。

その琥珀色の瞳は常に観察者として彼女を見た。

ベアドへのカイルの何気ない質問は、全て皇妃への関門だった。

そして、ベアドはその関門を通リ抜ける事はできなかった。

いつの間にかカイルの訪れはなくなり、風の噂で今は他の姫君に寵を移したことを知った。

ベアドにはどうすることもできなかった。

今でも心にはカイルへの報われない思いがある。

苦しい、苦しい報われぬ思いが。

報われぬ恋心は嫉妬という魔物となって闇夜を彷徨う。

そして、カイルへの報われぬ恋心を抱く娘はベアドだけではなかった。

嫉妬と言う魔物は闇を縫い、小さな神殿へと向かって行った。

魔物は、神殿の奥深く、祭壇の上に置かれた水晶の周りに黒い霧となって漂っていた。

水晶の前に佇む美しい女神官は呪文を唱えた。

「闇をつかさどる神よ!嫉妬という名の魔を捧げます。

我が願いを聞き届けたまえ!

ユーリ・イシュタルの心を、『人を愛する』という心を・・ 水晶へ導きたまえ」

16話  戦い                 作 しぎりあさん    

気配に、気づいたのはカイルだった。

いつものように寝台でユーリの細い身体を抱き、不安の中で眠りに落ちようとしたとき、それはやって来た。

落としたかぼそい灯火の外、闇が濃密さを増した。

どろりと粘度を持ったそれは、触手のように手を伸ばした。

カイルはかっと目を見開いた。

とたんに、周囲が淡い光を放ち、闇が躊躇した。

退けてしまうのはたやすい。

しかし、この不法な呪術を行う者を突き止めなくてはならない。

身を起こすと、すばやくむき出しのユーリの身体に薄布を巻きつけ、しっかりと抱えなおした。

ユーリを危険にさらすことは避けたい。

が、闇が狙うのはユーリである以上完全に隠すよりおびき出すために囮に使うしかなかった。

そうしないと、盗まれた感情は取り戻せない。

ユーリの身体の隅々には、あらかじめ自らの手で防御の呪が施してある。

しかし、敵の正体は知れない。

それが、どくらい効果があるのか。

カイルは自身の怒りを抑えながら、闇を睨みつける。

身体を開かせ、丹念に指と唇でを呪文を刻みつけてゆくカイルの動きに、ユーリは無反応だった。

触れられれば顔を赤らめ、恥心に身をよじりながら乱れる、目にすれば自制心を失わせるあの姿はどこにもなかった。

唇をかみしめ、耐える。

わだかまっていた闇は、それ以上反撃のないのを知るとまたゆらりと身をもたげた。

這うように寝台ににじり寄り、ユーリを抱いたカイルごと、触手のうちに取り込もうとする。

みしり。

巻きついた闇が力を込めたとき、カイルは思い切り念を放った。

闇の源流、呪力の源をさかのぼる。

逆巻く奔流を越え、いくつものうねりをカイルの意識は駆け抜けた。

唐突に闇を抜けたとき、とつぜん女の姿が飛び込んだ。

「きゃああああ」

悲鳴がはじけ、落下するようにカイルは引き戻される。

荒い息づかいで寝台に座り、ユーリの身体を抱きしめたまま、つぶやく。

「あの・・女は・・」 

17話   女の正体                      作 姫瑠佑華さん

あの女は、確か私が以前通っていたベアドの家の専属女神官では…?

どうして?…

まさか、現在唯一、私の寵を受けているユーリに嫉妬して、自分の家の女神官にユーリに呪術をかけるように言ったのでは?十分にありえる話だ。

ベアドを呼び出して聞くしかない。

翌日の早朝、カイルはベアドの家に急ぎの使いを出した。

*     *     *      *      *      *

「ベアド、ベアド。すぐに身支度を整えなさい。」

「どうしたの?お母様。」

「陛下から、急ぎの呼び出しよ。あなただけとのご指定よ。早く行ってらっしゃい。」

「ほんと!うれしい!すぐに行くわ。」

*      *      *      *      *      *

「陛下、お召しと伺いました。どのようなご用件でしょうか?」

「ベアド、率直に聞くがお前、ユーリに嫉妬して呪術をかけるよう、女神官に言いつけているのではないか?確か、お前の家には専属の女神官がいただろう。」

「えっ、陛下。そのような事、私は…。」

ベアドが明らかに狼狽しているのが見てとれた。

カイルは、さらに追求する。

「どうなんだ。はっきり申せ!」

カイルのいつになく険しい表情に、ベアドは震え出した。

「あ、あの、お、恐れながら陛下に申し上げます」

「わ、私は誓ってそのような事はしておりません。ただ、母が…女神官に言いつけているのを聞いてしまったのです。皇妃陛下の感情を、水晶に閉じ込めるように、と…。いけない事とはわかっておりましたが、陛下の寵を独り占めされておられる皇妃陛下が恨めしく思われて…。」

カイルは低い声で言った。

「すぐに家に帰り、そなたの母に申せ。今すぐ、ユーリにかけた呪術をとく様、女神官に申しつけよ、と。その通りにしなかった場合、一族の追放は免れられぬ、と。」

「は、はい。では、失礼いたします。」

これで、ユーリの感情も戻るだろう。久しぶりにカイルは安堵のため息をついた。

18話 予想                             作 あかねさん

「お母様、ただいま・・・。」

「まぁ、ヘアド。陛下はいったいどのようなご用だったの?」

「実は・・・・例のことを止めないと一族を追放するって・・・。」

ヘアドは、ぜっぱつまったように母に切り出した。

母も、きっとこれで止めてくれるはず・・・・・。

「・・・一族の追放。そうね、仕方がないわ。それなら早く、ユーリ様を殺してしまいましょう!!」

************************************

「陛下、では、おやすみなさいませ。」

いつも通りの夜。

今日限りで、感情のないユーリとはさよならをする予定だった。

「ユーリ、待っていろ。明日には必ず、お前の笑顔が戻っていることを願うよ。」

するとユーリは、むっくりと起きあがりカイルに告げた。

「・・・あたし、お風呂に入ってくる・・・・・・・・・。」

カイルはその言葉を、なんの疑いもなく信じた。

ユーリが、感情をなくしたユーリが初めて自ら願ったことだから。

「・・・ユーリとは久しく一緒には行ってないな。どれ・・・。」

ユーリが湯殿に向かってから数分後、カイルは席を立った。

そして、湯殿に向かったのだが・・・・・・・。

水音が・・・しない・・・・?まさかっ!!!!!

「ユーリ!!」

最悪の事態も考えられる。もしかして、もしかして・・・・・。

カイルは走った。

湯殿までの短い距離を、全力で。

カイルの予想は・・・

あたった。

ユーリは湯殿の中に、浮かんでいた。

19話   勅命                  作 マユさん

「ユーリ!しっかりしろ!!」

カイルは服を着たまま湯船に飛び込みユーリを引き上げる。

急いで抱き上げると寝椅子に寝かせる。

ぐったりしたユーリを見てカイルの顔は蒼白になった。

(まずい!息をしていない!?ユーリ!!)

カイルは息をしていないユーリに人工呼吸を行う…

息を吹き込んで…心臓を何回も押して…

だが何の反応もない…

「ユーリ!!頼む戻って来てくれ!」

「陛下!どうなさいましたか!!」

カイルの声に気づいたのかイル・バーニ・キックリ・ハディ・ルサファが飛び込んできた。

「ユーリ様!!」

ユーリの様子に一番早く気づいたのはルサファだった。

他の三人も慌ててユーリの側による。

誰もが青くなっていた。

「陛下…これは一体…」

常に無表情のイル・バーニでさえも顔が青くなっているのが分かる。

「…ヘアドはユーリを元に戻す約束を破ったようだ。

感情を戻す所か私が犯人に気づいたから慌てて殺そうとしたのだ」

カイルの顔は怒りに燃える。

「う…ん…」

「ユーリ!意識が戻ったのか!?」

カイルの人工呼吸のおかげでユーリは意識を取り戻した。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ちっ…皇妃の意識が戻ったようだ」

ヘアドの母は腹心の女神官にそう言う。

「はい…皇妃はこのまま溺死させヘアド様を皇妃にする計画が狂ってしまいました」

ヘアドの母はニヤリと笑うと女神官に言いつける。

「おまえは確か人を自由に操れたはずだな…皇妃が死なぬなら自らヘアドを皇妃にするのだ」

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ユーリ!私が分かるか!」

カイルはユーリの身体をゆっくり抱き上げるとハディから水を貰いゆっくりと飲ませる。

「ユーリ様…」

イル・バーニもキックリもハディもそしてルサファも不安が顔に浮かんでいる。

「ええ…皇帝陛下…」

皇帝陛下?ユーリ様は確か「カイル」とお名前で呼んでいたはずじゃ・・・

と、側近の誰もが矢持った時、「皇帝陛下、突然ではございますが、私は皇妃を退位させていただきたいと思います」

「どうぞ私の後の皇妃には有力な貴族の姫君・ヘアド様を・・・」

ルサファは驚いてユーリに言う。

「ユーリ様!何と言う事を言っておられるのですか!ヘアド姫は貴女様の心を奪った張本人・・・」

ルサファは最後まで言う事が出来なかった。

カイルが手を差し出しルサファを止めたのだ。

「陛下…」

「ルサファ…すまないが近衛隊をヘアドの屋敷に向かわせてくれ」

「皇帝陛下…一体どうなさるおつもりで…」

イル・バーニはカイルに聞く。

「ようは…ユーリの心を閉じ込めた水晶さえ見つければ私がユーリに感情を戻すことができる。

水晶さえ見つければ私がユーリの心を戻す!

ルサファ!近衛隊はヘアドの屋敷からすべての水晶を持ってこい!

それからカッシュとミッタンナムワとシュバスに伝えろ!

それぞれ軍の半分を率いてヘアドの一族と女神官を捕らえろと!

皇帝の勅命だ!!

皇妃殺害未遂の咎でヘアド姫 その生母 そして女神官を処刑に処する!

そして他の一族はヒッタイトから子々孫々に到るまで追放する!」

「はっ!かしこまりました!!」

ルサファは湯殿から飛び出していく。

「イル!今のことを元老院議員達に伝えろ!

頭の固い元老院だが皇妃殺害未遂となれば話は別だ!ヘアド一族の処罰に関して会議を行う直ぐに召集しろ!」

「かしこまりました」

イルも足早に元老院議員たちの家へ使いを放つ。

「キックリは医者を呼んでくれ!ハディはユーリの着替えを持ってこい!」

キックリは医者への使いを放ち ハディはユーリの寝間着を持ってきてずぶぬれのユーリの服を着替えさせる。

カイルは自分のベットにユーリを運ぶと目覚めないユーリの手をしっかり握っていた。

「ユーリ…頼むから早く目覚めておくれ…そしてその瞳を私に見せてくれ…」

ルサファが女神官がユーリの心を閉じ込めた水晶を見つけ、カッシュ・ミッタンナムワ・シュバスの3隊長がヘアドの一族を捕らえ、近衛隊・皇帝軍が水晶とヘアド一族を王宮に連行した。

ヘアド一族の皇妃殺害未遂の報に驚いた元老院が王宮に全員が集ったのは夜明けのことだった。

そして、ヘアド一族の処罰を決める会議と皇帝自ら水晶に閉じ込められたユーリの心を戻す儀式が行われるのである。

20話  元凶                      作 ひねもすさん

------元老院会議---------

女神官の詮議が始まった。

元老院議長アイギルは女神官へ向かってが言った。

「何か申しひらくことはあるか?」

女神官は、嘲笑うかごとき目で皇帝を見据え、言った。

「人を呪い殺す力?陛下、私にそんな力はございません。

もし、あれば、私はもっと重く用いられたでしょう。

もっと大きな神殿で神官として神に仕えることができたでしょう。」

カイルはこの期に及んで言い逃れをしようとする女神官に詰めたい視線を放ちつつ言った。

「おまえが行ったことは明白だ。

刑を逃れることはできぬ。」

「刑を逃れる?そのようなこと考えておりません。

確かに私が皇妃様への呪詛を神へ捧げたました。

ですが、私にそれほどの力がないのも事実です。

陛下はお分かりになりませんのか?

何が闇の神への捧げ物になっていたのか?

全ての元凶はなんであるのか?」

カイルは女神官の言葉の意味が掴めなかった。

何を言っているのだろう、いや、何を言いたいのだ?この女は。

『ベアドがユーリに嫉妬した』それだけのことだ。

ベアドの醜い権力欲と嫉妬がユーリを危険にさらしたのだ。

「ああ、身勝手なベアドの権力欲と嫉妬心だ。そんなものをどう言い訳しようと言うのだ。」

くすくす笑い出すベアドにカイルは苛立ちを覚えた。

「そなたの話はそれまでだな。」

女神官は通る声で皇帝に向かって言い放った。

「陛下、全ての元凶はあなた様でございます。

愛を与えて、それを無残にお捨てになったあなた様です。

ベアド姫だけではございません。

沢山の姫君たちが陛下への断ち切れぬ思いに苛まれていたのです。

私やベアド姫を処刑されても、陛下がお捨てになった姫君達の気持ちを消すことはできないでしょう。

呪詛のための捧げ物は陛下への思い。

陛下がお捨てになった娘達の!闇の神への捧げ物があればこそ、私はこの力を使うことができたのです。

でなければ私程度の神官に、このようなことことはできません」

勝ち誇ったような眼差しで皇帝を見つめた女神官は更に続けた。

「さあ、陛下。誰を処刑されますか?一番の元凶を絶たねば、また皇妃様が狙われるもしれませんよ。

陛下が寵を与えた姫を全て処刑なさいますか?

それとも陛下、戯れに娘達へ寵を与えたご自身を?」

女神官は冷たく微笑んだ。

21話   編愛                      作 しぎりあさん

「こやつ、陛下になんという口のききよう!」

元老院議員が立ち上がり、衛兵が駆け寄り槍の先で女神官を押さえつけた。

「裁かれるべきは、あなただ!!」

床に顔を押しつけられながら、女神官が叫んだ。

カイルは黙り込んだ。

この場にいる議員達の娘の何人かにも、かって、寵を与えたことがあった。

ユーリと出会ってから、それらの娘達のことは思い出しもしなかった。

皆どうしているのか。

議員の数人は、娘の輿入れを報告しにも来た。

皇族の寵など、移ろいやすいもの。

離れてしまえば、新たな生活を早く見つけてやるのが親の務めだと、そう思っていたのか。

カイルはその都度、祝辞と過分な祝いを与えていた。

それ以外の娘については、知らない。知ろうともしなかった。

愛する者ができれば、他の者には残酷になる。

カイルの中には、女はユーリと、それ以外しか存在しない。

「どのような理由があろうと、皇妃を狙った罪は重い」

皇帝の言葉に、議場は静まった。

「お前の話だと、呪詛を受けるべきは私のはずだ。皇妃のはずがない。お前のしたことは、許されるものではない」

冷酷な視線で、周囲を睨めつける。

「忘れるな、今後なにびとであろうとも、皇妃に危害加えるものあらば、これを極刑に処する」

議場がどよめき、女神官はカイルを睨み付けたままひきたてられた。

たった一人のためなら、どんなにでも冷酷になってみせる。

たとえ、自身の過去からもたらされる害意であったとしても。

かって寵を与えた女を、裁くことになっても。

カイルは祭場に向かった。

たった一人の愛しい女の身体が、祭壇に横たえられている。

そばには、彼女の感情が囚われた水晶玉。

微妙に色を変えながら、輝くそれを手に取る。

「待っておいで、ユーリ。すぐにお前を元に戻してやろう」

もう一度、笑いかけてくれ。柔らかな腕を巻き付けて、愛の言葉をささやいて欲しい。

そばにいてくれれば、どんなことでも耐えてゆける。

22話  水晶は煌めく                    作 ひねもすさん

怪しいほどに美しく水晶は煌めく。

カイルは水晶を天に掲げ、祈りの言葉を捧げる。

心よりの願いの言葉を。

だが、何も変わらなかった。

水晶も、ユーリも、何も変わらない。

水晶は煌めき、ユーリは闇の中にいる。

(どういうことだ!私の神官としての力はこの国でもかなり高い。

 その私がこれほど祈っても戻らぬとは!)

カイルは焦り、混乱の中に追い込まれた。

そのとき、女神官を連れて行った衛兵が掛け戻って来た。

「た、大変でございます!女神官が舌を噛み切って自害いたしました。」

その報告を聞いても、イル・バーニーは冷徹な表情を崩さず言葉を発した。

「何を慌てる!どうせ極刑に処される身。捨て置け!儀式の邪魔をするでない!」

だが、イル・バーニー剣幕にも怯まず衛兵は言葉を継いだ。

「いいえ、捨て置けないことを言ったのです。女神官は、私に引き立てられながら言ったのです。言い終わると舌を噛み切って自害いたしました。」

衛兵は女神官が語った毒のようなの言葉を伝えた。

『衛兵よ。闇の神は皇妃様のお心が殊の他お気に召したようだ。

そなたも水晶をよく見てごらん、水晶は煌めき美しさを増している。

あのような美しいものを闇の神は、ただでは還すまい。

贄が必要だよ。贄が・・・。一人では足りない。

何人もの生贄が。私が初めの生贄になってやろう。

後は、陛下ご自身のお言葉通り、陛下を愛し、皇妃に嫉妬し、その心で害を加えた女達を処刑すればよい。』

ここにきて、イル・バーニーはやっと悟った。

(なんと言うことだ。これはユーリ様への嫉妬でも、暗殺でもない。

 陛下を陥れるためのものだ。

もし、陛下が寵を与えた娘達を処刑したら・・・。

暴君の謗りを受けるのは必定だ。

娘の親達も黙ってはおるまい。外からも内からも非難を受けるだろう!)

23話    愛と憎しみ             作 ポン子さん

イル・バーニから事情を聞いたカイルはその場に崩れ落ち固く目を閉じた。

今、目を開いたら、涙が流れるのをとめることはできない。

なんてことだ。

更なる贄がないとこの呪縛が解けないとは・・・。

私の魔力とは、なんと無力なんだ。

身分の上下なく人の命は大切にしなくてはならない、ユーリがいつも言っていた言葉。

ユーリを救うためとはいえ、これ以上の命が奪われたと知ったらユーリが黙ってはいないだろう。

直接呪いを賭け自害した女神官はともかく、以前カイルに寵を受けた姫達を犠牲にするわけにはいかない。

しかしこのままではユーリは戻らない・・・。

愛とはこんなにも深く尊いものであるのに、憎悪に勝つことはできないのか・・・?

ひとつの大切なものが失われたとき、どうなってしまうのか・・・。

イル・バーニは以前ユーリが乗った船が沈没し行方不明になったときのカイルを思い出した。

あのとき陛下は、壊れてしまっていた。

五感の機能が麻痺し、自分の立場も何もかも忘れ、何も聞こえなくなっていた。

今回は、ユーリ様は陛下の目の前にいらっしゃる。

しかし、生ける屍同然だが・・・。

突然カイルが立ち上がった。

「イル、ユーリを私の寝所へ運べ。いや、私が運ぼう。そして、私が許可するまで、誰も私の部屋には近づけるな。」

「はっ。」

ユーリ、必ず救い出してやる。

待っているんだ。

何かあるはずだ、何か方法が・・・。

これ以上の贄を出さずにユーリを救う方法が・・・。

ユーリは自分のために誰かが犠牲になることを嫌う。

ユーリなら、犠牲を出さない方法を見つけるだろう。

ユーリのやり方はいつもメチャクチャだが、必ず解決していた。

私もユーリのやり方でやってみよう。

と、言うものの、まだ何の案も浮かばないのだが・・

24話    そのころユーリーは              作 匿名さん

「ねえ、カイルが呼んでるの。私帰るわ」

ユーリは闇の神に告げる。

「何を言ってる。私はおまえが気に入った。おまえのかわりが来ない限り帰さないぞ」

「えー、帰してよ。ここは暗くていやだわ」

「だめだ」

勝手に帰ろうにも帰り道がわからない。

あーっもう

ふと気がつくと、周りにはたくさんの人の念がある。

人をうらやみ、人を妬み、人を怨み、ここに来てもなお救われることはない。

その中の一つに話しかける「ねえ、どうしてここにいるの?」

「おれは飢饉で死んだんだ。もっと生きていたかった。おれが飢えていても金持ちや貴族は有り余るほどの食料を手に入れていた。こんなことが許されていいのだろうか?怨んでも怨みきれない」

「そりゃそうだわ。」

ユーリの言葉に思わず、ずっこけた。

「見れば、かなり身分がありそうだが、こんな気持ちわかるのか?」

「わかるわよー。私だってカイルがいるからこそ皇族の身分を持っているけど、元は身分なんてないもの」

「こ こ 皇族?」

ピカ一の身分ではないか。

しかも皇帝に次ぐナンバー2の地位にいるだと。

「一回に食べられる量なんてしれているんだもの。余ったら足りない人にあげればいいのにね。」

「服だってそうだぞ。子供にさえぼろしか着せられなかったんだ」

「身体は一つしかないんだもの。そんなにたくさんの服を持っていたって着られないじゃない」

「私、カイルいえ陛下によく言うんだけどね。そんなにいらないって、でもなかなかわかってもらえないのよね。私の衣装代でもっと他のことをやってみたいんだけどな」

「な 何をやってみたいんだ?」

完全にユーリのペースに引き込まれている 。

「あのね。種籾や肥料を買って貸してあげるのよ。そうしたら秋には収穫できるでしょ。収穫の中から、貸してあげたものを返してもらってまた、別の人に貸してあげるの。

それから、服だって綿の種を貸してあげるから、綿をとって糸を紡いで布にすればいいわ。自分の分以上にできたら、売りに行ってもいいじゃない。どう?このアイデア

返事のしようがない。

そんなことして、うまくいくのか?。想像がつかない。

いつの間にか、周りにたくさんの念が集まってきている。

ひそひそ、こそこそ

「頭が変なんじゃないか?」

「でも、なんとかしてもらえそうな話かも。皇妃なんだろ」

「身分の低い者のことを考えるだけでも変わっているぞ」

しかし、今までずっと怨みに思っていたが、「わかる」と言ってもらえたただけで、こんなにも心が静まるものだろうか。

闇の神は周囲の変化を感じとっていた。

なんか、妙に明るくなってきたような気がするが?

たくさんあった怨みの念がなんとなく減ったような気が・・・・

どうなっているんだ。

25話 ユーリ、カイル、民衆の思い             作 華連さん

ユーリが闇の世界に来て以来、闇の世界は、明るくなりました。

いろいろな憎しみを持っていた人が、ユーリと話していくうちに、明るくなっていったからです。

それを見ていた闇の神は、

(あのユーリという娘、人をひきつけるものを持っている。・・・ますます気に入ったぞ。)

そこに、ユーリがやってきました。

「わたしをカイルのところに帰してよ!!」

「それはできない。お前を帰すには、お前の代わりが必要だと言っただろう。」

「代わりってことは、誰か、生贄が必要ってこと?」

「そういうことだ。だが、お前の好きな皇帝は、生贄を出す気はないみたいだぞ。」

「カイルは、誰かを犠牲にしてまで、私を助けたって私が喜ぶはずないって知っているからよ!」

「まぁ、いい。では、そうやってお前を助けるのか見せてもらおう!!」

闇の神は、笑いながら去っていきました。

(カイル!お願いよ!!誰かを私の犠牲にするのはやめてね!そして、1日も早くあなたに会えますように。)

そのころカイルは、三姉妹や、イル・バーニ、キックリ、三隊長とルサファを呼んで、生贄を出さずにユーリを助ける方法はないかみんなで考えていました。

そこに、「皇帝陛下!大変です!!」

「どうした?」

「民や兵士たちが次々と王宮に押しかけてきます!ユーリさまのことがどこからか漏れたみたいで、自分が生贄になると続々と押しかけてきます!!」

「何だって!?」

カイルはテラスに出て行きました。

そこにはおびただしい人が集まっていました。

「あ、皇帝陛下だ!!」

「陛下、私を生贄にして、イシュタルさまを取り返してください!!」

「いいえ、私を!!」

「わたしも!イシュタル様のためなら、われわれは命を惜しくありません!」

「すごい人だね、姉さん!」

「えぇ。ユーリさまは民衆に愛されているからね。」

みんな自分が生贄になると次々に言い始めました。

そこで、カイルが、「みんなの気持ちはうれしい!だけど、誰かを犠牲にして、ユーリを助けたところで、ユーリは喜ばない。ユーリはそういう奴だ!わたしは、誰も犠牲にならずにユーリを助けたい!今までユーリがやってきたように!」

民衆や兵士は静まりました。

「・・そうだよな。誰かを犠牲にして、助けたって、イシュタルさまは悲しむだけだよな。」

「陛下!!必ず、イシュタル様を取り返してください!!」

「もちろんだ!!」

そういうと、カイルはテラスを去っていきました。

そして、自分の部屋に行き、そこに眠っているユーリを見つめながら、

(本当は、誰を犠牲にしても、お前を助けたい!!

どんなに暴君だと思われても、いい!ユーリさえそばにいてくれるなら!でも、それではお前は苦しむだけだろう。なんとしても、誰も犠牲を出さずにお前を助ける方法を見つけ出してみせる!!)

と、心に固く決意したカイルだった。

26話  交信                       作 しぎりあさん

カイルは、ユーリの心を捕らえている水晶玉をじっと見つめた。

心の声で、呼びかける。

(ユーリ、聞こえるか?ユーリ!!)

水晶玉が怪しく光る。

(ユーリ!!)

その時、かすかだが、答える者があった。

(・・・ル・・・カイル?) 

(ユーリか!?)

あわてて、そちらの方に全神経を集中する。

(ユーリ!)

(ああ、カイルなのね?嬉しい!!)

(ユーリ、どこにいるんだ!?)

(ここは、闇の神のところよ。カイル、はやくあなたのそばに戻りたい!!)

(待ってろユーリ、すぐ助け出してやる!)

(・・お願いカイル、私のために誰かを犠牲にするのはやめて・・・)

(・・・分かっている・・・)

不意に、二人の間に割り込む者があった。

(カイル・ムルシリよ。女を返して欲しくばすぐに犠牲を捧げよ。そうでなければ、この女は永遠に私のものだ)

(・・カイル・・・)

ユーリの意識が途切れた。闇の神に妨害されたのか?

水晶玉から目を離すと、カイルは唇を噛んだ。

「・・・陛下・・」

気遣わしげにイル・バーニが声をかけた。

「イル・・神事の用意をしろ」

「陛下!?」

まさか、犠牲を捧げようというのか?

イルの驚愕に気づくと、カイルは薄い笑みを浮かべた。

「犠牲ではない。ただ、神の力に対抗できるのは、神の力だと気がついたのだ」 

カイルがユーリを抱えて向かったのは、アリンナの太陽神殿だった。

闇に対抗できるのは、光。

天空に輝く太陽ほど強い光を放つ者はいない。

祭壇のまわりには、主な神官が集められていた。

「これより、ユーリ・イシュタルの奪還を願う儀式を執り行う」

おごそかに告げる。

帝国から、イシュタルの加護を失うわけにはゆかないのだ。

祈祷文の詠唱が始まる中、カイルはそっとユーリの頬を撫でた。

黒い瞳は見開かれ、なにも映さぬまま中空を見つめていた。

必ず、連れ戻す。

決意も新たに、カイルも祈祷の言葉を口にする。

太陽女神よ、闇の神の手からユーリ・イシュタルを取り戻したまえ。

どれくらいの時が流れたか、遠くに雷鳴がとどろいたかと思うと、不意に神殿は滝のような雨に包まれた。

床に身を投げだすように祈っていた三姉妹が顔をあげる。

「まるで・・・神々が戦っているみたい・・・」

叩きつける雨音と、猛り狂う雷鳴の中、神事は続けられる。

27話  長き夢の果てに             作 DIAさん

相変わらず薄暗い空間だったが、それでもユーリが居た事で闇の世界にも光はあった。

感情を奪われし闇の住人達も、いつしか失った感情を取り戻すように。

 - 還りたい・・・カイルの元へ・・・ -

隅で俯くユーリに、見慣れない新入りの住人が近づく。

「やぁ、俺はルッティ。君は?」

「・・・ユーリ。ユーリ・イシュタル。」

「えっ、ユ、ユーリ!?君だったのか・・・

どっかの皇妃さんが居るって聞いたんだけど・・・。 

しかし、なんで皇妃ともあろう人がこんな場所に居るんだ?」

「・・・分からない・・・。気がつけばここに居たんだ。

私は生贄を必要とする程、立派な人じゃないよ。

もう皆に心配や迷惑はかけたくないのに・・・」

重い空気が漂う傍ら、少し遠くで騒がしい声が聞こえた。

何事かとユーリとルッティは、その声の方へ向かう。

ユーリの姿に気づいた住人達の手招きする方へ向かうと、

そこには光に溢れたビジョンが映し出されていた。

「これは・・・?・・・!カイル!」

そう、まさしくそれは神殿で祈りを捧げるカイルと、

後方に映るのは見慣れた3姉妹、キックリ、イル。

それに沢山の民衆もカイルと同じ様に祈りを捧げていた。

 - 太陽女神よ、闇の神の手から ユーリ・イシュタルを取り戻したまえ・・・ -

その声が聞こえた瞬間、地面が激しく鼓動した。

「わっ、なんだ!」

「ユーリ、危ない!」

ぐいっとルッティの手に引かれ、倒れかけた体をなんとか支えた。

「何が起こっているの?」

「分からな・・・、っそうだ!闇の神はどうなってるんだ!」

ルッティの声に、住人達が闇の神の間へと急ぐ。

その重き扉を開くと、そこには・・・光に包まれた闇の神の姿があった。

少しずつ、黒いその姿を蝕むかのように、光が纏わる。

「ぐああぁ・・・・・・くそっ・・・、カイルめ・・・カイルめえぇ!!」

今にも消え入りそうな声を絞り出して叫ぶ神、

しかし一方では少しずつ欠けていく姿を住人達はただ、見ていた。

相変わらず、地の鼓動は激しさを増していた。

間もなく闇の神の姿が消えたと思った瞬間、黒く覆われていた世界が少しずつ光を取り戻した。

一人、また一人と住人の姿が消える。

ユーリには、元居た場所へと還って行くかのように見えた。

一人、また一人・・・。

最後に残ったのは、ルッティとユーリだった。

「ユーリ、いや・・・皇妃様。貴方も・・・貴方を待っている人々の元へ、早く帰るんだ」

「ルッティ・・・は?」

「・・・太陽神一人の力では闇の神は封印しきれない。

こうしている今だって、いつ力を取り戻すか分からない。

 ・・・昔の書簡を見たんだ。神を封じるには生きた心が必要だと。

俺は、ここで神を封じる。

・・・貴方に会えて良かった。俺にも希望ってモンが見えたよ。

さぁ皇妃様、お別れだ」

 「ルッティ、待っ・・・」

ユーリが口を開いたその時、闇の神の間へ駆けていくルッティの姿が見えた。

最後に見たルッティの顔は、確かに微笑んでいた。

そして意識が遠のいていくのを感じた。

-・・・リ・・・

・・・・・・ユー・・・リ・・・

ユーリ!

「ユーリ!頼む・・・戻ってきてくれ・・・」

自分を抱かかえたまま項垂(うなだ)れて居るのは、最愛の人。

少しずつ、意識が戻ってくるのが分かった。

閉じた瞼(まぶた)の向こうに光が見えた。

眼を開ければ、まるでユーリの生還を祝う様に

轟いていた嵐は止み、空は光を取り戻していった。

「カイ・・・ル・・・」

「ユーリ・・・?ユーリ!戻ったのか・・・?本当に・・・?」

「カイル・・・!」

抱きしめたその温もりは、変わらず暖かかった。

そして懐かしかった。

雨の音も民衆の歓声も、今のカイルとユーリには届かなかった。

まるで、長い夢を見ていた様だった。